紫からリボンをもらってから、俺は暇になると何度か幽々子のいる白玉楼に行った。
「くっ、太刀筋早過ぎだろ。」
「防戦一方では勝負は付かんぞ。」
何度か行くうち妖忌とも話をした。徐々に仲良くなって、今は剣の稽古をつけてもらっている。試合では未だに俺の剣はかすった事もない。
「うがっ!」
「勝負あったな。」
妖忌の竹刀が俺の面を捉えた。
「流石妖忌、智慧も頑張ってたわね。」
「幽々子様の従者として、当然の事です。」
「なんだ見てたのか幽々子、かっこ悪いとこ見られたな。」
「剣術で妖忌に勝てたなら相当な凄腕よ。むしろ数分間よく妖忌の剣に耐え抜いたものだわ。」
「剣術の腕は悪くない。あとは経験を積んで無駄な動きを減らす事だ。」
妖忌からの指導は抽象的だ。だが試合をするだけで剣の腕が上達しているのがわかる。これは俺の才能ではなく妖忌が試合の時に俺が成長するよう剣を振っているのだろう。
「ふぅ、幽々子もいるし、一休みするか。」
「そうね。妖忌、お茶とお菓子を用意して。」
「では幽々子様は部屋にお戻りください。すぐにお持ちします。智慧殿も戻ってくれ。」
「いや、少し手伝うよ。お湯を沸かすのは得意なんだ。」
「幽々子〜、お茶入ったぞ〜。」
数十秒後には俺と妖忌は部屋に戻っていた。お湯さえ沸けばお茶はすぐに用意できるからな。
「すごいわね智慧。うちにも一人欲しいわ。」
「俺は生活日用品じゃないんだよ。」
「それでは幽々子様、私は庭の様子を見てきますので失礼します。」
「あら、妖忌もういっちゃうの?」
妖忌はお茶を淹れるとすぐに仕事に戻ってしまった。やはりお堅い奴だなぁ。
「それで幽々子、今日は夕飯の後も居てもいいか?」
「あら?それはどういうお誘いかしら?」
「どうもなにも、お酒を飲みたいんだよ。今日も自作の酒を持ってきたんだ。今日は紫も藍も忙しそうにしてるから、一緒に飲んでくれないか?」
ここに来るたびお酒を作っては持ってきているが体が強くない幽々子は俺にお酌をするだけで一緒に飲んだのは初めて紫と来たときぐらいだ。
「いいけど…私あんまり飲めないわよ。」
「むしろ今回は幽々子に飲んで欲しいんだよ。これ、薬用酒。」
「薬用酒?」
「身体の健康を考えたお酒だよ。身体に効く成分を片っ端から作って混ぜ込んだんだ。ビタミンミネラルその他諸々、飲んだら健康間違いなしだ。」
「そんなに混ぜて、味は大丈夫なの?」
「理論上美味しいはずだ。俺も味見はしてないから断言はできない。」
「ふふっ、なんだか楽しみね。」
何度か幽々子と一緒に飲んだことはあったが、飲んでいるのはほとんど俺だったからな。たまには幽々子にもしっかり飲んでもらおうじゃないか。
「いつもはお酌してもらってばかりだからな。美人にお酌してもらえるのは幸せだが、いつもそれじゃ悪いから、今日はお返しだ。」
「あら、智慧も口がうまくなったじゃない。」
「最近恋愛小説を読んだんだ。こういう風にいうと女は喜ぶんだろ。」
「それを言っちゃおしまいよ。」
「ははっ、それもそうだな。」
「まぁ美人と言われて嬉しくない女の人はいないでしょうね。でも駄目よ、誰にでもそんな事言ってると勘違いする女の子もいるのよ。」
「誰にでもは言わないさ。俺が綺麗だなって思った人に言う。」
「それも本で読んだの?」
「いや、これは俺の言葉だよ。」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。」
「とは言っても、俺は出会った人が数える程しかいないからな。今のところみんな綺麗だなって思う。俺の周りがそろって綺麗なのか俺の守備範囲が広いのか。幽々子はどう思う?」
「紫も、式神の藍も綺麗よね。普段あなたの近くにいる二人はかなり幻想郷でも綺麗な人よ。」
「やっぱりそうか。そういえば…」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。」
そういえば慧音は綺麗になったのか。いつか見にいきたいな。そんな事を考えつつ時間はあっという間に過ぎていった。
「どうだ幽々子?この酒なら飲めるだろ?」
「度数も控えめなのね。確かにこれなら飲みやすいわ。」
既に夜になり俺ら幽々子と晩酌をしていた。妖忌が団子を用意してくれたのでそれを肴に酒を楽しんでいる。
「そろそろ、桜も散る頃か。」
「そうね。この景色もしばらく見納めよ。」
「次の年も見に来るさ。それに、妖忌や幽々子の顔も見たいから桜が散ったってこっちには来るつもりだよ。」
まだ幽々子との付き合いは長いとは言えない。出会ってから一つの季節が終わっただけだ。だが、これからも幽々子達とは仲良くできたらと思う。数少ない友人だ、大切にしなければ。
「・・・智慧。」
「なんだ?」
「少し…飲み過ぎちゃったみたい。」
そう言って幽々子は俺の肩に寄りかかってきた。団子を口に運びながら顔を覗き込むと頰が赤く染まっているのが確認できた。
「悪いな、今日は付き合わせて。一応ここで寝ても大丈夫だからな。」
「こんなところで寝ちゃったら、私智慧に何されちゃうのかしら?」
「別に触ったりしないって。」
「ふふっ、智慧なら大丈夫そうね。それなら、遠慮なく眠らせてもらうわ。」
そう言って間もないうちに幽々子は眠りについた。大丈夫とは言ったが実際このまま放って置くわけにはいかない。お猪口に入った酒を飲み干し、俺は幽々子を宙に浮かし幽々子の寝室と思わしきとこまで運ぶことにした。一人で歩き回るなとは言われたけど、今は寝てるとは言え隣に幽々子がいる訳だし少しぐらいいいよな。とか考えてると寝室だろうと思う部屋についた。押入れの中には布団が仕舞われていたので、布団を敷きそこに幽々子をそっと寝かす。さて、俺はもう少し晩酌を楽しむとするか。
「これは・・・すごい。」
思わず声が出るほどだった。なんだこの桜は。さっきまで見ていたものとは比べ物にならないほどに大きく、美しい。
「こんなものあるんなら最初からこれを見ながら飲みたかったな…いや違うか。」
多分これが俺を一人で出歩かないよう紫が言いつけた理由なんだろう。これがただの大きな桜なら最初からこれを見せていたはずだ。妖忌や幽々子の道案内もこの道を通った事はない。ならばここは、美しいがこれ以上近づかずにさっきの部屋に戻るべきだろう。
「さて、戻るか…。」
でも待てよ、こんなに綺麗なんだ。とりあえず近くで見ないと…近くで見てどうするんだ?綺麗だ…綺麗だがどうするんだ…。綺麗だ…綺麗で綺麗で…死にたい。こんなにも美しい桜の下でなら…死にたい。いや、死なないと。早く死なないと。俺は地面の砂利をいくつか固めてつららのような円錐の形に整えそれを右手に握り込み、自分を・・・・・・・・・刺した。腹を、胸を、腕を、脚を。こんな時は妖怪の生命力が邪魔で仕方がない。これじゃ死ねないまだまだ刺さないと。俺は円錐を両手でしっかりと握り、その照準をみぞおちに当てた。これなら死ねるだろう・・・・・。
「うっ・・・・。」
円錐が深く突き刺さり、とうとう立てなくなるほどに身体が弱り始めた。だんだん眠くなってきた。もうまぶたが重い。このまま眠ってしまおう。そうすればもう、目覚める事はないだろうから。