日向の拳   作:フカヒレ

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前半は日向無双、後半は日向のグルメ。
有情拳については最早語るまい。原作通りです。



第十二話

 試験会場全体が強力な幻術で覆われた。

 受験者の誰かが使った術の余波かとも思ったが、それにしては術式が高度過ぎる。おそらく外部からの襲撃だろう。

 襲撃、という単語が脳裏を過った瞬間、既にネジは駆けだしていた。

 日向無双流舞。瞬身の術にも似た高速移動術。それを何重にも重ね掛けし、まるで瞬間移動のように猛烈な速度で会場に居るはずの彼女達の下へと向かう。

 

「ヒナタ! ハナビ!」

「ネジ兄さん!」

「ネジ兄様!」

 

 ネジが急行すると、ヒナタはハナビを庇いながら、周囲を囲む敵に拳を叩き込んでいた。どうやら連中は、幻術を免れた相手を優先的に狙っているらしい。

 日向神拳は外部から相手のチャクラを乱して攻撃するという特性上、己の体内を流れるチャクラにも敏感だ。つまり生半可な幻術は通用しないということ。ヒナタもその例に漏れない。

 

「日向有情断迅拳」

 

 ヒナタを囲む敵集団へと突っ込み、すれ違いざまに秘孔を突きつつ駆け抜ける。

 

「俺の足が勝手に曲がっていくぅ!?」

「お、お前……痛くねぇのか? 気が付かなかったのか!?」

「おい、お前こそ!」

「え? ああっ、ああああ! 俺の腕も! おおおあああっ!?」

「き、気持ちいい!? んほおおおおおお!?」

 

 有情拳によって秘孔を突かれた敵は、アヘアヘと快楽に絶叫しながらしめやかに爆発四散。これが噂の野外有情拳プレイというやつである。大の男がこの有様、全くもって見苦しい。

 前に当主へ有情断迅拳を放った際は気絶させるに留めたが、本来はこの使い方が正しい。一応は非情な暗殺拳なのだ。しかし近頃は便利なマッサージ拳法扱いをされている。何故だ。

 倒した敵の残した遺留品を見てネジが眉をひそめる。

 

「コイツらは……砂隠れの忍か?」

 

 額当てと砂漠地帯に対応した特有の服装からして間違いないだろう。

 しかしどうして砂隠れの連中が襲ってくる。砂隠れは木ノ葉隠れの同盟里。戦闘になっている意味がわからない。

 今回の中忍選抜試験も両里の合同で行われたものだ。それくらいには友好的だったはず。だというのに、どうしてこんな事態になっているのか。

 

「ヒナタ、何があった?」

「わからないの、幻術が会場を覆ったと思ったら、この人達が急に襲ってきて……」

「なるほど」

 

 わからん。状況がサッパリ飲み込めない。飲み込めないが敵は襲ってくるので、とりあえず秘孔を突いて同士討ちさせておく。

 どういう理由があれ、天使達を襲うのであればそれは敵。同盟里であろうが木ノ葉の仲間であろうが、それは変わらない。こういう非常時に敵味方の区別をつける基準を持っておくのは大切だ。

 

「おい、なんで俺のほうにクナイを向け……ぎゃあッ!」

「か、体が勝手にぃ! 助けてくれぇ!」

「こ、こっちに来るなぁ!」

 

 仲間が仲間を殺す。酷い光景だ。一体誰がこんな惨いことをしたのだろう。そんな彼等を眺めていると少しだけ心に余裕ができたので、状況の確認がてらハナビに尋ねた。

 

「日向一族の護衛は居ないのか」

「ごめんなさい、ネジ兄様……今日はヒナタ姉様と一緒だったから……」

「ハナビが謝ることではないさ、むしろ好都合だ」

 

 ヒナタに任せるという判断は間違っていない。下手な護衛を何人もつけるより、ヒナタ一人を隣に置いておいたほうが防衛能力は高いだろう。日向一族の連中とヒナタとではそれくらいに実力差がある。

 だからむしろハナビがヒナタの傍にいてくれて助かった。護衛対象が纏まっていてくれたほうが守るのは楽だ。

 

「ヒナタから離れるなよハナビ」

「はい、ネジ兄様!」

 

 そんな会話をしつつも、どんどん集まってくる砂隠れの連中を爆散させていく。

 砂隠れの連中め、こんな大軍をどこに潜ませていた。良くみれば砂隠れだけではなく音隠れの連中も混じっているようで、倒しても倒しても湧いてくる。キリがない。

 

「……数が多いな」

 

 おちおち話もしていられないし、会場に居るはずのリーとテンテンも心配だ。

 特にリーは幻術への対抗手段を持っていないし、何より怪我のせいで満足に動けない。あまり良い状況とは言えなかった。

 

「こ、こいつらは拳法使いだ! 遠距離から忍術で攻め立てろ!」

 

 誰かが叫んだ。拳法なら遠距離戦が不得手だと考えるのは自然なことだった。

 しかし日向神拳は対尾獣決戦用暗殺拳。遠距離攻撃の手段には事欠かない。

 

「合わせろヒナタ……日向乾坤圏」

「はい! 日向天魁千烈掌!」

 

 ヒナタと並んで巨大なチャクラの波動を連続で掌から撃ち出し、辺りの敵を纏めて吹き飛ばす。

 かなり広範囲に向けて撃ち出したのだが、それでもまだ敵が残っている。ならば次の技だ。

 

「伏せろ」

 

 ヒナタがハナビを抱えて伏せたのを確認し、呼吸と共に一気にチャクラを高めていく。

 こいつらは邪魔だ。一掃する。

 

「日向有情鴻翔波」

 

 手から放射状の波動を撃ち出し、まずは前方の敵を蹴散らす。

 ネジが高めた膨大なチャクラの気配を感じ取ったのか、咄嗟に射線上から退避した者もいるようだが問題ない。

 

「ハァッ!」

 

 放射した波動はそのままに、宙へ飛び上がると気合と共にその場でグルングルンと右回転。先ほど撃ち漏らした周囲の敵を一気に薙ぎ払う。

 今度は有情拳プレイの暇すら与えず速攻で爆散させる。あの絵面はハナビの教育上よろしくない。大の男がアヘりながら爆散する様を見せつけられて万が一にも変な性癖に目覚めたらどうしてくれるのか。

 

「……これで一通り片付いたな」

 

 早くリーとテンテンを探さなくてはならない。探知のために白眼を発動させようとした瞬間、どこからか敵が錐揉み回転しながら吹き飛んできた。

 

「ダイナミックエントリー!」

 

 そして例の如くと言うべきか、続けざまに雄叫びを上げながら青い影が突っ込んで来た。その肩にはネジの探し人であるリーが担がれている。

 

「……よしッ! リーは見つかった、テンテンを探しに行くぞ!」

 

 ネジは何も見ていない。リー以外は視界に入らない。入れたくない。入るな。だから妖怪青春男よ、そのリーを置いて速やかに立ち去るが良い。

 

「待てネジ、無視は悲しいぞ!」

「うるさいぞガイ(なにがし)、俺の怒りはまだ収まってないんだ」

 

 (なにがし)扱いされたガイ(なにがし)がガクリと肩を落とす。

 今暴れ回っているのには、あのオレンジに叩きつけられなかった怒りを発散させる目的もある。消化不良のままのネジを放置したガイ(なにがし)が悪い。

 ところでリーはどうして幻術にかかったままグッタリとしているのか。

 上忍なのに部下にかけられた幻術が解けないなんて間抜けな理由はないにしても、こっちのほうが持ち運ぶのが楽とかいう理由で放置していそうな辺りが安心安定の青春男(マイト・ガイ)クオリティである。

 

「それでガイ(なにがし)、これはどういう状況だ?」

「いいかネジ、良く聞け……砂隠れが裏切った」

「なに?」

「もう中忍試験どころではない、これは戦争だ」

 

 そんなバカな、あり得ない。下忍になれば安穏とした生活を送り続けられるんじゃなかったのか。戦争なんて聞いていないぞ。

 いくら下忍といえども、戦争ともなれば危険な前線に駆り出されることになる。そういう前線任務が嫌で下忍に収まっていたのに、なんということだ。

 

「本当ならお前にも来てほしいところだが……」

 

 ガイ先生はヒナタとハナビを横目で見やると、残念そうに溜息を吐いた。

 

「彼女達からは……離れてくれそうにないな」

「当然だろう」

「仕方ない、ここは俺に任せてテンテンの救助に向かってくれ」

「もとよりそのつもりだ……だがその前にコイツを起こすとしよう」

 

 リーの秘孔をピシリと突いて強制的に目覚めさせる。経絡系を流れるチャクラを操作する技術は日向神拳の十八番だ。幻術の解除は容易い。

 

「起きろ、リー」

「ハッ……! サクラさんとの青春修行ツアーは!?」

「……まだ幻術が解けていないのか?」

 

 起きぬけ一発にアイアンクロー。これで目もスッキリ覚めるだろう。ゴリゴリとリーの頭蓋を指で抉ってやると、実に気持ちのいい悲鳴が上がる。

 

「ノォォォオ!? ネ、ネジィィィィ!?」

「さっさと起きろ、どうやら戦争になったらしい」

 

 やっと目覚めたらしいのでリーを解放してやる。しかし状況が全く飲み込めていないようで、目を白黒させていた。

 

「え!? せ、戦争ですか!? 何がどうなって!?」

「そんなもの俺が知るか!」

 

 むしろネジが聞きたいくらいだ。わかっているのは砂隠れが裏切って、突如として襲撃をかけてきたという事実だけだ。他の情報は何も降りてきていない。

 というかむしろ詳しい事情を知っている奴のほうが少ないのではないだろうか。その辺どうなっているんだと事情を少しでも知っていそうなガイ(なにがし)を睨み付ける。

 

「では任せたぞネジ!」

「おいガイ(なにがし)、この戦争についての説明は……おい!」

 

 ガイ(なにがし)がすっ飛んで行くのを見送る。あいつ説明放り出して逃げやがった。

 悪態を吐きたくなるが仕方がない。奴は行ってしまった。こんな事態になった原因は依然として不明のままだが、今はテンテンとの合流が先だ。

 印を結んで白眼を発動。テンテンを探せばすぐに見つかった。意外と近い。

 

「捕まっていろリー……飛ばすぞ」

「ハナビは私に捕まってね」

 

 ネジはリーを、ヒナタはハナビを担いで無双流舞を連発、目標であるテンテンまで最速で駆け抜ける。

 

「テンテン! 無事……のようだな」

「ネジ! ヒナタも来てくれたんだ!」

 

 これはひょっとしなくても援護に来る必要はなかったかもしれない。

 意外と言えば失礼だが、テンテンは善戦しているようだった。あちこちに彼女がぶっ放したと思われる忍具の残骸と倒れ伏した敵の姿がある。

 

「テンテン、リーを背負え」

「ちょっ、もう少し丁寧に扱ってくださいよ!」

 

 投げ渡されたリーが文句を言っているが、緊急事態だから無視だ。

 

「俺が道を拓く、一気に駆け抜けるぞ」

「凄い数だけど……ネジ一人でやれるの?」

「愚問だなテンテン、日向の拳は無敵だ」

 

 事ここに至って加減はなしだ。全力で道を切り拓く。

 奥義である呼法によってネジの体内のチャクラが凄まじい勢いで高まっていく。余波だけで近くに居た敵は吹き飛ばされ宙を舞った。ヒナタ達もあまりの風圧に顔を腕で覆っている。

 

「ハァァァアッ!」

 

 手足を振る度に迸るチャクラの奔流が進行方向に居る砂隠れの忍を薙ぎ払っていく。

 それは人の戦いではなかった。巨人が羽虫を払いのけるような、そんな一方的な蹂躙だった。

 

「く、来るぞぉ……ひぎゃあ!」

「ひ、人がボールみたいに跳ねて……皆逃げろ、逃げるんだぁ!」

「待て! 逃げるな、力を合わせれば勝てるかもしれない!」

「む、無茶言うな……ひでぶっ!?」

 

 無心に奥義を叩き込み続けたおかげか、敵はいい具合に混乱している。もう一押しで恐慌状態に陥るだろう。ならばここは敵を殺すのではなく、あえて生かし恐怖を伝播させる。

 ネジは構えを日向神拳から日向水鳥拳へと移行させた。

 

「天地分龍手」

 

 ネジの両手から発生した幾重もの真空波が砂隠れの忍達を切り刻んでいく。

 幸運にも真空波が急所に当たって即死した者も居れば、当たり所が悪く生き残り、重傷のまま血を流し倒れ伏す者も居る。この光景には死屍累々という言葉が相応しい。

 これこそがネジの狙いだった。

 

「腕が……腕がぁ!」

「いでぇよ……いでぇよぉ!」

「力を合わせたって無理なんだ! 逃げろ! あんなバケモノに敵うわけねぇだろ!」

 

 あまりに凄惨な光景に竦み上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う砂隠れの忍達。

 ついでに動けなくなった敵も回収していってくれたので、治療のために暫くは行動が鈍るはず。一気に見晴らしがよくなった。作戦は成功と言えるだろう。

 事の次第を見守っていたテンテンが、ボソリと一言。

 

「……もうネジ一人で良いんじゃない?」

「あ、あはは……」

 

 テンテンが呆れたように肩を竦めると、退避していたヒナタが曖昧に笑った。テンテンの考えていることは大体わかる。こいつ滅茶苦茶なことしやがると呆れているんだろう。

 しかしテンテンよ、一応は救助に来た相手に対して、そういう態度は良くないと思う。うっかり秘孔を突いてしまうかもしれない。

 これが平時なら鉄拳で語り合うところなのだが、緊急事態なので一先ず保留とする。よかったなテンテン、命は助かったようだぞ。

 

「とにかく避難が先だ。ここに居ては後続が攻めてくるかもしれない」

 

 皆が頷いたのを確認して、ネジは文字通り斬って拓いた道を駆け抜ける。今はハナビとリーを安全な場所へ避難させなければならない。

 これが後に木ノ葉崩しと呼ばれる大事件、その序章であるということをネジ達はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 木ノ葉崩しが収束したその日の夜のこと。ガイ(なにがし)を除く第三班とネジ家の五人は、のんびりと木ノ葉の商店街を練り歩いていた。

 里の郊外では巨大な狸に加え、それと同じくらい大きな蛙か狐かよくわからない何かが暴れていて大変だったらしいが、里内部の混乱は比較的に早く収束した。

 これも一重に木ノ葉の優秀な忍者達の奮闘の賜物である。彼等には頭が下がる思いだ。ありがとうと感謝の言葉を贈りたい。

 だが未だに戦争の理由と具体的な被害状況が下まで伝わっていないのは問題である。情報伝達の仕組みに何か不備があるのか、それとも想定した以上の被害でも出たか。

 とにかく今は空きっ腹に何か温かいものを入れたい気分だった。戦いというものは体力だけでなく精神も疲弊させる。そんな時は温かいご飯が恋しくなる。

 

「ねぇネジ兄様、お店どこもやってないよ?」

「安心しろハナビ、俺に心当たりがある」

 

 ちなみにネジ達は早々にネジ宅へと引き籠って防衛線を敷いていた。流石に下忍と怪我人と幼女の組み合わせで打って出るなんて無謀な真似は出来なかった。

 ネジ一人で突撃すれば全て解決するのでは、という無茶苦茶だが合理的な作戦案が某所(テンテン)から上がるという珍事もあったが、ネジは聞かなかったことにして黙殺した。

 普通に考えて欲しい。いくらなんでも限界というものがある。自宅の防衛線を維持しながら里中に出現した敵を狩りつくすのは難しい。出来ないとも言わないが。

 

「邪魔するぞ、店主」

「おう、らっしゃい!」

 

 ラーメン一楽と書かれた暖簾を潜れば、店主がニカリと良い笑顔で笑った。ネジも小さく笑みを返す。この混乱の中でも変わらず営業している辺りが流石である。

 他の飲食店は軒並み休業状態で、木ノ葉の里全体がどこか閑散としていた。騒動の直後で萎縮するのはわかるが、直後であるからこそあえて騒いで忘れたいという人種も居ることを忘れないでほしい。

 

「五人だ、外のテーブルを使わせてもらっても?」

「ああ、構わねぇぜ!」

 

 閑散とした木ノ葉において、この一楽だけはいつもと変わらず営業している。何時いかなる時でも最高の一杯を客に届ける。その崇高なる料理人としての誇りは、専門とする分野は違えども素直に尊敬の念が湧く。

 武道家風に言い替えるならば、どんな時でも最高の一撃を相手に叩き込む、といったところだろうか。そんな真似をすれば常時相手は爆発四散してしまうので、ネジには出来ない芸当だ。

 

「醤油を」

「あいよ」

 

 当初の予定通り醤油ラーメンを注文。店主の気風のいい返事が返ってくる。

 ネジがポツンと一人でカウンターに座る中、他の連中は店の外にあるテーブル席でキャイキャイと騒いでいた。女子の比率が多いせいかとても姦しい。男一人で取り残されたリーは少し肩身が狭そうだ。

 今日はあのオレンジと戦った時から、ずっと一楽の醤油ラーメンの気分だった。食べたいときに食べたいものを食べるのが一番。それが信条のネジにとって、今晩は醤油ラーメン一択だ。

 だがラーメンが出てくるまでには暫し時間がかかる。その間に少しつまめるものが欲しい。

 

「餃子と……そうだな、生を一つ」

 

 餃子のお供には、黄金シュワシュワ麦ジュース一択。これ以上の組み合わせがあるだろうか。なおリーには絶対に飲ませてはいけない。大変なことになる。

 麺の茹で時間を脳内で逆算しての餃子注文。一楽の麺は中太麺なのでおそらくラーメンよりも幾分か早く出てくる、というのがネジの計算だ。

 

「ネジにーさまー、こっちも餃子頼んでいーい?」

「いいぞハナビ、今日は好きなだけ頼んでいいからな」

 

 ハナビの可愛らしいおねだりに笑顔で応える。わーいと諸手を挙げて喜んでいるところが微笑ましい。いいんだ、今日は好きなだけ食うといい。

 軍資金はガイ(なにがし)の懐からボーナスとして絞り出させた。青春で脳が汚染されていても流石の上忍といったところか。下忍であるネジとは稼ぎの桁が違った。財布の中身も中々だ。

 そんなわけで今日は心置きなく外食を楽しめる。今回の一件に免じて名称を(なにがし)からガイ先生にまで格上げしてやろう。せめてもの慈悲である。

 ちなみにそのガイ先生は上忍であるせいか後始末に追われているらしい。あまりにも悲壮に言うものだから、大変だなと笑っておいたら肩を落として仕事に戻って行った。

 

「へい、餃子お待ち!」

 

 程なくして餃子と生シュワシュワが出てきた。ネジの完璧な計算通りラーメンより先だ。餃子からうっすらと漂う油の香りが食欲をそそる。小さく手を合わせて、アツアツのうちに頂く。

 カリっと焼き上げられた皮を歯で破ると、弾けるように口内で肉汁が溢れ出した。相変らず店主は良い仕事をしている。肉汁が溢れ出すということは、餡を詰める際に丁寧に皮が閉じられているということ。

 溢れ出した肉汁の舌が焼けるほどの熱さに対抗するのは、もちろんキンキンに冷やされた黄金のシュワシュワ。冷やされたグラスに注がれたそれを、グイっと一気に喉へと流し込む。

 

「……くぅッ!」

 

 思わず声が漏れた。犯罪的な組み合わせだ。熱と冷が口内でレボリューション。添え物であるというのに、これだけで満足してしまいそうになるインパクト。

 一つ目は一気に流し込んでしまったので、二つ目は冷ましてから味わう。ふぅふぅと慎重に息を吹きかけてから口に放る。

 まず感じたのはやはり肉汁だ。濃厚なラードの旨みが口一杯に広がる。そして次に来るのはニンニクのパンチ。ガツンと鼻に抜ける鮮烈な香りが脂の臭みを打ち消している。

 続けて感じるのはシャキシャキとした食感のキャベツ。良いアクセントだ。肉の旨みを損なわず、かつサッパリと食べられる肉と野菜の黄金比率がそこにはあった。

 もう何個か口に放って検分してみたが、他に入っているものはなさそうだ。シンプルだけに素材と技量の問われるメニューであったが、店主は見事なまでに纏め切っている。見事だ。

 しかしまだだ。本命は餃子ではない。今日はあくまでも一楽の醤油ラーメンを味わいに来たのである。大陸に例えるのであれば、ネジはまだ海岸に上陸しただけに過ぎない。序章だ。

 

「しかしネジは本当に美味しそうに食べますね」

「ヒナタと食に向ける情熱の一割でも忍者稼業に向けてくれればいいのにねぇ……」

 

 リーとテンテンが何か言っているが無視だ無視。ネジの人生は第一にツインエンジェル(ヒナタ&ハナビ)、第二に食、その他は有象無象なのである。

 というか彼らはネジが情熱の“一割も”向けて大丈夫だと本気で思っているのだろうか。それだけの情熱を向けるということは、即ちネジが火影の座につくということに他ならない。

 ネジが火影になったのなら真っ先に里のシンボルである顔岩はヒナタとハナビのものに変更するし、宗教も日向(ヒナタ)教で統一する。そこからはネジのネジによるツインエンジェルのための独裁政治が始まるだろう。

 

「醤油お待ち!」

 

 そんな全方位を敵に回しそうなことを考えていると、念願の醤油がやって来た。これだこれ、これが食べたかったんだよ。

 早速スープと言いたいところだが、ここはまず香りを楽しむ。

 

「む、これは……」

 

 芳醇な醤油と共に鼻腔をくすぐるのは、豊かな鶏油(チーユ)の香り。

 前が味噌豚骨だっただけに、てっきりこの店は全て豚骨ベースと思い込んでいたのだが、意外なことにこっちは鶏ガラベースの出汁のようだ。

 驚きに瞠目するネジに、店主がしてやったりとばかりに唇の端を吊り上げる。これは確かにしてやられた。

 このスープ表面に浮かんだ鶏油からして、おそらくスープは鶏ガラだけでなく、鶏足(もみじ)も一緒に煮込んで作られた濃厚な仕上がりと見た。

 

「それでは……いざっ!」

 

 戦に向かうような心地で、スープを一口。その瞬間、旨みの爆薬がネジの口内で炸裂した。鼻の奥から突き上げられるような風味にネジは暫し唖然となる。

 醤油ラーメンは醤油と銘打ってはいるものの、使われているのは生醤油ではない。厳密に言うのであれば、使われているのはチャーシューを味付けする際に使われた“醤油ダレ”だ。

 そして一楽のチャーシューが絶品であるというのは周知の事実。つまりそれの味付けに使われ、チャーシューの旨みが落ちた醤油ダレもまた絶品であるということ。

 はっきり言って、旨みの凝縮された醤油ダレは個性が強い。だからそれに埋もれて、スープの味など二の次になってしまうのではないかとネジは危惧していた。だがそれは杞憂であった。

 

「なんと濃厚な香り……これが鶏油の魔力!」

 

 鶏ガラと鶏足からとられたのであろうスープは、醤油ダレにも負けないほどに鮮烈な“個性”を持っている。すなわち鶏ガラと鶏足による、鶏油の旨みダブルパンチだ。

 この組み合わせは一見すると重いようにも思えるが、一緒に煮込まれた葱や生姜といった薬味達がスープから重さを綺麗に打ち消していて、一杯の丼に収まる頃には完璧なバランスを披露している。

 思わず寸胴鍋を凝視すると、その中では案の定というべきか。黄金と形容するのが相応しいスープがグラグラと踊っていた。

 

「も、もう辛抱ならん!」

 

 一杯の丼に魅了されたかのように麺を啜る。麺は変わらず中太のストレート。スープによく絡む構成だ。この個性の塊であるスープにおいてもなお香る小麦の香りは、この麺が今日の朝に打たれたものであることを示している。

 一心不乱に丼と格闘していたネジの箸が、ふと止まった。とあるトッピングに目が留まったからだ。

 

「……ナルト、か」

 

 これを見ると、どうしてもあのオレンジヘッドを思い出してしまう。だが食材に罪はない。美味しく頂こうではないか。

 厚めに切られたナルトからは、微かな魚の旨みと甘みが感じられる。この海の幸は、鶏の魔力よって支配された口内をリセットしてくれるのだ。

 心持ちを新たにしたネジは再び丼と向き合う。ここは手堅く麺に行くべきか、それともスープか。意表をついてトッピングのメンマという手もある。

 

「だがここはあえて……ラーメンの目玉トッピングである、チャーシュー!」

 

 ネジはこれでもかと言わんばかりに自己主張する大判のチャーシューに挑む。

 前回は味噌の上で活躍していたチャーシューだが、今回の醤油は正にホームグラウンド。また違った味わいを見せてくれるはずである。

 醤油スープでひたひたになったチャーシューを口に運ぶ。

 

「むぅ!」

 

 唸るしかない。やはり素晴らしいチャーシューだ。そして醤油スープと絡められたことによって、以前にも増した味の調和が感じられる。

 噛めば噛むほど醤油ダレの味がじゅわりと染み出してくる。醤油ラーメンのタレはこのチャーシューから産まれたのだから当然と言えば当然だ。こんなの合うに決まっている。

 

「……はふっ……ずずっ……はふっ……」

 

 そこからは一心に麺とスープを楽しんだ。気付けばまたもや丼は空になっていた。

 恐ろしい。一楽とはネジを引き込む魔境なのではないか。荒い息を吐いたネジは、カウンターの下にぶらりと力を失った腕を下げた。

 

「……店主、見事だった」

「坊主も良い食いっぷりだったぜ!」

 

 こうして戦いの夜は更けていった。気力を振り絞るようなラーメンとの戦いに、ネジは精も魂も尽き果てたのだった。

 




中忍試験が終わったので宣言通りにラーメン食わせました。
疲れた時は温かいものを食べるのが一番だと思うのです。
なお下っ端への情報伝達については本文の通りなので、ネジ兄さんたちは何も知りません。

ちょっとだけあらすじ変更。

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