Black Barrel   作:風梨

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『纏』を覚えてから一夜明けた。

空には太陽が昇って燦々と輝いている。快晴だ。

おかげでかなり気温が高いが、修行もしやすい。

たぶん。

 

アンリは今、街の路地裏に来ていた。

 

あまり人に見られたくないので、ここを選んだのだ。

いつも薄暗く陰鬱とした雰囲気を漂わせるここも、空高く上った太陽のおかげで少しは明るくなっている。

とはいえ、薄暗いことには変わりないし、人通りも少ない。

いつも通り、ひっそり試すには良い場所だ。

 

 

「すぅーはー・・」

息を整えて、目の前にある石を見つめる。

小さな石だ。

今の身体で座ればきっと丁度いい高さ大きさだろう。

直径10cmほどの、少し角ばったどこにでもある石。

 

『纏』で纏っていたオーラを、少しずつ右手に集める。

まだ鈍くて鈍くて、とても話にならない速度だ。

それでも確かにオーラは集まりつつある。

小さな身体に見合うだけの、少ないオーラだ。

全身の、動かせるオーラ全てをかき集めてもまだ目の前にある石の半分の大きさにもならない。

 

 

右手に集めたオーラを見る。

少し気を抜けばユラユラと四散してしまいそうな、か弱いオーラだった。

今日はこれでどこまで出来るのか知ること。

それが目標の一つだ。

 

念能力者になったとはいえ、アンリはまだ4歳児。

特に鍛えてもいないから、力は正真正銘の4歳児だ。

もしもオーラが身体能力を掛け算して増やすのなら、4歳児の筋力ではこんな小石でも割れない可能性もある。

それどころか、拳が割れるかもしれない。

でも、それだけだ。

死ぬわけじゃない。

 

拳に思い切り力を込める。

出来るだけオーラを安定させ、小石を見据える。

小さな石だ。

だが、小さくても石。本気で殴れば痛いじゃ済まない。

それでもやる。

生きるために。

 

「ふーっ」

瞼を閉じる。

大丈夫。

思い切りやろう。

絶対に大丈夫。

自分に言い聞かせながら、膝を落とす。

小石は眼の前。

覚悟を決めて、拳を思い切り振り上げる。

 

「ふんっ」

拳に痛みはなかった。

オーラは石にぶつかってもビクともせず、右手を覆っている。

打ちつけられた小石は打撃を受けた場所からクモの巣状にひび割れが広がっている。

もう一度軽くたたけば、コロリといくつかに割れた。

成功だ。

 

気を引き締めて、もう一度オーラを纏う。

今度は全身に纏わせて、手には特に集めない。

普通の状態でどの程度のことができるのか。

これも確かめておかないと。

殴られる場所に合わせてオーラを動かすなんて真似はまだできないから、確かめるのは大事だ。

 

「ふっ」

ゴン、と手が当たったとは思えない音が聞こえる。

けど、手に痛みはない。

半分成功。

でも、石はまったく割れていなかった。

やっぱり、オーラの力は大きい。

オーラを集めなければ、攻撃力は維持できないみたいだ。

 

でも、殴った右手にダメージはなかった。

まったくの無傷だ。

ほっと安堵感が広がって来る。

 

オーラを纏えば石にぶつかるくらいのダメージは抑えられる。

これなら、数年鍛えるだけで死亡率はずっと下がる。

それが嬉しかった。

 

4歳児が生きていくにはこの世界は過酷過ぎる。

この街の治安はそれほど悪いのだ。

昼間なら窃盗はあっても強姦や殺しは滅多にない。

それでも盗みをしなければいけないのは昼間で、盗みを働けば袋叩きにされることはザラだ。

だから、昼間でもまったく安心できなかった。

 

これからは念がある。

もし死ぬほど殴られても死にはしないはずだ。

以前捕まった時は本当にヤバかった。

意識が飛んで、しばらく気絶してしまったほどで、死ぬかと思った。

 

 

オーラを纏ったままの拳を握りしめる。

これからだ。

少しずつ、少しずつ力を着けていく。

『念』には可能性がある。

こんな底辺から抜け出せる、無限の可能性がある。

 

努力次第で割りの良いの仕事にも着けるだろう。

そうすれば盗みなんてしなくて済む。

嫌悪感はさほどないけど、やっぱり、出来るなら楽しい仕事をしたいものだ。

 

 

ともかく、これで念の実験はひとまず終わり。

日の高さから見て、まだお昼前の時間帯。

市場が込み合ってくる頃だ。

少し急がなくては。

 

割った石を一つにまとめて、道の脇に寄せる。

見渡せば、いつも通りの路地裏だ。

そこら中に湿り気があって、とても衛生的とはいえない環境だが、そのおかげで人気は少ない。

またお世話になるかも。

そんなことを考えながら、秘密の路地裏に背を向けた。

 

 

 

 


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