日向の拳   作:フカヒレ

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前回はヒナタ様が成長する大事な話だったので、もう少し上手く書きたかったなと未だに反省。



第十話

「ここはどうだ、リー」

「痛たたたッ! 優しく、優しくしてくださいネジィィイ!」

「大丈夫そうだな、もう少し強めに……ん? 間違ったか?」

「ネジの間違ったは洒落に……ノォォォオッ!?」

 

 ピシピシと秘孔を突く度、木ノ葉病院の一室にリーの悲痛な叫びが響く。他の患者さんの迷惑になるから静かにしていて欲しい。

 中忍選抜試験、リーはどうやら負けたらしい。しかも全身の筋肉が断裂、さらに左腕と左足を粉砕骨折。控えめに言っても重症だった。

 今は秘孔を突いてリハビリと回復力の向上を図っているところだ。ここまで壊されると、秘孔だけで完治させるのは難しい。

 

「ギブッ! ギブアップですネジ!」

「なんだ、いつもの青春パワーで乗り切れないのか」

「くっ……そうです自分ルールです! これを耐えきれば……痛たたたッ!」

 

 秘孔というのは、点穴からチャクラを司る経絡系に直接干渉し、チャクラの流れを変えることによって様々な効果を得る技術だ。

 その技術を使って経絡系を弄り回すというのは、わかり易く言うならばツボから針を突っ込んで神経やら血管を一本一本縫い直しているのに等しい。我慢強いリーが音を上げるのも無理はない程の苦行だった。

 

「う、有情拳を使って頂くというのは……」

「男が快感で頬を染める光景を見たくないから却下だ」

 

 ネジには男を喜ばせて興奮するような趣味はない。一発で気絶させるならともかく、リハビリに使ってやるほどネジは有情ではない。

 リーが悔しそうに嘆く。

 

「くっ……この身が男であったことを悔いる日が来ようとは……!」

 

 女版リーか。怖いモノ見たさで一瞬だけ見てみたいような気もするが、常時その状態となると流石に御免である。そういう世界線もあるのかなと想像するだけで恐ろしい。

 一瞬でも浮かんでしまった酷い想像を、ネジは頭を振って追い払う。あまり長時間想像していい代物ではない。精神を削り取られる。考えすぎると夢の中に出てきそうなくらいには酷い光景だ。

 今のリーのイメージがあまりにも強すぎる。せめて脳内でだけでも美少女になってくれれば話は別なのだが、異様に濃ゆいメイクで女装をしたリーしか浮かんでくれない。訴訟問題である。

 考察の末、どちらにしてもリーに有情拳というイージーモードが実装されるルートはないことがわかった。残っているのはハードとベリーハードだが、是非とも頑張って生きて欲しいと思う。耐えるのも修行なのだリー。

 

「それにしても……お前がここまで追い詰められるほどの相手だったのか、その砂瀑の我愛羅とやらは」

「ええ、凄まじい相手でした」

「八門遁甲は使ったんだろう?」

「……それでも彼の砂の鎧を剥がし切ることはできなかった」

 

 リーは悔しそうに歯を食いしばった。切り札を出して負けるとは思わなかったのだろう。ネジもリーが負けるとは思わなかった。

 八門遁甲を使ったリーの猛攻を凌ぐとなると、固いというかもう防御力超人の類なのではなかろうか。少なくとも下忍レベルではないように思う。どうしてそんな奴が中忍選抜試験に出ているんだ。

 

「ネジ、もし本戦で彼と当たることになったら……」

「充分に気をつけるさ。忠告されていて対策も出来ずに負けました、では話にならない」

 

 砂の盾と砂の鎧。破るためのプランは既にネジの脳内で出来上がっていた。リーの報告から凡その性能は把握できている。ネジがその気になれば貫くことは容易いだろう。

 だがしかし、逆に言えばその気にならないと破れない程度には硬いということにもなる。本当にどうしてそんな奴がまだ下忍なのだろうか。さっさと上忍にでもなって欲しい。

 

「さて、こんなものだろう」

「や、やっと終わりですか……」

「文句を言うな、治療のためだ」

「それはわかっているんですが……むぅ」

 

 リーが唇を尖らせるが、全く可愛くない。またしても訴訟問題である。

 さっきの女体化云々ではないが、せめて美少女になってから出直してきてほしい。

 

「俺はそろそろ行くぞ、少しやることがあるんでな」

「ええ……ありがとうございました、ネジ」

 

 見舞いで貰ったのであろう林檎を一つ拝借して齧りつつ、病室から出る。

 すると病室の外でネジを待ち構える影があった。

 

「ネジ」

「……ガイ先生か」

 

 ガイ先生は壁に背を預け腕を組んでいる。表情はいつになく真剣だ。

 

「リーは、どうだ」

「……正直なところを言うと、難しいだろう」

 

 リーは下半身に麻痺のような後遺症が出ていた。秘孔でそれを治療出来ないかずっと試しているのだが、どうにも上手くいかない。

 白眼で経絡系を流れるチャクラを診た限り、脊椎辺りに根本原因があるように思える。しかし秘孔はあくまで対症療法にしかならず、リーの場合は問題の根本治療が必要だった。

 

「ガイ先生の知り合いに誰か信頼できる医療忍者は居ないのか」

「木ノ葉に居る医療忍者ではダメだろう。脊椎に問題があると見抜けたのはネジ、お前だけだった」

 

 揃って深い溜息を吐く。ままならないものだ。

 木ノ葉の医療レベルが低いというわけではない。リーの状態が難しすぎるのだ。

 これを機に医療忍術も学ぶべきかもしれないとネジは思い始めていた。仲間の大事に手が出せない。こんな歯痒さを味わうのはもう御免だ。

 

「秘孔による治療は続けてみよう。根本治療は無理でも、リハビリ程度の効果はあるだろう」

「ああ、頼んだぞ」

 

 別れ際に見たガイ先生は悔しそうに俯いていた。何も出来ない己の無力感を噛みしめているような、そんな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 数十分後、木ノ葉隠れのとある演習場にて。

 

「それで無様に予選落ちしたテンテン君に来て貰ったわけだが」

「どうして開口一番に傷口を抉るかなぁ!?」

 

 中忍選抜試験予選にて、テンテンは砂隠れの忍にアッサリと敗れた。疲労困憊でどうにも動きに精彩さが欠けていたが、何かあったのだろうか。

 確かに砂隠れの忍は中々の腕であったが、普段のテンテンならば勝てない相手というわけでもなかっただろうに。本当に何があったのだろう。

 

「ごめん、ネジ……色々と気持ちに整理がつかないから、ケジメに一発殴っても良い?」

「それくらいなら構わんぞ、むしろ都合がいい」

「ううん忘れて、ただの冗談……えっ、いいの!?」

 

 殴るくらいなら別に構わない。丁度試したいこともある。ここは一発どんとこい。

 そっと左頬をテンテンに向け、指で指す。右手でここを殴れという意思表示である。決してここに熱いベーゼをくれという意味ではない。

 

「だ、大丈夫? 病院行く?」

「どうしてその結論に至ったのか聞かせてもらおうかテンテン」

 

 それではまるで俺の頭がおかしいみたいじゃないかとネジが抗議した。

 ネジの思考は至って正常。むしろ木ノ葉で一番の常識人だと自負しているほどだ。木ノ葉の無駄に濃い連中の中において、ただ一人清流の如くあるのがネジなのである。

 それはさておき、顔面パンチの話に戻ろう。

 

「ぐ、グーでいくの? せめてパーにしとかない?」

「いや、むしろグーがいい。漢らしく拳でこい」

「乙女に向かって漢らしさを求める辺りが、ほんとネジだよね」

「俺の名前を罵倒のように扱うのはやめろ」

 

 テンテンが乙女なのは知っているが、それくらいでないと実験にならないのだから仕方がなかろう。だから思いっきりきてほしい。カモンパンチ。

 しかし言い出しっぺであるテンテンはなぜか気が乗らない様子で、自分の手とネジの頬に視線を行ったり来たりさせている。

 脈絡もなく殴りたいなんて世紀末ちっくなことを言い出したかと思えば突然躊躇し始めたり、どうにも情緒不安定だ。個人戦の負けを未だ引き摺っているのかもしれない。

 訓練が終わったら甘味でも奢ってやろう。彼女の素晴らしいところは、奢ってもヒナタ達のように家計が火の車にならないところだ。なんて有情なのだろうか。

 

「そ、それじゃあ行くよ?」

「待てテンテン」

 

 思いっきり腰が引けているテンテンが腕を振りかぶった瞬間に、ネジが待ったをかけた。

 いけない、これはいけないことだ。

 

「あ、やっぱりやめとく? そうだよね、そのほうがいいよね!」

「もう少し腰を落として脇を締めろ」

「そこなの!? 気になるのはそこなの!?」

「腕の引きはこうで……よし、こんなものだろう」

 

 二言三言かけて姿勢を修正。これで幾分かマシな威力になるだろう。腰の抜けた拳など笑止千万。このネジが望むのは岩をも砕くような鉄拳よ。

 さぁ来いとネジが頬を差し出すと、やっと退けぬことを悟ったのか。テンテンは先ほどまでの遠慮は最早無用とばかりに、フッと息を吐き、完璧なフォームから拳を放ってきた。

 拳はネジの頬に吸い込まれるようにして向かって行き、そしてミシリと嫌な音が鳴った。テンテンの拳から。

 

「に゛ゃああああああああッ!?」

 

 変な音を立てた右拳を胸に抱えながら、ゴロゴロとテンテンが演習場を転がり回る。

 なるほど腰の入った良い一撃だった。これならツッコみにも更に磨きがかかり、やがては世界を狙えるだろう。流石はテンテンと言ったところか。

 いつぞやのピンク髪という次世代のホープもネジの知らないところで誕生しているようだし、ツッコミ業界の未来は明るい。テンテンにはリーダーとして業界を引っ張って欲しいものだ。

 

「ね、ネジぃ……変な音した……私の手から変な音したよぅ!」

「……何かおかしいことでも?」

「おかしいよぅ! なんで殴ったほうがダメージ受けてるの!」

 

 ちなみにネジには全くダメージがない。平然としている。

 ふぇぇ、とテンテンがあまりにも可愛らしい声で鳴くものだから、もう少しこのままでいいかなとも思ったのだが、ちょっとガチ泣きが入りそうだったので、やれやれ仕方がないと手の秘孔をピシッと突いてやった。

 

「あっ、痛くない! 痛くないよネジ!」

「そうだな」

 

 先程まで転げ回っていたのが嘘だったかのように、わぁい、とテンテンがはしゃいでいる。あくまで痛みが消えただけでダメージはそのままなのだが言わないほうが良さそうだ。

 完全に治せないこともなかったが、野外有情拳なんていう特殊プレイはテンテンの望むところではないだろう。ネジは気遣いの出来る男なのである。

 

「ところでさっきのはなんだったの? 鉄の塊を殴ったみたいな感触だったけど……」

 

 ふむ、とネジは顎に手をやった。ほんの思いつきで作った技だったのだが、思っていたよりも使い道がありそうだ。

 

「内気功とチャクラを使って、瞬間的に防御力を高めてみたんだ。どうやら成功したようだな」

「その代わりに私の手が一瞬使い物にならなくなったけどね!」

「コラテラルダメージ? とかいうやつだ」

「それ使い方間違ってない? というかネジ、意味わかって使ってる?」

「おおよそ合っていれば問題ない、だから気にするな」

 

 そうだ、気にしてはいけない。

 テンテンに施した秘孔による麻酔効果が切れるのはおそらく深夜。気持ちよく寝入ったタイミングで激痛の波が訪れるだろうが、決して気にしてはいけないのだ。

 ちなみにネジ宅とテンテン宅は割と近所なので、痛みに耐えきれなくなったテンテンがヒナタに泣きついてくるまでがワンセット。

 ここで重要なのはネジに泣きついてくるわけではない、というところだ。ヒナタに泣きつく辺り、テンテンの人選はよくわかっている。甘えても大丈夫な人間を本能的に察しているのだろう。

 

「それで、どうして急にこんなことを?」

「本戦用の技を開発するためだ。日向神拳は特性上あまり観衆向けではない」

 

 中忍選抜試験本戦は、観衆の下で行う個人戦。つまりどれだけ派手にアピールできるのかが重要になってくる。

 日向神拳で爆殺してもいいが、それだと実力はアピールできても優雅さに欠けるだろう。だからとにかく人目につきやすく、かつあまり残虐ではないピンポイントな需要の技を使って勝ち抜く必要があった。

 

「どうしてやる気になったの? あんまり乗り気じゃなかったのに」

「……天使達(ヒナタ&ハナビ)に応援されたからには、もう勝つしかないだろう」

 

 ヒナタとハナビに壁際まで追いつめられ、がんばれ、がんばれ、と両サイドから耳元で囁くようにステレオ鼓舞されては、流石のネジも本気を出さざるをえない。ツインエンジェルシステムからのお告げは絶対なのだから当然である。

 日向(ヒナタ)教の天使達のために優美な勝利を奉納する。今のネジにとってはそれが全てだ。

 

「ともかく、技を片っ端から試していくから、感想を頼む」

「感想だけでいいの?」

「……喰らってみたいというなら丸太ではなくテンテンを的にするのも吝かではないが……」

「ま、丸太運んでくるね!」

 

 そうだ、そのほうがいい。ネジとしてもテンテンを八つ裂きにして殺したくはない。

 

「はい、持ってきたよ」

「ありがとう、それでは始めよう」

 

 テンテンがせっせと運んできた的代わりの丸太に向かって、拳を押し当てる。

 そして全身からエネルギーを練り上げ。発勁の要領で拳に収束し炸裂させる。

 

「ハァッ!」

 

 ネジの掛け声と共にズシン、と鈍い音が響いた。驚いた周囲の鳥達が一斉に飛び立つ。

 布団叩きをしている時にふと思いついた技だ。名前はまだない。陸奥の虎なんとか、という電波を受信したが気のせいだろう。

 

「丸太がまるで馬に蹴られたみたいに陥没して……これなら砂の鎧も破れるよ!」

「確かに破れるだろうが……違う、これじゃない」

 

 確かにこの破壊力ならば、あの我愛羅の砂の鎧を破ることは不可能ではない。

 だがこの技からは日向ではない、世界単位で違う流派の気配がする。

 技が使えるかどうかと、その技が自分らしいかどうかはまた別の問題。この技はネジらしくないので却下だ。

 

「そういうわけで次の技、行ってみようか」

 

 丸太から一歩離れて、次の技の始動準備に入る。

 左腕をチャクラごと右回転、右腕をチャクラごと左回転。二つの拳を合わせれば、その間に真空状態の圧倒的破壊空間が生まれる。

 

「コォォォォオ!」

 

 両腕に巻き起こった嵐を呼気と共に突き出し、丸太に向かって放出。暴圧に晒された丸太は、捻子切られて彼方へと吹き飛んでいく。

 

「す、凄い……あのテマリって人の風遁より凄いんじゃない!?」

「風遁ではないのだが……むぅ……」

 

 テンテンはパチパチと拍手をしているが、ネジとしては納得がいかない。

 

「こ、これもダメなの? 充分派手だと思うんだけど」

「派手さはともかく、やはり俺らしさが足りない」

 

 威力も範囲も申し分ないのだが、どうにもネジの技という感じが全くしないのだ。先ほどの技と同じで、世界単位でこれじゃない感がある。

 この調子では他の技も似たり寄ったりだろう。どうしたものかと空を見上げていると、青い空を一羽の鷹が悠々と飛んでいた。

 

「なるほど……鳥か」

「何か思いついたのネジ?」

 

 どうやら日向神拳と双璧をなす、もう一つの日向の拳を解き放つ時が来たようだ。

 

「テンテン」

「な、なに?」

「少し錆を落とす。付き合って貰うぞ」

 

 今まで封印されていた技は流石に錆び付いている。この流派を流麗に見せるつけるためには、少しばかり鍛え直さなければならない。

 

「わ、私それで死んだりしない? 大丈夫だよね?」

「……ふっ」

「笑ってないでなんとか言ってよぉ……!」

 

 この後、テンテンの足腰が立たなくなるまで滅茶苦茶修行をした。

 

 

 

 




その夜のこと、案の定ネジ宅に駆け込むテンテンの姿があったとか、なかったとか。
そしてヒナタとテンテンによる有情拳プレイがしめやかに(ry

本作での秘孔については名前だけ借りた独自設定の塊みたいなものなので、あまり深く考えないでください。

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