『さぁ、始めましょうか』
本日5時間目の受講。殺せんせーは増えた。何を言ってるか自分でも分からないが、殺せんせーの数が増えた。正しくは素早く動くことでできる残像を利用してるんだけど、それでも増えたようにしか見えない。
「学校の中間テストが迫ってきました」
「そうそう」
「そんなわけでこの時間は」
「高速強化テスト勉強をおこないます」
おう、ちょっとまってな。その、高速強化テスト勉強とか言うのはいいんだよ。生徒の学力を底上げすることでテストの点数をあげようってことだろ?大いに結構。ただ不満がひとつあるんだが。
「なぁ殺せんせー、なんで古宮がそっちにいるんだ?」
そう。私はなぜか殺せんせーの側、つまり教える側に立たされている。さっきの昼休憩にいきなり殺せんせーに教師認定された。断ろうとしたら泣きつかれた。余りにも鬱陶しいからつい引き受けてしまったのだが…
「ヌルフフフ、古宮君は私の出題する小テストの問題を全て満点回答という成果を残しています。私がこれ以上この時間で教えることが無いんですよ」
「そうですね。皆が苦手教科の小テストやってるところに恐らく私だけ5教科全てを、基礎から応用までありとあらゆる問題を出されました。制限時間は皆と一緒で。はじめは私の苦手科目を探っていると思ってました。ただ段々と難しくなる問題達に殺意を覚えたことはありますね。正直テストの返却時に落ち込んだ殺せんせーの顔があまりにも面白かったので頑張っていたところもありますが。それにしても生徒同士の教え合いというのは確かに勉強も捗り楽しく記憶したりできるでしょうが、実際に教壇に立たされるとは思いませんでした。それに私が人に楽しく教えることができるとお思いだったのでしょうか?私はただアドバイスを飛ばすだけです。何も面白いことはないでしょう?もういっそ1人で教科書の暗記でもしていたほうが個人的には気が楽でした。しかし引き受けたからにはやらなければならないでしょう。さぁやりましょうか皆さん」
私が息継ぎせずここまで言い切ると、殺せんせーの焦る顔が見えた。なにが「も、もしかして怒ってますか?!」だ。怒ってるよ。
「お、おほん!とりあえず先生の分身が1人ずつマンツーマンで」
「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」
「ただし!先生はアドバイスはしますがそれ以上のことはしません」
「先生のアドバイスで分からないことがあれば古宮君をサポートとして呼んでください」
そう言いつつ生徒の前に分身を送る。
…殺せんせーのアドバイスで分からないことがある生徒なんてそういないか。これは着席して読書しててもよさそうだな。
「下らね……ご丁寧に教科別にハチマキとか…」
不満そうに愚痴る寺坂だが、自分のところにいる分身のハチマキを見てみた。
「なんで俺だけNARUTOなんだよ!!」
寺坂の前にいる分身がつけているハチマキは某忍者漫画の主人公のいる里のシンボルだった。
「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」
こうして、国語6人、数学8人、社会3人、理科4人、英語4人、NARUTO1人、アドバイザー1人の奇妙な学力強化が始まった。
もちろん私は本に集中するので勉強はしないのだが。ちなみに読んでいるのはH.P.ラヴクラフトの『The Shadow Over Innsmouth(インスマウスの影)』。翻訳前と翻訳後を読んで内容と自分の訳が合っているのか確認するまでが1セットだ。これが意外と楽しい。
その後、特にアドバイスを望む生徒がいなかった。楽ができてよかった。ちなみに殺せんせーに「本を読むくらいなら勉強してください!」とか言われたけど「英語の勉強です」って言っといた。その後静かになったので気にせず読書を続けたが。
◇◆◇
『さらに頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です。今日は古宮君にも授業を受けてもらいます』
翌日の同時刻。殺せんせーは1人につき3人の分身という異常なほどの数にまで増加していた。
分身を大量に作った所為からか分身の作りはかなり荒く、たまに別のキャラクターの被り物になっている。
「…どうしたの殺せんせー?なんか気合い入り過ぎじゃない?」
「んん?そんなことないですよ」
茅野の質問には律儀に答えるが、かなり気合が入っていると思う。分身の質も授業の質もかなり雑だ。これは昨日何かあったか…?
「殺せんせー、私に全教科を同時に教えようとしないで下さい。理解が追いつきません」
「おや、すいません。つい…」
「……何が原因でそこまで空回りしているかは聞きませんが、授業の質を落としては本末転倒でしょう」
その言葉が届いたの皆の分身は1人減り、私のところの分身は5人から3人になった。……多いわクソダコが。
私の忠告から20分ほど経つと、終業のチャイムが鳴った。
殺せんせーは全員分を本気で分身していたからか、汗をびっしょりとかいて教壇に座り団扇や扇子を取り出しあおいでいる。
「…今なら殺れるかな?」
「無理でしょうね」
「…流石に相当疲れたみたいだな」
「なんでここまで一生懸命先生すんのかねー」
そんな殺せんせーを皆が囲み口々に多少なりとも殺せんせーの心配が込められたような言葉を綴る。
「……ヌルフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば…」
そう言って殺せんせーは自分の理想を語った。
先生のおかげで高い点数をとれたことによる生徒からの尊敬の念だの、優秀な教師がいるという噂を聞いた近所の女子大生が勉強をしてもらいに来るとか、それによって私達の殺意が薄れ殺される危険もなくなり良いことずくめ、と……馬鹿じゃないのか?
いや、本気で言っているわけじゃないことは分かってる。分かってるんだがこれだけは言いたい。なに噂立てられてんだ国家機密。その時点でアウトだろもう。
「…いや、勉強のほうはそれなりでいいよな」
「…うん。なんたって暗殺すれば賞金100億だし」
『100億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ』
「にゅやッ!そ、そういう考えをしてきますか!!」
「賞金100億ってなんの話?」
『え?(は?)』
「え?」
「…もしかして、知らないとか言わないよな…?」
「…ジョークだよね?」
「いや、ジョークも何も……いや、失礼します」
強引に会話を中断して耳に手を当てる。はめ込んだ無線機を操作し優さんに電話をかける。
《はいはーい。咲ちゃんどうかした?》
優さんはコール2回で無線を取った。相変わらず速いな…。
「咲ちゃんって言わないでください。いえ、それよりも今話しても大丈夫ですか?」
《問題ないよ―。今休憩時間だし》
「ありがとうございます。それで、例の殺せん……暗殺対象の暗殺に成功した場合の成功報酬があるという話ですが、本当ですか?」
《……あっ…》
「…忘れていましたか」
《ほ、ほら、私も仕事とか忙しくてついうっかり…》
「あ、その仕事の方は順調なんですか?」
《そうそう、完璧だよ!暗殺対象の監視と生徒たちへの支援!》
「私はその暗殺対象の情報をもらっていないのですが?」
《墓穴掘った?!》
「…今夜の夕食は辛味を多くしておきますのでお覚悟を」
《ちょっ、それはほんとにやm》
通話を切って耳から外し、鞄に入れて蓋を閉じ、ため息を吐く。この時間約2秒。
とりあえず今知りましたとだけ伝えようと振り返るが、そこには矢田以外誰もいなかった。…あれ。
「あ、終わった?」
「はい、終わりましたが…みなさんは?」
「咲くんが電話中に話してたら殺せんせーが急に不機嫌になって、グラウンドに集まるようにって言って出ていったから皆先に行っちゃった」
「矢田さんはいかなかったんですか?」
「咲くんに言わなきゃ困るかなって思って」
「…ありがとうございます」
「そういえば電話の相手誰だったの?すごく仲良さそうに見えたけど」
「…私が仕えている屋敷の当主です。一応防衛省の方だそうです」
「あー、言ってたね。主人の命令で執事服着てるって」
そんな会話をしながらグラウンドに着くと、他の生徒はすでに皆集まっていた。
私達が皆の後ろに立つと、その様子を見透かしているかのごとく私達の方に振り返り、ビッチ先生に質問し始めた。
「イリーナ先生、プロの殺し屋として伺いますが」
「……何よいきなり」
「あなたはいつも仕事をするとき…用意するプランは一つですか?」
「…?…いいえ、本命のプランなんて思った通りに上手く行くことのほうが少ないわ。不測の事態に備えて…予備のプランをより綿密に作っておくことが暗殺の基本よ」
多分ビッチ先生のことだから色仕掛けからの潜入・暗殺までは完璧なんだろうな。苦労するのは脱出のプランを実行するときか。
「…ま、あんたの場合規格外過ぎて予備プランが全部狂ったけど、見てらっしゃい次こそ必ず「無理ですねぇ」」
まぁ、あの先生に常識は一切通用しないからな。殺せるわけ無いわ。
「では次に烏間先生、ナイフ術を生徒に教えるとき…重要なのは第一撃だけですか?」
「…………第一撃はもちろん重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では第一撃は高確率で躱される。その後の第二撃第三撃を…いかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」
今度は烏間先生の方を向き、質問する。烏間先生は多少の間があったものの、しっかりと質問には答えた。その後、こっちを向いた。え、私?
「古宮君、あなたはその服の下に多くの武器を隠し持っていましたね。それらはなんのために仕込んでいるのでしょうか?」
「…暴徒と遭遇した際の自己防衛の手段を増やすためです。万が一相手が手練だった時のために色んな種類の武器を持ち歩いています。…いくら暴徒といえど武術に精通し、かつ全ての動きに対応できるような者はそういないでしょう。突き、払い、切り、殴り、蹴り、組付き、どれか一つでも対応が遅れるものがあればそこから切り崩すためです。烏間先生には通用しませんでしたが」
「いえいえ、中学生としてはそこまでで十分ですよ」
いや、なんで私を指名したのさ。なんとか言い切れたから良いものを…。
「結局何が言いたいん…「先生方のおっしゃるように」」
「自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる」
殺せんせーは校庭の中心で回転を始めた。
「対して君達はどうでしょう?『俺らには暗殺があるからそれでいいや』…と考えて勉強の目標を低くしている」
その姿は目では捉えられないほど速くなるが、なおも回転を続ける。
「それは…劣等感の原因から目を背けているだけです」
高速で回転する先生の周りに風が纏われ始める。
「もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?」
先生の纏う風は量を増し、天高くまで昇り始める。その強風には生徒たちにも少なからず影響を受け、皆は顔をおおって風を防護する。
「暗殺という拠り所を失った君達にはE組の劣等感しか残らない。……そんな危うい君達に…先生からのアドバイスです」
暴風の中、風の音で人の声も聞こえない状態だというのに先生の声はスッと耳に入ってくる。
「第二の刃を持たざる者は…暗殺者を名乗る資格なし!!!」
先生は巨大な竜巻と化し、グラウンドの草木を全て吸い込んでいく。
やがて回転が止まると、巻き込んだ草木はドドドドとものすごい音を立てながら落ちてくる。
「…校庭に雑草や凸凹が多かったのでね。少し手入れしておきました」
『…!!』
一切使ってなかったことで荒れ果てていたグラウンドは、確実に本校舎のものよりも整備された、つい先程完成したばかりのグラウンドのように綺麗に整備されていた。
「先生は地球を消せる超生物。この一帯を平らにすることなど容易いことです。…もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないとみなし、校舎ごと平らにして先生は去ります」
その声は嘘や冗談ではなく、私達に対する警告。脅しのように感じた。
「第二の刃…いつまでに?」
「決まっています。明日です。明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」
『!!?』
「君達の第二の刃は先生がすでに育てています。本校舎の教師たちに劣るほど…先生はトロい教え方をしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい。
…確かに皆の学力は以前に比べたら大きく向上したのだろう。ただ…あの理事長がその成長を見逃すわけが無いだろう。確実に何か手を撃ってくるはず…
感想、その他諸々お待ちしています!