日向の拳   作:フカヒレ

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おかしい、こんなはずじゃなかった。
ヒナタ様かわいいprprしたいって気持ちを文章にしただけなのに。


第三話

 あの事件から二年ばかりが経ち、天使が増えた。

 柔らかくて温かい。ふわふわで今にも壊れそうな彼女。それでもこっちの指を懸命に掴むその姿からは、確かな生命の強さを感じさせてくれる。

 要するに日向宗家次女たるハナビ様の御生誕である。当然だがまだ赤ちゃんだ。まだ目も満足に開いていない産まれたてだ。

 

「……天国か、ここは」

 

 ヒナタ様非公式写真集はそろそろ五冊目に突入する勢いだが、これはハナビ様の写真集も作り始めねばならないだろう。

 この愛おしい姿を未来永劫に残るよう記録に残しておかなければならないという強い使命感が沸き起こる。

 特にハナビ様を抱いたヒナタ様の姿など、まるで聖母の如く神々しい。鼻から信仰が溢れ出そうになる。なんなんだこの生物は。尊い、尊過ぎる。

 白眼メモリに保存した写真を今すぐにでも現像し、それを設計図に彫像として御神体にしたい所存である。

 表情にはおくびにも出さず内心で悶えまくっていると、ヒナタ様に抱かれていたハナビ様がぐずり始めた。ヒナタ様がすかさず、よしよしとあやす。

 

「あっ、もしかしてお腹が空いたのかな? ネジ兄さん、ミルクをお願いできる?」

「はい、かしこまりましたヒナタ様」

「もう、それはやめてって言ったでしょネジ兄さん。ヒナタって呼んで?」

 

 ほーら、りぴーとあふたーみー。そんな勢いでヒナタ様がずずいとご尊顔をお近づけになられた。女の子特有の良い匂いがする。ドキドキが止まらない。

 ところで女の子の匂いは清潔によるところが多いらしいのだが、ヒナタ様の場合はそこに天使の芳香(エンジェルフェロモン)が加わっていることは確定的に明らかだった。

 

「えっ……その、はい……ヒナタ」

 

 しどろもどろにネジがそう呼べば、ふにゃりとヒナタ様もといヒナタが表情を崩した。天使の微笑み(エンジェルスマイル)である。なんなんだ、そんなに俺のことをキュン死させたいのかと心の中で喘いだ。

 そして止めとばかりにもう一声。

 

「敬語もダメ」

「んんッ……ふぅ、わかったよヒナタ」

 

 天使の御名を口にした瞬間、沸騰するように頭へと急速に血が上り、周囲の光が明滅するような激しい動悸と目眩に襲われる。咄嗟に点穴を突いて現実へと帰還した。

 危ない、もう少しで色々と天元突破して召されるところだった。これが浄化の光だとでもいうつもりか。日向ヒナタ、なんと恐ろしい御人なんだ。

 戦慄しつつ、ハナビ様のためにミルクを作る。確か温度は人肌程度が良いのだったか。なるほど温度が命とな、しかしこのネジにかかればその程度、容易いことよ。

 チャクラ滅菌を施した哺乳瓶に粉ミルクをスプーンで擦り切り一杯、次にチャクラ煮沸によって沸かしたお湯を投入。後は冷めるのを待つだけだ。

 暫く待って、手の甲に数滴ミルクを落として温度確認。完璧な温度のミルクが出来上がった。日向ネジはミルク作りにおいても天才であることがここに証明された。

 

「できまし……できたよヒナタ」

「ありがとう、ネジ兄さん」

 

 あうあう、とぐずっているハナビ様だったが、ヒナタが優しく哺乳瓶を差し出すと静かになり、黙々とミルクを飲み始めた。尊い光景だった。

 天使が二人、ツインエンジェルシステムだ。出力は乗算されて量子化が始まり、ネジは新しき人類へと覚醒する。

 じっと二人を見つめていると、ふとヒナタと視線が合った。ヒナタがおやっと小さく首を傾げる。その仕草さえ天使であった。

 

「ネジ兄さん? 目が……」

「俺の目がどうかしたか?」

「今一瞬……ううん、見間違いだと思う」

 

 次世代の人類に覚醒していてもおかしくはない。なんたってツインエンジェルシステムだからな。むしろそれ以外にも革新が始まりそうな勢いだ。

 日向ネジ六歳、天使への信仰は深まっていくばかりであった。

 

 

 

 満腹になったのか、ハナビ様は早々に夢の世界へ。

 残されたネジ達は、日向宗家の庭でのんびりと日向ぼっこをしている。

 

「今日も良い天気だね、ネジ兄さん」

「そうだなぁ、もうすっかり春だ」

 

 休みの日はだいたいこんな感じだった。ネジ一人ならともかく、ヒナタを連れて外を出歩くのはまだ憚られるし、そうなると屋内で遊ぶのが精々。

 元気のいい子供だとこの狭い空間で鬼ごっこなりが始まるのだろうが、大人なネジと大人しいヒナタではそんなことが起こるはずもなく、まるで熟年夫婦のように穏やかな時間がそこにはあった。

 庭先に植えられている桜は八分咲きといったところだ。数日中には満開の桜が見られることだろう。こっそり忍び込んで夜桜をアテに酒盛りを始めたら怒られるだろうか。

 

「桜が満開になったら、それで押し花を作るの」

「いいんじゃないか? 今年は桜の色も鮮やかだし、綺麗なのが作れると思う」

 

 それ以上に綺麗なのはヒナタだ。美しい桜さえ霞んでしまうほどにヒナタは神々しい。そう声に出して叫びたかったが、グッと堪えて内心だけに留めておく。

 風が吹く度、桜の淡い香りと一緒にヒナタの香りが鼻腔をくすぐる。既に脳は茹っていて、まるで酩酊しているような心地だ。

 

「うん、完成したら栞にしようと思って、それで……」

「それで?」

「わ、私の栞、もらってくれますか?」

「んんッ!」

 

 真っ赤になりながら、もじもじ上目遣いのコンボ。内気な少女が勇気を振り絞ったのだろう必殺の一撃。

 こんなの耐えきれるわけがねぇや。再び溢れ出した信仰心が喉に流れ込んできて窒息しそうだったが、鋼の精神でなんとか笑顔をキープ。それでも少し言葉が震えてしまった。

 

「楽しみにしている」

「ほ、本当?」

「ああ、勿論だとも」

 

 どうやら異変は察知されなかったようだ。ホッと胸を撫でおろす。

 ヒナタ手作りの栞か。つまりそれは聖遺物ということで相違ない。下賜された後は聖典と共に厳重に保管せねばなるまい。

 ウキウキのハピハピな最高に幸せ気分に浸っていたのだが、ネジを探しに来たらしい屋敷の使用人の声で現実へと引き戻される。

 

「ネジ様、当主がお呼びでございます」

「……そうか」

 

 お呼びとあらば仕方がない。自由人を自称はしているがネジも日向分家の一員。当主様からの命には面目上逆らえないのである。

 ヒナタとの至高の時間を邪魔されたことに地獄の底から這い出たような黒い憎悪を抱きつつ、それを表面上にはおくびにも出さずにネジは立ち上がった。

 

 

 

「失礼します」

 

 礼をしてから応接間へと入る。上座には当主であるヒアシが厳めしい表情で座っていた。

 

「きたか、ネジ」

「いえ……それで何用でしょう?」

 

 ネジが正座をして尋ねると、当主が難しい顔で腕を組んだ。

 

「ネジよ、将来はどうするつもりだ?」

「将来、といいますと?」

「お前くらいの年になると、日向家の子弟の殆どは忍者アカデミーへと進学する。お前はどうするのか、と聞いているのだ」

「はぁ、なるほど」

 

 日向分家に生まれた人間の進路というのは限られている。

 その殆どは木ノ葉隠れの里で忍者として一生を終えるし、残りの一握りは日向宗家の下で使用人となって生きる。

 白眼という血継限界を効率よく継承していくために自然とそういう形になったらしいが、詳しい事情までは知らない。興味もなかった。

 そしてそんな日向分家において、ネジは特例とも言えるほどの自由権を持っていた。呪印のこともそうだが、おそらく父の一件に関する負い目のようなものがあるのだろう。

 

「そうですね、医者の真似事でもして食っていこうかな、と」

「……医者?」

 

 当主ヒアシが片眉を吊り上げ、訝しげにネジを見つめる。ただ怪訝に思っているだけなのだろうが、眼力の強さも相まってか射殺さんとばかりに睨んでいるようにしか見えない。

 その癖は直しておかないと将来的にハナビ様に泣かれるぞ。ただでさえヒナタには大層恐れられているのに、二の舞は嫌だろう。このオッサンのことだからやらかしそうな気はするが。

 ちなみにネジが彼の立場だったら、天使二人から恐れられるという現実に耐えきれなくなって自らを悪魔と認定した上で首を吊る。

 で、それはともかく将来の話だったか。

 

「俺の技を医療に転用できないかと思いまして」

「技というとあれか、点穴を突いて経絡系からチャクラの流れを操作するという」

「面倒なんで“秘孔”と呼んでますがハイ、それです」

 

 ネジは秘孔を突くことによって、人のチャクラの流れをコントロールできる。そして研究を進めるにつれて、この技は色々と応用が効くことがわかった。

 簡単な傷や病程度なら一瞬で治癒させられるし、余命宣告された重病人をある程度まで生き永らえさせることも出来る。他にも動かなくなった足が動くようになったりと、効果は様々だ。

 ちなみに最近だと専らハナビ様に使うことが多い。秘孔で免疫系を調整して重篤な病気に罹らないように管理していたりする。当然だが他の連中には内緒だ。一緒に居る時間が長いヒナタ辺りは勘付いているかもしれないが。

 

「その秘孔とやらもそうだが、お前の技術を市井で腐らせるのは惜しい」

 

 そう言って当主は袂から一本の巻物を取り出した。畳の上にそれを置くと顎でそれを指す。読めということだろう。

 紐を解いて巻物を開く。書かれていたのは雇用契約について。その内容を読み込むにつれて、ヒクリとネジの頬が引き攣った。

 

「……本気ですか」

「このような冗談は好かん」

「いや好かんとかそういう話じゃなくて」

 

 ネジの視線が困惑したように、当主の顔と巻物の間を行ったり来たりとせわしなく動く。本気なのかこの人は、だってこれは――

 

「失礼ですが当主、俺の歳をご存じで?」

「六つだろう、それくらいは知っている」

「だったらコレがおかしいことくらい、わかるでしょう?」

「そうは言うがネジよ。お前の実力は子弟の枠には収まりきらん」

 

 コホンと一つ咳払いをした当主は居住まいを正すと、確かな口調でネジに告げた。

 

「改めて私の口から伝えよう。日向ネジ……日向宗家はお前を師範代として迎える用意がある」

「俺が、師範代」

 

 それに、と当主が続けた。今度は小さな声だった。

 

「師範代になれば、お前に宗家に伝わる秘術も伝授してやれる」

 

 先程とは一転。当主らしくない、しおらしく懇願するような声音でネジに言う。

 当主の表情からは苦悩が見て取れた。

 

「秘術っていうと……回天とか八卦六十四掌とか?」

「……独力で辿り着いていたか」

 

 辿り着いたというか最初から知っていたというか。教わるまでもなく既に形にはなっているというか。

 日向宗家の秘術とはネジにとってその程度のものなのだが、それを伝授すると言った当主の胸中はいかほどのものなのだろうか。

 分家に生まれたとはいえ、恵まれた立場に居るなと実感する。そしてそれを踏まえた上でネジは答えた。

 

「申し訳ありませんが、少し考えさせて頂きたい」

「ああ、いい返事を期待している」

 

 一礼をして立ち上がる。日向流の師範代、その立場は悪くない。

 現状、ネジの実力は日向一族全体から見ても突出している。そんなネジが他の連中と一緒になって修行をしても、ネジ本人の糧にはならない。だから師範代という新たな立場を用意するという当主の誘いはネジにとって渡りに船と言えた。

 ならばなぜ一旦保留にしたのか。それは日向宗家による囲い込みを警戒してのことだった。

 日向ネジは日向分家にも関わらず、檻に縛られず自由に動き回れる立場にある。そんなネジに宗家が首輪をつけたいと考えるのは自明の理。今回の打診もその一環だろう。

 幸いなのは当主自身には首輪をつけたいという思惑がないところか。恐らく彼は善意でこの話を持ってきたに違いない。ネジのことを警戒しているのは後ろにいる長老連中だろう。

 

「……ではこれで失礼します」

 

 丁度そのタイミングで、シュッと木が擦れる音と共に襖が開かれる。どうやら別口の来客らしい。ここは邪魔にならないようにさっさと退散したほうがいいだろう。

 足早に応接間を立ち去ろうとして振り返ったネジが、ピシリと石のように固まった。

 

「ネジ兄さん、こちらにいらしたんですね」

 

 来訪者はヒナタだった。どうなっている、なぜこのタイミングでヒナタが来るのか。ネジの脳内シナプスが高速で弾け、瞬時に答えを導きだした。

 ダメだろこれは。そんなの卑怯だろ。宗主の顔を見ると、一見わからないような小さい笑みを浮かべていた。くそう、確信犯だ。

 

「お呼びですか、お父様」

「よく来たな、ヒナタ」

「私に御用と聞きましたが、どうなさいましたか?」

 

 やめろ言うな、言うんじゃない。その攻撃は俺に効く、やめてくれ。

 

「……実はネジに日向流の師範代になってもらえないか、という打診をしていてな」

「ネジ兄さんが師範代、ですか?」

「ああ、主にヒナタの相手をして貰おうと思っている」

 

 それは素晴らしい、名案だとヒナタが表情をパァっと輝かせる。ネジのハートにクリティカルヒット。ネジにはもう反撃する術がない。

 こんなのズルい。ここで断ったらヒナタが落胆するのが目に見えている。つまりこの時点でネジから選択肢はなくなったということ。汚い、流石ヒアシ様、汚い。

 ヒナタにわからないように小さく溜息を吐くと、膝をついて畳に伏せた。

 

「この話、受けましょう」

 

 ヒナタは花が咲くように満面で、当主は悪徳政治家のような悪い顔で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと」

 

 真っ暗な自宅へと帰ったネジは、ポツリとそう呟く。当然だが返事はない。住人はネジ一人なのだから当然だ。

 電灯のスイッチを入れるが、なかなか灯りは点かない。どうやら電球がそろそろ寿命であるらしい。明日にでも買いに行かなければなと頭の中の買い物リストに電球を一つ追加する。

 リビングにある棚の上に、両親の遺影が飾ってある。静かに手を合わせた。

 

「父よ、俺が日向流の師範代になるそうですよ」

 

 分家の小童如きが師範代なんて変な話だよな、と父の遺影に向かって話しかける。答えは返ってこない。当たり前だ、父はもう居ない。

 虚しい。ただただ虚しいだけだった。心にポッカリと穴が開き、そこを北風が通り過ぎるような心地だ。

 写真集に今日の一枚を挟み込み、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なんなんだろうな」

 

 ただひたすらに孤独だった。まるで一人で世界に取り残されたように。

 当主は確かにネジに手を差し伸ばそうとしてくれている。けれどそこにあるのは愛情ではない、父を亡くした子供に対する罪悪感だけだ。

 ネジへと純粋な愛情を注いでくれる相手はもうどこにも居ない。

 バラバラになって砕けそうな心をヒナタという偶像が辛うじて繋ぎ止めているだけだ。そしてそれすら不安定で、いつバラバラになってもおかしくない。

 心が軋む、悲鳴を上げる。けれどその音を誰も拾い上げてくれない。

 飄々とした態度で誤魔化していても、ネジの心は子供のままだった。幼い心は喪失と孤独に耐えきれるほど強くはない。

 

「飯、食わないとな」

 

 言葉に体が従ってくれない。なんだか疲れた。体が重い。畳の上で大の字になる。明滅する寿命寸前の電灯の光が目を焼く。

 目を背け横になって膝を抱く。春先だというのに、部屋の中がやけに寒く感じられる。

 両親の残してくれた大切な家が、酷く伽藍堂に見えた。

 

 

 

 




狂信だけでは孤独に耐えきれなかった。
近いうちにハピハピにするからな、待っててな。

原作でネジの母親がどうなっているのか不明だったので、暫定で死んで頂いた。
片方でも残っていればあそこまで拗らせていなかっただろうと予想。

ヒナタ様の母親も情報がアニメでの静止画しか確認できなかったので、原作開始時点では亡くなっているものと仮定して書いていきます。


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