智慧が来てからしばらく時間が経った。紫様も彼の妖気を封印するために研究を続けていて長い間忙しそうにしている。うって変わって智慧の向上心は見上げたもので暇があれば書物を読みあさっている。紫様が適当に持って来た本を次から次へと読み、観察しているところ本のジャンルは問わないようだ。
例えばある日は
「藍、この本は絵が多い。それに薄いからすぐ読み終わってしまう。」
と、絵本を読んでいる時もあれば
「なるほど俺が操っているのはこの原子ってわけか。」
と言って外の世界の参考書を読むこともあれば
「今こういう本を読んでいるんだが、なぜこの男は周りの女の恋心に気づかないんだ?」
と、一人の男に何人もの女が恋をする小説を読んでいる時もあった。私もこういうのは理解しがたい。
「藍、これは面白いぞ。分厚いから読み応えがあるし色んな言葉の意味が書いてあるんだ。」
と言って辞書を私に勧められた時は驚いた。後から聞くとあの辞書は三冊めだったらしい。
とまぁ順調に知識を蓄え、私の教える外の常識も飲み込んでいる。家事も智慧の能力で手伝ってくれるし、料理もできるようになっていた。悔しいことに私より美味しい。本人曰く
「料理ってほどのもんじゃないよ。旨味成分を生成して鍋に入れてしまえば美味しくなるし、後は塩分がきつくても俺の能力なら塩分だけ鍋からとり除けたりするからな。」
確かにそれは私にはできない芸当だ。旨味成分も原子が繋がった一つの物質、故に彼はそれすらも作れるらしい。料理は味を足すことはできても引くことはできないとは言うが彼はそれもできるわけだ。なんにせよ後は妖気の封印さえできれば一人で暮らしてもなんの支障もないだろう。まぁその封印が一番の問題なわけだが。
「どうした藍、考え事か?」
智慧が本を閉じて話しかけて来た。今読んでいるの生物の参考書か。
「そうだな。少し考え事をしていた。」
「そうか、悪いな邪魔をして。それじゃあ俺は作業に戻るか。」
「作業?何かしているのか?」
「この足をそろそろ新調しようと思ってな。いつまでも土じゃ味気ないからな。」
そう行って彼の周りには三本の左足が並べられていた。形は寸分違わず同じだがその色の違いはそれぞれだ。
「左から順番に、土、ダイヤモンド、粘土を固めたものだ。土は簡単に作れるんだが壊れやすくてな。ダイヤモンドは硬いけど衝撃に弱いし、粘土は衝撃に強いけど刃物で簡単に切れるんだ。」
「それで、今作ってるのはなんなんだ?」
彼の手の先には白く透明な糸が生成され、複雑に編み込まれ、指先から足の形を形成していた。
「以前読んだ本で蜘蛛の糸について書かれててな。水分が必要だがとても丈夫らしい。」
蜘蛛の糸、確かに糸を編んだ物ならば衝撃にも強く、強度があれば刃物で切れることも無いだろう。
「そんな複雑なものまで作れるようになったのか。」
「あぁ、ここに来てから知識が増えたからな。どうやら俺の能力は知識が増えるほど応用力が増えるようだ。」
などと言いながら彼は足を着実に編んでいた。確かに智慧の言う通り、この能力は知識を蓄えるほどできることは増える。現に彼は今蜘蛛の糸を生成して編んでいるのだ。これは蜘蛛の糸の構造を細かく理解していないとできないだろう。
「いい出来だ、これは自信作だな。」
彼の足となる糸が完成していた。
「さて、完成したし歩いてみるか。」
彼が完成した足をはめて軽く指を動かしてから立ち歩いた。こうして見るとこの足に神経が通っていないとは思えないな。
「藍、少し散歩しないか?」
「そうだな。付き合うよ。」
下駄を履く時も彼の足はなんの問題なく足を通している。やはり器用なものだ。
「そういえば、スペルカードの方はどうなんだ?」
「お試し程度だが何枚かは作ってるぞ。」
「ほう、では試しに私に撃ってみろ。」
「いいのか?」
「あぁ、こう言うのは実際にやって見る方が早い。」
私が宙に浮かぶと、彼も続いて同じ高さまで上がって来た。
「ならば遠慮なく行かせてもらう。『<初弾>弾幕製作』」
彼がスペルカードを唱えが周りから弾幕は発生していなかった。
「失敗か?いや、下か!」
下を見ると地面から大量の弾幕が生成され上へと直線に登って来ていた。もちろんその軌道には私がいる。
「弾数は大したものだが、密度も少ないし動きも単調だぞ。」
「だろうな、それは下準備だよ。『台風の目』」
智慧が二つ目のスペルカードを唱えると先程まで上へ向かっていた弾幕は私を中心に円を描き始め、その円の形は時々歪になり様々な角度から私に弾幕が向かってきた。
「俺の弾幕は物質が必要なんでね、最初のスペルカードでここから先の弾幕を用意したんだ。」
成る程、だからこそあの弾数か。この大量の弾幕を再利用する事で力の消費を抑えるのだろう。
「悪くない発想だ。その調子でどんどん来い。」
「まだまだ余裕みたいだな!なら遠慮なく行くぞ!」
結果だけ言うと彼の弾幕は一度だけ私に被弾した。彼は悔しがっていたが、初めてにしては十分すぎる結果だろう。この調子なら紫様が期待していた以上の成長が見込めるな。だがそれだけしっかりと指導しなければ幻想郷の脅威にもなる。成る程、紫様が敵に回したくなかったのも頷ける。スペルカードルールが無ければ私も彼と戦うのは骨が折れるだろう。
「くそー、もっと当たると思ったんだけどな。」
「そう悔しがるな、正直私は全弾回避する予定だったんだから十分だ。敢闘賞として、今日はお前の好きな晩ご飯にしよう。」
「おっ!肉じゃがか?」
「あぁ、今日は疲れただろうし家に戻ったら休むといい。晩ご飯ができたら起こしに行くよ。」
「そうだな。今日はお言葉に甘えさせてもらおう。でも言ってくれれば手伝うからな。」
「その気持ちだけで十分さ。それに、たまには私一人でこなさないと、お前がいなくなった時に腕が鈍ってしまうからな。」
ただまぁ、こんな話をしていると彼が敵になるとも考えなくて良さそうと思ってしまうな。
「何だ、俺の顔に何かついてるか?」
「いや、今日は有意義な一日だったよ。」
「何だよ急に。まぁ、俺も良い一日だった。」
彼は少し照れ臭そうに頬を掻きながらそう言った。ふふっ。これからも彼の成長が楽しみだ。