優しい世界のつくりかた   作:にいるあらと

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女神の声(前編)

 

 

オレンジ色に染まるはじまりの街。その片隅、民家が並ぶ一帯でアイの声が明るく透き通って響いていた。

 

「はい、お嬢さんっ。頼まれてたお守りです!オオカミの牙を仲間に加工してもらったんだよ。お店で売ってるような豪華な装飾はつけられなかったけど……こんなのでいいかな?」

 

「はい!ありがとうございます、シスター!これで彼も安全に旅ができそうです!」

 

「んー……私は聖職者じゃないんだけど、まぁいっか!喜んでもらえてよかったよ!その彼とうまくいくことを祈ってるよ!またなにかあったら気軽に声をかけてね」

 

簡素な衣服に身を包む娘の手をぎゅっと握って別れを告げ、アイは立ち去る。一度振り返ると娘はまだ民家の前で見送っていたので、最後に大きく手を振った。

 

「今回のご依頼はお守り、だったかしら?依頼主には喜んでもらえた?」

 

「うん、とっても!やっぱり街の外は危ないし、あの子も不安だったんだろうね。お守りにどれだけご利益があるかはわからないけど、あの子の気持ちがたくさんこもってるんだからきっと彼氏さんの旅もなんとかなるよ!」

 

「自分がアクセサリーとして使うんじゃなくて、大事な人の安全のためだったのね。そんな想いが強く込められたプレゼントをもらえるなんて、相手の人は幸せだわ。……素敵なお話ね」

 

アイの用事が済むまで路地の端っこで待っていたアスナと合流する。

 

誰かの役に立てて嬉しそうなアイの顔を見て、アスナも相好(そうごう)を崩した。

 

今回のお願いの品、お守りについて気になることがあったアスナは『そういえば……』とアイに問い掛ける。

 

「あのアクセサリー……お守りってどこで手に入れたの?買ってきたわけではないように見えたけど」

 

「あれね、実はティアちゃんに用意してもらったんだよ!」

 

「ティアちゃんに?でも、どうやって……」

 

「ティアちゃんって教会の外壁とか、あとステンドグラスとか、そういう芸術的なものに興味を持ってたでしょ?」

 

「ええ、並々ならぬ興味を。じーっとステンドグラスを見つめてたり、ドアノブの小さな装飾を見つめてたりしていたわ」

 

「それで私、相談されたんだよ。そういうスキルを取りたいって。クラフト系のどのスキルを取るかで迷ってて、そこで私がお願いして骨細工(ボーンクラフト)のスキルにしてもらったの」

 

「本人の趣味に沿ったスキルね。とてもいいと思うわ。それで製作第一号にあのお守りを作ってもらったってことね?」

 

「あ、第一号は私にくれたんだぁ」

 

アイの満面の笑みとは裏腹に、アスナの頬はひくついた。

 

「オオカミの爪で、珍しい綺麗なやつが倉庫に入ってたから、それを材料にして一番最初にネックレスを作ってプレゼントしてくれたんだよ!今も身につけてるの!」

 

「そ、そうだったの……。じゃああのお守りは第二号という……」

 

「それがね、同じ素材がもう一個あったらしくて、それもネックレスにして、そっちはティアちゃんが持ってるんだよ。ペアルックなんだよっ、ペアルック!ティアちゃんはやり手だよぉ〜。そのあとにお願いされてたお守りを作ってもらったの」

 

「そ、そそそうなのね……。てぃ、ティアちゃんは、アイさんには特別優しいものね……」

 

アスナの声は震えきっていたが、なんなら固く握り込んだ拳も震えていたが、ちゃんと会話が成立するよう喋っていた。違和感どころか異変を(きた)しているアスナだったが、プレゼントされたネックレスを胸元から引っ張り出してうっとり顔で眺めるアイはそれに気づかなかった。

 

気分がいいアイは靴底で石畳を軽快に叩いて、ふと辺りを見渡した。

 

「そういえばリズちゃんは?アスナちゃんと一緒に待ってくれてたはずだよね?」

 

「ええ、そのはずだったんだけど、小腹がすいたとかって言って買い物に行ったわ。もう少しで戻ってくるでしょう」

 

相手は子ども、相手は子どもと呟きながら深呼吸を繰り返したアスナが簡潔にして淡白に答える。

 

違うことに意識が向けられているアイはやっぱり気づかない。

 

「リズちゃんなら、どうせあのこげ茶色の細長い棒でしょ?まずいまずいって言うわりにはよく(くわ)えてるよね」

 

「そうなの。一度かじらせてもらったことがあるけど、ほんとうに美味しくなかったわ」

 

「なんだったっけ、たしか『シナモンと辛味のあるスパイスを棒状にして周りをハッカで固めたみたいな味』がするんでしょ?リズちゃん、よく食べてられるね」

 

「パクチーとかと同じでクセが強いぶん、ハマる人にはハマるんでしょうね。わたしは一本も完食できずにリズに返しちゃったけど。でも、アイさんもアイさんよ?あの変な食感のピーナッツもどきを好き好んでつまんでるんだもの」

 

「えー?あのピーナッツみたいなのはおいしいよ?」

 

「あれってなんだか、見た目から想像した食感とかけ離れすぎていて、噛んだ時の違和感が凄いのよ。後味だけはピーナッツっぽさを少しだけ感じるけど、高野豆腐くらいの噛みごたえのなさに加えて、鼻を抜ける微妙な酸味がもう……だめね」

 

「おいしいのになぁー。今も持ってるよ?いる?」

 

「結構です」

 

「即答だぁー……」

 

アイテムストレージから取り出した紙袋に入れられているピーナッツもどきをアスナに差し出したが、手のひらで押しのけられた。アイはしょぼんと落ち込みながら、ひと粒ひと粒指でつまみ取ってもぐもぐする。

 

住んでいる教会に帰るため歩みを進めていると、背後から足音が響いた。

 

「あっ!いた!ちょっと、待っててって言っといたでしょアスナ!探したじゃない!」

 

二人が振り返ると、左手に(くだん)の細長い焦げ茶色の棒を持っているリズベットが走って追いかけてきていた。

 

「『待ってて』なんて言われてないわよ。『アイさんのクエスト、時間かかりそうだから小腹もすいたし買い物行ってくるわね!』って一方的に言い捨てて走って行ったんじゃない」

 

「あれ、そうだったっけ?あはは」

 

笑ってごまかしながら、リズベットはアイの隣に並ぶ。手に持っていた焦げ茶色の棒を咥えて、(しか)めっ面を作った。

 

「ん、いつも通りまずいわ」

 

「そう言うと思ったよ。なんでおいしくないのにそんなの食べてるの?」

 

「このシナモンみたいな甘みと、カレーに使う香辛料みたいな辛みと、ハッカみたいな爽快感があとを引くの。そして安くて長持ちする」

 

「口寂しいのを飴やガムで我慢する、みたいな感じ?」

 

「リズ……もしかしてあなた、煙草(たばこ)の代用品として……」

 

「吸ってないから!あたしタバコ吸ってないから!とんでもない疑惑を吹っかけるな!」

 

(いわ)れのない疑いをリズベットは全力で否定する。空腹を紛らわせるのにぴったりだから、と説明してなんとか疑惑は払拭された。

 

それより、とリズベットが話を切り替える。遠くから見たら木の枝にしか見えないハッカコーティングされた棒を歯で噛んで上下に揺らしながら、アイに尋ねる。

 

「あのクエストって、結局クリアできたの?お守りが欲しいってやつ。作ってもらったのは、オオカミからドロップした爪に紐を通しただけみたいなものだったけど」

 

「リズ、行儀が悪いわよ」

 

「うんっ、喜んでもらえたよ!動物の爪や牙をお守りにするのは一般的だからね」

 

(さめ)の牙をネックレスにしているのは見かけたことがあるわ。それと同じなのかしら?」

 

「そうだね。サメの牙のほかにも、クマの爪とかイノシシの牙とか、今日渡したやつみたいにオオカミの爪や牙も、いろんな地域でお守りとして使われてるの。持ってる人の身体能力を高めるとか、たしか中国では虎の爪は幸運を呼び込むとかって言われてるよ」

 

「それって効果あるの?あたしはあんまりそういうの信じてないんだけど」

 

「そういう人も多いよねぇ。日本のお守りも同じことが言えると思うけど、きっとご利益があるって信じていたら効果もあるんじゃないかなぁ?」

 

「つまり効き目を疑う人には効かないってことね。残念ね、リズ。リズにはご利益なさそうよ」

 

「たしかにあんまり信心深いほうじゃないけど、そんな言い方されるとなんか悪いこと起きそうで怖いからやめて。そ、それにゲームの中なら曖昧なご利益とかじゃなくて、パラメータで明確に効き目があるからいいのよ」

 

「わー……これがゲーム脳と呼ばれる若者なのかなぁ……」

 

「わたしたちは真っ当な大人になりましょうね、アイさん」

 

「この世界の中ではあんたらみたいなののほうが珍しいのよ!アインクラッドならあたしみたいな考えの人間のほうが絶対多いとだけは声を大にして言わせてもらうからね!」

 

ゲーマー側(リズベット)の思考は、一般人側(アイ・アスナ)には理解されなかった。

 

教会に戻ろうとしていた三人だが、回復剤(ポーション)などが少なくなっていることを思い出したアイによって、針路が変わる。商店が立ち並ぶ一角へと寄り道することとなった。

 

「そういえば、今回のあの女の子のお願いで何件目だったかしら?」

 

「もうけっこう数こなしてるんじゃない?」

 

「わー、あれおいしそ……」

 

道の端に並ぶ屋台に目を奪われているアイの耳には、アスナの質問は届いていなかった。関心がないように感じ、少しむすっとしながらアイの手を握って揺らす。

 

「ちょっとアイさん?聞いてる?」

 

「へぅっ!き、聞いてるよ!えっと……今日の夜はシューベルトの子守唄がいいって話だよね?!」

 

「どこの電波を拾ってんの?FM?」

 

「そっ……それは一昨日の夕方、わたしがリクエストした時の話でしょう!全然聞いてないじゃない!」

 

「アスナぁ…………」

 

「あ……。違うの、リズ。ちょっとでいいからわたしの話を聞いて」

 

「ダイジョウブダヨ、アタシ、ナニモ、キイテナイカラ……」

 

リズベットが遠くを見るような目をしながらアスナから一歩二歩遠ざかった。

 

「ちがっ、違うわよ!子守唄がないと熟睡できないとかじゃなくてっ、アイさんの声聴いてるとぐっすり眠れて次の日すごく楽で!そういう変なアレじゃないの!」

 

慌ててアスナが弁解する。すでにアスナの顔は、夕暮れよりも鮮やかに赤く染まっていた。

 

懸命にアスナが説明していると、噴き出すような怪音が鳴った。リズベットの口からだった。

 

「ぶふっ……くくっ、あははっ!ひーっ、アスナおもしろすぎっ、必死すぎだって!」

 

「な、え……?」

 

アスナの詳細な釈明は逆に本人の首を絞めるようなお粗末なものだったが、そもそもリズベットも冗談でやっていたようですぐに笑ってアスナを慰める。

 

「あたしだって同じ部屋で、しかも近くで寝てるんだから、みんなが寝る時間にアイさんが歌ってるのは知ってるわよ。たしかにアイさんの子守唄聴いてると寝つきがいいし、次の日もすっきり起きれるのよね。なんだか身体も軽いし、うん。だから、ぷふっ、アスナだけじゃ……くくっ、ないわ。しかし、毎回変わる子守唄の選曲はっ、アスナが握っていたなんてね……あははっ!」

 

リズベットの謝罪、に見せかけた巧妙な煽りに、アスナは顔色を羞恥から憤怒に切り替えた。かぁっ、と耳まで朱色に(いろど)る。

 

「リズっ!あなた、知っててわたしをっ!」

 

「だってアスナ反応いいんだもーん。ちょっかいかけると楽しいのよ」

 

「〜〜ッッ!リズ!」

 

「ねぇねぇ、それでなんのお話してたの?」

 

迂闊にも、置いてけぼりを食って暇していたアイが、よりにもよってアスナが現在進行形で怒髪天を()いている時に会話に参加する。

 

さもありなんといったところか、アスナの怒りの矛先はアイに照準を合わせた。

 

「もとはといえばアイさんがっ!」

 

「えっ、えっ、私が悪いの?!」

 

「まま、アスナ深呼吸でもして落ち着いて。アイさん、アスナは神父様から受けたクエストの話をしてたのよ。街の人のお願いを何件くらい解決したの、だってさ」

 

「すぅ……はぁ……。そういえばそんな話もしてたわね」

 

「いや、そっちが先にあったんだけどね」

 

「そういえば数えたことなかったなぁ〜」

 

よく状況を理解していないままとりあえずごめんね、とアスナに謝ってから、アイは目線を斜め上に向けて指折り数えていく。指が上げられて下ろされて、何度か繰り返して、ぱんと柏手(かしわで)を打った。

 

「うんっ!忘れちゃった!」

 

アスナとリズベットは二人そろってがくりと肩を落とした。

 

やれやれと首を振ったリズベットが顔の左側で手のひらを開いたり閉じたりする。

 

「そんなこったろうと思ったわよ。前言ったでしょ?」

 

「『くえすとろぐ』だよね!憶えてるよ!」

 

「憶えていると言うわりには確実に平仮名表記だったわね」

 

「名称だけじゃなくて、クエストの内容を確認するときにはそのボタンを押すっていうところまで憶えておいてほしかった」

 

「知らない知らなーい、きこえなーい」

 

二人からの苦言には聞く耳を持たず、えっちらおっちら指先を動かしてボタンを探す。普段からよく使うコマンドは素早く見つけて押せるようになったが、それ以外となるとまだまだ覚束なかった。

 

「えっとぉ……あった!おぉっ!次で記念すべき二十個目になるよ!こんなにやってたんだぁ」

 

「ってことは、今、十九?!めちゃくちゃ多いじゃない!」

 

「アイさん、いつの間にそんなに……」

 

「いやぁ、道歩いてるときとかにちょくちょく頼まれたり、あとは神父のおじいさんから直接頼まれたり?おつかいとか小さい子のお守とか、あと模様替えのお手伝いとかもあったから、こんなにやってる実感なかったよ」

 

「お使いはともかく、子守や模様替えまでやってたのね……。時々姿が見えないと思ったら……」

 

「神父様からクエストを受注したのは二週間前(・・・・)だから、一日一件以上やってたんだ。ちょっと見直しちゃったわよ」

 

「リズちゃんは私のことをなんだと思ってるのか気になるこの頃だよ……」

 

二週間。リズベットが言った通り、教会で寝泊まりするようになってから二週間が経っていた。今日は十一月二十三日、デスゲームが始まってから計算すれば十七日目。十一月十五日にアインクラッド中を震撼させたディスコネクションと呼ばれる大事件はあったが、それ以外にはとくに深刻な問題もなく生活できていた。

 

いや、問題なく生活していることそれ自体が問題とも言えた。それはつまり、ゲーム外からの救出も、現在全プレイヤーがいる第一層の突破も未だ成し得ていないことに他ならなかった。

 

「…………」

 

この現状に、仮にとはいえグループの司令塔となっているアイは憂慮(ゆうりょ)していた。

 

今は子どもたちの保護を主軸に()えて活動している。実際にこの二週間で子どもの数も増えた。子どもの保護という重大な目的が目の前にあるためメンバーに変化は見受けられないが、この生活が安定してくればゲームクリアを考え出す。そのとき、進展のない攻略の進捗(しんちょく)状況(じょうきょう)を見てメンバーがどんな反応をするか、それがアイは不安だった。

 

街の外に出るプレイヤーも増えた。街の外周ではプレイヤーとモンスターの数の均衡(きんこう)が取れておらず、既に枯渇の様相を呈し始めている。一応アイたちのパーティのレベルや技術は向上しているので街から離れた狩場へと足を運べるようにもなっているが、それでも街の近辺ではレベル上昇もほぼ頭打ちになっている。

 

行動指針に、抜本的な変革が必要だった。

 

「しっかし、いったいいつまでお願い事は続くのかしらね。クエストログのところにあといくつあるとか書いてないの?」

 

「…………」

 

「ちょっとアイさん、聞いてる?」

 

「へ?あ、うん……ごめんね、眠たくてぼぉ〜っとしてたよ。えへへ……」

 

「……アイさん、最近考え事してること、多くない?何か悩みがあるのなら、わたしでもリズでも……年下が頼りないなら、サーシャ先生に話してみたら……」

 

感情の機微に(さと)いアスナがアイの変調に感付き、心配そうに顔を覗き込む。

 

心の底から気を揉んでくれているアスナの優しさと、握ったままだった手から伝わる温もりにアイは涙腺が緩みそうになった。

 

「ち、ちがうの!だいじょうぶだよ!昨日ちょっと寝るのが遅くて、眠たくて……」

 

「そういえば昨日寝るときは同じだったのに、ふと目が覚めた時にはアイさんいなかったわね……」

 

「たしかサーシャ先生とアイさんが食糧とかお金の管理とかしてくれてるんだっけ?……なにかあたしたちにできることがあったら遠慮なく言ってよ?全力で手伝うんだから」

 

「えへへ……うん、わかったよ。ありがとね、アスナちゃんっ、リズちゃん!頼りにしてるよっ」

 

緩みそう、ではなく本当に緩んできた涙腺によって瞳に溜まった涙を右手でくしくしと拭う。

 

感極まっているアイに、アスナとリズベットは顔を見合わせて笑みをこぼした。

 

リズベットから訊かれていたことを思い出して、アイは溢れそうになる涙を時折くしくししながらポップアップしたメニューウィンドウを操作する。

 

「あと何個お願い事あるかだったっけ?ちょっと確認してみるね。……あぁ、書いてないや」

 

「ってことは、これからもお願い事はされるかもってこと?いつになったら終わんのよ」

 

「教会に住まわせてもらっている間はずっと続くんじゃないかしら。家賃代わりだとすれば、当然といえば当然だけど」

 

「でもクエストっていう形になってるんだから、どこかで終わりがくるはずよ?」

 

「そんなに大変じゃないからだいじょーぶだいじょーぶ!」

 

「子守とか模様替え……は自信ないけど、モンスターの素材集めなら街の外に出るのにも付き合うし、お使いでも話し相手くらいにはなれるからその時は言ってねアイさん」

 

「ひゃぁぁ……アスナちゃんの優しさが心に染みるよぉっ」

 

「アスナはアイさんには優しいわね、あたしには手厳しいのに」

 

「アイさんはともかく、リズに厳しくしてるのは日頃の行いよ。行状(ぎょうじょう)を改めなさい」

 

「あたしがなにをしたとっ!?」

 

「ついさっきわたしにしてきたことをもう忘れてるのっ?!」

 

お喋りに花を咲かせながら、本来の用向きである消耗品の補充を済ませる。

 

太陽っぽい光が地平線に沈みつつある黄昏時(たそがれどき)、CPUによる商店や屋台が軒を連ねるこのエリアは時間帯もあいまって通行人が増えて混雑するが、アイたち三人の周りだけはなぜか(・・・)ぽっかり穴が空いて人が少なくなっていて、おかげでたいへん歩きやすく、お喋りも(はかど)っていた。

 

人でごった返しているはずの道をスムーズに抜けたアイたちは帰路につく。

 

「ん……?あの人、どうしたんだろ?」

 

あと曲がり角を一つ二つ折れれば教会につくというところで、アイが何かを発見した。

 

アイが立ち止まって視線を注ぐ方向にアスナとリズベットも見やる。

 

周辺の建物とは微妙に(おもむき)(こと)にする外観の民家の前に、その人物はいた。癖のある長い髪が邪魔なので紐で結びました、みたいな雑なまとめ方をした妙齢の女性。部屋着のまま外に出てきてしまったのか、起伏に富んだ身体を覆うのは透けて見えてしまいそうな薄地の布しかない。年頃の男の子には目の毒になるだろうこと()け合いのその女性は、唇に指を添えて扉の前を行ったり来たりしていた。

 

「あ、あの人、どうしたんだろ……。あんな、ネグリジェみたいな格好で……」

 

「あの建物、ドアの上のところにヴァイオリンに似た形のドアベルがついているし窓から楽器が幾つか見えるから……楽器屋さんなのかしら」

 

「あれは……ニッケルハルパかハーディ・ガーディっていう弦楽器、かな?デフォルメされてるしちゃんと憶えてないから区別がつかないや。勉強足りてなかったなぁ……」

 

「推測が立つだけでも凄いわよ」

 

「前からだけど、アイさんのゲーム以外(・・・・・)の知識の幅は広すぎるわね」

 

「はたして褒められたのかどうなのか……。というわけで行ってくるね!」

 

「……えっ」

 

「ちょちょちょっとっ!アイさん!」

 

アスナとリズベットが止める間もなく、アイは女性のもとまで走った。

 

すてててっ、とアイは一切の躊躇(ためら)いなしに駆け寄り、一切の逡巡(しゅんじゅん)なしに話しかける。

 

「お姉さん、なにかお困りごとがおありですか?」

 

話しかけられた本人はきょろきょろと辺りを見回してから、アイに向き直った。

 

「お姉さんって私のことかしら?」

 

「お姉さん以外に人いませんよ!」

 

「ふふっ。私、お姉さんって呼ばれるほど若くないわよ?」

 

「いやいやぁ、ぜんぜん若いよっ!大人の女性って感じだもん!」

 

「もう、嬉しい事言ってくれるわね」

 

初対面というのに数回言葉を交わしただけで距離を縮めているアイを、遠目に眺めている二人は驚きのあまり嘆息していた。

 

「なにかしら……。あのアイさんのバイタリティと人心掌握術には見憶えが、というより身に覚えがあるわ……」

 

「あの女の人って……NPC、でしょ……?NPCとあそこまで自然に会話が成立するもんなのかな……」

 

そんなアスナとリズベットの心境なんて露知らず、アイは扇情的な服装の女性と会話を続ける。

 

「それでどうしたの?困ってるみたいに見えたよ?」

 

「初めて顔をあわせる子に言うのもなんだけど……」

 

「ぜんぜん気にしないでっ!私、アイって言います!私は今、教会に住まわせてもらっててね、教会のお手伝いもしてるんだよ!」

 

「ああ、近くの教会に……。あそこは久しく使われてなかったはずだけど」

 

「そうみたいだねぇ。でも、今は私たちがいるから、神父様ができないことを私たちがやってるんだよ。その一環で、街の人の困り事や頼み事を引き受けたりもしてるの。だからお話聞かせて?」

 

アイが『でも、私にできる範囲ならうれしいなぁ』と締め括ると、女性はくすりと小さく笑った。ちょっと待っててちょうだい、と言い残して家の中に入った女性は、上に革製のロングコートのようなものを羽織って数十秒ほどで戻ってきた。ドアの隙間からちらりと見えた家の中は、足の踏み場もないくらいに羊皮紙や木材、弦や金具が散乱していた。

 

ちなみに弦楽器を模したドアベルは、からんころんと普通に鈴の音を奏でていた。

 

「では改めて……私の名前はリタよ。ここで楽器を作っているの。弦楽器が中心だけど、注文が入れば打楽器や管楽器も作っているわ」

 

「やっぱり楽器職人さんなんだ!?それにいろんな種類の楽器を作れるなんてすごいねっ!普通は管楽器のどれかを専門に、とか、手広くやってても管楽器系統だけ、弦楽器系統だけとかなのに!」

 

「あら、詳しいわね。でも、いろんな種類を作っているといっても私の専門は弦楽器で、他はあんまり自信がないのよ。他に楽器を作れる人間がいないから、私にお鉢が回ってくるだけ。あと切羽詰まってるというだけよ」

 

「それでも尊敬するけどなぁ。そうだ、リタさんはなんでこのあたりでうろうろしてたの?楽器を作る過程でなにか問題でも?」

 

アイが本題に切り込むと、妙齢の女性楽器職人・リタは困ったように眉を歪めた。

 

「それがね……一つ注文が入っていたんだけど、それを作るための材料が届いてないのよ」

 

「材料?木とか、弦とか?」

 

「弦楽器や打楽器の材料ならストックがあるわ。今回は牧畜(ぼくちく)生業(なりわい)としている人からの注文で、家畜を追うための角笛が壊れたから代わりを作って欲しいという依頼なのよ。牧畜用の笛だから他の楽器とは違って音階を作る必要はなくて、音がちゃんと響くように調整すればいいから多少届くのが遅れてもいいかな、とは思っていたのだけど、期限が差し迫ってきちゃって……」

 

「そうなんだぁ、それって……」

 

「それは、いつまでに納品しなければいけないのでしょうか?」

 

「二日三日もらえるならあたしたちがその、材料?取りに行きますよ?」

 

「えっと、あなたたちは?」

 

アイの後ろで話の成り行きをうかがっていたアスナとリズベットが、アイの隣に並び立ってリタに尋ねた。

 

伏し目がちな瞳を大きく開いたリタは、紹介してくれるようアイに視線を送る。

 

「こっちの髪の長い綺麗な子はアスナちゃん、こっちの髪の短い可愛い子はリズちゃんだよ。二人とも私の友だちだから安心してね。二人も協力してくれるみたい」

 

「そうなの。アスナちゃんとリズちゃんね?ありがとうね。ただ……期限が、ちょっとね……」

 

お互い自己紹介も済んで話を戻すが、リタは申し訳なさそうに三人から顔を背ける。

 

「どうしたの、リタさん?私たちこう見えてもけっこう強いから、街から遠いところでも材料取りにいけるよ?」

 

アイに促されて、それでも数十秒ほど悩んで、やっとリタは口を開いた。

 

「それが……納期は明日の夕刻なのよ」

 

「……へ?あ、あしたっ?!」

 

「想定していた以上に期限が近かったわね……」

 

「ちょっ、ちょっと待って……。あたしは笛を作るのにどれくらい時間がかかるかわかんないんだけど、明日の夕刻ってことはもう作り始めてなきゃいけないくらいじゃないんですか?間に合うんですか?」

 

リズの問いかけに、リタが首を縦にふる。リタの癖のある長い髪が上下に弾んだ。

 

「正直なところ……今から寝ずに作ってぎりぎり間に合うかどうか、ってところかしら……。あまり自信のない管楽器だし、微調整もしなきゃいけない。あまり猶予がないのよ……」

 

告げられた刻限にアイたち三人の表情が曇る。取れる選択肢の幅は、あまりに狭かった。

 

「うぅ……んん……」

 

頭を抱えて悶えるような吐息をもらすアイ。事が事だけに、お願いを引き受けるとも辞退するとも安易に口にはできなかった。

 

「あ、アイさん……ちょっと、これは……」

 

「移動時間も考えて街の周辺で笛の材料になるものを探す……か。……アイさん、今回ばかりは厳しいんじゃ……」

 

隣に並ぶ二人は、依頼を断るべきだというニュアンスの意見を出す。依頼を満足に遂行できないため、容易に受けるべきではない。そう考えて反対意見を出しているが、内心では協力したいという意思が表情や声色から表れていた。

 

「角……角笛……材料……んうぅっ」

 

「無理よ、アイさん。角が生えているモンスターなんて、少なくともこのあたりではいないもの。もしかしたらこの先のエリアにはいるのかもしれないけど、それじゃ時間が足りないわ。外に出る準備とメンバー集め……と言ってもあとシリカちゃんだけだけど……それでも時間はかかるし、それに夜になればモンスターの気性も荒くなる。月の光はあるとはいえ夜だと視程も悪い……危険よ」

 

「あたしももどかしいけどさ、今回ばかりは難しいって。角笛ってことはモンスターの角が必要になるんでしょ?アスナの言う通り、はじまりの街付近に角生やしたモンスターなんて記憶にないし、もしかしたらこのクエスト限定のモンスターがポップするのかもしれないけど、それにしたって一匹倒して、はいおしまい、じゃないしさ。この手のクエスト……角とか牙とかを持ってきてほしいっていうクエストってね、同じモンスターを何匹も倒して、ほしいアイテムがドロップするのを待たなきゃいけないのよ。どうしたって時間がかかっちゃう」

 

アイが決断できるようにと、アスナとリズベットは自分たちの知識の中から判断材料となるだけの情報を提供する。アイの責任ではなく、今現在の状況ではどうしたって解決できないことなのだと、暗に示していた。

 

下唇を噛みながら打開策がないかと俯いて考えていたアイが顔を上げる。ここまで三人の相談をじっと見守っていたリタへと目を向けた。

 

「……私たちが断っちゃうと、リタさんも困るよね?」

 

「そうね……ちょっと大変なことになっちゃうかもしれないわね。楽器のリペアならそうでもないんでしょうけど、楽器を作るのって……開けっぴろげに言っちゃうと稼ぎが悪いのよ。弦楽器だけで食べていけないから他の楽器も作るようになったわけだし、その上引き受けた仕事を断って信頼まで下げちゃうと……ね?……楽器を作る人になりたいっていう子どもの頃に抱いた夢から始めたこのお仕事だけど、遠くないうちにお店を閉めちゃうことになるかもしれないわね……。こんなこと、あなたたちに言っても困らせるだけなのに……ごめんなさいね」

 

商品の納期もそうだが、楽器店の経営も相当に後がない様子だった。

 

無理しなくていいわ、忙しいのなら断ってくれても構わないのよ。そう儚げに微笑むリタから、アスナとリズベットは心苦しさに顔を背ける。リタの目を逸らさずに見つめ続けたのはアイだけだった。

 

「……ぅー、うーっ!やだっ!あきらめたくない!」

 

断ったらどうなってしまうかを知ってしまったアイは、苛立ちから地団駄(じだんだ)っぽい足踏みをして抵抗の意思表示をする。

 

そのささやかな抵抗も意味なく、いや一部のアスナには効果覿面(こうかてきめん)だったが、やはり現状を(かんが)みて、お願い事の解決は困難だった。唯一冷静なリズベットが感情的になっているアイに言い聞かせる。

 

「でもね、アイさん。あたしだってここまでリタさんの話を聞いて諦めるのはいやだけど、どうしようもないでしょ?解決できるあてもないのに引き受けるのは、相手をぬか喜びさせるだけだし無責任よ?」

 

「それはわかってるけどっ!でも、私はどうにかしたい!力になりたいの!」

 

「アイさんはなんでそこまでやりたがるの?いつも変なところで(かたく)なだけど、今回は特によ?」

 

異常なくらいに食い下がるアイの手を握りながら、アスナが問う。

 

「……私、高校で合唱部に入ってたって言ったよね?」

 

「ええ、聞いたわ。それで歌が上手なのよね」

 

「たくさん練習したからね。……それでね、大会の時はもちろん合唱部だけで出てたんだけど、文化祭とか地域のイベントとかになると吹奏楽部と一緒に公演してたりしたの。たくさんの楽器の音色と、たくさんの人の声がとけ込んで、交じり合って、一つになって響き渡ると、もう……とっても楽しくて!とっても気持ちよくて!」

 

「合同でやったりするんだ。それ、見てるほうも楽しそう」

 

「でも、違う部活だと、練習時間の調整や意見の擦り合わせが大変でしょうに。最初にやり始めた人は凄いわね」

 

「……まぁ、やろうって言い出したの私だったんだけど……」

 

「でしょうね」

 

「わかってた」

 

「でね……大会を間近にひかえた吹奏楽部で、ちょっと不運が重なっちゃって楽器がいくつか壊れちゃったの。何個かは使ってない予備があったり、修理でなんとかなりそうだったんだけど、どうしようも手がつけられない楽器もあってね……。楽器って高価だから、一気にいくつも部費だけで購入するってできなかったの。でも大会まで日にちがなくて、保護者たちから工面してもらうことも、学校で楽器代を募るとかもできなくて、結局大会の出場を辞退しちゃったんだ」

 

「そう、なの……。気の毒に……」

 

「そういう話、あたしだめだわ……。努力が報われない話とか、聞いてられない……」

 

アイの現実世界(リアル)での体験談に、アスナはアイの手を握る力を強め、リズベットは夕暮れからさらに日が沈み暗くなりつつある空を(あお)いだ。

 

「その時、私、なんにもできなかった。合同公演にむけて一緒に練習して、いろいろ問題とか出てきてぶつかったりもして、でもいろんな人に聴いてもらいたいって気持ちはみんな同じだったから部の垣根なんて超えて助け合って、イベントを成功させたあとは抱き合って喜んで。……部活は違ったけど仲間だったの。仲間だって思ってたのに、なんにもできなかったんだ、私。……吹奏楽部の子たちが、夜遅くまでいっぱい努力して大会に向けて準備してたの、知ってたのにね。大会に出られなくなって、仲良くなった吹奏楽部の子たちが悲しそうにするのも、最後の晴れ舞台になるはずだった三年生の子たちが悔しくて泣いてるのも、私見てたのにね……なんにもできなかったんだよ。その無力感は、今でも鮮明に覚えてる」

 

アイには珍しく感情のこもらない声で淡々と語る。限りなく遠く、この地からは決して届かない場所を想起しながら、ただ淡々と。

 

彼女の為人(ひととなり)を、性格を、優しさを、この二週間と少しで理解しているアスナとリズベットは、アイがその時に味わっただろう痛切な無念をフラットな声音から感じ取った。

 

「あの時とは状況もちがうし環境もずいぶんちがうけど、思い出しちゃったんだもん……重なっちゃったんだもん。見過ごせないよ……。それにもしかしたら、楽器に心得がある人がいればこっちの世界でも演奏とかできるかもしれない。リタさんのお店がなくなっちゃったら、その機会もなくなっちゃう。だから、ね?手伝って、くれないかな?」

 

アイからのお願いに、アスナは空いている手で目元を拭い、彼女の手をもう一度力強く握りしめる。

 

「うん。何が出来るかわからないけど、やってみましょう」

 

目を赤くしたリズベットは、天を仰いだまま一つ深呼吸して口を開く。

 

「ぐすっ……なにか解決策が、っ……ある、はず。あたしも協力するわ」

 

二人の返事に、アイは涙ぐみながら微笑んだ。

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