○●○●
「もし僕の言う事を聞くなら、もう一度黒神めだかに会わせてやろう。」
そんなニュアンスの
彼が、安心院に初めに言い渡されたこと。
それは、「雄英高校への入学」だった。
雄英高校。
それは、言わずと知れた有名校。
数多くのプロヒーロを排出し、ヒーロー教育の紛れもない最高峰の高校である。
ヒーロを目指す者なら誰もが憧れる、エリート高校。
それが、雄英。
それ故、雄英の受験倍率は、毎年果てしなく高くなる。
古今東西様々な場所から入学を志願するのだから、当たり前と言えば当たり前である。
北は北海道南は沖縄。
ありとあらゆる人間がライバルとなるのである。
しかも。
今の世は『超人社会』。
総人口の約八割が何ならかの個性を持って産まれて来る。
世にいる、オールマイトを筆頭としたプロヒーロの実力を鑑みると、黒神めだかがかつて相対してきた
そんななか、
始めの一歩がまず始めの関門。
その事実に、善吉は激しく落胆した。
但し、今の善吉の「軽く地獄を見てきた」ような表情は、その程度の絶望だけで作れる程軽いものではないようだ。
魂の抜けた様にふらふらと街を彷徨う姿はさながら、ぶら下がりながらユラユラ揺れる操り人形のよう。
何があったのか。
その問いには、こう答えるしか他に無い。
「食い物も…いや、家も金も!」
「何もねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
善吉の荒々しい咆哮は、心空くような清々しく青い空に無常にも吸い込まれていった。
善吉はそのまま、自分を嘲るように青く澄んだ空を、恨めしそうに睨みつけていたのだった。
○●○●
場所は移り。
薄暗く、ひたすらにジメジメした廃墟の中。
時たまに、吹雪さながらの空っ風が、ボロボロに朽ちた、お世辞にも壁とも言えない壁をすり抜け、彼らの身体に吹き付けていく。
しかし彼らは、それをものともせずズンズンと先へと歩いていく。
前に、背中を丸めた白髪が一人。
そして更に、人の形をした黒い霧が、一人。
ユラユラと揺れ動く黒いもやは、風に煽られることなく、気ままに漂う。
そしてその後から、学ラン姿の童顔の少年が、軽快な足取りて付いて行っている。
彼はいつも通り、余裕そうな笑みを浮かべていた。
『いやー寒いなぁ。』
『いつもこんな所にいるだなんて、超絶ゆとりの僕には考えられないな。』
「煩い…。」
「黙って歩いてろ…。」
『ごめんごめん。』
『ついね。』
振り返りざまに睨みつける白髪の男に、少年は変わらずヘラヘラとした薄ら笑いで応対する。
男は酷く不愉快な様子で、前を向いて歩み始めた。
「死柄木弔。」
黒い霧は、白髪の男にそう呼びかけた。
「『どうしてあんな奴を…』か?」
「
「間違いない。」
「…………。」
黒い霧には未だに分からない。
弔が、彼――弔が師と仰ぐ人物――をどうしてそこまで信じていられるのか。
今まで、画面越しでしかその
粘土を強引に丸めて作ったような顔面のこともそうだが、もっと他に、彼には「異常だ」と思わせる程の
言わずとも、見ずとも肌で感じる圧倒的な実力の差。
その感覚を、恐らく弔は知っている。
感じたに、違いない。
それでも彼は、先生のことを信用している。
そんなそこの知れない、何を考えているのか全く分からないような相手に、あそこまで信心深くなれる弔の気持ちが、やはり黒い霧にはよく理解出来なかったのだ。
そして。
その感覚は、後ろの彼――
彼の警戒信号は、今頭の中で最大級に激しく鳴り響いている。
○●○●
「あの…。」
「大丈夫…ですか…?」
いかにもひ弱そうな少年が、眼鏡をクイと上げながら、若干の引き気味でそう問うた。
「…………。」
彼の視線の先。
道路の路地裏のゴミ捨てばに、大きいぼろ雑巾が一つ……。
――いや。
「大丈夫じゃあ…ねぇ…。」
今にも掻き消えそうなか細い声を絞り出し。
ぼろ雑巾もとい、人吉善吉は彼を仰ぎ見る。
「家…来ます…?」
「マジで!?」
○●○●
「いやー!」
「本当助かった!」
人様の茶碗に盛られた人様のご飯とおかずを、人様の箸でかき込みながら、善吉は激しく口を動かした。
「食べた後で大丈夫ですから…。」
自分を「
それを聞いた善吉は、よく噛まない内に、口の中の物をゴクリと飲み込む。
「人吉さんは、どうしてあんなところで行き倒れてたんですか?」
そのタイミングを見計らって、光はそう問う。
善吉は、なんと答えればよいのだろうと、首を捻る。
「あー…。」
「ま、色々あってな。」
「色々ですか…。」
釈然としていない光。
しかし、彼がそれ以上、善吉に何かを質問することはなかった。
「こっちからもいいか。」
善吉は徐ろにそう言った。
すると、光は不思議に思いながらも頷いた。
「なんで俺を助けようと思った?」
「普通、あんな奴がいたら見て見ぬふりして逃げるだろ。」
「そうですね…。」
光は少し考えると、
「意味なんてないですよ。」
と、こう答える。
「困っている人がいたら、助けたくなるのが人情じゃないですか。」
あけすけな笑みを浮かべる光。
そんな光を見て、善吉の小さな疑問は霧散した。
ほんの少しでも、光のことを疑っていた自分のことが、何だか恥ずかしくなって、善吉は気を紛らわそうと茶碗をかき込んだ。
「そうか。」
「ええ…。」
思い詰めた顔をし始めた光。
何事か分からない善吉は心配に思い、彼の顔を覗き込む。
すると暫くして。
「…ヒーローに、なりたいんです。」
恥ずかしそうに、そう微笑んだ。
笑顔に隠れた諦めに、善吉は気付かない。
「小さい頃、家が火事に遭って…。」
「その時、通りすがりの女性に助けて貰ったんです。」
「両親は、間に合わなかったですけど…。」
善吉は、下駄箱の上に飾られた写真立てを覗く。
そこには、幸せそうにピースサインを掲げる三人の姿があった。
やんちゃに笑う小さな子供を挟んで、優しい男女が静かに微笑んでいる。
高校生が寮ではなく普通の団地に一人暮らしをしていることに疑問を抱いていた善吉は、妙に納得した気分になった。
彼を引き取ってくれる人がいなかったのか、拒絶されたのかそれとも、拒絶したのか。
それは善吉には分からないが、彼が大切な物を失ったということは確かだ。
「なんでもいいから、人の役に立ちたい。」
「ただ、そう思っただけです。」
「…そうか。」
「闇無は、俺にとって立派なヒーロだよ。」
「助かった。」
大切な物を失ってなお、新たな希望を見つけ人の為に動こうとする光に、善吉は心を打たれた。
「本当ですか…?」
「なら、良かったです…。」
今にも泣きそうに、光は微笑んだ。
「…なんかすいません。」
「変なこと話しちゃって。」
「何も変じゃねーよ。」
「変なことなんて、何も無いじゃねーか。」
「そうですかね…。」
光は、照れ隠しで笑った。
流石にそれには気付いた善吉。
その笑いを返すように、微笑んだ。
「あ、えと…回覧板!」
「…回してきますねっ…。」
そう言うと光は、脱兎の如く家から飛び出していった。
「…強いな…。」
家族も無くし、家も無くし。
それでも彼は生きようとしている。
火にだって、恐怖心を抱いている様子はない。
光は向き合って、割り切っている。
彼の幸せを焼いた炎と、向き合っている。
炎は悪くないと、割り切っている。
ところがそんな、はたから見れば単純なことが、一見当たり前のことが、なかなか出来ない。
それを光はやってのけているのだ。
それを強いと言わずしてなんと言う。
「…強くてそれでいて、優しい。」
「アイツはもう、立派なヒーローだぜ。」
安心院にこの時代に放り出されたときはどうしようかと思っていたが、光のお陰でどうにかなった。
善吉はそれをしみじみと感じながら、ご飯を口に運ぶ。
季節は冬にも関わらず、ここは暖かく心地よい。
「他人の家」という緊張感こそあるが、それ以外は快適そのものだ。
空調は動かしていないはずだ。
この薄い壁一枚でこんなにも違うものかと、善吉は感心した。
「ってか…。」
「『暖かい』と言うか『暑い』んだが…。」
額から流れてきた、一粒の汗を拭いながら呟く。
「それに…何だか煙い…。」
流石に異様に思った善吉は、立ち上がり周りをキョロキョロと見回す。
すると、今の位置からそう遠くない場所にある窓から、なんだかチラチラとオレンジ色の何かが覗いているのを見付けた。
「ッ…!?あれって…。」
驚きを隠せない善吉は、勢いよく立ち上がる。
しかし、その時にはもう遅かった。
窓際のオレンジは、途端に巨大な光源となる。
窓一面を赤く染め、どす黒い煙を立ち上らせる。
あれは――。
「炎…。」
お久しぶりです。
私です。
先の宣言通り、こんなに投稿が空いてしまいました。
しかも短い。
ですが、書き始めたからには、終わらせる覚悟はありますので、末永く宜しくお願いします。
ではでは。
また次回で。