五つでは足りない   作:鴨鶴嘴

3 / 5
席が一つ、加わった

 茶碗に少しの白米を箸でまとめて一口にすると、熱い味噌汁で流し込む。最後に漬物をつまめば朝食が終わり、食器をシンクまで運んで軽く水で濯ぎ、手の水気をタオルで拭いたら椅子に置いていた鞄を拾い上げた。

 

「レナちゃんもう来てたわよ。早く行ってあげなさ~い」

 

「今行くところ!じゃあ、行ってきます!」

 

 同級生の女の子を待たせている俺のことをいつもにやにや楽しんでいるお袋の急かす言葉を背に受けて、俺は急いで玄関に向かった。慌てていたせいで靴を履くとき一度置いた鞄を忘れて行こうとしたところをお袋に呼び止められて、手渡しで鞄を受け取ると、お袋の苦笑いを受け流して家を出た。

 

「圭一くん、おっはよ~ぅ!」

 

「おう、おはようレナ。待たせちまったな。じゃあさっそく行こうぜ!」

 

「うん、一緒にいこっ!」

 

 転校してから日が浅い俺を気遣ってくれているのか、毎朝迎いに来てくれるレナにはとても助かっている。

 今日も、当たり障りのない会話を楽しみながら並んで通学路を歩いていると、レナが「そういえばね」と何か思い出したように前置きをおいた。

 

「ん?なんだレナ」

 

「えっとね、今日は魅ぃちゃん日直だから、先に学校に行ってるんだって昨日言ってたよ」

 

「へ~そうなのか、魅音って意外にそういうとこしっかりしてるんだな。俺の勝手なイメージだと年長者の圧力でもう一人の日直に仕事を全部任せるタイプ」

 

「ははは、それはひどいよ圭一くん・・・魅ぃちゃんはね、面白いことが大好きだけど、任されたことはしっかりこなすし、だからみんな魅ぃちゃんのリーダーシップについていくんだって思うかな。かな」

 

 諭すように言うレナの様子を見て俺は唇を噛み、頭の後ろで組んでいた手を下ろして姿勢を正した。

 

「悪い、さっきの軽口は忘れてくれ。レナのおかげで目が覚めた、俺ってみんなのことまだ全然知らないんだな」

 

「それは仕方ないよ。圭一くんは転校してばっかりだもん。・・・でも、圭一くんなら直ぐにみんなとも打ち解けられるよ!」

 

「・・・レナ、お前って本当にいいヤツだな。うりうりぃー、可愛がってやる!」

 

 レナの頭に手を置いて、柔らかい髪の感触を楽しみながら撫でる、撫でる、撫で回すッ!!

 

「はぅぅ・・・圭一くんやめてー、目が回るー」

 

 顔を赤くしてされるがままのレナの頭を嫌よ嫌よも好きの内と、それでも撫で回し続けていたら、一瞬の閃光の後に地面から空を仰いでいた。突然の出来事過ぎて、理解が追い付かない。

 

「ぐあばらがっ!?」

 

「はぅー、やめてって言ったのに・・・やりすぎは駄目!なんだよ」

 

「いったい何が、おき・・・ぐふっ」

 

 

「あははははっ!そっか、圭ちゃんはレナのかぁいいモードのぱんちは初めてだったね」

 

「かぁいいモード?なんなんだそれ、教えてくれ魅音」

 

 先に学校へ登校していた魅音の席に寄って声を掛け、さっき体験したことを話すと、魅音は快活に笑って語ってくれた。

 

「レナはね、自分がかぁいいと思った物を見つけたら何でも持ち帰りたくなって、その時に超人的な能力を発揮するの。もしその状態のレナを邪魔しようものなら、目にもとまらぬ高速ぱんちのラッシュの餌食になる。・・・聞くに圭ちゃんが受けたのは照れ隠し程度だからまだ序の口の序の口、レナのかぁいいモードの本気はそんなものじゃないね」

 

「う、嘘だろ?あれより上があるのか」

 

「嘘だと言ってあげたいけど・・・。レナの本気のぱんちは———音を置き去りにする」

 

「うわあああああああっ!!マジかよっ」

 

「魅ぃちゃん!圭一くんに変なこと吹き込まないでーっ」

 

「あははははーおじさん何のことかさっぱりわかんない」

 

 いつからか聞いていたレナに肩を掴まれて揺らされている魅音はしらーっとすっ呆け顔で、今のは冗談だった雰囲気が出来上がっている。・・・が、あながち冗談じゃないような気がして、ぎこちない笑顔しか出来ない。

 何だか変な空気になったので、思い出したようにまだ来ていないクラスメイトの話題をふった。

 

「そういえば、今日の登校は不気味なくらい平和だったな」

 

「うん?そうだね?」

 

 レナはとりあえず俺に合わせてくれたが、言わんとしていることまでは今の一言で伝わらなかったようだ。

 

「ほら、沙都子だよ沙都子。いつも狙いすました罠を仕掛けてくるのに、肩透かしをくらっただろ」

 

「そういえば圭一くん、今日はドアの前で急にバックステップやエビ反りして変だったよね!」

 

「ええい、そんなことは思い出さんでいいッ!魅音は日直ではやくから学校に来てたんだろ。沙都子はともかく、梨花ちゃんもまだ来てないのか?」

 

「おっかしいなぁ~。花壇の水やりが終わった帰りの下駄箱で、確かに二人の靴があったはずなんだげど・・・周りを見てもいないねぇ~」

 

 クラスを見渡しても、自分より背丈が半分くらいの生徒がそれぞれ自由にしていて賑やかだか、その中には二人の姿は見当たらなかった。

 

「それなら、職員室にいるんじゃないかな?・・・かな?」

 

「消去法で考えたら、そうなるよな」

 

「う~~ん、まさかねぇ・・・」

 

「ま、その内ひょっこり来るだろ」

 

 こんな具合に、と教室の後ろのドアが開かれて、沙都子と梨花ちゃんが二人で一つの椅子を持って教室に運んできた。

 

「噂をすれば、なんとやら」

 

 俺は二人に駆け寄って、とっつきやすい沙都子へ絡みに向かう。

 

「おはよう梨花ちゃん、ついでに沙都子。知恵先生に雑用でも頼まれたのか」

 

「なっ!レディに対してなんて雑な態度、聞き捨てなりませんわ圭一さんっ!」

 

「レディを名乗るなんて100万年はやーーいっ!!丁重に扱われたかったら、沙都子も梨花ちゃんみたいにもっと落ち着きを持つんだな!」

 

「きぃーーっ、なんて憎らしい顔ですの!梨花ぁ~っ」

 

「沙都子は圭一にからかわれて、かわいそかわいそなのです」

 

 梨花ちゃんに頭を撫でられて慰められている沙都子の構図は、二人の精神年齢の開きを感じる。

 突如、背中に形容しがたい悪寒が走った。

 

「はぅ~梨花ちゃんも沙都子ちゃんもかぁいいよ~。お持ち帰りぃ~!」

 

「うう、レナさぁん、圭一さんが私をいじめますの。ひっく」

 

「はぅはぅはーぅ~!!待ってて沙都子ちゃん、いじめる悪い人はレナが倒してあげるっ!!」

 

 レナの胸に駆け寄って抱き着いた沙都子が、目に涙を溜めて俺の名前をあげた。レナの死角から俺を見て、口角が釣り上がり勝ち誇った笑顔を浮かべてやがるッ!!

 

「あっちゃー・・・圭ちゃんご愁傷様」

 

 すでに手を合わせて諦めムードの魅音、さっき話していたレナのかぁいいモードの本気がまもなく来る。俺は両手を顔の前で交差させ、来たるレナのぱんちに備えた。

 

 浮かび上がる体、止まない打撃音。落雷のようなフィニッシュ音と共に後方へ飛んで床を滑る俺の体は、開かれたままだった教室の後ろのドアから廊下に飛び出し、完全敗北を告げるゴングのように、校長先生が鳴らす始業のベルの音が鳴り響いた。

 

 

「今日は皆さんにまず、転校生を紹介したいと思います。さ、入ってきて」

 

 学習机を運んできた知恵先生が教壇の前に立つと、予想外の発表に一部を除いて教室がざわついた。

 そして扉の向こうで待っていた新しい男子生徒が入って来ると、教室がしんと静まりかえる。圭一は自分のときもこんな感じだったなぁと、過去を振り返って小さく笑った。

 

「えー、興宮の学校から転校してきました、藤枝(ふじえだ)(はじめ)です。学年は中学三年生なので、最高学年になると思います。最近父の実家に引っ越してきて、前の学校が遠くなったので、いろいろ話し合った結果この学校に転校してきました。みんなとも仲良くなりたいと思っているので、よろしく!」

 

 緊張で何を言ったかあまり覚えていないがパチパチパチとまばらな拍手が鳴って、先生の指示で教室の後ろの席に座れば、何とかなったなとため息を吐いた。

 鞄から取り出した筆記用具等を机の中に入れて、机の横にとりあえず鞄を置いた。

 

「一時限目は国語です。委員長、号令」

 

「起立、気をつけ・・・おねがいします」

 

「「「おねがいします」」」

 

「はい、お願いします」

 

「着席」

 

「では、プリントを配ります」

 

 この学校の学習方針は聞いていた。教師が不足しているため、教師は小学生の生徒達に付きっ切りとなり、自分のように高学年の者は基本的にノルマのプリントや問題集をこなして、あとは自主学習となる。

 教科書の指定されたページを開いてプリントの問題をこなしていると、自分と同じくらいの男の子が机を寄せてきた。

 

「俺は二年の前原圭一、よろしく」

 

「ああ、よろしく前原くん」

 

 差し出された手に俺は握手で返した。一学年上でも物怖じせず、かなりフレンドリーな性格らしい。

 

「いきなり質問させてもらうけど、藤枝くんって勉強ができる人?」

 

 何となく、彼がこれから言いたいことを俺は察した。

 

「この教科書の内容だったら、だいたいわかるよ。前原くんがわからないところがあったら、たぶん教えてあげれると思う」

 

「これは心強い助っ人だ!・・・いや、俺はいいんだ。今のところ問題は無い。ただ、二人の先生を俺がやるにも限界があってさ」

 

「二人?」

 

 彼の視線の先を辿れば、さっき号令をしていた、今は机に撃沈している子と、今も一生懸命教科書に向き合っている子が机を並べていた。

 

「そう、あの二人の先生の代理を俺一人でやってたんだけど手が足りなくてさ、もちろん手伝ってくれるよな?・・・まさか、一学年下の可愛い後輩を見捨てるワケないもんな!・・・ね?そうでしょう」

 

 いつの間にか俺の肩に前原くんの腕が回ってがっちりと組まれていて、指が食い込んでいる。ふと横を見ればNOとは言わせない笑顔が間近に迫っていた。

 

「・・・前原くんってよく、強かだとか口が上手いって言われるでしょ」

 

「おうっ!それって最高の誉め言葉だよな!がははははっ」

 

 彼のペースに巻き込まれて、一時限目からさっそく話せる相手が三人に増えるのは喜ばしい事なんだと、俺は客観的に考えて、筋の通った断る理由もないので受け入れることにした。そして二人とも短く挨拶を済ませ、同学年の園崎さんを主に教えることが決まった。

 

「ええーーっ、わたし圭ちゃんに教えてもらいたーい!ぶぅぶぅ!」

 

「園崎さん、文句を言っても終わらないからまず鉛筆を持って。ノートを出して開いて。教科書はこのページ。今日の内容は古文だね。まずは・・・ここからここまでを二行ずつ空けてノートに写すところから始めようか」

 

「えーと、提出するのはプリントだけだし、ノートは使わなくてもよくない?」

 

「よくないね。園崎さんには内容をしっかり理解してもらいたいから、ノートに写す作業は大事なんだ。家でも学習してもらいたいし」

 

「け、圭ちゃん、わがまま言わないから替わってくれない?おじさんこのままだと間違いなく脳のパンクで死んじゃうよぉ・・・」

 

「熱心な先生を持ててよかったな魅音。藤枝くん、遠慮せずその調子でビシバシ頼む」

 

「?ああ、任された。ほら園崎さん頑張って、このままだと授業の時間内で提出するプリントが終わらないよ」

 

「ひいいいいっ」

 

 ・・・一時限目が終わった。

 結果を言えば、園崎さんは授業の時間内になんとかプリントを終えれたので、彼女は集中力を発揮すればかなり出来ることが分かった。今は流石に疲れたのか、机でぐったりしている。まぁ、次の授業が始まる頃には回復しているだろう。

 

「お疲れ様園崎さん、頑張ったね。次は算数だから、また頑張ろう」




没ネタ【職員室】
知恵先生「ところで藤枝君は、カレーが好きですか?」
扉|沙都子&梨花「ごくり・・・」
肇「?大好きです」
知恵先生「ニッコリ。そこの二人出てきなさい、手伝ってもらいます」

教室に続く。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。