【漫画連載中】修羅幼女の英雄譚   作:沙城流

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落ち着いてきたので、更新を再開します。
今回は日常回になります。
漫画のほうも……漫画家様と漫画編集者様の力で、かわいく、迫力ある形になっていますので、どうぞよろしくお願いします。

以下、これまでの簡単なあらすじです。
※不要な方は前書きを飛ばしてください

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・第一話あらすじ
子供の頃から英雄に憧れている男、ソルフォート・エヌマは凡人だった。六十余年、彼は夢を叶えるために研鑽と努力を惜しまなかった。他人の技術を観察し、研究し、ひたすらに剣の腕を磨く毎日を過ごしていたが、結局のところ夢には手が届かなかった。人生最後に対峙した、最強の英雄『アイリーン・デルフォル』との闘い。かの最強には、己の生涯を懸けた一撃すら通じず、彼は報われぬ最期を遂げた。だが、ソルフォートは生き返る。生前、『最高の魔術師』と名乗る男に冗談半分で言ったことを思い出す。「もし志半ばで果てることがあったならば、二度目の機会が欲しい」と。その願いが叶ったのか、と感謝を抱く反面、困惑した。なぜならば、生き返った姿は、男の姿ではなく幼女の姿だったからだ。それでも、ソルフォート・エヌマは英雄としての夢を再び追いかけ始める。ソルフォート・エヌマという男ではなく、ソルという名の幼女として──。


・第二章あらすじ
ソルは、バラボア砦にて敵将ボガート・ラムホルトを討ち取り、その褒賞として少尉を拝命する。その戦いぶりから『修羅』と呼ばれ、次期英雄の期待を集めることになった。英雄への階段を一段のぼれたと喜ぶのも束の間、領地に出没する怪物──『獄禍』討伐の命令が下る。「怪物退治は英雄譚の醍醐味」と、ソルは帝国小隊を連れて現地へ向かうも、そこには件の怪物はおらず、敵国『ビエニス王国』の英雄ハキム・ムンダノーヴォがいた。応戦するもまるで歯が立たず、ソルたち帝国小隊は全員倒されてしまう。目が覚めたソルの前には、ハキムの姿。ソルとハキムが傭兵時代の古馴染みだったことで、何とか生け捕りで済んだようだった。ハキムを問い質すと、彼らビエニス王国&デュナム公国の精鋭は、災害級の怪物『原罪の獄禍』討伐を目的としていた。そこに英雄譚を愛するソルが飛びつかないはずもなく、獄禍討伐隊入りをかけてビエニス王国の大英雄『黎明の導翳し』シャイラ・ベクティスとの模擬戦を行う。模擬戦の結果、認められたことで、晴れてソルと帝国小隊は獄禍討伐隊入りを果たす。獄禍討伐隊にて、最初に下った命令は「討伐対象である『原罪の獄禍』──『根絶』ファニマールの子飼いの獄禍を、討伐隊の皆で期間内にすべて倒すこと」だった。ソルは、ビエニス王国の大英雄『黎明の導翳し』シャイラ・ベクティス、デュナム公国の魔術師イルル・ストレーズと共に、人生初の獄禍討伐に乗り出す。初日にソルたちが討伐しなければならない獄禍『ケダマ』は、体表に触れた物を凍らせる怪物。イルルとの共闘&シャイラの助太刀によって打倒し、その体内から『オド結晶』を回収する。そして、ソル一行は拠点である集落ケーブへと戻る。一方、ナッドたち帝国小隊も集落に戻ってきていた。彼らもソルと同様に、獄禍討伐隊に混ざって獄禍討伐を果たしていた。彼らは討伐を通じて、ビエニス王国&デュナム公国側の討伐隊員と仲を深めていた。一方、ソルはハキムと情報共有を行った。彼ら討伐隊の面々のうち、ビエニス王国側の人間は『根絶』ファニマールに対する復讐を第一目標にしており、デュナム公国側の人間はビエニス王国に資金援助してもらう代わりに手を貸している。そしてハキムは、自らの妻であり、ソルとも共通の昔馴染みだった『メイ』という女の復讐として『根絶』討伐隊を結成したのだ──と言った。そして、彼はシャイラと親睦を深めて欲しいとソルに頼んできた。曰く、彼女を義理の娘として引き取ったものの、なかなか打ち解けることができず、また彼女自身も精神的に不安定なため、誰かとの交流があまり持てていないという。ソルは快諾し、集落から歩いて程なくした場所にある湖に足を向けた。湖で物憂げにしていたシャイラと話していたところ『クロカゲ』と呼ばれる、とある子飼い獄禍の端末の襲撃を受ける。シャイラは鎧袖一触、危なげなく撃破したが、ソルはクロカゲが発する言葉から昔馴染みだった『メイ』がクロカゲを通して話しかけてきていると知り、招待を受けるようにしてクロカゲの一体である『黒球』に飛び込んだ。一方、シャイラは危地に飛び込んだソルを救うため、黒球を追った。追跡の最中、『根絶』ファニマールが放つ濃霧を横切る際、黒球の姦計により『魔力誘爆』が引き起こされ、その上、『根絶』の一閃を受け、シャイラは追跡を中断──しなかった。森の中、シャイラは右腕が使い物にならない状態で、身体を引きずりながらもソルの捜索を続けようとしたところ、偶然、討伐隊の一員と遭遇。共に、クロカゲの本体……『サナギ』が鎮座する場所に足を向ける。そこでは、ゆうに千を超えるクロカゲが犇めいていた。シャイラは構わずクロカゲの群れを正面突破しようとするも、そこで唐突に現れたハキム・ムンダノーヴォに制され、無謀さを咎められた。シャイラはソルの捜索を中断し、集落に帰投することになった。あくる日の早朝、ハキムの口から伝えられた当座の方針に対して、ナッドたち帝国小隊の間ではハキムに対する不信が広がっていた。一方、ソルは──黒球から出ると、燃える街にいた。そこには『メイ』を名乗る、蛾の姿をした獄禍がいた。獄禍は言う。「アンタには英雄になってもらいに来たんです」。そして、ソルはメイが次々と用意する人間たちと戦わされる。獄禍は言う。「強くなってください。強靭な精神に相応しい肉体を仕上げるため、存分に私を利用してください」そして微笑むように言うのだった。「最後に、英雄(アンタ)が怪物(わたし)を殺してください」
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21 『星を戴く / いただきます』(1/2)

 この街に夜明けは訪れない。

 時間が流れていないのか。ソルがここに降り立って以降、すでに数時間は過ぎているはずだが、上空には太陽どころか星月の姿さえも見当たらない。ここに足を踏み入れた当初、空は街から立ち昇る煙で隠されているものと考えていたが、黒煙のあわいから覗くそれは木炭で塗り潰したように黒々としている──。

 黒い天井。元よりここに、空などなかったのか。

 ソルは、その黄金色の視線を足元に降ろす。

 凹凸のある石畳が視界を占める。彼女がいるのは、依然として炎上する街中の広場。その中央部の高台に向けて伸びる、幅広の階段を背にしている。

 握った剣を杖にして、何とか二本足で立っていた。

 

(さ、流石に、疲れた……のう)

 

 ソルは乱れた呼気を吐く。口から零れるのは、身体に満ちる高揚感と疲労の一端。その代わり、喉奥には唾を送り込み、息を整える。どくどく、と胸奥からこめかみにまで響く鼓動を努めて鎮めようとする。

 彼女の視界上部では、つい先ほどまで矛を交わしていた槍師と魔術師二人組の身体が消えてゆく。

 

「お見事。今回は噛み合いましたね」

「う、む……」

 

 降ってくる賞賛を受け止め、地べたに腰を下ろす。

 ソルは力なく胡座を組み、頭を垂れ下げる。

 じわじわと身体の中枢に染み入る疲労感を享受しながら、手のひらで額を撫でつけて汗を拭い、頭にのぼった熱を指先の温度で徐々に冷ます。

 そんななか、背後から段差を(くだ)る音が聞こえる。

 それを聞き流しながら、胸中で呟く。

 

あれ(・・)以降、何度戦ったのかわからぬな)

 

 結論から言えば、ソルは蛾の獄禍の誘いを受けた。

 断る理由がなかった。彼女が快諾すると、獄禍も嬉しげだった。それから、この──幻影相手の、終わりの見えない模擬戦が、幾度となく行われたのだ。

 敵方として用意されたのは見知った顔が多かった。

 所属していた傭兵団の面々、仕事で敵対した人間、行く先々で出逢った強者たち。おそらく、蛾の獄禍が攻略難易度順に並べたであろう彼らの面影を、ソルが次々と倒していった。時にソルがしくじり、凶刃の餌食になりそうな場合は──直前で怪物が止める。

 ソルを死なせない。その怪物の意思を強く感じる。

 段差を降りる音が消える。そして視界には、ソルの正面に回り込んできた人影が映り込む。それは、薄く輪切りにされた漆黒の層が幾重にも連なった、六尺程度の人型。蛾の獄禍の声を伝えていたクロカゲだ。

 ソルはこれを相手に、怪物との交流を図っている。

 

「そろそろ……一息つきましたね。始めましょうか」

「お願いするのじゃ」

 

 クロカゲの、下半身に当たる層同士が引きつく。

 結果、成人男性が正座した際の座高になった。

 ソルは垂れていた頭を上げ、相対するクロカゲと向き合う。斯くして膝を突き合わせた彼らがおもむろに始めたのは、模擬戦終了後、恒例となった流れ(・・)だ。

 まず、クロカゲが戦闘内容の所見を述べる。

 曰く「戦闘の推移を何段階に分けた際、この段階のソルフォートがどう動いたのは効果的だった反面、当時の状況からこんな展開に繋がる恐れもあることは察知でき、この部分に割くべき集中力が疎かになっていたのではないか」という、微に入り細を穿つ助言だ。

 この意見を軸に、怪物とソルは感想戦を行う。

 怪物の長広舌の評と、当のソルが考慮した展開。

 互いに戦闘内容を擦り合わせ、出た各改善点に対応の優先度を付け、課題として累積。以降の戦闘で、優先度が高い順に改善を試みる。その繰り返し。

 もはや何時間、夢中で続けたかわからない。

 わからないが──ソルは、ほうと息を吐く。

 

(最高じゃ)

 

 ソルは心地よい疲労感と、充実感を抱いていた。

 

(斯様な鍛錬、夢のようじゃ)

 

 持ち前の向上心は、一層猛々しく燃え盛っている。

 なにせ、いまや努力の方向性と鍛錬相手に困ることもなく、実戦に極めて近い模擬戦を好きなだけ繰り返せる。前まで、独学の鍛錬法を試したり、闇雲に剣を振ったりしていたことを思えば、比較にならない効率化ぶりだ。たとえ、どんな富豪が金子に飽かせて人や設備を整えたとて実現不能な、夢の環境だろう。

 ひとしきりクロカゲと言葉を交わし──。

 

「……と、新しい課題が出たところで」

「うむ」

「一区切りとしましょうか」

「…………」

「顔」

 

 なぜわかったのだろうか。

 ソルは片手で己の表情筋を確かめながら、真摯な面持ちを心がけて語りかける。

 

「まだ……あと、一戦はできると思うがのう──」

「上目遣いで媚びてもダメです」

「媚びてなどおらんわい」

「結果としてそうなっているでしょーが」

 

 ──身長差を考えてください。

 クロカゲには取りつく島もない。

 

「ワガママ言わないでください。損するのはアンタなんですからね……というか、もう延長は三度目ですよ? 二度目までは、しょうがないなあと思って延長してあげましたが、堪忍袋の尾がブチ切れました」

「むう」

「むうじゃありません。休憩。はい休憩です」

 

 ──可愛こぶらないでくださいよ、まったく。

 クロカゲは、頭部の上で大振りに左右の手を振る。

 その合図を待っていたのだろう。広場の入り口から二体のクロカゲが、とてとてと短足特有の小刻みな歩調で入ってくる。彼ら(・・)は、姿かたちがとても似通っている。先頭のクロカゲは四つ脚。頭部らしき部位が存在せず、背の低い漆黒の卓子のようだ。続くクロカゲは、同一形状ながらそれよりひと回り大きい姿である。

 ソルはさほど警戒もせずに、彼らの接近を許す。

 斯様に──ソルの態度は劇的に軟化していた。

 

(蛾の獄禍。奴は真に、わしを害する気などない)

 

 内心で、そのような結論に達していたからだ。

 ソルを殺害せしめる機会なぞ幾らでもあった。

 そのたびに彼女を生かし続け、あまつさえ客観的な視点からの助言も与えてくれる。改善点の洗い出しも労を惜しまず、ソルの意見も踏まえた上で相談しながら行ってくれる。そんな存在に感謝こそすれ、敵愾心を抱き続けることなどできなかった。

 最初こそ裏を疑った。だが、理由が見当たらない。

 

(『根絶』討伐の足止め目的の拉致ならば、わしは力不足すぎる。ベクティス殿や、それこそハキムなどが拉致されれば、討伐隊は足踏みを迫られるじゃろう。しかし、わし程度の不在で狼狽えたりはせん)

 

 それに、クロカゲの真の目的が人質ならおかしい。

 斯様な鍛錬を、ソルに許す意味がわからないのだ。

 幽閉した囚人に対して、脱獄に直結するような力を好んで与えたりするだろうか。あらゆるソルの勘繰りは悉く空振りに終わってしまった結果、警戒心は指に乗せた雪のように溶けていってしまったのである。

 かてて加えて、古馴染みを幻視したせいもあろう。

 

(受け答え、記憶……いずれもメイそのものじゃ)

 

 視界を占める、ヒトガタの造型。

 目を細めて、その姿を暈かしてみる。

 

(無論、形は似ても似つかぬが……)

 

 ソルは、あれが『メイ』という確信を深めていた。

 だが、確証は得られない。そもそも、獄禍変転の仕組みが不明で、獄禍とは何なのかも不明なのだ。怪物になった理由も知らないのに、当人と信じることはできない。なにせ明確に姿形が変貌しているのだから。

 たとえば、もしも巷の噂通り、獄禍とは人の皮を被った怪物だったとしよう。元は怪物で、人の姿をして世間に紛れ込んだものなら、背後のそれがメイとして生きていたことに違いはない。そうなると、ハキムがこの存在をソルに隠匿した理由がわからなくなる。浅からぬ縁のあった者が、元より怪物だったとして、思い出を積み重ねたのは彼女に違いはないのだから、驚きはすれどそれ以上の衝撃はないはずだ。

 そう。ハキムは少なくとも、メイが獄禍と化したことを知っているはずだ。

 

(どこまで信じていいかはわからぬが、ハキムは言っておった。ハキムとメイは『根絶』に遭った。ビエニス王国の南部の都市──サルドナで。そこでメイを失った。これが、メイが死んだのではなく、変転したのだとすれば……変転の現場を見ておるかもしれぬ)

 

 そして、なぜかハキムは獄禍変転のことを隠した。  

 

(ハキムが隠した理由と、メイが獄禍になった理由は繋がっておる……と考えるのは勘繰りすぎか)

 

 無論、すべては推測。確信も感覚でしかない。

 だから、まだ蛾の獄禍を『メイ』と呼んでいない。

 

「ソルフォート? ほら、立ってください」

「……ああ」

 

 物思いに耽りすぎたようだ。

 ソルは気のない返事をしながら、地面に手をつく。

 腕に体重を乗せて重い腰を上げようとしたところ、目前にクロカゲの手が差し伸べられた。

 

「気遣いは無用じゃ」

 

 ソルは一人で立ち上がり、尻に付着した砂を払う。

 

「厚意くらい素直に受け取ればいいのに」

「むう……それは……そうじゃな。すまぬ」

「律儀に謝らなくても」

 

 礼を失した。思わず手助けを断ってしまうとは。

 孤独に生きてきたがゆえの癖だった。人に頼れず、不用意に頼るまいと心がけてきた弊害。協力関係を築いた相手に対して、胸襟を開く態度を返せなかった。

 クロカゲは、やれやれというように腰に手を遣る。

 

「まー、本当に変わらないですね」

「そうかのう」

「ええ。真面目、律儀、素直。アンタの美点です」

「真正面から言われると照れるのう」

「即答されると、全く照れている感じがしませんね」

「それは……ぬしも本気で言っておらんからなあ」

「本気ですよ本気本気。私、アンタのそういうところが、本当に大好きなんですから」

「有り難い話じゃ。厚意はとても嬉しいのう」

「……そこだけはきちんと受け取るんですから」

 

 ──見た目が変わっても、アンタはアンタですね。

 蛾の獄禍には、幼女化の件をすでに明かしている。

 主題は、幼女化ではなくオド容量の上限が上がったことだったが。理由は単純で、感想戦を行うにあたって不都合だったのだ。課題や改善点、今後の目標設定は、身体の状態も当然無関係ではない。以前の身体とはオド容量の天井が違うのだから、鍛錬の方向性や手段も変わる──と、そのため早い段階で伝えたわけだが、そのときのクロカゲの狼狽ぶりは凄まじかった。

 取り乱した末、震えた声で祝福を伝えてくれた。

 ──よかった。本当に。間に合ったわけですね。

 

(反応はハキムの比ではなかったのう。ハキムと違って、ずっとわしの応援をしてくれておったからな)

 

 などと考えたところで、苦笑したくなる。

 何が、推測、確証は感覚でしかない……だろう。

 無意識的にも、すでに目前の怪物をメイ扱いしているではないか。

 

「さ、ご飯にしますよ」

 

 物思いに耽る幼女を他所に──おそらく意図的に無視しながら──背後に回り込んだクロカゲは、幼女を両手で押し始めた。

 狭い背中に、やんわりと、だが硬質な感触がある。

 

「さ、座ってください」

「座る……というと」

 

 促された先に、腰かける椅子はない。

 そこには、二体のクロカゲが立ち止まっている。先ほど呼び寄せていた四足の怪物。微動だにしない彼らを見ていると気づく。これは背の低い食卓と椅子だ。漆塗りの家具と思えば、違和感はない。

 とは言え、わざわざ生物? に腰かけて食事をするのも気が引ける。

 

「先ほど同様……わしは地べたで構わないのじゃが」

「アンタは賓客ですよ。少なくとも、尻に砂を付けながらの食事はさせられません。せっかく用意したのですから、ぜひ使ってください。もちろん、座り心地が悪ければ、他のものに取り替えますから」

 

 そのとき。視界の端、広場に面した扉が開く。

 そこは、広場の北部。最初ソルが入ってきた広場の出入口付近にある、白緑の三角屋根と外壁が白塗りが目立つ二階建て──この街並みには珍しく炎上していない──その、一階部分に据えられた勝手口。

 開かれた扉から現れたのは、細身の人型。

 それが、勝手口と地面とを繋ぐ短い階段を降る。

 そのクロカゲは、白尽くめの格好をしていた。

 頭部に白長い円柱状の帽子を被り、料理人と思しき厚手の服を着ている。

 

「彼はうちの料理長です」

「料理長……それならばぬしは?」

「私は経営者(オーナー)です」

「経営も何も、わし以外の客はおらんじゃろう」

「あ、言ってみただけです。私は料理長止まりの人生だったので、一度は名乗ってみたかったんですよ。言うなれば、お飾りの経営者(オーナー)、というわけですね」

「いや、ただの職業詐称をお飾りとは言わんが」

 

 シロカゲもとい料理長は、手に食膳を運んでくる。

 そして、ソルの手元に鎮座している、四つ足のクロカゲの背──食卓──にそれを乗せる。食膳は、当の膳から乗っている食器に至るまで、漆塗りのように黒一色。それ以外の彩りは、食器の上にある料理と、何やら白布で食器ごと覆われた一品だけだった。

 食器は三つと白布。つまり、おそらくは四品。

 そこに、食事用の短刀が一本添えてある。

 

「献立は、狼肉のステーキと山菜サラダ、特製スープになります。熱いうちに召し上がれ。ちなみに、布がかかっている一品はお楽しみです。食後にどうぞ」

 

 料理長は無口のようで、自称経営者が説明する。

 ソルはそれに頷きを返しつつ、目だけ動かす。

 視線の先は、料理長の出てきた扉。食膳を両手に持ってきたために閉められなかったその隙間から、部屋の内装が垣間見えた。

 どうやら調理場のようだ。視認できたのは水場や通り一遍の調理器具、調理師と思しき数体のクロカゲだった。彼らがいずれも同形の細身の人型なのは、調理場に詰めるにあたり、互いの体型で邪魔をしないためだろう。各々は役割分担をしているのか、別々の行動を取っている。水場に向き合っている者、手元の芋らしき物体を黙々と刮ぐ者、肉を揉む者……。

 総じて、怪物の調理場、という風情ではない。

 

(傭兵団の調理場……の、ようじゃの)

 

 連想したのは、メイが立っていた調理場の光景。

 クロカゲたちが、彼女の指示のもと動いていた料理人たちに置き換わったように見える。

 ソルは視線を食膳に戻すと、クロカゲに尋ねる。

 

「銀の食器はあるかのう」

「毒の心配ですか。生憎と銀製の用意はありません」

「そうか。それならば……」

「ああ、その代わり、毒味をさせましょうか」

「毒見?」

 

 クロカゲの台詞に反応したのは料理長。

 食卓の側に控えていた彼は、右手を高速で動作。

 一瞬のうちに繰り出された一撃は、食器上の肉の端を切断。そうして、空中に投げ出された肉の切れ端を左手で受け止めると、彼自身の口元に運ぶ。

 しかし、彼に口などない。

 口元にあたる位置──輪切りになった漆黒の層と層の間に、すっと肉を乗せる。

 

「はい。料理長は美味しいと言っています」

「果たして、あれは食べた扱いでよいのか?」

「さあ、ソルフォートも召し上がれ」

「……信用するしかないがのう。頂こう」

 

 今更、毒を盛られる心配をするほうがおかしいか。

 とは言え、本能的に抵抗感を覚えるのもまた事実。

 赤身が残る程度に焼き上げられた狼肉──。

 ソルは短刀で切ったそれを、じっと見つめる。

 そして、意を決し、口に運んだ。

 

「! 美味い」

「ありがとうございます。うんと食べてください」

 

 ──食事も鍛錬の一環ですからね。

 ソルは堰を切ったように、次々と肉を食べる。

 喉が渇けばスープを飲──飲めない。

 椀の傾斜を咄嗟に緩める。熱すぎる。

 

「あふ……あふ……」

「……もしかして火傷ですか?」

そこまでではない(ほほまへへはなひ)……」

「大変。水を用意しますね」

 

 料理長は、飛ぶような勢いで先ほど出てきた扉に駆け込んでいく。

 

(小間使いのように扱われておるな、料理長……)

 

 ソルはその様子を見ながら、汁に息を吹きかける。

 ふーふー。湯気が揺れる。幼い舌には荷が重い。

 

(何にせよ、料理に何か盛る……といったことは、やはりされておらんようじゃのう。メイらしさには拍車がかかっておる。無論、遅効性の毒の可能性を考えれば、結論を出すには早すぎるかもしれんが。)

 

 メイらしさで言えば、料理の内容自体にもある。 

 食事も鍛錬の一環──という台詞通り、クロカゲは鍛錬と密接にかかわる食品を選定していることだ。ソルの浅薄な知識でもわかる例を挙げると、この咀嚼中の狼肉だろう。狼は筋肉量が多い、つまりその肉には豊富な蛋白質が含まれている。

 それは、身体の筋力向上に欠かせない成分。

 飛ぶ調子で帰ってきた料理長に差し出された椀を受け取りつつ、つまり、と脳内で考えを締める。

 

(鍛錬前後で摂取するのに適しておる、ということ)

 

 内心で得心しつつ、椀を傾けて水で舌を湿らせる。

 クロカゲに答え合わせを求めたところ、当の相手は頷きつつも反応が悪い。

 

「ええ……そのつもりで事前に用意していました。ただ……まだ、断言はできませんが……身体の筋力を向上させる食事自体、いまのアンタには無意味という可能性があるかな、と私は思っています」

「? ふむう」

「ま、経過を観察します。とりあえず、本日はそのまま食べちゃってください」

 

 はぐらかされてしまった。

 

(はて。いや、もしかするとあのこと(・・・・)かのう……)

 

 などと考えつつも、忙しなく手を動かす。

 そう、美味いのだ。メイの手料理を思い出す。

 効能と旨味を両立するのが彼女の信条だった。

 狼は筋肉量が多いが、その反面、脂肪分が少ない。

 それは肉質が硬く、繊維質ということを意味している。本来、食感は乾燥しており、強い臭みも併せて、なかなか美味しく食べづらい代物なのだ。

 だが、この厚切り肉は食べやすい。歯応えも丁度よく、臭みも気にならない。これは筋切りを始めとした丹念な下拵えの賜物だろう。臭み消しも兼ねて下味を付けているのか、味に深みも生まれている。

 肉により口内の奪われた水分は、添えられた汁物で潤す。白菜中心の吸い物は、疲労回復を助ける役割を果たしており、新鮮な山菜は胃をもたれさせないような配慮だったようだ。いまやソルは幼女なので、その配慮は空振りに終わったが、単純に美味しく食べる。

 そんな、絶品と言える食事もそろそろ終盤。

 締め括りとして、最後の一品に目を移す。

 白布が被さっている一品。曰く「食後にどうぞ」とのことで、手をつけていなかった。甘味か何かか。ソルは想像を膨らませながら、勿体ぶった布を捲る。

 皿の上には、ぽつんと小石が乗っていた。

 

「これは?」

「小石です」

 

 小石だった。

 

「……わしとて、石は食えんぞ」

「ちょっと。露骨に落胆しないでくださいよ」

「すまぬ。いや、あまり……わしも、人に用意してもらった食事に文句をつけたくないのじゃが……これでは幼児虐待……もとい、老人虐待じゃ」

「どうやら誤解があるようですね」

「誤解というならば、これは食えるのか」

「食べられません」

「食べられないではないか」

「呑み込んでください」

頓知(とんち)か。呑み込めたとて栄養にならんじゃろう」

 

 その抗議に、クロカゲは宥めるように両手を煽る。

 まあまあ落ち着いてくださいよ、というように。

 

「別に、アンタの消化器官を過大評価しているわけじゃありません。もちろん、タチの悪い冗談でもありませんよ。ちゃんとした訳があります……ソルフォートは、マナ結晶を呑み込む修行法を知ってますか?」

「知っておる。というか、一度やったことがある」

「アハハ。覚えてましたか」

 

 一昔前、世間で実しやかに囁かれていた噂話だ。

 曰く「マナ結晶を物理的に呑み込むことで、自身のオド容量の上限を拡張できる」。まさに夢のような話だ。オド容量の貧しさがゆえに、人生を『凡人』と運命付けられた者たちは皆、こぞって手を出した。

 無論、ソルフォートも一度試した覚えがある。若い時分の話だ。物は試しと、最寄りの市街で安価に購入したマナ結晶を呑み込んだ。結果、喉に詰まりかけた上、効果の程を全く感じられなかった。当時のメイとハキムに助けられたが、良い弄りの種にされた。

 いま思い返すと、赤面ものの浅慮だった。

 

「あの噂は……流言飛語じゃったと記憶しておる」

「あのときは詳しい知識がなくて苦労しましたね、お互いに。ただ……あれ、後々調べたところ、実は効果的な側面があったんですね」

 

 クロカゲは大仰に頭を掻く仕草をする。

 

「勘違いがあったんです。別にあれは、オド容量の上限が増える効果はなかった」

「あの触れ込み、誇大どころか虚偽じゃったのか」

「アハハ。そう上手い話はない、ということですね」

「では、如何なる効果があるというのか」

 

 ソルの相槌に、クロカゲは滔々と答える。

 

「これには、身体を動かすことによる体内魔力の増大を促進する効果があります。前までのアンタなら効果は薄かったでしょうが、体内魔力量の限度が上がったアンタなら、きちんと効果が出るはずです」

「なるほど」

「とはいえ、見ての通りそのマナ結晶は小さいです。その分、高品質のマナ結晶を拵えたのですが……想定していたほどの効果は現れないかもしれません……本来なら、もっと大きめのマナ結晶を呑み込んでもらう予定だったのですが……まあ、ちょっと考え中です」

 

 ソルは頷きつつ、皿の上のマナ結晶を摘む。

 幼児の指の腹にも乗せられるほど小さい。

 小石というより、粒と言うべきかもしれない。

 

「もう少し大きくても……呑み込めるがのう」

「あーだめだめ。小さい子が小石を丸呑みとか、聞いてるだけでもハラハラしちゃいます。喉に詰まらせたら一大事じゃないですか。許可できません。正直、これでも大丈夫かなと私、心配ではあるんですよ」

「ふむ……」

 

 道理かもしれん、と首肯しかけて首を捻る。

 

「……しかし、まるで、わしが老爺の姿のままだったならば、躊躇いなく大きめの石を呑み込ませていたかのような口振りじゃ」

「そのつもりでしたが」

「老爺にも大きめの石を呑み込ませようとするな」

「強くなれるんですよ? 呑み込みますよね」

「呑み込むけれどものう」

 

 閑話休題。ソルは摘んだ小石を口許に運ぶ。

 

「これを呑み込めばいいんじゃな」

「あ、噛み砕いちゃだめですよ」

「わかっておる」

 

 小石を唇に埋めて、舌で喉奥に押し込む。

 そして椀に注がれた水とともに嚥下。些細な異物感が喉を通り、案外あっさりと魔石の摂取を終えられた。さわさわ胸元を撫でる。無意識の行動だった。

 ぽんぽんと、クロカゲに優しく頭を撫でられる。

 抵抗しようかしまいか思案する間に、手が離れた。

 

「食後に少しだけ運動でもしますか」

「臨むところじゃ」

「激しい鍛錬はしませんからね」

「………………わかっておる」

「わかってなさそう。少し運動したら寝ますよ」

 

 副官の少女の諫言を思い返して、ソルは頷く。

 

「うむ。睡眠は大事じゃからな」

「お、ここは六十年で学びを得ていますね」

「それほどでもないのじゃ」

 

 ソルは半ば軽口を返して、椅子から降りる。

 

「ああ、この空間、時間は流れておるのかのう」

「時間……外のことが気になりますか?」

「それは気になる」

「へえ」

 

 クロカゲは、温度を感じられない短音を発する。

 

「わしも少尉を任ぜられた身。わしの下に付いてくれておる者たちがおるのじゃ。まあ……頼りになる副長がおるゆえ、わしの不在程度でどうこうはならんじゃろうが、いずれ戻らねば無責任というもの」

「えええ」

「流石に驚きすぎじゃろう」

「いや、ええ……うん。あの、アンタがねえ……」

 

 ごほん、とクロカゲは咳払いする素振りをする。

 

「時間は流れています。でも、同じ時間が流れているわけではないです。こちらの一日が、向こうでは非常に短い単位の時間になっています。なので、鴉が鳴いても、帰る時間なんて気にしなくて問題ないですよ」

「そうなのか」

「ま……後顧の憂いは絶っておきますか」

「?」

「あ、いまのアンタには関係ない話ですよ」

「また、あからさまに濁すやつじゃのう……」

「なに、悪い話じゃありません。そちらのほう(・・・・・・)も、少しだけ助力してあげようというだけですよ。成果があったら教えてあげます」

 

 ──曖昧さ加減は変わっておらんではないか。 

 ソルはジト目を向けるが、クロカゲはそれ以上答える気はないようだ。

 

「そうだ。今のうち相談しておきますね。明日の修行法の方針について。明日からの鍛錬を通じて、アンタが完成させる新しい戦闘方法と、奥の手について」

「戦闘方法と……奥の手」

「そう」

 

 要するに、とクロカゲは続けた。

 

「新しい必殺技を、私たちでつくりましょう」

 




次回更新日:来週くらい
      3/30追記、ちょっと遅れます
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