日向の拳   作:フカヒレ

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ネタが降ってきたので、文章に起こしてみました。




第一話

 その日、天使と出会ったんだ。

 己の全てを捧げても構わないと思えるような、そんな天使に。

 

 思い返すは四歳のある日。その日は宗家の嫡子が三歳になる誕生日だった。

 日向家全体が全霊をもって祝うべき一日だというのに、父の表情が浮かないものだったことはよく覚えている。

 いや浮かないのは父の表情だけではない。集まった一族全体の空気が沈んでいた。誕生日のくせになんて辛気臭いんだ、これはお通夜じゃないんだぞと愚痴る。

 誕生日だ、バースデイだ。みんなもっとウキウキでハピハピでなければならない。そうでなければ誕生日の主役が楽しめないだろう。

 どうにかして盛り上げる方法はないかと思案していると、ふと着物の少女と目が合った。白磁の如き肌、黒絹の如き髪。桜色の唇。控えめに申し上げても天使だった。

 

「父よ、あの娘は――」

「ヒナタ様だ、宗家のご嫡子にして、お前が将来仕えるべき御人だ」

「なるほど、ヒナタ様……ヒナタ様か」

 

 天使の御名を知ったのはその時だ。なんと可憐で美しい御名なのだろうか。

 父は日頃から、己が日向の分家として生まれたことを悔いている様子だった。

 けれど思うのだ。分家で正解だったのだと。だって考えてもみろ、あんな天使に仕えられるんだぜ。それってつまり日向が天国ってことだろ。

 父が当主だとかいう、父と瓜二つの顔をしたオッサンと一言二言会話している間、ずっとヒナタ様を見つめていた。

 怯えた様子で当主の影に隠れる仕草がグット。ちょっと涙目になっているのが最高に庇護欲をくすぐられる。一瞬だけ目が合った。同じ白眼だった。美しい、舐めまわしたい。

 

「そろそろ行くぞ……おいどうした?」

「父よ、俺の至福の時間を邪魔しないで頂きたい」

「何を言っているんだお前は?」

 

 天使との逢瀬。しかし至福の時間は無情にも断ち切られる。

 ずるずると引っ張られていく。もう少しだけでもいいから天使を見つめていたかった。可能ならお言葉の一つでも頂きたかった。

 天使はどんなお声なのだろう、きっと天上の調べが如く美しい声音に違いない。

 

「全く、誰に似たのやら」

 

 父が疲れた様子で溜息を吐く。

 まぁいい、これからあの天使に仕えるのだ。お言葉を頂く機会はいくらでもある。

 野心を新たにしつつ、襟首を引っ掴まれたまま引き摺られていくのだった。

 

 

 

 で、引き摺られながら向かったのは人気のない屋敷の奥。なんだよ、誕生日パーティーじゃないのかよ。天使を喜ばせる四十八の隠し芸を披露するために呼ばれたのではなかったのか。

 困惑していると、籠の鳥の呪印がどうのこうのと説明を受けた。日向の分家に生まれるとそれを刻む必要があるらしい。そして今からそれを額に刻まれるのだと、父から申し訳なさそうに告げられる。

 

「嫌だ、絶対にそんなの嫌だ!」

「耐えろ、これは日向分家の定めなのだ!」

 

 だから諦めろと父が苦渋に満ちた顔で諫めるが、違うのだ。

 

「そういうことじゃない!」

 

 これを刻まれることによって不利益が生じるのは仕方がない。日向の定めと言うならば受け入れようじゃないか。刺青を入れることが文化の民族だって存在するし、日向もそれの一種なんだと割り切ろう。

 けれど一点、一点だけ物申したいことがある。

 

「デザインが嫌だ、やり直して」

「……そこなのか、問題はそこなのか……!」

 

 呪印だかなんだか知らないけど、要するに刺青みたいなもんだろ、一生残るんだろ。

 だったら、あんなダサい卍模様なんて刻めるか。もっとハイセンスでカッコイイ柄にしてほしい。世間様に見せびらかせてブイブイ言わせられるようなやつがいい。

 それが無理なら、せめてあの天使様に見せて、ダサい、と失望されないようなデザインにしてほしい。カッコよくなくていいから、可愛い系にしてほしい。

 お優しい天使様なら面と向かってそんなことは言わないだろうけれど、おでこを見せる度に笑いを堪えられるとかそういうギャグ路線なデザインだけは勘弁願いたい。

 父が非常に疲れた様子で尋ねてきた。

 

「……ちなみにどういう柄がいいんだ?」

「そうだな……希望としてはこんな感じかな」

 

 取り出した紙に、墨でサラッと竜をモチーフにした紋章を書き上げた。額に刺青なんて厨二状態になるなら、いっそ突っ走ってみようと考えた所存である。

 父は日頃から険しい表情をさらに険しくしながら、周囲の男と相談を始めた。

 

「……いけるか?」

「いやまぁ、呪印の機能さえ働けばそれでいいわけですし」

 

 父が暫し逡巡した末、念を押した。

 

「……いけるんだな?」

「前例がないので保証はしませんが、おそらくは」

 

 父はなんかもう疲れた、どうでもいいみたいな感じで周囲の男達に指示を出した。

 

「この子の思う通りにしてやってくれ、それくらいは許されてもいいだろう?」

 

 周囲の男達も何故か非常に同情的で、苦笑しつつ協力すると頷いていた。

 そんな感じで紆余曲折の末に、前代未聞の施術が始まった。

 まるで呪いの部屋が如く床どころか壁にまで呪文が記された部屋に案内され、その中心に座らされる。ここは本当に刺青を入れるための部屋なのだろうか。悪魔召喚の儀式の生贄になると言われたほうがまだシックリくる。

 

「それじゃあいくぞ、大人しくしていろよ」

「ちょっ、待って――」

 

 座らされるや否や、施術が開始された。

 額を万力で締め付けられるような激痛が走る。

 

「痛い痛い! すっげぇ痛い!」

「耐えろ、日向分家の試練みたいなものだ」

「麻酔無しで俺みたいなぷりちーなガキに刺青入れるとかなんなの? 拷問かよォ!」

「自分でぷりちーとか言ってるガキに可愛げなんぞあるか!」

 

 精一杯の抵抗とばかりにジタバタと暴れてやる。麻酔だ、今すぐモルヒネを寄越せ。見てくれこの震えを、さっきから止まらないんだ。

 

「あ、こら暴れちゃいかん! 術式が狂っ――あっ」

「あっ? あってなんだよオッサン! 俺のオデコになにを――」

 

 ピリッと電流のような痛みが額から響く。

 そして次の瞬間、まるで脳神経の一本一本に針をぶち込まれたような、筆舌にし難い壮絶な痛みが脳内を蹂躙し始めた。

 

「ねぇ、待ってオッサン。信じられないくらい痛いんだけど、ホントに何したの?」

「……落ち着け坊主、大丈夫だ、ちょっと偉い人を呼んでくるだけだからな」

「待って、ねぇ待って!? これちょっと本気でやば――」

 

 そこで“彼”の意識は、まるでブレーカーが落ちるかのようにプッツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 気付いたら夜。見知らぬ一室である。顔には白い布が被せられていた。

 天下の日向宗家にて医療ミスの現場を見せつけられてしまった。むしろ身をもって味あわされてしまった。訴えたら勝てるだろうか。裁判所ってどこだっけ。

 

「……喉が渇いたな」

 

 仮にも病室なのだろうし、水差しくらいは用意しておけよ。というか部屋がやけに線香臭い。なんなんだ、葬式でもした後だったのか。

 ぶつくさと文句を言いつつノロノロと布団から這い出ると、水場を求めて見知らぬ屋敷を徘徊する。

 ざっと見た限り、ここは日向宗家の屋敷に違いない。もう誕生日パーティは終わったらしく、静かなものだった。用意しておいた天使を喜ばせるための隠し芸も不発に終わった。とても悲しい。

 

「どれもこれもあの刺青の……そういや刺青ってどうなったんだ?」

 

 施術していたオッサンは失敗したみたいな口調だったけれども。まさかとは思うが、失敗して頓珍漢な模様が彫られてはいまいな。

 丁度、近くにあった庭池に顔を写す。己の長髪を掻き上げるが、そこには何もなかった。綺麗さっぱり、彫りかけの模様すらない。

 

「……途中までは彫ってたよな?」

 

 なのに跡形もなく消え去っている。これはいかなることか。面妖じゃ。まさか妖怪の仕業かと首を傾げる。摩訶不思議な“この世界”だ、妖怪の一匹や二匹では今更驚かない。

 いや“この世界”ってなんだ。世界は一つしかない、当たり前のことだ。

 違う、そうではない、世界は無数に存在する。

 相反する思考が脳内でぶつかり合い、まるで鉄の棒を埋め込まれたかのように痛む。こんな感覚は初めてだった。ぐらり、と体が揺らいだ。

 

「頭が、痛い」

 

 意識が朦朧としてきた。頭から冷水を引っ被りたい気分だ。そうすればこの頭の熱も多少はマシになるだろう。

 いっそこの庭池に飛び込んでやろうか。先住民たる鯉が驚くかもしれないが、ここは非常事態ということで突然の来訪者を許容してもらおう。

 新しい仲間を紹介するぜ、鯉の先住民諸君。

 

「そんなわけで今から飛び込もうと思うのだけれど、鯉は歓迎してくれると思うか?」

 

 突然夜闇に向かって話しかける。見る人間によっては頭がおかしくなったのではと勘繰られるような所業だった。

 けれど居る、間違いなくそこに居る。

 

「……よく気が付いた」

「寒中水泳のこと? 俺は水を被りたい、そしてここに水がある。当然の帰結じゃない?」

「違う! ……俺のことだよ」

「ああ、そっちね」

 

 暗がりから黒装束の男が姿を現した。顔をスッポリと覆う覆面のせいでくぐもっているが、声音からして男だろう。

 わかるから、わかる。そうとしか言いようがない。この屋敷周辺の事象がまるで手に取るように理解できる。入ってくる情報量に頭がパンクしそうだ。

 けれど、けれども。わかってしまうのだ。この男に抱えられているのが“誰”なのかということまで詳細に。

 

「……見逃してやるから、うちの“天使”を放して大人しく帰るっていうのはどう?」

「悪くない提案だな」

 

 どういう状況なのかはわからないが、日向ヒナタ様の危機であることは確かなようだった。ここは下僕としてお助けせねばならないだろう。

 男は片手で器用にクナイを取り出すと、切っ先をこちらに向けた。

 

「その白眼……お前も日向だな」

「一応は」

「土産は一つでもいいが……二つのほうが喜ばれるとは思わないか」

「なるほどね」

 

 つまり一緒に攫って行くと、そういうことか。ロリだけじゃなくてショタもイケる口とは、この男の背後に居るのは中々にハイレベルな奴であるらしい。

 周辺を素早く索敵。一番近くに居るのは当主とかいう父と瓜二つなオッサンだが、動く気配はない。どうにも気付いていないらしい。警備薄いよ、なにやってんの。

 仕方がない。息を軽く吐いて、構えを取る。こうなったら徹底抗戦しかない。

 

「俺とやり合う気か? やめておけ」

「心配ご無用、とだけ言っておこう」

「生意気な」

 

 ノーモーションで男から突き出されたクナイを半身になって避ける。覆面から覗く男の瞳が見開かれたのがわかった。

 それなりに腕は良いのだろう。子供一人を抱えているのに体幹にブレがない。よく鍛えている証だ。

 だが最初から最後まで“全て”視えているのなら話は別だ。ただ視えている動きにこっちが体を合わせればいい。それだけで躱すことは容易い。

 

「な、なんで当たらねぇ!」

「さぁ、なんでだろうね」

 

 返す刃での二撃目、三撃目も余裕をもって躱す。視線の向き、筋肉の動き、チャクラの流れ。全てが手に取るようにわかる。

 体がやけに軽い、頭も妙に冴えわたっている。どうにもおかしい。けれどこの場においては好都合だ、存分に利用させて貰おう。

 

「こ、これならどうだ!」

 

 焦った男が大振りの一撃を繰り出そうとして、腕が大きく上がる。脇腹がガラ空きになる。目に見えてわかる隙が見えた。今の自分になら突ける隙だ。

 威力はそこまで必要じゃない。大切なのは的確に一点を貫くこと。腰を落とし、脇を締め、弓のように体を引き絞って、矢のように構えた指を突き出した。

 

「そこだ」

「ぐおッ!?」

 

 男から苦悶の声が漏れた。間違いない、突いた。

 

「やるじゃねェか、だかその程度の――なにッ!?」

 

 ガクリと男が膝をつく。腕から落ちていく天使をすんでの所で抱き留め、反撃に合わない程度に間合いをとる。

 倒れ伏し、ビクビクと痙攣をする男を無表情に見下ろす。

 

「な、なにを、しやがった……?」

「点穴を突いた。そのうち舌先まで痺れて動かせなくなる」

 

 周囲の様子だけではない。人の全身を流れるチャクラ、その流路である経絡、そして噴出孔である点穴。その全てが手に取るように視える。

 流れが見えているのなら、それを乱すことも容易い。殺してもよかったが――だめだ、殺しては雲隠れの思うつぼ――ふと沸いた自分でも理解できない思考を振り払う。

 それにしてもこの男、どうしてくれようか。天使誘拐の罪など、どうあっても償えるものではない。市中引き回しにして鞭打ち獄門の末に晒し首が相応しいだろうか。

 絶対零度という言葉が相応しい、そんな瞳で倒れ伏し呻く男を見下ろしていると、やっと騒ぎに気が付いたのか日向家の当主様がやって来た。

 

「な!? これは一体どういうことだ!」

「いやむしろ俺が聞きたいっていうか……えっと当主様だよね?」

 

 そう尋ねると、当主はこちらに視線を向け、あり得ないとばかりに目を見開いた。

 

「お前はまさか、ネジか?」

「ネジじゃなかったら他の誰――いや、ネジ? ネジっていうのは――」

 

 ネジ――日向ネジ。

 そうだ、それが自分の名前だったなと遅まきながらに思い出す。

 当主は酷く困惑した様子で、ネジのことをジッと見つめていたが、ふと思い出したかのように男へと視線を向けた。

 

「なぜ生きているのかは知らぬが、今はコレの後始末が先か」

「そう、そうだよ当主様、この男どう――ってあちゃあ、死んでるな」

 

 口の中に毒でも仕込んでいたのだろうか。吐血した男は既に死に絶えていた。

 

「面倒なことになりそうだな、コイツに死なれると――死なれると、なんだ?」

 

 さっきからどうにも変だ。思考がおかしい。名前を皮切りに知らないはずの知識が、まるで雪崩のように脳内へと流れ込んでくる。

 日向ネジ、日向ヒナタ、そして木ノ葉隠れ。ある夜、雲隠れの忍頭が彼女の誘拐を企てた。誘拐は失敗、しかし――

 あれ、おかしいなと首を傾げた。どうして自分はそんなことを知っているのだろうか。聞いたことがない知識、会話、情景。なんだ、頭の中で何が起こっている。

 その疑問の答えが出る前に、日向ネジの意識は情報の雪崩に巻き込まれて消えた。

 

 

 

 





ヒナタ様は天使(異論は認める


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