日向の拳   作:フカヒレ

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シリアスが仕事をし始める。

ちょっと時間がなかったので細部まで手が回りませんでした。
細かい所は後日修正するかもしれません。



第十四話

 ある夜のこと。正座するネジの前に、怒り心頭のヒナタが仁王立ちしている。

 

「どうするの、ネジ兄さん」

「……どうするかな」

 

 本当にどうしたものか。ネジとしては頭を抱えるしかない事態だ。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

 

「ねぇ、ネジ兄さん……お金、ないんだよね?」

「ああ、ないな」

「それなのにお仕事までなくなっちゃって……どうするの?」

「……どうするかな」

 

 問題はネジが三代目火影と交わしていた契約にあった。あろうことかネジは、三代目火影と直接の雇用契約を結んでいたのである。ネジが木ノ葉で働くにあたっての最低ラインがその契約だった。

 つまるところネジの立場は火影に雇用された下忍待遇の傭兵であって、決して里の下忍ではないのだ。

 それの何が問題なのかといえば、三代目火影が死ぬことによってその契約が強制的に破棄されてしまったことだ。要するに日向ネジは目出たく忍者をクビになったのである。

 日向ネジ、学歴なし、無職。強烈な文面だ。

 

「すまないヒナタ。三代目なら大丈夫だろう、と高を括っていたのが間違いだった」

 

 せめて三代目が五代目に契約を引き継ぐまで存命であったなら話は別だったのだが、三代目の顛末はあの通り。

 この間までは宙ぶらりんのまま下忍で居られたのだが、先日五代目が着任した際に雇用契約が露呈。あえなく契約破棄からの失業と相成った。

 とはいえここで簡単に再契約をしてはいけない。木ノ葉はネジに首輪をつけたがっている。おそらく再契約ともなれば、上忍待遇での契約に変更されてしまうだろう。

 下忍待遇で安全圏から平和な生活を送りたいネジにとって、これは死活問題だった。相手が焦れて、前回同様の下忍待遇で迎え入れるまで我慢比べをしなければならない。

 

「問題は再契約までどうやって食い繋ぐか、だが」

 

 無論だが前回の契約にメリットがなかったわけではない。給金には多少の色がついていたし、何より三代目火影直々の庇護があった。日向家の檻から出たネジがヒナタを守るには、どうしても後ろ盾が必要だったのだ。

 それを得るための契約であったし、それのおかげでネジ達は権力から守られた状態にあった。今更なんの弁明にもならないが、あの形態で契約することの意味はあったのだ。

 

「……とりあえず食っていくだけならアテがないこともない」

「ネジ兄さんのアテって大体アテにならないんだけど……大丈夫?」

 

 凄く心配そうにヒナタが問いかけてきた。欠片も信用していない目だった。ネジは少しだけ泣きそうになる。あくまで泣きそうになっただけで泣いてはいないはず。

 

「こ、今回は大丈夫だ。少々特殊な環境のようだが、穏やかに暮らすぶんには一生困ることはない……はず、多分」

 

 ネジが必死に弁明するも、なお訝しげなヒナタ様。どうやらこの手のことに関しては、信用は地を這う虫以下と思っておいたほうがよさそうだ。

 それで問題のアテについてだが、毎度の如く飛んでくる電波から得た情報なので今一つ信用出来ないものの、試してみる価値は充分ある。特に今の状況を打破するためにはうってつけのはずだ。

 

「そういうわけで俺は今からそのアテを当たってみる」

「え? 今から行くの?」

「正攻法での到達方法がわからない以上、ゴリ押しで行くしかない場所だからな……そのためには夜のほうが都合がいい」

 

 それにいくつか確かめたいこともある。ついでにヒナタのストーカー予備軍だとかいう謎の人物についても対策を講じておきたい。

 

「そういうわけで、サッと行ってサッと終わらせてくる」

「えぇ……?」

 

 そんなわけで。

 困惑するヒナタを置いて、ネジは単身、月へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝のこと。ガンガンと玄関を叩く音がした。

 庭で朝の鍛錬をしていたヒナタは、何事かと玄関へと向かう。そこには任務用の装備を整えたシカマルが居た。

 

「朝からすまねぇな、ネジは居るか?」

「えっと……ネジ兄さんに用事?」

 

 ヒナタは困ったとばかりに眉をハの字にしてみせた。タイミングが悪い。

 

「ごめんねシカマル君、ネジ兄さんは昨日の夜から留守にしてるの」

「そりゃ参ったな……どこに行ったのかわかるか?」

「えっと……月だって」

「……つきってあの月か?」

 

 シカマルは訝しげに空を指さした。その通りだ。ネジはその月に行ってしまったのだ。ヒナタもその目で見ていなければ、こんな荒唐無稽なことは言えなかっただろう。

 日向水鳥拳の奥義に、使い方を間違えると何故か無限に天高く上昇し続ける拳がある。ネジはそれを使って、月まで飛んで行ってしまったのだ。物理的に。

 まさか日向水鳥拳にそんな使い方があるとは思わなかった。とはいえヒナタの場合、例えそうやって使えると知っていてもネジのように実行に移したりはしないが。

 

「……相変らず常識の通用しねぇ奴だな……」

「な、なんだかごめんね?」

「いや、ヒナタが謝ることじゃねぇよ……アイツがおかしいんだ」

 

 身内のことだ、ヒナタが謝るのも当然だった。それにネジに常識が通用しないのは確かなのだ。近頃はヒナタもその領域に片足を突っ込んでいるような気もするが、流石にネジほど人間を辞めてはいない。

 困った様子で目を逸らすシカマルに、ヒナタが尋ねた。

 

「なにかあったの?」

「……一応極秘なんだが……そのうちヒナタの耳にも入るだろうし構わねぇか」

 

 シカマルが言うには、あのサスケが大蛇丸なる人物にそそのかされ、里を抜けようとしているらしい。シカマルは小隊を組み、それの追跡に向かうのだそうだ。

 サスケはおそらく力を求めたのだろう、というのがシカマルの予想だった。そんなことをするくらいなら、ネジに弟子入りしたほうが数段手っ取り早いと思うのはヒナタだけなのだろうか。

 少なくとも先日ネジに師事したテンテンは凄まじい勢いで強くなっている。体術だけに限れば上忍レベルと言っても過言ではないだろう。

 

「ネジが居れば心強いと思ったんだがなぁ……」

 

 心強いというか、むしろ過剰戦力だ。

 里上層部はネジという戦力をどう考えているのだろうか。日向神拳は一騎当千の拳法。それをたかが下忍の追跡に充てるなどバカげている。幼児の喧嘩に火影が出張るようなものだ。

 そんなことを考えていると、ふとヒナタの脳裏に閃いた案があった。日向神拳の使い手はここにもう一人居るではないか。念のために一度脳内で吟味してみるものの、悪くない案に思える。

 

「あ、あの、シカマル君……私でよければ……行くよ?」

「ネジの代わりにってことか? そりゃありがたい話だが……大丈夫なのか?」

 

 ここでシカマルの言う大丈夫なのかとは、勝手にヒナタを危険な任務に連れ出したことがバレて、後になってネジに報復されるのが怖いのだが大丈夫なのか、という意味だ。

 決してヒナタを心配しているわけではない。ヒナタの実力は同期の間では有名だ。中忍選抜試験でのネジとの日向神拳合戦もそれに拍車をかけた。

 

「ネジ兄さんに依頼ってことは、五代目様から別途で報酬が出るんだよね?」

「ああ、確かにネジ用に預かった金はあるけどよ……」

「だったら大丈夫」

 

 今はとにかく纏まったお金が必要だった。稼ぎのためだと言えばネジも強くは言えないだろう。今の資金難に一番危機感を持っているのはネジなのだから。

 そういうわけでネジが報復する可能性はとても低い。ゼロではないところが少々アレだが、何事にも絶対はないのだから勘弁してほしい。

 そんなわけで、ヒナタはサスケの追跡をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ネジは無事に月へと到着していた。

 そして月の中にはもう一つの世界がある。空気もあれば水もあり、空だけでなく昼夜すら存在する。

 ネジはそんな月の内部にある、とある遺跡にやって来ていた。その足取りはまるで熱に浮かされたように覚束ないものだった。

 

「……お前……いや、貴方が俺に知識を植え付けたのか」

 

 朽ちかけた墓に向かって、憔悴した様子のネジが問いかけた。

 時折ネジの脳内に流れ込む電波。それが発信されているのは間違いなくこの場所からだ。

 ぼぅっと光る手の平サイズの玉がどこからか現れ、ネジの周囲をグルグルと回る。

 

「あんなものを見せて……力まで与えて俺に何をさせたい? 地上を滅ぼせとでも言うつもりか」

 

 ネジの白眼が脈動する。“彼”が何かを伝えようとしている。

 瞬間、膨大な量の知識がネジの脳内に流れ込んでいく。あまりの衝撃に、ネジは思わず膝をついた。息が荒くなる、目の焦点が合わない。

 

「大筒木……? なるほど、貴方が“そう”なのか」

 

 ならばこれが世界の真実、この世界の未来。

 十尾やらカグヤやら、あれはネジの妄想というわけではなかったらしい。

 

「なるほど、それで俺を選んだというわけだ」

 

 光る玉は肯定するように何度か明滅すると、そのまま空気に溶けるようにして消えていく。

 ネジは舌打ちを零し、拳を遺跡の石床に叩きつける。ミシリと床から嫌な音が鳴る。暫しネジの荒い息の音だけが遺跡の中に響いた。

 

「……人生、ままならんものだ」

 

 息を静かに整える。ここで憤っていたところで、事態は何も変わらない。

 自嘲するような笑みを浮かべたネジは、そのまま無言で月を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと」

「おかえりなさい、ネジ兄さん」

 

 ネジが帰宅すると、やたらと機嫌の良いヒナタに迎えられた。何か良いことでもあったのだろうか。

 後ろ手に隠していたそれを、ヒナタがどうだと言わんばかりに見せつけた。

 

「えへへ、見て!」

 

 それは千両札の束だった。数か月分の生活費にはなるだろう。

 褒めてとばかりにヒナタがはにかむ。

 

「……ヒナタお前……」

「どう? 頑張ったんだよ」

「何か悪いことでも手を出したんじゃ……」

「ネジ兄さん?」

 

 無論だが善良という文字を人型にしたような存在であるヒナタがそんなことをするとは思ってはいない。冗談だ、日向ジョークというやつである。

 だからそんな怖い顔をして凄まないで欲しい。他人から見れば笑っているようにしか見えないのかもしれないが、付き合いの長いネジにはそれが絶対零度の微笑みだということがよくわかる。

 

「……それよりも飯にしようじゃないか」

「誤魔化してるでしょ」

「そ、そんなことはないぞ!」

 

 そうだ、そんなことはないのだ。だから早く飯にしようじゃないか。

 実は良い鶏肉が手に入ったのだ。今日は豪勢に丸焼きにでもしよう。産地が月とかいう良くわからない代物だが高級品には違いない。

 

「どうせ月に行くのなら、兎でも狩猟してくるべきだったか……?」

「ネジ兄さん?」

「いや、なんでもない」

 

 

 

 食事が終わった後、縁側で月見をしながら、ふとネジが問いかけた。

 

「なぁ、ヒナタ。この世界は好きか?」

「……急にどうしたの?」

「少し思うところがあってな……それで、どう思う?」

 

 きっとネジの瞳がいつになく真剣だったからだろう。ヒナタは暫し逡巡した末に、言葉を紡いだ。

 

「私は好き、かな。辛いことも沢山あるけど、ネジ兄さんが居て、ハナビが居て……そんな世界が私は好き」

「そうか……そう、だな」

 

 ネジも同じだ。この世界が好きだ。ヒナタが居て、ハナビが居て。最近はそこに第三班のメンバーも加わった。

 そんな世界はとても眩しくて尊いものだと、ネジは心の底からそう思う。ならばネジが進むべき道は一つ。最早迷いは晴れた。

 

「すまない、ヒナタ」

「……えっ?」

 

 ネジはヒナタの秘孔を突いた。抵抗はなかった。

 

「な、どうして……ネジ、兄さ……」

 

 意識を落としたヒナタを支える。明日の朝までは確実に目覚めることはない。

 

「すまないヒナタ、だが俺は……行かなくてはならない」

 

 月の意思が言っていたことが全て本当だとは限らない。だが従うにしても、背くにしても。どちらにしてもネジは真実を知る必要がある。

 きっと旅は険しいものになるだろう。遥か昔のことだ、望む情報が残っているかも怪しい。

 けれどもネジは行かねばならない。そしてそれはネジが一人で為さなければならないことなのだと思う。ヒナタを連れていくわけにはいかない。

 ヒナタを布団に寝かせると、ネジは手早く荷物を纏めた。元々ネジの私物はあまり多くない。持ち出すものと言ったら、最低限の食料と中華鍋、それに厳選した聖典(ヒナタの写真)くらいのものだ。

 外に出たネジは、ジッと天に在る月を睨み付けた。その瞳には二重十字の紋が輝いている。

 

「死んだ人間が余計な面倒をかけてくれる……恨むぞ、大筒木ハムラ」

 

 植え付けられたあの知識がもし嘘だったのなら、月ごとあの遺跡を両断してくれる。ヒナタから離れさせるのだから、それくらいの覚悟はあるのだろう。

 その日、日向ネジは忽然と木ノ葉の里からその姿を消した。置手紙すらなかった。

 

 




駆け足ですが、これにて第一部完。
完結編に関しては、書くかどうか未定です。

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