優しい世界のつくりかた   作:にいるあらと

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道導

「ねえ、アイさん。なんで三人もいるのに一部屋しか取らないの?」

 

「一人で寝るの寂しいもん」

 

「今後を考えての節約、とかって考えてたあたしとしては拍子抜けよ」

 

騒がしいはじまりの街の広場から移動した三人は、デスゲーム開始前に街中を歩き回っていたアイの記憶を頼りにして宿屋へと辿り着いた。

 

宿屋へと至る道すがら、瓶に入れられたどんな味かもわからない飲料水と夕食代わりのパン、その他手軽につまめそうなお菓子っぽい外見の食べ物などを購入し、アイたちは木造二階建ての宿屋の一室を借りた。

 

部屋にはベットが一つ、木製の椅子と机が一組、あとは歪んだ小さなテーブルがあるのみ。

 

内装は綺麗とは言い(がた)い。砂が残っているのか靴で擦るように踏むと床はざらざらと鳴り、拭かれている気配を感じない窓ガラスは外の景色が見られないほどに曇っている。部屋の扉を開けた瞬間、アスナとリズベットはこんな部屋で金を取るのかと顔を(しか)めたほどだ。

 

「みんなで一緒にいたほうが修学旅行みたいで楽しくない?やっぱりこっちのほうがいいよね!」

 

噛みごたえ皆無のピーナッツのようなものを口に放り込んだアイは、特に何も考えてなさそうな笑顔を見せる。文句を言う気力を根こそぎ奪うような空気を醸し出していた。

 

ベットに腰掛けているアスナは諦めたように微笑み、傾いたサイドテーブルに乗せている瓶を一口あおる。分量を間違えたレモン水みたいな、仄かな酸味がする水で喉を潤して咳払いした。

 

アスナは真剣極まる双眸でアイを見る。

 

「まあ、部屋の話はいいのよ。問題はこれからどうすべきなのか、ってこと」

 

「あっ!寝る位置なら私がまんなかだからね!」

 

「張っ倒すわよ」

 

すばやく突っ込んだ。

 

アスナの隣、同じくベッドに腰掛けているリズベットが疑問を呈する。

 

「そもそもさ、本当にヒットポイントがなくなったら……その……死ぬ、のかな?たかだか家庭用ゲーム機にそんなことできるの?」

 

リズベットの疑問に、雰囲気をがらりと変えたアイが反応する。

 

「茅場晶彦が説明でマイクロウェーブがどうとかって言ってたでしょ?電子レンジで食べ物を温める時ってそのマイクロウェーブ……マイクロ波っていうのが出てるの。電子レンジと同じ強度の振動数が出せるのかどうかはわからないけど、少なくとも人体に多大な影響を与えることはできると思うよ」

 

考えるように視線を斜め上に持ち上げ、朽ちかけの椅子を軋ませてアイが答えた。

 

「アイさんはゲームのことは何も知らないのに、それ以外の知識はびっくりするくらい深いわね」

 

「えへへ……そうでもないよぉ。ただ知ってるってだけだからねぇ」

 

アスナからのちょっと棘の鋭い褒め言葉を受け、アイは顔をにまにまと緩ませながらサイドテーブルの中央に置かれたナッツへと手を伸ばす。案外ピーナッツもどきの味が気に入ったようだった。

 

「茅場晶彦が嘘ついてるってことはない?ログアウトボタンがなくなったあたしたちには茅場晶彦の言葉が真実かどうか調べる手段もないんだから、嘘ついてあたしたちを必死にさせて慌てさせてるだけとか」

 

「その可能性もあると思うけど、現状から考えるとそれもないんじゃないかな。つまり本当に左上の『ヒットポイントバー』がゼロになったら、この仮想世界からも現実世界からも退場するってこと。広場でアスナちゃんとも話してたんだけどね」

 

「そういえばその話が途中だったわよね。結局どういうことなの?」

 

「犠牲者ありきの推測だからちょっとつらいけどね……。今私たちがこの場に、この世界にいること自体が証明になるの。現実世界で家族なりがナーヴギアを外そうとして、それで解放に成功してるようならすぐに広まって、みんなこの世界から脱出してるよね。私たちがまだこの世界にいるってことは、そんな安易な方法では抜け出せないってこと。ひいては茅場晶彦の言は事実っていう証になるんだよ」

 

もちろん根拠なんかないんだけど、と末尾に付け加えて締め括った。

 

アイの考察を受けて、リズベットは俯く。

 

視界左上にある緑色のバー、その横に表示された数字がゼロになれば死に至る。それがアイの説明によって嘘ではないことが殆ど明らかとなったのに、リズベットの顔色は、多少強張りはしていてもそれほど変わっていなかった。尋ねる前から覚悟はしていて、この場で再確認と考えの共有化を図ったのだろう。

 

「……体力がなくなったら死ぬ。それが本当だとしても、街の中にいれば安全、よね」

 

リズベットよりも表情を暗くしているアスナが言った。さらに続ける。

 

「街の中では体力は減らないし、イノシシとかの敵も入ってこない。街の中にずっといて、それで外部からの助けを待っていたらいい。迂闊な行動をしてはいけない、ってアイさんも言ってたでしょ?」

 

ソードアートオンラインはデスゲームと化した。その認識を持った上で、今後の方針を定める。

 

アスナの言い分は、現実世界からの救いの手を待つというものだった。

 

このゲームの街や村の中には犯罪防止(アンチクリミナル)コードという設定が敷かれており、その犯罪防止コードが機能する場所、通称『圏内』と呼ばれる街や村の中では、特定の例を除いて体力が減ることはない。

 

そのルールがあるのだから、安全な圏内に閉じ篭って外からの助けを待つというアスナの案は、一見正しいようにも思えた。

 

しかしーー

 

「誤解させちゃったみたいでごめんね……」

 

ーーアイは否定する。

 

「迂闊な行動っていうのはなんの準備もなしに外に出るって意味で言ったの。あと……現実世界の方でなんらかの対処をしてもらうっていうのは難しいと思うよ」

 

即座に返された否定の文言に、アスナは狼狽(うろた)える。

 

「ど、どうして?」

 

「茅場晶彦の説明の中で、ナーヴギアを取り外したらダメっていうのと一緒に、解除をしようとしてもダメっていうのがあったよ。たぶんナーヴギアに手を加えようとした時点でアウトになっちゃうんじゃないかなぁ……」

 

「それなら……そのアウトにならないギリギリでナーヴギアのプログラムに手をつけていったら……」

 

「製作者以外にそんな器用なことができるとは思えないけど……仮にそんなことができるとしても、その解除を誰のナーヴギアで試すかってところで問題になるよ。失敗したら死んじゃうんだから、どの家族もやって欲しいとは言い出さないよね」

 

「それは、そうなんだけど……」

 

「解除に失敗した場合は、たとえ諸悪の根源が茅場晶彦でも、ナーヴギアを解除しようとした人たちに責任追及の矛先が向いちゃう。そんな世論になるのは目に見えてるんだから、自分が解除作業を担当する、って名乗り出る研究者さんはそうそういないと思うなぁ。すぐに現実世界の技術者さんたちがなんとかしてくれる、なんて考えないほうがいいよ。期待したぶん、後になってがっかりして……胸がきゅうってなっちゃう」

 

言い方こそやんわりとして言葉を選んでいたが、現実世界からの助けという線はないとアイは断言した。救いの手は伸ばされないと伝えることで落胆させてしまうかもしれないが、外部からの解放に可能性を見出せない現状において、変に希望を持たせるのは危険だとアイは判断したのだ。

 

「じゃあ……どうするの?誰かが百層クリアするまで、ここで待つの?」

 

自分の意見を、というよりも自分の願望を否定されたアスナは目を伏せてアイに訊く。

 

「アスナちゃんは、早くこの世界から出たい?」

 

アスナの質問に、アイも質問で返した。

 

アインクラッドというゲームの有り様が変質し、自分の命が数字に変換され、この世界の虜囚となったプレイヤーにとって、アイの質問は訊くに値しない。

 

誰だって、同じ答えを言うのだから。

 

「出たい。当たり前じゃない。予定もあるし、勉強だってしなくちゃいけない。数学の宿題だって残ってる。それ以外にもやり残したことがたくさんあるもの」

 

アスナの答えに、アイはふわりと柔らかく笑う。

 

視線をスライドさせ、リズベットに向けた。

 

「リズちゃんは?」

 

「あたしだって同じよ。ゲームは好きだけど、だからってゲームに命をかけたいとまでは思わないわ」

 

リズベットの返答を受け、アイは満足そうに笑みを深める。

 

二人を見て、アイは宣言した。

 

「それじゃあ、私たちでこのゲームをクリアしよう!」

 

「……え?」

 

「……は?」

 

会話の大暴投をしてのけたアイに、アスナとリズベットはぽかんと間抜けな顔で固まるよりなかった。

 

二人の反応が鈍い、これはちゃんと理解してもらえてないな、と気付いたアイは改めて説明を始める。

 

「アスナちゃんもリズちゃんも、もちろん私だってすぐに、ナルシストとマッドサイエンティストのハイブリッド・茅場晶彦が作ったゲームなんかからは抜け出したい」

 

「アイさんって、時々言うことが辛辣なのよね……」

 

「それだけ怒りが溜まってるってことじゃない?たぶん」

 

「でも外からの助けはあてにならない。なら自分たちの力でなんとかするしか手はないよね!」

 

古びた椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、手を固く握りながらアスナは元気な声と輝くような笑顔で言った。

 

そんなアイに、アスナが待ったをかける。

 

「ちょ、ちょっと……それってわたしたちがやらなくちゃいけないこと?この世界にはゲームに詳しい人もたくさんいるんでしょ?」

 

「そりゃいるわよ。アスナやアイさんが腰抜かすほどの時間をゲームに注ぎ込んできたコアなネットゲーマーたちがたくさんね。長年MMORPGをやり込んできた連中なら、必死になってこのタイトルを手に入れようとするだろうし」

 

「でしょう?それならゲームに明るくない、素人のわたしたちが無理にやらなくてもいいんじゃ……」

 

「そうだねぇ。私もアスナちゃんもゲームの専門用語とかわからないし、ストーリーの展開とか読めないし、セオリーとか定石とかも知らないもんね。たぶんこの中で一番、そして唯一詳しいのはリズちゃんだ」

 

いやあたしもそこまで詳しいってわけじゃ、と謙遜するリズベットに一度笑みを投げかけてから、アイは再び続ける。

 

「私たちよりゲームに詳しい人はきっとたくさんいるよ。うまく、効率よくできる人はたくさんいると思うけど、それでもそのうち何人がゲームクリアに本気で乗り出すかってなると、数はすごく少なくなると思う」

 

「で、でも……一万人もいるのよ?それならその半分くらいは……」

 

「半分もいない。それだけは言い切れるわ、アスナ」

 

アスナの意見に、リズベットは首を横に振る。

 

「他のMMORPGで培ったノウハウや知識、ゲーム進行のパターンやステータスの振り分けをどうするかとかは、今までいろんなゲームをやってきたコアなゲーマー達は詳しいと思う。目的のための指標を持ってるんだからね。でもこのゲーム、ソードアートオンラインは違う。世界で初めてのVR型で、仮想とはいえ自分の身体を動かして戦うわけだから、ディスプレイを見て指先だけを動かせばいい旧世代のMMORPGとはわけが違うわ。それに、なにより……」

 

最後でリズベットは言い淀んだ。

 

その後のセリフはアイが引き継ぐ。

 

「体力がなくなったら本当に死んじゃうっていうルールが追加された。そんな状況下で、命をかけてがんばっても特に褒められるわけでもないのに、デメリットだけは大きいゲームクリアに精を出す人は、一万人のうち一割いたらいいほうじゃないかなぁ」

 

「一割………千人だけ……しか」

 

「そう、多く見積もって、千人。それに命がかかってるから安全に進んでいかなきゃいけない。なのに百層もある。どれだけ時間がかかるか、ちょっと……想像したくないくらい、だね……」

 

「……っ」

 

膝の上で手を握り締めて、歯を食いしばりながらアスナは沈黙する。

 

「あー……えっと、んー……」

 

なにか声をかけようにも理路整然としたアイの見解に対して、リズベットはアスナにかける言葉を見つけられなかった。

 

しかし、暗く重たい空気を吹き飛ばさんばかりの明るさでアイは言い放つ。

 

「だからっ!私たちでゲームを、このソードアートオンラインをクリアしようっ!」

 

沈んだ様子などちらりとも見せないアイに、アスナとリズベットは呆気に取られたように見つめた。

 

何も発しない二人の前で、アイは深い海を彷彿(ほうふつ)とさせる藍色の髪を揺らし、空色の瞳を燦然(さんぜん)と輝かせる。身振り手振りを交えて、安心させるように柔らかい表情と穏やかな口調で喋り続ける。

 

「もちろん安全を最優先に考えて、情報収集は念入りにする。たとえ一人一人は小さな力でも、みんなで協力すればいつか絶対っ、全部の層をクリアして、この世界から脱出できるよっ!大丈夫っ!」

 

しばしの間、部屋の一室は静寂で満たされた。

 

十秒ほど経った後、噴き出すような音がした。アイの演説を聴き終わった二人が、笑っていた。

 

「大丈夫って、なんの根拠もないのに。ふふっ」

 

「あははっ。でもなんだか、アイさんが言ってると本当にできそうな気がしてくるから不思議だわ」

 

「下を向いててもなにも変わらないもん!前向きに考えてできることを探したほうがずっといいよっ!」

 

「そうね。ずっと引きこもってても気持ちが沈んでいくだけだもの」

 

「早く解放されるためにも、自分たちで動くってわけね。いいじゃない!誰かがやってくれるのを待つより性に合ってるわ!」

 

アスナとリズベットはベッドから腰を上げ、立ち上がった。

 

アイはサイドテーブルに乗っている瓶を手に取り、二人に向ける。意図を汲み取ったリズベットは瓶を二つ持ち、なにをしようとしているかわかっていないアスナに一つを手渡す。

 

「これからよろしくね!アスナちゃん、リズちゃんっ!」

 

アイは中身が半分ほど残った瓶を、二人が持つガラス製と思しき瓶にぶつける。

 

きん、と小気味良い音が宿屋の一室に響いた。

 

 

アイの目の前には、長い睫毛と閉じられたまぶたがあった。色づきの良い唇が一定の周期で小さく閉じたり開いたりしている。名匠によって命を吹き込まれた彫刻か、あるいはCGなのでは思うほど端整なアスナの顔が、アイの目と鼻の先に存在していた。

 

そんなアスナの寝顔をじっと見つめつつアイは、仮想空間の中にある仮想の身体なのに、寝ている時もちゃんと呼吸の動作をするんだぁ、と妙なところにまでこだわったクオリティに感心していた。

 

昨晩、今後の方針を定めたアイ、アスナ、リズベットの三人は、翌日の朝から動くことと決めて早めに就寝した。予定していた時刻は今から一時間後の午前七時なので、まだ甘美な微睡(まどろ)みに耽溺(たんでき)することはできたが、そうはしなかった。

 

そもそもアイは比較的朝に弱く、複数個の目覚まし時計により奏でられるけたたましい大合唱と断固とした決意でもって毎朝起きているので、こうして自然に目を覚ますことは珍しい。

 

そんな基本ねぼすけなアイが目覚まし時計の助力も仰がずに覚醒した理由の一つに、身体の両側から感じる圧力があった。

 

部屋は一つしか借りておらず、この宿屋側は泊まりに来るのは個人客しか想定していないのかベッドはどの部屋も一床しか置かれていなかった。主にアスナが激しく抵抗していたが、結果としてアイの思惑通り、一つのベッドに三人が寝ることとなった。細身の女の子三人とはいえさすがに狭く、ベッドから落ちないよう外側二人(アスナとリズベット)が中央に横になっている一人(アイ)に密着している形なのだ。

 

「んぅ……動けない……」

 

くっついているだけならまだよかった。問題は、両腕を二人に絡み取られていることだ。

 

寝返りとか言って抱きついてこないでよ、などと忠告していたリズベットは抱き枕の要領でアイの左腕を抱きしめて、就寝前に十分にもわたって一緒のベッドに入ることに難癖をつけていたアスナはアイの右腕の上に頭を置いていた。

 

左腕からは微かに二つの弾力を感じ、右腕には柔らかな頬と栗色の髪の艶やかさが伝わる。アイにとって至福の空間といえたが、いかんせん長時間この状態というのは寝苦しかった。

 

とはいえ、惰眠を貪ることに関しては極限の域に到達しているアイにとって、この程度の環境であれば二度寝三度寝は文字通り朝飯前。

 

実際にもう一度睡眠に入ろうとしたが、寝惚け眼に映った光景がアイの睡魔を吹き飛ばした。

 

二人を起こさないよう、口の中で呟く。

 

「やっぱり……なるべく明るく振舞っても、くっついていても……不安は消えないのかなぁ……」

 

アスナの閉じられた瞳と長いまつげは、曇った窓から射し込む仄かな光を反射させていた。目元には涙がたまっていた。

 

唇が、寝息とは別に時折小さく震えるのだ。ごめんなさい、ごめんなさいと蚊の鳴くような声で誰かに何度も謝るのを、アイは聞いていた。

 

「……私ががんばらなきゃ。年上、なんだから」

 

昨日の夜、長く話をした中で現実世界に戻りたいとは何度も口にしていたが、プライベートな話は話題に上がらなかった。現実世界での名前はもちろん、年齢も、である。

 

よって、アスナとリズベットの正確な年齢はわからないままだが、アイは女子校で育まれた勘から中学三年生か高校一年生くらいだろうとあたりをつけていた。もちろんそれ以下である可能性も、高校三年生のアイより年上という可能性も少ないながらにあったが、接し方などから二人は自分より年下であると確信していた。

 

年上としての意地、というほど(かたく)なでも重苦しいものでもなかったが、お姉さんとして年下の女の子二人を導かなければとアイは考えていた。

 

世界初と銘打たれたVRMMORPG、ソードアートオンラインは突如としてデスゲームと化した。命の危険を間近に感じれば、心を病んでしまう事態に陥ってもおかしくはない。

 

安全を確保しつつ、精神的な支えになり、みんな一緒に元の世界に戻る。アイは心の中でそう誓っていた。

 

だからこそ、アイは底抜けに明るく振る舞う。自分だけでなく他人が抱えている不安や恐怖も薄れさせるために、努めて陽気に躍動する。

 

もともとわりと能天気な気性である上に、寂しがりやで人肌を好む性質だったため、過剰なスキンシップも不自然にならなかった。

 

しかし、生来の茶目っ気溢れる気質故か、頻繁に空回ったりトラブルを誘引したりもする。

 

先に言ってしまえば、今回もそうなった。

 

「あぇ……アイさん、もう起きてる……。おはよう……朝は早いのね……」

 

右腕に頭を乗っけたまま、アスナがたどたどしく朝の挨拶をした。

 

栗色の髪は幾房か顔にかかっているが、そちらを気にした様子もなくアスナはまだ少し眠たそうに目元をくしくしと擦る。

 

どこか言い知れない色気が漂うその仕草に、アイの心奥でむくむくと悪戯心が膨らんだ。腕枕をしているという体勢と、互いの顔が至近距離にあるという状況が、悪戯心を激しく加熱させたのだ。

 

「おはよう、アスナちゃん。昨日の夜は激しかったねっ」

 

「…………」

 

本人曰く、エッジの利いたジョーク、とのことだった。

 

そのジョークは寝起きの人間相手にしかできないけれど、正常な判断能力を欠いた寝起きの人間相手にすべきではなかった。

 

普段の回転数に達していない寝ぼけたアスナの頭では、アイの発言の意味を理解できなかったようだが、すぐに理解が追いついた。徐々に大きく開かれる(まぶた)とリンクするように、アスナの白い肌は淡い赤色に染まり、広がっていく。

 

「ッ?!きゃあっ!」

 

「にゃふ!!」

 

エッジの利いたジョークの返礼は、切れ味鋭いヘッドバットだった。

 

 

 

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