日向の拳   作:フカヒレ

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第五話

 ネジ宅、居間にて。

 ちゃぶ台の上に置かれた通帳を、ジッとネジは睨み付けていた。

 

「どうしたんですか、ネジ兄さん。難しい顔をして」

「ああ、ヒナタか。実は少し困ったことになってな」

 

 ネジが今まで苦しいながらも生計を立ててこられたのは、日向家からの年金と師範代としての給与があったからだ。

 それがバッサリと打ち切られてしまった。あんなことを仕出かしたのだから当然のことなのだが、ネジにとっては死活問題である。

 家計簿を並べて今月の収支を見比べる。当然の如く赤字なのだが、このペースは少々マズイ。

 幸いなことにまだ父の残した遺産は幾分か残っている。最悪の場合はこの家を売っても良い。だがそれでも結局、その場しのぎにしかならない。

 ネジ一人ならいくらでも生きていく方法はある。木ノ葉隠れを出て、外の世界で生きていくという道だってある。けれども今のネジにはヒナタが居る。

 

「仕事をしなければならない」

 

 七代目火影を庇って昇天なんていう未来が嫌で避けていた問題だったが、事ここに至っては仕方がない。働きたくないでござると駄々をこねている場合ではないのだ。

 ネジは意を決して立ち上がった。

 

「お出かけですか?」

「ああヒナタ、ちょっと就職活動をしてくる」

 

 安定して稼げる職が欲しい。給料はそこまで高くなくてもいい。生活のためには定期的に纏まった金を家に入れ続ける必要がある。

 そしてネジのような対外的に見た場合の子供が就ける安定職など、木ノ葉においては限られている。要するに忍者だ。

 ちなみに目標は手堅く下忍である。父の遺産が残っている間は、比較的安全な任務をこなして地道に稼ぐ生活が望ましい。将来的に信用が出来たなら、それこそ医者にでも転向すればいいのだ。何も焦ることはない。

 とはいえネジが忍者になろうとすれば、いきなり上の立場に立たされる可能性が高い。いくら平和な木ノ葉といえども、日向宗家を圧倒するような戦力を遊ばせておくとは思えない。

 どうにかして正規以外のルートで忍者になる必要がある。しかし現状、ネジにそんな伝手はない。

 

「考えていても仕方がないからな、とりあえず火影邸に突撃してみようと思う」

「あの、ネジ兄さん。くれぐれも無茶なことは……」

「大丈夫だ、任せておけ」

「だ、大丈夫なのかなぁ……?」

 

 ヒナタの予感は的中した。

 その日、火影邸の一角が跡形もなく吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 数日後。そんなわけでネジは下忍となったのだった。配属された小隊は、木ノ葉の青い野獣マイト・ガイの率いる第三班。

 丁度アカデミーの卒業時期と被っていたのが功を奏した。まるで予定調和の如くネジは第三班へと滑り込んだ。

 ところでトップである火影を襲撃して忍者になるのも裏口というのだろうか。むしろ乗り込んだのは正面からのような気がするのだが。一度、専門家にでも話を聞いてみたいものである。

 それはともかく早速とばかりに顔合わせが行われた。

 ゲジ眉ことロック・リーはまだマトモな姿をしている。マイト・ガイという似非カンフー俳優モドキに毒される以前の姿だ。

 

「ロック・リーです、よろしくお願いしますネジ!」

「ああ、よろしく。リーと呼んでも?」

「勿論です!」

 

 グイグイ来る。思っているよりもグイグイ来る。ゲジ眉がグイグイと迫ってくる。パッチリお目目とゲジ眉が迫ってくる。

 決して悪い人間ではない。むしろ超どころか極がつくくらいには善人なのだろうが、こういう押しの強いタイプはどうにも苦手だ。一歩くらい下がって様子を窺ってくれるくらいの相手がネジ的にはベストである。

 リーが尊敬の眼差しでグイグイ来る。両手をガッシリと掴まれてしまった。逃げ場がない。

 

「ネジはあの日向で天才と呼ばれているとか!」

「……らしいな」

 

 ネジは対外的にはそう呼ばれているらしかった。

 日向にあまり良い印象はないので頭に“日向”なんてつくと鳥肌が立つが、それをリーに言っても仕方がないだろう。

 

「是非とも手合わせ願いたいものです!」

「お、同じ小隊になったことだし、そういう機会もあるだろう」

 

 適当にお茶を濁しつつ、既に青春の沼へと片足を突っ込みつつあるリーとそのまま握手をした。これが“ああなる”と思うと涙を禁じ得ない。

 とはいえ本人はそれで幸せなのだろうから、ネジがどうこう言えるような問題ではない。初見での個人的な感想だが、彼には是非とも大成して欲しいものである。

 リーとの無駄に濃密だった挨拶を切り上げ、次へと移る。

 

「私はテンテン。よろしくね」

「ああ、よろしくテンテン……テンテン?」

 

 第三班の紅一点ことテンテン。圧倒的な常識人の香りに、ネジは肩から崩れ落ちそうなほどの安堵を覚えた。刺激物の近くに長時間居ると感覚が麻痺してくる。

 しかしこの濃ゆい第三班においては凄まじく印象が薄い少女だ。彼女はどういう活躍をした人物だっただろうかと思い返してみるが、残念ながら思い出せなかった。

 テンテン、テンテン君、花さか天使。どこからか電波が飛んできた。もしやこのテンテンとやら、一人だけ出てくる作品を間違えているのではあるまいな。掲載誌は同じだったような気がするが、どうなのだろう。

 念のためにサイダネとか天翼ジョウロとか持っていないか聞いてみたが、そんな頓珍漢な代物は持っていないとのこと。どうやら深読みし過ぎであったらしい。あるいは漫画の読みすぎか。

 二人との距離感を計りつつ親交を温めていると、ガイがポツリと呟いた。

 

「それにしても、あの日向ネジが下忍になるとはな」

「問題でもありますか、ガイ先生」

 

 出たな元凶、ゲキ眉先生。あの純真なリーをスポコンの世界へと誘うミスター青春め。

 木ノ葉の忍は変人であるほど強いとかいう法則でもあるのだろうか。あったとしたらそれはとても嫌な法則だ。もしかするとネジも新たな力を得るために変人になる必要があるのかもしれない。

 

「いや問題はない。俺の小隊に配属された以上、一人前の忍として育て上げるつもりだが……」

「何か?」

「今更、俺が教えられることがあるのか?」

「ありますよ。少なくとも俺は貴方以上の体術の使い手を知らない」

 

 マイト・ガイの体術は間違いなく世界一だ。それもネジの柔拳と対をなす剛拳の使い手。学ぶことなどいくらでもある。

 ちょんちょん、とテンテンがネジの袖を引っ張り、小声で尋ねた。

 

「えっと、ネジだっけ?」

「なんだ花さか天使」

「花さか……それはいいとしてあの先生、そんなに凄い人なの?」

 

 変人の類にしか見えないが大丈夫なのか。彼女の疑問はつまりそういうことだろう。その不安は尤もである。

 ネジも前情報が無ければ変人の類として脳内処理をしていただろう。けれどネジは知っている。彼はあのマダラを追い詰めるほどの使い手なのだということを。

 というかガイは木ノ葉内だとそれほど有名ではないのだろうか。写輪眼のカカシのライバルなのだし、里の内外に名が知れていてもおかしくはないと思うのだが。

 やたらと不安がっているテンテンを安心させるべく、そっとガイ先生へのフォローを入れておく。

 

「見てくれは完全に色物のソレだが、ガイ先生は腕に限れば間違いなく一流。学ぶことも多い……はずだ、多分」

「うわぁ、不安だよぅ」

 

 フォローしたつもりが、逆にテンテンへと不信の種を植えてしまったようだ。

 ガイ先生は素晴らしい人格者。きっと最高の師となってくれる。普段の奇行と色物臭にさえ目を瞑れば彼は師としては上等な部類であるはず。とてもそうは見えないが、そのはずなのだ。

 なにせ忍術の才能がないロック・リーをたった一年間で体術のスペシャリストと言えるレベルにまで引き上げるのだから、その手腕は推して知るべし。

 今はまだ信用出来ないかもしれないが、リーの成長と共にその有能さを実感することになるだろう。きっとそのはずだ。実感させてくれることを祈るばかりである。祈れ、祈るしかない。

 

「ちょっとネジ、なんでそんな優しい目で私を見るの!?」

「テンテンも数奇な星の下に生まれてきたな、と」

 

 ようこそテンテン、おそらく木ノ葉の中で最も濃ゆい小隊へ。おそらく君はこれから先、延々とツッコミ役に回ることになるだろう。

 このツッコミ役を与えられてしまった憐れな少女に幸あれ。ネジは己が信じる神へと祈らざるをえなかった。恨むのなら常識人である己を恨んでほしい。

 おそらくこの班で上手くやっていくために必要なのは理性を捨てることだ。考えるな、感じろ、馬鹿になれ。それが出来なければストレスで胃に穴が開く。

 

「大丈夫なのかな……私、やっていけるのかな……」

「生きろ……立派なツッコミ役として生きるんだテンテン」

 

 生半可な芸風では埋もれるぞと肩を叩くとテンテンの表情が絶望一色に染まり、そのままガクリと崩れ落ちた。

 やれやれ前途は多難のようだ。

 

 

 

 

 

 

「……そういうわけで下忍になってきた」

 

 恐れ多くもヒナタに作って頂いた味噌汁を啜りつつ、ネジは簡単に報告を終えた。

 天使が作った味噌汁などそれこそ聖体の一種なのではないだろうか。まるで体の内側から浄化されていくような心地である。プラシーボでデトックス効果が期待出来そうだ。

 味の感想はというと、まぁ普通だ。気持ちしょっぱくて、出汁が薄い。要練習だ。

 

「流石です兄様」

「はっはっは、褒めてもデザートのアイスくらいしか出ないぞ、ハナビ」

 

 対面で美味そうに唐揚げをモグモグしているのはハナビだ。もう一度言おう、日向の小天使ことハナビだ。

 あの日のネジの暴れっぷりは恐怖の代名詞として日向では語り草になっているらしい。ハナビ曰くとりあえずネジの名前を出しておけば晩飯を食いに来る程度ならば出来るのだとかなんとか。

 ネジが本気になれば日向を壊滅させて強引にハナビを攫うことは容易い。そのことは頭の固い日向宗家も流石に承知しているようで、多少の自由行動には目を瞑っているようだ。

 

「ねぇねぇ、兄様」

「どうしたハナビ」

「下忍ってどんなお仕事をするの?」

「言い方は悪いが……主に使いっ走りだな」

 

 ペット探しやら子守りやら色々とあるが、中には芋掘りの手伝いなんて任務もあるらしい。

 芋掘りごときと言っては農家の方々に失礼だが、そんなことに忍者を使うとは実に豪快な話である。土遁を使って畑を引っ繰り返せとでもいうのだろうか。

 つまんなーいとハナビが唇を尖らせた。

 

「悪い人を倒したりとかは?」

「そういう難易度の高い仕事はせめて中忍にならないとな」

 

 下忍で対人戦となると、戦争かそれとも護衛任務での遭遇戦くらいのものだ。前者は暫く起こらないだろうし、後者にしても結成直後の小隊に任されるような任務ではない。

 ネジの狙い通り、今の情勢ならば暫くは安穏と忍者という職を続けていられるだろう。刺激はないが、安定はしている。

 

「意外と地味なんだね、忍者って」

 

 そう言いつつまた一個、ハナビの口の中へ唐揚げが吸い込まれていった。

 正直に言うとネジとしてはハナビを一人で日向に残してしまったのは心残りであったので、こうして元気そうな姿を見られて何よりだ。

 ちなみにだが。日向の家で酷い目に合わされたなどとハナビが嘘でも証言した日には、日向宗家は火の海になる。確実にぺんぺん草すら残らない無残な有様になるだろう。

 

「あ、ヒナタ姉様おかわり!」

「山盛りで大丈夫?」

「大丈夫!」

 

 ヒナタがハナビに、白米が文字通り山盛りとなったお椀を手渡す。この姉妹、食う。それはもう、凄い勢いで食う。おかわりのデフォルトが山盛りな時点で察して欲しい。

 実は先日、炊飯器を買い替えた。一般家庭用ではなく業務用で一度に20合の米が炊けるのだが、それでようやく供給が間に合うレベルと言えばその凄まじさがわかるだろうか。

 ネジが働きに出なければならなくなったのは、主にこのエンゲル係数の急上昇によるところが多い。これさえなければ成人まで慎ましく暮らしていく程度の余裕はあった。

 というか日向宗家はこれを狙ってハナビを送り込んできたのではあるまいな。これは一種のテロだ。飯テロだ。そう勘繰ってしまうくらいには家計にクリティカルな打撃を与えている。

 凄まじい勢いで白米を消費していく姉妹を横目で見つつ、ネジは唐揚げを口にする。カラッと揚がっているし、肉には味が良く染みている。我ながら絶品だと自賛した。

 

「ネジ兄様の作った唐揚げ美味しいね、姉様!」

「そうだね、美味しいね」

 

 我が家のエンゲル係数の上昇は留まることを知らないが、それが二人の糧になっているのなら、まぁいいかと思わないでもない。

 それはともかく、せめて食費だけは日向宗家に請求することは出来ないか。デザートのバケツアイスに手を付けた姉妹を見て、ネジは切実にそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 




ヒナタは公式ですが、ハナビは資料が見つからなかったので捏造です。
リーをあそこまで仕上げたガイ先生の指導力は相当なものだと思う。



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