【漫画連載中】修羅幼女の英雄譚   作:沙城流

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活動報告で事前に告知しました方針通り、これからのハーメルンさんの更新では、本来1話想定の話を分割して更新していきます。(この"20 『火は鉄を試し』"は本話数と次話の2話に分けます)
試験的な方針なので今後変わるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。



以下、これまでの簡単なあらすじです。
※不要な方は前書きを飛ばしてください

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・第一話あらすじ
子供の頃から英雄に憧れている男、ソルフォート・エヌマは凡人だった。六十余年、彼は夢を叶えるために研鑽と努力を惜しまなかった。他人の技術を観察し、研究し、ひたすらに剣の腕を磨く毎日を過ごしていたが、結局のところ夢には手が届かなかった。人生最後に対峙した、最強の英雄『アイリーン・デルフォル』との闘い。かの最強には、己の生涯を懸けた一撃すら通じず、彼は報われぬ最期を遂げた。だが、ソルフォートは生き返る。生前、『最高の魔術師』と名乗る男に冗談半分で言ったことを思い出す。「もし志半ばで果てることがあったならば、二度目の機会が欲しい」と。その願いが叶ったのか、と感謝を抱く反面、困惑した。なぜならば、生き返った姿は、男の姿ではなく幼女の姿だったからだ。それでも、ソルフォート・エヌマは英雄としての夢を再び追いかけ始める。ソルフォート・エヌマという男ではなく、ソルという名の幼女として──。


・第二章あらすじ
ソルは、バラボア砦にて敵将ボガート・ラムホルトを討ち取り、その褒賞として少尉を拝命する。その戦いぶりから『修羅』と呼ばれ、次期英雄の期待を集めることになった。英雄への階段を一段のぼれたと喜ぶのも束の間、領地に出没する怪物──『獄禍』討伐の命令が下る。「怪物退治は英雄譚の醍醐味」と、ソルは帝国小隊を連れて現地へ向かうも、そこには件の怪物はおらず、敵国『ビエニス王国』の英雄ハキム・ムンダノーヴォがいた。応戦するもまるで歯が立たず、ソルたち帝国小隊は全員倒されてしまう。目が覚めたソルの前には、ハキムの姿。ソルとハキムが傭兵時代の古馴染みだったことで、何とか生け捕りで済んだようだった。ハキムを問い質すと、彼らビエニス王国&デュナム公国の精鋭は、災害級の怪物『原罪の獄禍』討伐を目的としていた。そこに英雄譚を愛するソルが飛びつかないはずもなく、獄禍討伐隊入りをかけてビエニス王国の大英雄『黎明の導翳し』シャイラ・ベクティスとの模擬戦を行う。模擬戦の結果、認められたことで、晴れてソルと帝国小隊は獄禍討伐隊入りを果たす。獄禍討伐隊にて、最初に下った命令は「討伐対象である『原罪の獄禍』──『根絶』ファニマールの子飼いの獄禍を、討伐隊の皆で期間内にすべて倒すこと」だった。ソルは、ビエニス王国の大英雄『黎明の導翳し』シャイラ・ベクティス、デュナム公国の魔術師イルル・ストレーズと共に、人生初の獄禍討伐に乗り出す。初日にソルたちが討伐しなければならない獄禍『ケダマ』は、体表に触れた物を凍らせる怪物。イルルとの共闘&シャイラの助太刀によって打倒し、その体内から『オド結晶』を回収する。そして、ソル一行は拠点である集落ケーブへと戻る。一方、ナッドたち帝国小隊も集落に戻ってきていた。彼らもソルと同様に、獄禍討伐隊に混ざって獄禍討伐を果たしていた。彼らは討伐を通じて、ビエニス王国&デュナム公国側の討伐隊員と仲を深めていた。一方、ソルはハキムと情報共有を行った。彼ら討伐隊の面々のうち、ビエニス王国側の人間は『根絶』ファニマールに対する復讐を第一目標にしており、デュナム公国側の人間はビエニス王国に資金援助してもらう代わりに手を貸している。そしてハキムは、自らの妻であり、ソルとも共通の昔馴染みだった『メイ』という女の復讐として『根絶』討伐隊を結成したのだ──と言った。そして、彼はシャイラと親睦を深めて欲しいとソルに頼んできた。曰く、彼女を義理の娘として引き取ったものの、なかなか打ち解けることができず、また彼女自身も精神的に不安定なため、誰かとの交流があまり持てていないという。ソルは快諾し、集落から歩いて程なくした場所にある湖に足を向けた。湖で物憂げにしていたシャイラと話していたところ『クロカゲ』と呼ばれる、とある子飼い獄禍の端末の襲撃を受ける。シャイラは鎧袖一触、危なげなく撃破したが、ソルはクロカゲが発する言葉から昔馴染みだった『メイ』がクロカゲを通して話しかけてきていると知り、招待を受けるようにしてクロカゲの一体である『黒球』に飛び込んだ。一方、シャイラは危地に飛び込んだソルを救うため、黒球を追った。追跡の最中、『根絶』ファニマールが放つ濃霧を横切る際、黒球の姦計により『魔力誘爆』が引き起こされ、その上、『根絶』の一閃を受け、シャイラは追跡を中断──しなかった。森の中、シャイラは右腕が使い物にならない状態で、身体を引きずりながらもソルの捜索を続けようとしたところ、偶然、討伐隊の一員と遭遇。共に、クロカゲの本体……『サナギ』が鎮座する場所に足を向ける。そこでは、ゆうに千を超えるクロカゲが犇めいていた。シャイラは構わずクロカゲの群れを正面突破しようとするも、そこで唐突に現れたハキム・ムンダノーヴォに制され、無謀さを咎められた。シャイラはソルの捜索を中断し、集落に帰投することになった。あくる日の早朝、ハキムの口から伝えられた当座の方針に対して、ナッドたち帝国小隊の間ではハキムに対する不信が広がっていた。一方、ソルは──黒球から出ると、燃える街にいた。そこには『メイ』を名乗る、蛾の姿をした獄禍がいた。獄禍は言う。「アンタには英雄になってもらいに来たんです」。そしてソルの目前に、在りし日のハキム・ムンダノーヴォが現れる──。
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20 『火は鉄を試し、』(1/2)

 集落の奥地にある、静寂に包まれた小屋。

 その室内は薄暗い。隅に設けられた寝台、寝台の傍に据えられた椅子、壁際に寄せられた棚や机には暗闇がかかっていた。唯一、小屋の窓からは弱い曙光が差し込み、二人の人影を浮かび上がらせていた。

 そのひとり──シャイラは寝台に横たわっていた。

 

「以上が、昨夜の、顛末……です」

 

 シャイラの全身には、包帯が巻かれていた。

 顔は、双眸と口元が見えるのみ。右腕に至っては、救護班が急拵えで作成した木製器具で固定しており、余人が一目見て重傷だと断言できる有様だった。

 そんな有様で口にしていたのは、昨晩の報告だ。

 シャイラは細大漏らさず伝えた。湖畔でクロカゲと遭遇したこと。遭遇したそれら自体は苦もなく一掃できたものの、突然ソルが自ら、球状のクロカゲの口内に飛び込んだこと。そのクロカゲを追って『根絶』の霧のなかに入るも、魔力誘爆を引き起こされた挙句、『根絶』の攻撃の余波を受け、右腕を負傷したこと。そんな追跡劇の末、到着した場所がクロカゲの本体──サナギと呼んでいた獄禍の居所だったこと。

 ただ、到着前にそれが塔めいた姿に変貌しており、大量のクロカゲを放出していたこと。

 

「そうか」

 

 ハキムは、それを椅子に腰掛けながら聞いていた。

 項垂れたまま瞑目し、腕を組んでいる。

 果たして、いま彼が何を考えているのか。

 シャイラには推察することができなかった。

 

「あ、あと……ソルちゃんから、ハキムさん宛の伝言を……その、ふたつ預かって、まして」

 

 ──借りは帳消しでよいな?

 ──貴様も呆れるほど変わっとらん。

 この二言を言い終えると、しばらく沈黙が降りた。

 ハキムは無言だった。身じろぎもしなかった。

 シャイラはもどかしかった。彼には伝言の含意がわかっているはずだ。家族という、二人の特別な関係性の下に交わされるそれを、あえて余人が類推するならば、遺言か救援要請のどちらかになるのだろう。なにせ、己が飲み込まれる直前に放った言葉なのだから。

 仮にそうだったとして、ハキムの沈着ぶりは何か。

 唯一の肉親が命の危機に瀕している。

 だというのに、まるで動じていない──。

 

(まるで……お兄様たち、みたいに)

 

 シャイラの脳裏に『家族』の影が纏わりつく。

 彼女が、芽の出ない幼少期に受けてきた仕打ち。ビエニス王国が誇る超実力主義に即した価値観の下、弱者は淘汰される。無能や無才に居場所はない。戦闘も勉学も、優秀な兄たちの過去と比べられ、基準を満たさねば折檻され、せせら笑いの的になる。

 窮屈だった。いま思えば、憎んでいた。

 あるときまでは受け入れていた。他の家族を知らなかったから。しかし、初めて物語に触れたとき──英雄譚の頁越しに見てしまった。物語を通して『他』を知ってしまった。自分が、広大で美しい世界から切り離された、狭く息苦しい箱庭に閉じ込められていると知ってからは──自分の家族(あれ)がおかしいと思うようになった。許せないと思うようになった。

 そんな家族の在り方は、否定せずにはいられない。

 シャイラは、矢も楯もたまらず左腕を立てる。

 

「わ、私……行きます」

 

 右腕のほうは固定されて動かない。

 固定具を外しても、おそらく機能しないだろう。

 それでも、彼女には恵まれた体内魔力量がある。

 きっと足手纏いにはならないはずだ。

 

「ソルちゃんを、助けに行きます」

「初めてだな」

 

 目的を告げた瞬間、ハキムは呟いた。

 

「自分から助けに行きたがる、とは」

 

 無表情。平坦な声色からも内心は窺えなかった。

 シャイラは、そのわずかな手がかりを元に考える。

 いまの言葉を素直に受け取れば、ハキムは驚いたのだろう。確かに、以前までのシャイラからは発されなかったであろう行動的な発言だったのだから。

 その文脈から肯定的な機微を見出し、口を動かす。

 

「じゃ、じゃあ……」

「駄目だ。許可できん」

 

 言葉に詰まる。シャイラの類推は的を外していた。

 ハキムは眉ひとつ動かさず、断言した。

 

ソルの救援(・・・・・)は行わない(・・・・・)。これは決定事項だ」

「っ……!?」

「帝国小隊にもこの件を伏せる。ソルが無策であの獄禍の元におることが、帝国小隊かストレーズ……いや、ソルを認めておるビエニスの隊員にでも伝われば、救援隊の編成を要望されるやもしれん。しかし、それでは子飼いの獄禍討伐に遅れが生じる……それだけは避けねばならん。この『根絶』討伐では時間が枢要だ」

 

 錆を含んだ声からは、一貫して感情が窺えない。

 

「ゆえに……子飼いの獄禍討伐は予定通りに行う。サナギ以外の『根絶』の子飼いの獄禍を駆逐していく。シャイラ嬢は一晩安静に過ごし、明日から復帰せよ。サナギについては、眼班による監視を継続し、改めて討伐の指針を立てることとする。サナギの形状が変容し、クロカゲが大量発生しているものの、昨日までと異なり、あれらはサナギの周囲を取り囲んでおるだけで、こちらに干渉してくる様子がない。こちらの戦力を割く余裕もない現状──様子見が妥当だ」

「あ、あの」

 

 滔々と、今後の予定を語るハキムの口を止めた。

 彼は理を説いていた。救援実行の弊害。『根絶』討伐という本懐を遂げるため、静観を選ぶこと。聞いている限り、もっともらしい話のように思う。

 しかし、シャイラは食い下がる。

 

「でっ……でも、討伐は前倒しに、進んでいる……はず……です。昨日の報告では……確か、一日ほど、余裕がありました──その時間を使えば、救助……」

「ならぬ。確かに、討伐隊の皆の働きによって、計画には十一刻ほどの余裕が生まれておる。しかし、まだこの時間を削るわけにはいかん。我らの本懐──『根絶』戦で何が起きるかわからん。できる限りの時間は残さねばならんのだ。……わかっておるだろうが」

 

 これも、実にもっともらしい。

 予定の線表は、ある程度余裕を持たせるべきだ。計画が予定通り進むに越したことはないが、やはり不測の事態を警戒せざるを得ない。ましてや大人数が参画し、日程が長く、不確定要素が多いこの『根絶』討伐──何かしら想定外の凶事が降りかかるのは避けられない。それに対処する時間は必要だ。

 ハキムは「あやつは弱い」と言い捨てる。

 

「少なくとも、わざわざ『根絶』討伐の余裕を割くだけの価値がない。シャイラ嬢も、模擬戦と……獄禍討伐を共にして、重々わかっておるはずだ」

 

 言い返す言葉はない。彼には理がある。

 ソルの実力はあくまで成長過程。不可欠な戦力、と言いきるには力不足の感が拭えない。

 だが、言葉の裏から、その真意を猛烈に感じる。

 

(ハキムさんは……ソルちゃんを助け(・・)()()()()?)

 

 逡巡の末、シャイラは勇気を振り絞って、訊く。

 

「ソルちゃんのこと……心配じゃ、ないんです、か」

「心配? 俺があやつを心配などするものか」

「え……」

 

 それを、彼は忌々しげに吐き捨てる。

 さあ、とシャイラの脳裏が白紙に塗り替わる。

 そんな内心の変化を察したのか、ハキムは「落ち着け」と続ける。

 

「……お前さんはいま冷静ではない。俺とソル(あやつ)は、ただ血が繋がっておるだけだ。そも、家族など大した括りではない。シャイラ嬢にも……家族なる結びつきに、失望した経験があるだろうがよ。そんな薄い繋がりに、過度な価値を見出す必要などない」

「あ……」

 

 ハキムの言葉は、シャイラを宥めるためのもの。

 わかっている。しかし、それを聞き届けたシャイラの唇から不意に零れたのは、果たして何の感情だったのか、彼女自身ですら判然としなかった。

 ただ、いま確かに、ひとつわかったことがあった。

 

(ああ……そうだったんだ)

 

 ──私が、ソルちゃんを……助けたい、理由。

 ──私が、ソルちゃんを……助けたかった理由。

 

(わかった。わかりました。『螺旋現実』アンシャートの問いかけの答え。私がソルちゃんに拘っていた理由は……ハキムさんに期待(・・)していた、から)

 

 都合のいい、幼稚な幻想をどこかで信じていた。

 ベクティス家の『家族』だけが異常だったと。他の『家族』は温かな関係を築けているはずだと。むかし、狭い物置きで人目を忍んで読んでいた本の登場人物たちのような関係性を築けているのだと──。

 だから、ハキムとソルという家族に幻想を抱いた。

 否、幻想を抱いた要因がもうひとつある。

 

(私と、ハキムさん。義理の……でも、家族)

 

 名目上の関係性だと、わかっているつもりだった。

 あの日……ベクティス家から放逐され、当て所もなく彷徨っていた娘を、ひとえに憐れみから一時匿うために銘打った関係性。いまでは大英雄『黎明の導翳し』を手元に置いておくための関係性。それがシャイラとハキムの、義理の父娘関係だった。

 それでも、ずっと希望を抱いていた。終わりの見えない『家族』の檻から解き放たれ、拾ってくれたハキムが、いままで与えられたことのない『家族』の情を与えてくれたりしないか──なんて、甘いこと。

 改めて笑える。自分のお花畑具合に、笑える。

 

(欺瞞だってわかっていたのに、は、は……)

 

 ハキムは、ベクティス家の家族とは違う。

 どうして、そんなこと信じられたのだろう。

 否、信じたかっただけだ。ハキムとの間に交わされる会話の緊張も何も、思い描く家族像からかけ離れているのに。どれだけぎこちない関係性を続けても、自身に言い訳していた。これは、あくまで義理の関係性だから。本当の『家族』ではないから、仕方がない。

 そう、自分に言い聞かせていた。

 事ここに至って、そんな幻想は脆くも崩れた。

 

(こう思うと、倒錯していたんですね……最初、私は卑しく、ないものねだりしていたのに……もう与えられないと決まったら、ハキムさん自体に期待して……そう、せめて兄様たちの存在を否定できないかって。でも……もう、答えが出ちゃった……んですね)

 

 ハキムとソルという、本当の『家族』。

 ハキムにとって、ソルは損得勘定で容易く切り捨ててしまえるものでしかなかった。それは、シャイラが否定したかったベクティス家の『家族』と重なる。

 ならば。必死にソルを助ける必要は、もう──。

 寝台に立てていた左腕から、力が抜けてしまう。

 

「シャイラ嬢?」

「す……みません、ぼうっと……してました」

 

 ハキムは片眉を上げて、再確認してくる。

 

「くれぐれも言っておくが、あやつを助けには──」

「行きませんよ」

 

 すっと、言葉が出た。

 もはや胸元に手を当てる必要もない。

 腹の底が冷えていく感覚とともに、口にする。

 

「私は……『黎明の導翳し』ですか、ら」

「分かれば、よい」

 

 




次話(20 『火は鉄を試し、』(2/2))はソル視点です。
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