智慧が来てからどれくらい経ったかしら。藍の教育も順調のようだし、スペルカードも上出来。私の持って来た本も次から次へと読み終えている。最近は本を持ってくるよう急かされるようにまでなったわ。封印の術式も完成の目処が着いた。全て順調に予定通り、いや、智慧の成長や飲み込みの良さは私の期待以上のものだったわ。今まで我儘も言わずにこの家に居続けたのだし、少しぐらいご褒美をあげたいわね。
「智慧、あなたお花見に興味は無い?」
「どうした、藪から棒に?興味はあるけど、今の俺はそんな事できる身分じゃ無いだろう。」
彼は自分でお茶を淹れながらそんな風に返した。あ、私の分も淹れてくれてる。
「ありがと。良い場所があるのよ。あなたでも問題ない場所がね。」
彼も自分の立場を理解しているから、花見という言葉に興味は持っているけど遠慮しているようね。
「本当に大丈夫なのか?」
「えぇ、あなたがその気なら明日にでも開けるわよ。今は桜も満開だし、遠慮する必要はないわよ。」
「なら是非頼む!新しい景色を見るなんて、何年振りだろう。」
大丈夫な事を伝えると彼は、少年のように瞳を輝かせていた。やっぱりずっとここにいるのも無理をさせているようね。実際、彼がここに来て数百年も経つ。彼はもう時を数えてないみたいだけど、これだけ長い間よく我慢したものだわ。
「それじゃあ私は話を通してくるから、少し待っててね。」
そう言って私は湯飲みに入ったお茶を飲みきってスキマへ入っていった。
翌日
「さて、智慧。用意できたかしら?」
「何言ってんだ、何も持って行く必要ないって言ってたろ。俺が持っていきたいものだけ持ってるさ。」
「それもそうね、それじゃあこのスキマに入って頂戴。」
彼も頷き素直にスキマの中に入っていった。私も続いてスキマに入ったけど、出口に彼が立ち止まっている。
「智慧、どいてくれないかしら?そこにいたら出られないわ。」
「おっとすまんすまん、つい見とれてしまった。」
彼の気持ちも分からなくはない。ここ白玉楼の桜は他にないほどに美しい。我が家の近くにも桜はあるけど、ここの桜とは比べ物にもならないでしょうね。
「紫、この人が智慧さん?」
「そうよ、今日はよろしくね。」
「えっ⁉︎人?」
「大丈夫よ智慧。彼女は西行寺 幽々子。私の友人よ。あなたのことは伝えてあるから大丈夫よ。」
「そうゆうことよ。よろしくね、智慧。」
「あ、あぁ。よろしく幽々子。」
「さて、いつまで立っていても仕方ないわ。部屋に案内するわ。行くわよ、紫、智慧。」
そういって幽々子は私たちを先導してくれた。部屋に到着するとそこには豪勢な食事が用意されていた。外の世界の海の魚も調理してもらったわ。見事な尾頭付きの刺身になってるわ。おそらくこれを用意した妖忌の姿は見当たらないわね。
「これは…すごいな。一つ一つの料理が華やかだ。料理を目で楽しむとはこの事か。」
「今日は智慧が来ると聞いてたから、料理だけじゃなくていいお酒を用意したのよ。」
「私もとっておきを持って来たわよ。飲み比べましょうか。」
「あっ、実は俺も持って来たんだ。」
おかしいわね。彼は買い物にも行けないからお酒なんて手に入らないはずなんだけど。
「お前たちの酒ほどたいしたものじゃないんだが、自作の酒だ。」
「あら、智慧お酒を作れるの?」
「本当にあなたの能力って便利ね。」
そんな使い道があったとは、私に限らず幻想郷の連中なら誰もが羨む能力ね。
「まだ試作段階だからなんとも言えないが理論上は美味しいはずだ。飲んだら感想を聞かせてくれ。」
そんな事がありつつ宴会は始まった。
「どの料理も美味しいな。全部幽々子が作ったのか?」
「いいえ、庭師の妖忌が用意してくれるの。妖忌も来ればいいのに。」
「彼はお堅いからね。気にせず今は飲みましょうよ。智慧は普段あんまりお酒飲まないんだから今日は飲みなさいよ。」
「言われずとも飲んでるさ、どの料理も酒も最高だ。それにこの満開の桜。久々に心から思えたよ。生きててよかったって。」
「そう言ってくれるなら良かったわ。」
「智慧、お酒注いであげるわ。」
「おっ、ありがと幽々子。」
花より団子と言うけれど、今日の彼はそうでもないようね。満開の桜に新しい友人。いい刺激になっているようだわ。それに智慧が幽々子にとっての良い友人になってくれれば、彼女のためにもなる。
「しかし幽々子、さっきからあまり飲んでないけど大丈夫なのか?食事にも少ししか手をつけてないし。」
「幽々子は身体が良くないのよ。あまり無理させちゃだめよ。」
「ごめんなさいね。でも私もこうやってお花見ができて、十分に楽しめてるの。」
「そうだったのか。悪かったな、変なこと聞いて。」
「いいのよ。今日はこんなにも桜が綺麗なんだもの。皆で楽しみましょう。」
一瞬場の空気は重くなりかけたけど、その後の宴会は滞りなく楽しむ事ができた。それに智慧の作ったお酒が想像以上に美味しくて驚いたわ。すごく爽やかな飲み口で幽々子もいつもよりお酒に手をつけていたわね。限度は守っていたけど幽々子が顔が少し赤くなるまでお酒を飲んだのは久々にみたわ。
「飲み過ぎた〜。頭痛い。」
「智慧はお酒に弱いわね。人並み以上、妖怪並み以下ってところね。」
花見は終わり、今は家の居間で彼が突っ伏している。彼もここまで飲んだのは久しぶりね。
「また行きたいな。花見だけじゃなくて、幽々子とも頻度よく会いたいし。」
幽々子も彼といて楽しそうだったし、そうね。少し危険もあるけど、彼なら大丈夫でしょう。
「それなら智慧、これを持っておきなさい。」
「なんだこれ?リボン?」
「それは私の妖力を宿したマジックアイテムよ。腕につけて縦に一線を引くとスキマが作れるわ。」
「えっなにそれ?すごい便利じゃん。」
「ただし接続先は今日行った白玉楼だけよ。それと、もう一つ。この約束を守らないならこのリボンは渡せないわ。」
「なんだよ?」
「勝手にあの屋敷の中を動かないことよ。移動するにしても絶対に幽々子や庭師の妖忌の案内の元でだけよ。」
「そのくらいの約束なら守るが、口約束だけで良いのか?」
「あなたの事を信用するわ。」
「それなら遠慮なく貰っておこう。」
「幽々子もあんな所にいるから話し相手が少ないのよ。相手になってあげてちょうだい。」
「そうだな、とりあえず今日は頭痛いし、このまま寝かせてもらおう…。」
智慧は会話にひと段落つくとそのまま眠りについた。まったく、部屋に戻る気力も無かったのかしら。でも良かったわ、智慧も幽々子も仲良くできそうで。正直、幽々子の命はあまり長くない。その時が来るまでは彼女には楽しく生きて欲しい。結局、ご褒美と思いつつ智慧には手伝って貰っているけど、長くない彼女の人生を楽しく過ごさせてあげてね。