日向の拳   作:フカヒレ

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日刊ランキング一位だったらしいです、ありがとうございます。
これも一重に皆様のおかげです。

感想欄でそのことを教えて頂いたんですが、朝起きた時には既に遅し。
日刊ランキングには影も形もありませんでした。悲しい。





第四話

 日向流師範代、紆余曲折の末にそんな大層な肩書を貰ったものの、ネジの生活に大きな変化は見られなかった。

 屋敷へと通いヒナタに修行をつけ、ハナビを交えて少し遊んでから帰る。そんな毎日を繰り返す。ただ穏やかな時間がそこにはあった。

 ネジの壊れかけた心を繋ぐために、その時間は必要なものだった。だからネジは思ったのだ。この息苦しくも穏やかな日々が続くのならば、檻の中で飼われるのも悪くないと。

 しかしある日、そんな平穏に致命的な罅が入った。

 

「あの、ネジ兄さん」

「どうしたヒナタ、浮かない顔をして」

 

 修行の間、ずっとヒナタは浮かない顔をしていた。何か悩みがあるのだろうということは、ネジも察していた。

 天使(ヒナタ)を不安にさせるなんて、一体どこの不届き者の仕業なのか。

 この表情もそれはそれでグッドであるのだが、それとこれとは話が別。下手人を見つけたら塵も残さず殲滅してくれよう。悪即斬である。

 

「ハナビとね、模擬戦をすることになったの」

「……ハナビと?」

 

 脳裏に浮かんだのは、自分達の後を無邪気に付いてくる幼い少女の姿。

 ネジにとってハナビは赤ん坊の頃から面倒を見てきた義妹に等しい存在、かつヒナタ教における第二天使。つまりは信仰対象である。

 天使と小天使が戦う。これは最早、神話と神話の戦いと言っても過言ではない。

 こんな天に弓引くような冒涜的なマッチングを成立させた奴は誰だ。何の恨みがあってこんな惨いことをする。

 

「その、お父様が……」

「当主が?」

「勝ったほうを日向の跡取りにするって、それで……」

 

 なるほどわかった、つまりは当主が悪いんだな。

 数々の横暴もヒナタ様の父親だと思って見逃がしてきたが、今回ばかりは勘弁ならん。この世から塵も残さず消滅させてくれる。

 

「ま、待って! 止まってネジ兄さん!」

「はい」

 

 ネジはピタリと止まった。後ろからヒシっとヒナタが抱き着いていた。こうかはばつぐんだ。

 いくら激しく憎悪の炎が燃えようとも、ヒナタの言うことには絶対服従だ。ネジの自由意思よりも優先度(プライオリティ)が上なのである。

 

「あのね、ネジ兄さん」

「はい」

「今ね、日向の家で私達の味方になってくれるのは、ネジ兄さんしか居ないの」

「はい」

「だからもう少し待って。お願いネジ兄さん」

 

 そう言われては仕方がない。命拾いしたな、当主よ。

 ところでヒナタ、そろそろ離して頂けないだろうか。最近になって成長してきた膨らみが背中に押し付けられて、その反動で信仰心が噴出しそうなのだが。

 

「それでね、ネジ兄さん」

 

 どうやらもう暫くこの天国かつ地獄な状態は続くらしい。とても幸せなことだ。今なら悟りを開けそうだとネジはトリップ状態に入った。

 視界のあちこちで光が明滅する。次に来るのは匂いだ、まるで花のような香り。そして止めとばかりに女性らしさを増した柔らかさと温かさに背中を包囲される。

 

「きっとハナビも心細いと思うの」

「は、い」

 

 チャクラ鼻栓もバージョンアップを重ねているが、流石に限界というものがある。これ以上は逆流してきた信仰心が口から決壊する。

 それでもヒナタは離してくれない。

 

「私は大丈夫だから、ハナビのことを見てあげて?」

「はい――こふっ」

 

 限界だった。口から真っ赤な信仰心が噴出した。

 

「に、兄さん!?」

「だ、大丈夫だヒナタ……少し信仰が試されている、だけ……」

 

 倒れ伏したネジは、そのまま気絶した。普通に貧血であった。

 

 

 

 暫く経って回復したネジは、ハナビの下を訪れていた。

 

「あ……ネジ兄様……」

 

 縁側の端っこに座り、酷く沈んだ様子のハナビが顔を上げた。よく見れば体のあちこちに傷ができている。心が締め付けられる思いだ。

 小天使ハナビ様にこんな顔をさせるなんて、やはりあの当主は現世から消滅させるべきなのではないか。そう思えてならない。

 天使ヒナタの言いつけさえなければ今すぐにでも首を献上する所存であるというのに。己の力不足に口惜しい気持ちでいっぱいだ。

 

「どうしようネジ兄様……」

「なにがあったんだ、ハナビ」

「私、姉様達の真似をしてて……それで……」

 

 日向ハナビは天才である。誰に指導されたわけでもなく、日向流を“見取って”再現できるレベルの天才だ。

 きっと深い理由は無かったのだろう。ハナビは大好きなヒナタ達と一緒に遊びたい一心だった。そんな気持ちで日向流の真似事を始めたに違いない。

 それが誰か――おそらく宗家に近い誰かの目にとまった。そいつにとってハナビは、さぞ美しい原石に見えたことだろう。

 

「……私、こんなつもりじゃなかった」

「ああ、わかっている」

 

 姉と跡目を争うなんて、そんなことをハナビが考えるはずがない。けれどヒナタを跡目から降ろしたい奴にとって、それは恰好の材料足り得た。

 この際だ、はっきり言おう。ヒナタに才能はない。ネジが指導することによって対外的にはそれなりのレベルに見せかけているが、所詮は見せかけだ。見る者が見ればすぐに剥がれるメッキに過ぎない。

 ハナビがダイヤの原石だとすれば、ヒナタはダイヤの形にカットされたガラス。両者の才能にはそれくらいの差がある。

 ヒナタに才能が全くないわけではない。けれどヒナタはあまりに優しすぎる。人を傷つける技術である武を学ぶには、致命的なまでに向いていなかった。

 

「兄様……私、どうすれば……」

「大丈夫だ、ハナビが心配することは何もない」

 

 おそらく、いや確実にヒナタは負ける。おそらくこれは変えられない未来だ。二人のことを誰よりも知るネジだからこそ、それがわかってしまう。

 ヒナタを勝たせる方法がないわけではない。彼女自身の尊厳を踏み躙れば、いくらでもあの優しい天使を勝たせてやれる。

 けれど駄目なのだ。それでは駄目なのだ。例え勝ったとしても、きっとそれはヒナタが望まない結末を招くことになる。

 くしゃり、とハナビの黒髪を乱暴に撫で、安心させるべく優しく微笑んでみせた。今のネジには、これくらいしかしてやれることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして数日後のこと。模擬戦が終わった。結果はわかりきっていた。

 ヒナタは愛する妹であるハナビを相手に、その力を出し切ることが出来ないまま負けた。優しすぎた。ヒナタは優しすぎたのだ。

 そんなことは当主にだってわかっていたはずなのに。

 

「五歳も年下のハナビに劣るとは……出来損ないめ」

 

 ヒアシが失望したとばかりに土埃にまみれたヒナタを罵倒する。彼女のことを見限ったことは明らかだった。

 だからネジは一歩を踏み出した。あの心優しい少女の価値をこんな茶番で決めさせてなるものかと、己を縛る鎖を引き千切る。

 

「そこまでだ、日向ヒアシ」

 

 瞬身の術で間に立つと、ヒナタを庇うように腕を広げた。

 

「ネジ、兄さん……」

「……俺を信じられるか、ヒナタ」

 

 ヒナタの瞳をジッと見つめる。その覚悟を問うかのように真っ直ぐに見つめる。

 日向という家ではなく、ネジという一人の少年を信じられるのか。そういう問いだった。

 愚問であるとばかりにヒナタが小さく笑う。

 

「ネジ兄さんを信じなかったら、他の誰を信じるっていうの?」

「……そうか」

 

 少しだけ心が軽くなった。これでネジはもう一段、高く飛べる。

 静かに憤怒を滾らせるヒアシへと向き直る。分家の子弟ならば竦み上がることだろう。

 けれどヒナタが信じてくれているのであれば、ネジに恐れるものなどない。

 

「なんのつもりだネジ。これは宗家の問題。分家のお前が口を挟むことではない!」

「くだらないな、日向ヒアシ」

「なに?」

「宗家だとか分家だとか、そんなことは関係ない!」

 

 日向の連中は皆そうだ。宗家と分家、その括りに拘りたがる。

 確かに血統を継承する上でこのシステムは都合がいいのだろう。合理的だとも思う。しかしそれでは本質を見失う。

 

「無礼な、その口を閉じよネジ!」

「いいや閉じない!」

 

 ネジの発する鬼神の如き気迫に誰も口を挟むことが出来なった。ヒアシでさえ逆にその口をつぐんだほどだ。

 懐から巻物を取り出す。ネジを師範代の座に置くための契約書だ。それに火遁のチャクラを込める。巻物は勢いよく燃え始めた。

 その行動が理解出来ぬとヒアシが叫んだ。

 

「ネジ、なにを!」

「俺はヒナタのために、ヒナタだけのために今の立場になった!」

 

 あの優しい少女の笑顔を曇らせない。それだけのためにネジは己を日向というシステムに組み込んだ。大空を翔る鷹は自ら檻へと入ったのだ。

 けれど、もういいだろう。日向がヒナタを見限るというのならば、ネジにとって最早日向に価値はない。羽ばたく時が来たのだ。

 ネジは宣言する。

 

「俺は日向を、新しい日向の拳を作る」

「新しい、日向だと?」

「そうだ、我が神に捧げる日向の拳……すなわち日向神拳だ!」

 

 それが完成した時、全ての日向は過去になる。四方を囲む檻はただの残骸へと成り果てる。

 最強の日向。ヒナタのための日向。ネジはそれを己の手でこの木ノ葉に打ち立てるつもりだった。

 

「そんなことが……そんなことが許されると思うのか!」

「誰にも許して貰う必要なんてない。俺が、この俺が決めたことだ」

 

 父の言葉を思い出す。

 日向ネジは鷹だ。自由に大空を舞う鷹だ。無限の大空を羽ばたく鷹を縛りつけることは、誰にもできはしない。

 

「……ネジを取り押さえろ」

 

 ヒアシの一言に周囲を囲っていた日向の子弟達が一斉にネジへと飛びかかる。

 けれど無駄だ、無駄なのだ。ネジが磨いてきた技は日向流ではない。それはこういった一対多の状況において真価を発揮する新しい技術体系。

 

「……ハァッ!」

 

 震脚。裂帛の踏み込みが放射状の衝撃波となり、日向の子弟達を薙ぎ倒す。

 その様は日向の秘術である回天にどこか似ていた。原理的には同じ代物なのだから当然だ。

 

「むやみに傷つけたくはない……下がれ」

 

 目に見えるほどに濃密なチャクラが、闘気と共にネジから発せられる。まるで空気が重さを持ったかのようだった。

 圧し掛かる重圧。子弟の殆どはそれだけで戦意を喪失していた。生物としての、戦士としての格があまりにも違い過ぎる。

 それでも下がらないのは、彼らが籠の中の鳥だからだ。飼い主に逆らっては生きていけない、籠の鳥だからだ。

 

「よい、皆は下がれ、私が出る」

 

 最後の砦とばかりにヒアシが一歩前へと踏み出した。

 

「ネジ……お前を止める!」

「やめておけ日向ヒアシ。あなたでは俺に勝てない」

 

 わかっているだろう、そんなことは。誰に言われるまでもなく理解しているはずだ。

 師範代を任せてもいい。それほどまでにネジの技を買っていたのは他でもない。日向ヒアシその人なのだから。

 

「それでも戦わねばならぬのだ」

「あなたもまた……日向という檻に囚われているのか」

 

 ここに来て初めてネジが構えらしい構えをとった。静かな呼気と共にチャクラが際限なく高まっていく。

 高められたチャクラから放たれるのは奥義。宗主であるヒアシすら知らぬ、ネジが作り出した新しい日向の拳。

 

「せめて痛みを知らずに眠れ、日向ヒアシ」

 

 ヒアシが気付いた時には、既にネジは通り過ぎた後だった。

 一拍遅れるようにして、一陣の風が吹いた。

 

「……日向有情断迅拳」

 

 ネジが呟いた直後、ヒアシがその場で崩れ落ちた。

 ヒアシ様がやられた。ざわり、と伝播する恐怖と混乱を、ネジが一喝して止める。

 

「静まれ! 眠らせただけだ、大事はない」

 

 秘孔をついてチャクラの流れを乱してやっただけだ。放って置けばじきに目覚めるだろう。

 そんなことより、今はもっと大切なことがある。

 

「ヒナタ」

「ネジ兄さん……」

「すまない、ヒナタ。こんなことになってしまった」

 

 もう日向にネジの居場所はないだろう。居心地のいい檻は、ヒアシを倒すと同時に壊してしまった。

 そしてネジはヒナタにも同じことを求めている。ネジが開けた穴から空へと飛び出せと望んでいる。

 

「俺と一緒に来い、ヒナタ」

「私は……」

「日向という檻の中では、お前を自由に飛ばせてやれない」

 

 檻の中でしか生きられない。そういう人間だって居る。ネジ達のことを遠巻きに眺める子弟達はまさにそういう存在だ。かつて父の言った籠の中の鳥そのものだ。

 けれどもヒナタは違う。日向という檻さえなければ、もっと高く自由に飛べるはずだ。そうネジは信じている。

 

「厳しいね、ネジ兄さんは」

「酷なことを言っているのは理解している」

 

 籠の中の鳥であったヒナタは、外の世界を知らない。人によって育てられた鳥に外で生きよと告げるのは、確かに酷なことだろう。

 それでもネジは言わねばならない。外で生きろと。日向という名に縛られるなと。

 無言で手を差しだした。ヒナタは悲しげに目を伏せながらも、差し出されたネジの手をしっかりと握った。

 

「姉様、兄様……」

 

 震える声でヒナタ達を呼ぶのは、ハナビだった。

 彼女はこの檻の中に一人で取り残されることになる。

 

「ハナビ、俺はヒナタを連れていく」

「ッ!」

 

 最初はハナビも連れて行こうと思った。けれどハナビにとって日向は檻ではなく空だ。日向という場所でも羽ばたける。そういう才能を持った娘だ。

 いや、彼女ならもしかすると、日向という檻を抱えて飛ぶことすら出来るかもしれない。壊すだけしか出来なかったネジとは違う。

 ヒナタとは方向性が違うが、彼女も新しい日向の雛だ。いつかしたように、くしゃりと乱暴に髪を撫でてやる。

 

「それでも俺達はいつでもお前の味方だ。だからもし日向の空を飛び飽きたら、その時は」

 

 いつでも来るといい、全てを壊してでも攫ってやる。

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと」

 

 伽藍洞の家に向かって寒々しく日課を繰り返す。

 すっかり癖になってしまった。返ってくる声などないというのに。

 

「えっと、おかえり、なさい?」

「あ――」

 

 けれど今日は違った。

 寒々しい伽藍洞に吸い込まれるはずだったのに、隣から返ってくる温かい声があった。

 

「どうしたの、ネジ兄さん」

「いや……なんでも、ない。なんでもないんだ」

 

 心の穴を温かい風が埋めていくような心地がした。視界が滲んで、上手く言葉が出ない。

 息が上がる。平衡感覚が失われて、思わず膝をついた。

 

「ネジ兄さん、どこか痛いの?」

「違う、そうじゃない、そうじゃなくて……」

 

 おかしい、感情がコントロールできない。こんなことは初めてだった。

 心の穴からこみ上げるそれを、抑えることが出来ない。

 

「……ネジ兄さん」

 

 優しく頭を抱き締められた。温かい人の熱と鼓動を感じる。

 ネジが久しく感じていなかった、そして求めてやまなかった熱だ。

 

「ネジ兄さんは私の味方になってくれた。だったら私はネジ兄さんの味方になってあげる」

「……そう、か」

「だから、ね。我慢しないで、ネジ兄さん」

 

 溢れ出すものを止めることは、もうネジには出来なかった。

 年下の少女に縋りつき、ネジは全てを吐き出した。孤独に乾き罅割れた心へ、温かい水が染み込んでいく。

 

 あの日出会ったのは天使だった。ネジにとっての天使だった。

 

 

 

 




ナルトの手ではなく、己の手で日向という檻から飛び立ったネジ兄さん。
そしてヒナタ様にバブみを感じてオギャるネジ兄さん。
彼の明日はどっちだ。

あとそろそろシリアスが仕事しなくなり始めます。



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