日向の拳   作:フカヒレ

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テンテンを修行させるだけ。



第十三話

 木ノ葉崩しの折、三代目火影が逝去された。一週間前のことだ。

 火影といえば木ノ葉隠れのトップ。それが居なくなるのだから、関係各所の混乱は大変なものだった。

 四代目が逝去された際には引退していた三代目が復帰することによって混乱の早期解決が図られたらしいが、今回はそう簡単にいかないだろう。なにせ一代目から四代目まで全員が墓の中だ。

 

「ふぅむ……」

 

 ネジは自宅の縁側で座禅を組みながら唸った。これは中々に大変な事態なのではなかろうか。

 上忍であるガイなどは対応に追われててんやわんやだ。とてもではないが里全体が正常に機能しているとは言い難い。

 

「ネジ兄さん、テンテンさんが来てるけど……」

「……む、今行く」

 

 ヒナタの呼ぶ声に、思考の海へと埋没していた意識を戻す。

 そもそもネジが悩んでも仕方がないことなのだ。ネジの身分は所詮、一介の下忍に過ぎない。そんな存在が何を考えたところで無駄に決まっている。

 なるようになる。そう信じて日々を送るしかない。

 だがそれにしても、多少の恩がある里のために何も出来ない現状は歯痒いな、とネジは小さく唸りながら居間へと向かった。

 

「で、急に訪ねてきたかと思えば……日向神拳を覚えたい、だと?」

「うん、ダメかな?」

 

 突拍子もなく訪ねてきたテンテンが言い出したのは、そんなことだった。

 

「むぅ……」

 

 ネジは唸った。別にテンテンに日向神拳を教えるのは構わない。日向神拳は一子相伝というわけでもない、オープンソースの暗殺拳法だからだ。

 だが習得のために越えなければならないハードルは果てしないほどに高い。それはもう雲を突き抜けるほどに高い。

 

「そもそもテンテン。どうして急にそんなことを言い出した?」

「私って中距離以遠での忍具の扱いは得意でも、近接戦闘ってイマイチじゃない? だからそこを補えないかなって」

「それで日向神拳か」

 

 日向神拳は近接武術の中では最強の一角だろう。何せ相手に触れるだけで、それが即死級の攻撃になるのだ。その威力と効力については推して知るべし。

 とはいえテンテンの場合、比較対象が悪いようにも思う。周りに居るのがガイを筆頭にした体術馬鹿軍団なので、己の強さを上手く計れていないのだろう。実際には彼女の体術は中忍にも通用するレベルだ。

 ネジは唸った。日向神拳伝承者が増えるのは良いことだ。既存の日向を過去のものにすると宣言した以上、新しい日向神拳を広めて喧伝しなければならない。それは避けて通れない道でもある。

 しかしそのために解決しなければならない問題も多かった。

 

「結論から言うと……無理だな」

 

 ネジの言葉に、テンテンがあからさまに落胆する。だが仕方がない、日向神拳を扱うには天賦の才が必要なのだ。

 

「日向神拳を使うには、どうしても白眼が必要になる」

「白眼が?」

 

 北斗神拳(ほんもの)は純粋な技術の積み重ねで秘孔の位置を判別しているが、日向神拳(ぱちもの)は白眼とチャクラコントロールで秘孔を疑似的に再現しているに過ぎない。

 チャクラの放出孔である点穴から直に経絡系に干渉する、という性質上、最低でも点穴と経絡系の位置を正確に把握するための方法が必要だった。それに最も適していたのが白眼だったというだけだ。

 

「複雑な経絡系と点穴を白眼無しで見切れるなら話は別だが」

「そんなネジみたいなことは出来ないかなぁ……」

「テンテン……お前は俺のことを何だと思っているんだ?」

 

 神仙か、それとも悪魔の類か何かと勘違いしていないだろうか。テンテンと話していると時折そんな気がしてくる。少なくとも人間扱いはされていない。

 ネジ自身も割と人類から卒業しつつある自覚はあるので構わないといえば構わないのだが、こうして明け透けにその態度を示してくる猛者はテンテンくらいのものだ。

 

「じゃあ日向神拳は無理かぁ……ごめんねネジ、時間とらせちゃって」

「まぁ待てテンテン、そう結論を急ぐな」

 

 肩を落としたテンテンをそう諭す。確かに日向神拳の習得は無理だが、近接戦闘術に関しては心当たりがある。

 

「日向神拳は無理でも、日向聖拳なら習得出来るかもしれない」

「日向聖拳っていうと……中忍試験の時に使ってた水鳥拳みたいな?」

「そうだ、その日向聖拳だ」

 

 日向神拳と双璧を成す、もう一つの日向の拳。それが日向聖拳。

 こちらは完全に外部破壊のための技なので、点穴やら経絡といった難しい話は一切出てこない。チャクラさえ扱えるのであれば誰にだって習得することが可能だ。

 

「あれって私でも使えるの?」

「むしろ日向神拳より難易度は低い」

 

 何せ天賦の才なんていう代物が必要ない。誰でも努力で強くなれる。それはとてもハードルが低いということだと思うのだ。

 なおあくまでも努力次第なので、誰でも簡単に強くなれるわけではない。その辺りは注意が必要である。鍛えなければナマクラなのは、刀も人も同じなのだ。

 

「そういうわけで早速だが演習場に行くぞテンテン」

「あ、うん……なんだろう、この微かに感じる不安感……」

「早くしろテンテン、置いていくぞ」

「ま、待ってよネジ!」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで到着した演習場はガラガラだった。あんな事件が起こった直後だけに当然なのかもしれない。上忍達も部下の教導にかまけているような暇はないだろう。

 早速とばかりに、ネジは運んできた丸太を指さした。

 

「ではテンテン、この丸太を斬れ。勿論だが素手でだ」

「ねぇネジ、冒頭からいきなり無茶苦茶なこと言ってるのわかってる?」

 

 無茶苦茶とは言いおるわ。しかしこの日向ネジ、無茶は言っても無理なことを言ったりはしない。

 

「ヒナタは初見で一発クリアしたが?」

「日向一族ってそんなのばっかりなの!?」

 

 そんなのとは失礼な。日向一族に対する罵倒はともかく、ヒナタに対する罵倒は許さんぞ。テンテンでなければこの場で醒鋭孔を叩き込んでいたところだ。

 とはいえ見本もなしではテンテンも辛かろう。とりあえずやってみせる、というのは教導においてとても大切だ。そういうわけで実演をしてみせる。

 

「基本はこうして手刀に薄くチャクラの刃を纏わせる。鋭ければ鋭いほど良い」

 

 本来なら見えないほど薄く鋭くするのだが、テンテンに見せるためにわざと派手に手刀へチャクラを纏わせる。ぶぅんとチャクラが細かく空気を振動させているのがわかる。

 それを丸太に軽くそえると、それだけで驚くほど簡単に丸太に手刀が埋まっていく。深夜の通販番組でも通用するほどの驚きの切れ味だった。

 さぁ今度は君の番だぞと視線を向ければ、テンテンは唖然としたまま固まっていた。ここまでで何かおかしいことでもあっただろうか、常識的になるようにだいぶ気を使ったつもりなのだが。

 

「……それって形態変化だよね?」

「けーたいへんか?」

「その辺を全く知らないのが凄くネジらしいと思う」

 

 呆れられてしまった。聞くところによると、こうして放出したチャクラの形を変化させることを形態変化というらしい。なるほど、また一つ賢くなってしまった。

 

「最終的にこれを指単位で出来るようになれば、一先ず基本編は完了したと言って良いだろう」

「ねぇ、ネジ……それ結構な高等技術な気がするんだけど……」

 

 そうは言っても日向聖拳では基本中の基本なのだから仕方がない。発展形ともなればこれと同じことを全身で出来るようにならなければならないのだから、こんな簡単な所で躓いて貰っては困る。

 そもそも日向神拳にしろ、日向聖拳にしろ、こうした高等技術の集合体のようなものなのだ。一つ一つの技術を地道に習得することによって、やがて優雅な舞のように相手を切り刻めるようになる。

 ちなみにネジは気付いたら出来るようになっていた。努力とは日向ネジから最も遠い言葉であると断言しても良い。しかしそんなことはお構いなしに、ネジはテンテンへ尊大に言ってのけるのだ。

 

「こんなのは基本中の基本だ。最低でもこれが出来なければ、水鳥拳など夢のまた夢だぞテンテン」

 

 ちなみにネジにかかれば、触れずともその場で指を立てるだけで丸太を真っ二つにすることが出来る。テンテンが言うところの形態変化させたチャクラを極薄の刃状にして高速で発射する奥義だ。

 あまりに刃が鋭すぎて切断面の反対側から切り開かれ始めるくらい、ネジの日向聖拳は凄まじい代物だった。人に向けては絶対にダメなやつである。

 

「チャクラを放出して、纏わせて、形態変化……これ会得難易度が凄まじいことになりそうだなぁ……」

「だが会得さえしてしまえば近距離戦でこれほどに頼れる武器もないぞ?」

「そうなんだよね……」

 

 うーん、とテンテンは考え込んでしまった。そこまで考えることだろうか。もっと気楽に、通信空手を習い始めるくらいの心持ちでいいのではないかと思うのだが。

 中遠距離では忍具の射出による面制圧能力、近距離では日向聖拳による圧倒的な格闘能力。この二つを兼ね揃えれば、テンテンは忍として一つ上の高みに上ることが出来るのだ。

 

「うん、決めた! お願いネジ、私に日向聖拳を教えてください!」

「……修行は辛いものになるかもしれないぞ」

「覚悟の上よ!」

「一度始めれば修行が一段落するまで許さないが……それでも?」

「ちょ、ちょっと不安だけど、どんな苦行もドンとこい!」

「ふむ、良い心意気だ」

 

 ならば修行を始めよう。ネジはどこからか巨大なツボを取り出した。

 

「あの、ネジ……これは?」

「ツボだな」

「いや、そうじゃなくて……中身のことなんだけど」

「石だな」

「その石が熱で真っ赤になってるんだけど」

「そうでなくては修行の意味がないだろう」

 

 これはネジが修行用に木ノ葉の忍具屋さんにお願いして作って貰った、中の石がいつまでも冷めない特製保温ツボだ。定価にして二十八万両の品物。

 日向宗家の師範代だった頃の給金を考えればお買い得であったが、今なら手を出そうともしないくらいには高価な代物だった。

 

「あの、ネジ……私に何をさせる気なの?」

「ここに手刀を叩き込む。中の石が細かい砂になるまでな」

 

 限界まで熱された石は大気を揺らしながら、遠くで見ているだけのネジ達の額から汗が滲むほどの高温を発していた。触れれば火傷どころではすまないだろう。

 テンテンがツボを見た。そしてネジを見た。またツボを見た。そして逃走の姿勢に変わった。

 

「おうちかえる!」

「しかし残念、回り込まれてしまった」

 

 無双流舞でテンテンの逃走方向へと回り込み、襟首を掴んでツボの前に投げ飛ばす。ネジは普段は温厚な人間だったが、修行をつけるとなったからには鬼畜スパルタに変身するのだ。

 

「さぁ、やれテンテン」

「むりだよぅネジ! こんなのに手なんか入れたら焼けちゃうよぅ!」

「チャクラを手に纏えば大丈夫だ、ほら」

 

 泣き言をほざいているので、実演とばかりにツボへと手刀を突き入れる。肘までずっぽりだ。ほーら熱くない、熱くない。

 

「そんなの出来るのネジだけだってばぁ!」

「ヒナタも出来た、その妹のハナビも出来た、だからお前も出来る」

「そんな三段論法要らないから! ほんと日向一族ってどうなってんのさ!」

 

 そんなもの日向から抜けたネジが知るわけもない。とりあえずあの姉妹は大丈夫だったというだけの話だ。とにかくやれ、せめてやってから泣き言をほざけ。やったこともない奴が何を言っても仕方がない、何事も経験だ。

 第一、ネジが不可能な試練を課すわけがない。テンテンなら可能だと踏んだ上でこの修行を強制するのだ。そもそもこのツボ漬修行法にしても、一見すると拷問にしか見えないが実際は素晴らしく効率的な修行法なのだから。

 熱さから身を守るために常にチャクラを纏う練習になるし、石を切り裂くことによって形態変化の練習も一緒にできる。一石二鳥である。石だけに。日向聖拳だけに。

 これが砂に変わる頃には、きっとテンテンの手は立派な凶器に変貌していることだろう。今から愉しみで仕方がない。仲間の戦力アップは悦ぶべきことだ。

 

「そういうわけだ、やれテンテン」

「ふぇぇ……もう滅茶苦茶だよぅ!」

 

 泣きながら半ば自棄になったテンテンがツボに手刀を突き入れた。ほら大丈夫だった。言うほど難しい修行ではないのだ。

 そしてこうやってなんやかんや言ってもキッチリ修行に励む辺りがやはりテンテンなのだなと、ネジはそんなどうでもいいことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 その晩のこと。台所でヒナタは小さくはにかんだ。今晩のお味噌汁はとても上手に出来た。

 鰹で取った出汁に、具材はワカメとお麩、そしてネギ。シンプルだがそれゆえに出しゃばらない。添え物としての分をわきまえた美のようなものを感じる。

 ちょうどご飯も炊きあがった。業務用炊飯器のランプが点灯する。ご飯は沢山炊いたほうが美味しい気がするのは、決してヒナタの気のせいではないだろう。

 一通りのことは出来るようになったが、料理の腕はまだまだネジには及ばない。武術と同じで精進あるのみだ。

 鼻歌を歌いながらエプロンを外したヒナタは、ネジを呼びに行くことにした。この時間ならば縁側で瞑想をしているはず。

 

「ネジ兄さん、晩御飯の用意が……」

 

 言いかけて、ヒナタの言葉が止まる。

 ネジは座禅を組んだまま、ジッと空を見上げていた。その視界の先を目で追えば、そこには真ん丸なお月様があった。今にも落ちてきそうなほどに輝いている。

 ヒナタにはネジのその姿が、どこか儚いものに見えた。このままどこか遠くへ行って、そのまま消えてしまいそうな、そんな脆さがネジからは感じられた。

 その考えを振り払うように、ヒナタはぶんぶんと頭を振った。ネジに限って有り得ない。だってネジ兄さんは誰よりも強いのだから。だから居なくなったりはしない。

 けれどその不安を煽るかの如く、ネジの瞳は虚ろだった。月に反射しているのか、キラキラと光の粒子を散らしたかのように輝く瞳は、美しいが酷く無感情だ。

 思わずヒナタは叫んでいた。

 

「ネジ兄さん!」

「……ん? ああ、ヒナタか……どうした?」

「どうしたじゃなくて……」

 

 ネジの瞳から先ほどの光は消え、生気が戻っていた。あの儚く消えそうだった雰囲気ももうない。あれは幻だったのかとヒナタは目を擦った。

 

「ご飯が出来たから呼びにきたの」

「ああ、そうか、すまないな……」

 

 ネジはいつも通りだ。何の心配もない。

 そう頭ではわかっているはずなのに、なぜか胸騒ぎがした。

 




おや、ネジ兄さんの様子が……。

ネジ兄さんにはこれからもお腹いっぱいになってもらう予定なんですが、いっそグルメ系で一本SS書こうかなと思案中。
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