「あははっ、くふっ、はははっ!だからっ、あたしが起きた時、アイさん正座してたのね!」
「そうなんだよぉ。小一時間めーいっぱいに説教されたんだから。アスナちゃんから誘ってきたのにひどいよね」
「誘ってないわよ!捏造しないでアイさん!」
「いやいやぁ、それはどうだろーなぁ。寝る前はアスナちゃんがだだこねるからほんのちょこっとだけ空間あけてたけど、いつのまにか私の腕の、それもかなり上のほうまできてたからね。もうあれだね、私にくっついてきてたね!」
「駄々なんて
「にゅふふ、くっついてきてたのは否定しないんだね。いやぁ、これも私のお姉さんオーラが成せる技かな!」
「お姉さんオーラ……ふっ」
「鼻で笑われたぁっ!?」
「あはは、アスナはアイさんには手厳しいわ。でもアイさん、お姉さんオーラはないにしても、なんかマイナスイオンっぽいのは出てるわよ。あんなに硬いベッドで寝てたのにぐっすり眠れたし」
「お姉さんオーラはないのっ?!でもまぁ、癒しのオーラは出せてるらしいしそれでいっか。私の成熟した人格から滲み出てるんだね!」
「そうね、こう……ヌラッとしたやつが」
「それは私がイメージしてたのとだいぶ違う!」
「アイさんが成熟してるのは身体だけみたいね」
「もう、アスナちゃんったら……。こんな明るいうちにそんな話しないでよ……もう」
「え?…………っ!ち、違うの!アイさん、性格はともかくスタイルはいいから……」
「ボーリングでもするのかってくらいの勢いで墓穴掘ってるわよ、アスナ」
女子三人が華やかな笑顔を惜しげもなく披露しながらお喋りしている場所は、はじまりの街の宿屋ではなく、街の外の草原だった。
朝一番にイタズラを働いたアイの折檻が突如組み込まれたため、多少スケジュールは押したが昨晩立てた当初の予定通り街の外に出て、イノシシやオオカミ、巨大なイモムシみたいなモンスターと戦闘を繰り広げていたのだ。意図せずして朝早くに起床したこともあり、お説教と街の外へ出かける準備をした後でもかなりの時間を確保することはできていた。
草原での戦いは、終盤は実に安定したものだった。昨日から組みっぱなしだったアイとアスナのパーティに、リズベットを加えた三人でモンスターを相手にしていたが、互いが互いにフォローし合うことを念頭に置いた動きが自然に行えるようになってからは攻撃を受けることもなくなっていた。
今はモンスターの姿が見えなくなったことに加えてお昼時に差し掛かったこともあり、しばしのお昼休憩に入っている。
アイたち三人は、生い茂る柔らかな草の上に腰を下ろしていた。
頬を染めながら苦しい言い訳を続けるアスナを
「はぁ、ピクニック日和だねぇ。これでシートと、あともう少しおいしい食べ物があれば言うことなしなんだけどなぁ……」
口の中の水分という水分を
それを聞いてアスナは空を見上げて手をかざす。
「そうね。風は少し冷たいけど、太陽みたいなライティングが射してるから気温自体はとてもあたたかい。……わたし達が置かれている状況を除けば、たしかにピクニック日和よ」
不意に、冬の冷たさを孕む一陣の風が周囲の草木を揺らし、女の子三人の髪を弄んで吹き抜けた。
「ううぅ……まだ耐えられるけど、もうしばらくしたら外でじっとするのは辛くなるわね」
ソードアートオンラインは時間だけでなく季節も現実とリンクしており、四季もしっかり再現される。それによりソードアートオンライン正式発表前には季節ごとに大型のイベントが用意されるのでは、と期待と憶測を誘っていた。
十一月の初旬の気候は、動いていればそう気にならないが座っていると寒さを感じやすい。リズベットが自分の身体を抱きこむようにして丸くなり、小さく唸っていた。
すでに彼女の手にパンはなく、残量僅かな極薄レモン水が
「ふぅ……ごちそうさまでした。リズちゃんはあとどのくらいでレベル上がりそう?」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながらも安物のパンを残さず完食したアイは、先に食べ終わって秋晴れの日差しで日光浴をし始めたリズベットに水を向ける。
まやかしの空腹を満たし、今度は陽光により夢の世界へ誘われかけていたリズベットは、緩慢な動きで首を回した。
「んっと……たぶんあと五、六体も倒せばレベル二になると思う」
「そっか、もうすぐだね!」
「わたしとアイさんは、レベル三にはまだ少しかかりそうね」
「二人は昨日、どれだけ狩りまくってたのよ。こんなに差があるなんて思わなかったわ」
アイとアスナは顔を見合わせ、二人揃って首を傾げた。
「そんなに倒してたかなぁ?」
「あんまり気にしていなかったわね。昨日は単純にゲームとして楽しんでたから」
「経験値もそうなんだけどさ、もしかして二人はベータテスターだったの?動きがすごい慣れた感じだったんだけど」
「……べーた、てすたー……」
「アイさんがよくわかっていない様子だから教えてもらってもいい?」
リズベットの質問に聞き慣れない単語が混じっていたため、アイはきょとんとした顔で復唱した。
アイの扱いに一日の長があるアスナが間に入り、リズベットに詳しい説明を促した。
「うん、あたしのほうはもう解決しちゃったわ。ベータテスターっていうのは、正式サービス前にゲームをやってもらって、バグとかないか、システムに不備はないかとかを調べる人のことをいうのよ。動きに慣れてる感じがあったからもしかしたらベータテスターだったのかな、って思ったんだけど……ここまでゲームに疎いのにベータテスト経験者なわけないわね」
「あぁ、一ヶ月のお試しプレイのお話のあれかぁ」
「そういう話はちょっとだけしてたわ。あの参加者がベータテスターっていうのね。知らなかった」
「逆にベータテスターじゃないのにあんなに動けるって、どういうことよ」
午前中のモンスター狩りでのアイとアスナの動きを想起してリズベットが驚き半分、賞賛半分で言う。
するとアイは両手を腰に当てて、ふんす、と豊かな胸元を誇示するように踏ん反り返った。
「えへん!私は学校の選択授業で薙刀の課目を取ってたからねっ!長い物を扱うのはちょっとだけ経験者なのだ!本当は武器も薙刀が良かったんだけど、お店屋さんに置いてなかったんだよぉ……」
「動けるってそういう意味じゃないと思うけど……。でも選択授業で、『薙刀』なんてあるものなのかしら……?」
「もしかして案外、アイさんっていいとこの学校に通ってるお嬢様だったりするのかも……」
「家では日舞も習ってたんだぁ。きびしくてつらくて、ちっちゃい頃はよく逃げようとしてたよ」
「日舞って……日本舞踊?まさか、そんな……アイさんのキャラじゃないわ……」
「アスナちゃんって私の扱いがわりとひどいよね」
「やっぱりお嬢様なんだ!目の当たりにするの初めてだわ!」
「リズちゃんの想像してるお嬢様とは違うと思うけどなぁ。結構ふつうだよ?クラブ活動もふつうにあったしね。ちなみに私、合唱部に入ってたんだよ!」
「合唱部……意外、でもないのかしら?でもなぜかしっくりこないわね」
「アイさんは運動系でも文化系でも意外なような、意外じゃないような……あ、生徒会ってイメージだ!」
「そう!アイさんは生徒会に入ってそうなイメージなのよ。はぁ、すっきりしたわ」
「生徒会に入ってそうなイメージってどんななんだろ?まぁ、たしかに入ってたけどね、生徒会」
「「ほんとうに入ってた!?」」
アイの意外な経歴に、アスナとリズベットは戦慄していた。
気恥ずかしくなったアイは話の流れを変えようと試みる。
「そういえばアスナちゃんはなんで細剣を選んだの?武器はほかにも、それこそ山のようにたくさんあったのに」
「これが一番しっくりきたから、かしら。斧とかって物騒だし、片手剣はすごく争いの道具って感じで……。細剣は軽かったし、見た目も細くて綺麗だったから」
「アイさんは通じる心得があったから槍、アスナは見た目から細剣。まぁ、本人の手に馴染むのが一番か」
「リズちゃんも似合ってるよ、そのハンマー」
「ええ、すごく似合ってるわよ、そのハンマー」
「くっ、小馬鹿にして……。あたしももっと女の子っぽいの選んだらよかった……」
各々の武器を選んだ理由などに花を咲かせて笑い合い、そろそろ休憩を終わりにしてモンスター狩り後半戦に入ろうとアイが立ち上がった。と、同時に、にわかに目つきを鋭くさせて視線を右に左に巡らせた。
残っていたレモン水もどきを自棄酒でも
「どうしたの、アイさん。そんなに警戒しなくても、まだモンスターはこの辺りには出てきてないみたいだけど」
「ちがう……モンスターじゃ……。ねぇ、二人とも……さっき、なにか聞こえなかった?」
「何かって……わたしには風の音以外は何も……。リズは?」
腰を上げてお尻についていた草を払っていたアスナがリズベットにも訊くが、リズベットは首を横に振った。
「あたしも何も聞こえなかった。風の音じゃないの?」
「ちがうの……そんな感じの音じゃないの。もっと、胸がざわつくような……。ごめんね、二人とも。すこしだけ静かにしててね」
アイにそう言われたアスナとリズベットは顔を見合わせ、一体何事かと首を捻るが言われた通りに口を噤んだ。
ごめんね、ありがとう、と短く礼を言うと、アイは
「っ!」
「ん?!」
その直後、アスナとリズベットは周囲の温度がぐっと下がったような感覚を味わった。
空気が冷たく、そして鋭くなる。その発生源は言うまでもなく、普段はわたがしのようにふわふわしたアイだった。
限界まで引かれた
呼吸すら忘れる緊迫した雰囲気は数秒ほど続いたが、ようやくアイは固く閉じていたまぶたをぱちと開く。張り詰めた空気は徐々に緩み、常態に復した。
心臓を握られたような息苦しい感覚から解放されたアスナが口を開く。
「あの、アイさん……」
見たことないアイの一面に困惑したアスナがどうしたのかと尋ねようとしたが、全てを言い切る前に唐突にアイが走り出した。
「アスナちゃん、リズちゃん、はやくっ!誰かが戦ってる!危ないみたい!」
一瞬呆気にとられたアスナとリズベットだが、アイの言葉を聞いてすぐに理解し、地面を蹴った。
☆
「はぁっ、はぁっ……アイさんっ、速いっ」
「なんでっ、あんなに足、速いのっ?!これがレベル差?!はぁっ!」
草原を駆けるアイの背中を見つめながらアスナとリズベットが追うが、精一杯の本気で走ってもその背中と左右に激しく揺れる紺碧の髪は近づかない。どころか少しずつ距離が離れていく始末だった。
ゲームの中では足の速さもパラメータの数値によって算出される。そこから持ち物などの重量が計算され、割り出された数値が物理的な速さとなる。
アイ、アスナ、リズベットの三人はパーティを組んでいたのだから、モンスターから得られるお金は同じ。拾得物、
レベルによる差は一とはいえ少なからずあるだろうが、アイと同レベルのアスナもリズベットと同様に引き離されかけていた。
すなわち、アスナとリズベットは、ステータスのパラメータや重量などではない部分で、アイから遅れを取っていた。
「気持ちの違い……なのかな」
長い髪の隙間から、アイの顔が僅かに見えた。鋭い眼光で草原の一点を睨むように見詰める姿。
荒い呼吸、口元は苦しそうに歪んでいるのに、それでも必死に足を前に送るアイが、後方に続いているアスナにも見えた。
「気持ちのっ、違い?そんな精神的なもので?」
「だって……っ、明らかにっ、わたし達より速いもの。違いなんてっ、気持ち以外にないじゃないっ。はぁっ、ふっ」
「はは、なるほどね……っはぁ。もしかしたら、システムアシストにブーストでもっ……かかるのかもねっ」
「ブースト……」
合間に荒々しく仮想の肺臓に酸素を送りながら、途切れ途切れにアスナとリズベットは会話する。
疲れが一定のラインを超え、逆にテンションが上がって半ば叫ぶように放ったリズベットの言葉が、アスナは妙に気になった。
「見えたっ!プレイヤー二人がオオカミとイノシシに囲まれてるっ!」
先陣を切るアイが、後ろにいるアスナとリズベットに聞こえるように大声で言った。
アイが目を向けるその場所は、小高い丘の向こう側だった。
街の西にある森が、この場所では間近に迫っている。街を出て草原に足を踏み入れ、なかなかの距離を歩かなければ来られないエリアだ。なぜこんなに奥まで進んでいるのかと疑問符を頭に浮かべつつ、アスナは必死に足を前に送る。
「体力……半分割ってる!私が飛び込むから、フォローお願い!」
「わかったわ!」
「任せといて!」
アイが投げ掛けてきた要請に、戸惑うそぶりもなく声を張って二人は応じた。
さらに加速したアイを追って小さな丘を、まずはアスナが越えて、次いで一足遅れてリズベットが追いつく。
「まずいわね……」
「想像以上にきつい、かな……」
飛び込んできた光景に、足は止めなかったが、さすがに思わず二人は息を呑んだ。
先程よりも離れたアイが向かう先には、伝えられていた通りにプレイヤーが二人いた。一人はおそらく成人しているだろう眼鏡をかけた女性。もう一人は小学校高学年か、いいとこ中学一年生くらいの小さな女の子だった。
しかし注視すべきは、窮地に陥っているのが数少ない女性プレイヤー達であることではなく、その女性プレイヤーを取り囲んでいるモンスターのほうだった。より正確に言えば、その数である。
「オオカミが三体と……」
「青いイノシシが五体……。って、これ、あたし達が助太刀してなんとかなるの?」
「なんとかなるかは……わからない……」
二人は走りながら状況を確認する。
通常であれば、迷いなく逃げの一手を打つであろう戦況だった。
いくら午前中に同じ種類のモンスターと戦った経験があるとはいえ、敵の数が増えればそれだけ危険度は
ヒットポイントがそのまま命と直結してしまったこの世界では、本来ならば安全をなによりも最優先すべきであった。今すぐにでも
しかし、アスナは踏み出す足を止めなかった。限界まで上げていたスピードをさらに上げ、力強く地面を踏み締め、そして蹴る。
固い意志と覚悟、決心を、はしばみ色の瞳に宿していた。
「でも……このままじゃ、囲まれているあの人達がイノシシやオオカミにやられちゃう。それがわかっていて捨て置くなんて……できないもの。ここでどうなったとしても、わたしは……逃げたくない」
「そうよね……うんっ、あたしも踏ん切りがついたわ!助けよう、絶対に。アイさんなんて、最初っから見捨てる気なんてさらさらないみたいだし」
「あのイノシシよりも猪突猛進なアイさんのフォロー、行くわよ」
「よっしゃ!任せなさい!」
決意を新たに固め、二人は先行して槍を構えているアイを追う。
アスナは腰の鞘から細い剣を抜き放ち、リズベットは片手持ちの戦鎚をぎゅっと強く握り締めた。
かなり近づいてきた前方の光景を見て、アスナが苦々しげに呟く。
「っ……間に合わないっ……」
モンスターに囲まれていた二人のプレイヤーのうち、小さな女の子のほうへとイノシシが狙いを定めていた。後ろ足で地面を二度三度蹴っている。野生動物の脅威を感じさせる速度の突進が繰り出される兆候、
アイはステータスの数値的限度を超えるスピードで救援に向かっているが、それでも
幸いにしてターゲットされている少女の体力は半分を僅かに下回った程度なので、イノシシの突進で残りの体力がすべて失われるということはない。初心者への配慮か、街の近くに出現するモンスターの攻撃の被ダメージはさほど大きくないように設定されていた。
アスナの懸念は物理的なダメージではなく、精神的なダメージだった。イノシシの突進を受け、命の危険を感じた少女がパニックになってしまわないか、それだけを恐れていた。
そこまで考えたアスナは一歩だけ進行方向を斜めにずらす。万が一、少女が動転して逃げ出してもすぐに確保できるよう、背後に回ろうとしたのだ。
「な、何してんのアイさん!届かないでしょ!」
少女の動向だけを注視していたアスナが、リズベットの慌てたような声に首を回した。
「えっ……?ソードスキル……あの距離で……?」
たとえソードスキルを放っても穂先はイノシシを捉えない。両手をソードスキルが発動するギリギリまで伸ばしても十数センチ足りない。そんな距離で、アイはソードスキルの準備動作を取っていた。
右手は槍のほぼ下端、石突きのすぐ上に置き、左手は中間より少し下気味、かぶら巻きと呼ばれる部分に据えられている。右足に重心を残して左足を前に出し、右手は限界まで後方に引き絞った。
イノシシが最大限近づいたタイミング、アイの前方を通り過ぎようとしたその瞬間、光の線がイノシシの下顎から生えるアイボリー色の太い牙を半ばからへし折り、イノシシの側頭部を貫いた。槍カテゴリの単発突きーーエクステンド・スラストが、届かないはずだったアイのソードスキルが炸裂したのだ。
思わぬところから痛撃を受けたイノシシは、満タンまであった体力の四割を消失し、加えて攻撃態勢中の被弾であったことからカウンターヒットが適用されて
「なんで、届いた……?……ううん、今はそんなことどうだっていい……」
当たるはずのなかったアイのソードスキルに疑問を抱くが、アスナは栗色の長い髪を揺らしながら頭を振って余計な考えを追いやる。
集中して事に当たらなければいけないこの場面では、ほんの些細な気の緩みが命取りになる。原因はわからずとも、それで良い方向に進んだのなら深く悩むべきではないと断じた。
「アイさんのバックアップが最優先……。リズは体力が減ってるあの二人を守って!わたしはアイさんにつくから!」
「わかった!くれぐれも無理なんかしないでよ!」
リズベットと役割を分けたアスナは救助対象に向けられていた足を再度アイへと向け直す。
取り囲まれていた二人の守りをリズベットに任せたアスナは、まるで草原に吹く風のように地を駆け、ある一体のオオカミへと照準を定める。イノシシへ攻撃を加えたアイを、オオカミが狙っていたのだ。
「ふっ!」
オオカミがアイへと咬みつく寸前、アスナの援護が間に合った。淡い緑色の光芒を振り撒く細い刀身は、無防備に伸び切ったオオカミの横腹を深々と
オオカミは尖った牙を突き立てることも、鋭い爪で切り裂くこともできぬまま、アスナが放ったソードスキルにより勢い良く吹き飛んだ。アイにまさしく横槍を入れられたイノシシのすぐ近くまで転がったオオカミは、やはりイノシシと同じようにスタンに陥った。オオカミの頭上の体力バーはぐんぐんと減り、残り三割と少しのところでようやく止まる。
「アイさん、あまり出過ぎないで。大群で囲まれたら、いくらアイさんでもどうなるかわからないのよ」
「ごめんなさい……。あと……もうひとつごめんなさい……。アスナちゃんとリズちゃんの考えも聞かずにこっちまできて、二人を巻き込んじゃった……」
オオカミを払い飛ばしたアスナは周囲のモンスターに警戒しつつ、技後硬直が解けて動けるようになったアイのそばまで寄る。どのモンスターがいつ攻めかかってくるかわからないため視線はアイの顔に向いていないが、表情を思い浮かべられるほどアイの声は沈んでいた。
アスナはこれ見よがしな大きい溜息をつき、アイの脇腹に肘を入れた。わりと強めに力を込めて。
「きゃふっ!あ、アスナちゃんっ……なにするの!」
「アイさんのばか。考えなし。向こう見ず。無鉄砲」
「う、うぅぅっ……。返す言葉もないけど、そこまで言わなくても……」
「でも、アイさんは正しいことをしてる。ばかで、考えなしで、向こう見ずで、無鉄砲だけど、それらを補って余るほど……優しい」
「ふぁ……アスナ、ちゃん……っ」
「リズは二つ返事で乗ってくれた。わたしもやるわよ。ここで何もかも見捨てて逃げたら、これから先ずっと逃げて暮らすことになりそうだから、わたしも逃げない。ここで一緒に戦うことに、なんの不満も後悔もないわよ」
「うん……ありがと」
巻き込んでしまったというアイの不安や申し訳なさを取り払うように、アスナははっきりと口にした。
ここばかりはさすがのアイも、いつもの能天気なほどに明るい声は出すことができなかった。絞り出されるように小さく、そして掠れていた。
アスナは震えるアイの肩をぽんと優しく叩く。
「ほら、アイさん、しゃんとして。後ろのイノシシとオオカミはリズが受け持ってくれたわ。わたしとアイさんでオオカミ二体とイノシシ四体を片付けるんだから集中して」
「うんっ……ぐすっ。いい子だね、アスナちゃんは」
ぐしぐしと袖で目元を拭ったアイが涙声で言う。
唐突に褒められ、アスナは顔を赤らめた。
「や、やめてよ。そんなことないから……」
「ううん、アスナちゃんはいい子。私が保証するよ」
「ぅぅ、もう……」
芯の戻った声音でアイが繰り返す。
直球過ぎる褒め言葉にアスナはこそばゆくなり、しかしどう答えればいいかもわからず、
もごもごと不明瞭な言葉を呟くアスナの背中から、小さく息を吐くアイの声が聞こえた。
「要領は午前中の戦闘と同じだけど、相手の数が多いぶん細心注意しよう。不用意に攻撃をしかけない。無理に追い打ちをしない。助け合うこと、守り合うことを念頭に置いてね。……アスナちゃんのことだからわかってるとは思うけど、一応……ね?」
アスナは、背中越しに伝わるアイの雰囲気が変わったことを認識した。喋り方もそうであるが、なにより、アイから発される言い知れない説得力と安心感がそう思わせた。
アスナは右手に握ったレイピアの柄をぎゅっと握り直す。モンスター集団に接近していた時、心に棲みつき
このSAOというゲームに飛び込んで初めて経験する最大のピンチだというのに、この窮地にアスナの顔にはほんの僅かながら笑みが浮かぶ。背に感じる微かな圧力と、
もうアスナは、負けるかもしれないなどとは小指の先ほども考えてなどいなかった。
「確認、でしょ?ちゃんと意図はわかってるわよ。理解はしてるつもりだったけど、もう一回意識し直しておくわ。……来るみたいよ」
そんな張り詰めた状況下において、アイの声は凛と響く。敵を怯えさせるように、仲間を鼓舞するように、美しく。
「さぁ、早く終わらせて帰ろっ!みんなでね!」