先週に一度あった雨から続いている猛暑日が、早い夏の到来を告げているかのようで嫌気がさす。
今日は忙しく水分補給を怠っていたせいか、左後頭部の辺りが圧迫感に苛まれ、どうしてもイラついてしまって短い髪をかき回す。
「ああ、図書館が休みじゃなかったら」
地元の説話を調べて聞けるレベルまでまとめないと、明後日一年生相手に班で自分が発表出来るものが無い。それは流石にまずいので、ノートパソコンで『△△市 説話』と検索して得た情報を自分の言葉でかみ砕いてB4の画用紙に下書きをしている作業中なのだが、どうも作業効率が悪いらしいと、半分も文字が埋まっていない画用紙と窓から覗く空の茜色を見て気が付いた。
「ただいまー」
このくたびれた声は妹の
「あれ、母さんはまだなの」
「買い物だろ、それより汗臭いからさっさと風呂入れ」
「はいはーい」
エナメルバックを冷蔵庫の前にドカッと置いて空の弁当箱と水筒を出しながらアイスバーを冷凍室から取り出す仕草はとても手慣れている。見ていて自分も何か欲しくなったので、冷えた麦茶をコップに注いだ。
「うーん、雛見沢村の守り神・・・?何調べて———」
不注意にも広げたままだったところを妹に読み上げられて恥ずかしくなり、コップをそのままに両手を伸ばして視線を遮った。
「あっちに行った行った」
「おにぃのけちんぼ」
ぶーたれる妹の肩を押してリビングを追い出すと早速俺はテーブルに広げていた一式を二階の自室へ運び、もういい時間なので塾の宿題と筆箱を鞄に加えて玄関に向かった。するとそこには洗面所の扉から半身で顔を出す妹がまだいたようで、普段はしないが何となく片手をあげて「行ってきます」と言うと、らしくない自分をからかうような声音の返事がかえってきた・・・邪推だろうか。
そんなことをぼんやり考えながら自転車にまたがって地面を蹴るが、最後に乗った時に重たいギアのままだったらしく車庫で少しふらついた。立漕ぎで無理やり前へ進めるとやっと安定したので、前輪の横のライトのスイッチを蹴って夕方の薄暗い道路を照らした。
つづら折りの坂を自転車から降りて登り終え、溜まったフラストレーションを下り坂で消化する。そうして直ぐの塾で今日のノルマをこなすと外はすっかり夜に染まり、自動販売機の前で買ったジュースを飲み終わった頃にはお向かいや仕事を終えた塾講師の車らが駐車場を忙しなく出入りする波も通り過ぎ、一人きりになっていた。
星空を眺めて、その実なにも見てはいなかったのだが、だらだらと家に向かって漕いでいると後ろから自転車が迫るスポークの風切り音が聞こえてきたので歩道の端に寄って道をあけた。しかし、なかなか追い越してはくれない。
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
下り坂を気持ちよく走りたいところを抑えてブレーキを握っても追い越してくれないかと思えば、走り出したらまたついてくる。背中にべったりついてくる誰かが気持ち悪くて、嫌な想像が膨れ上がり、振り向いて確認する機会をすっかり失った俺は冷え切った汗で背中を濡らしていた。
気が付けば全力で自転車を漕いでいた。乱暴に車庫の自動車の前で自転車を捨てて、家の中に入りリビングに向かうと両親の平和そうな顔が並んでいて、安心した気のゆるみからか俺は膝から崩れ落ちた。
不審がった両親に俺は今さっき体験したことを憶測を交えて話すと二人は真剣な表情で話を聞いてくれたので、次第に冷静さを取り戻している自分に気が付いた。頼りになる大人に後は任せると湯船に浸かってから夕食を取り、今日ばかりは早い時間からベッドに伏せた。
翌朝には何も無かったように、とはいかなかった。息子の心を心配した母が学校まで送り向かいするとしつこくいうのを断って早くに目覚めた朝をホットミルク片手にテレビのニュースを見て過ごしていると、低血圧で不機嫌そうな妹が起きてきた。
「おはよう」
「ん」
あんまりな返事だがそんなものだとミルクを啜っていると昨日鞄を自転車カゴに入れたままだと思い出した。小走りで玄関に向かうとステップに鞄が置かれてあったので、一足早く出勤した父が車庫で見つけて持ってきてくれていたんだなと感謝した。
学校ではショートホームルームで不審者の話があったり、調べ物学習の発表を放課時間ででっち上げて乗り切ったりと、ドキリとする問題事もあったがそれらは時間と共に流れていき、今に忙しい毎日によって薄らいでいく昨日の連続が、過去の出来事にしようとしていた。
そして六月になった晴れの日の夜に、俺の命は交通事故で消えてしまった。
俺は誰かの、いつかの過去の出来事になるのだろうか。
◆
兄は突然に死んでしまった。あの日から嫌な胸騒ぎがしていたと今更に思うのは、責任の一端が自分にもあると思いたいからなのだろうか、自分と無関係に奪われる命の理不尽さに気持ちの整理が出来ないでいた。
自分は学校で学友に慰められるのが嫌で、体調不良で今日はズル休みしてしまった。余計に明日のことを思うと気が滅入るけれど、誰にも文句は言われなかった。
「馬鹿・・・バカね」
「そのままにしてあげて」と言っていた母の言葉を無視して、兄の部屋の中へ入る。
目に付いたのは団扇が上に置かれたステレオのスピーカー。中学生になったお祝いで買ったものだけど、音楽に興味が無いと貰った当時は文句を言っていた。毎日深夜ラジオを流しながら勉強している音を、私は知っている。
「隣の部屋から漏れて聞こえてくる忍び笑いが、キモかったなぁ・・・」
自室に戻り制服に着替えると、鞄を持って学校へ向かった。家にいるよりも学校にいるほうが幾分マシだと思ったからだ。職員室に入ると丁度チャイムが聞こえ、次の時限からは授業に参加出来そうだった。
あとがきで説明するのは反則(?)のような気がするけれど、主人公の生まれは雛見沢村が○○町と合併し、○○町が更に△△市と合併した、地理的に近しい場所になります。