やっと落ち着いて書けるようになってきました。
今回はリューさん側の視点です。
私は今、夢を見ている。
とても幸せな夢だ。
使えるべき主神がいて、共に笑いあえる仲間がいて、寄り添いたいと思える人がいて。
そんな人達と机を囲んで談笑しながら、夢の中の自分は他人に気取られない程度に微笑んでいる。
きっと、この先もこんな日常が続いていくんだと漠然に思い込んでいた頃の自分。
子供でも考えつくような思想で、それが如何に絶妙なバランスの上で成り立っているものなのだと気づけなかった。
──ああ、懐かしい。
だからこそ、これは夢だ。
黄金色の淡い幻想。
輝かしい記憶はやがて色褪せ、打ち捨てられた石のように片隅へと追いやられてしまう。
そして夢はそれを拾い、忘れぬようにと情景を映し出すのだ。
なんと眩しいことか。
なんと嬉しいことか。
なんと泣きたくなることか。
なんと──惨たらしいことか。
腕を伸ばし、所在無く彷徨った後に胸へと辿り着いた掌は、それを傍観する私の服をきつく握りしめた。味覚など感じるはずはないと言うのに、噛み締めた唇から流れる鉄の味がする赤い液体が口内を侵す。
──やめて。
思わず口から漏れた。
命を乞う弱者の如き呟きを、夢は知ったことかと言わんばかりに次の場面へと変化する。
夕暮れのオラリオが見渡せる丘に隣どうしで座るのは少し緊張気味の自分と、正反対に落ち着き払った「彼」の姿。
これも私の記憶の奥底に転がっている幸せを映し出した情景だ。
『これをリューに渡そうと思って』
そう言って「彼」は懐から茶色い細長い箱を取り出す。多少の装飾が施されたそれは、見る人が見れば中々に高価な物だと判断出来た代物だが、その頃からそういったものに疎かった私は疑問を持たずに蓋を開けて中身を取り出した。
『……ネックレス、ですか』
それは鎖の先に可愛らしい紅い花が装飾されていた。
『そう。本当はもっと早くに渡そうと思ってたんだけど色々と手間取ってね。折角だし、着けてあげるよ』
持っていたネックレスを手早く取って背後に回る「彼」。予想外の展開に気恥ずかしいのか像のように固まっている自分。
──もう、やめて。
『この花は炎をモチーフにしてあるんだ』
『炎を?』
『ああ。炎は破壊と再生を司る。リューに襲いかかるあらゆる不幸を破壊し、どんな傷も癒して再生できるようにってさ』
『……私はそんな柔な女に見えるのでしょうか』
『どうだろうな。ただ、性別に限らず人ってのは案外弱い生き物だ。どれだけ強くても必ず綻びがある。そこを少しでも刺激されると、簡単に人は瓦解するんだ。だからそれを守るものが必要で、お守りだったり、家族だったり、信念だったり。人によって違いはあるけど、これがリューにとってのその一つになれば良いなと思ってる』
完全な自己満足だけど。
そう「彼」が自嘲気味に言うのと同時に、着け終わったのか正面へとやってくる。たしかその時の私はなんとなく、本当になんとなく感想を聞きたくて。
『似合って、いますか?』
顔が赤いのを自覚しながら、「彼」を真っ直ぐに見て返事を問いた。
『……似合ってる』
顔を逸らして少しぶっきらぼうに言う「彼」。夕陽の所為なのかは分からなかったけれど、赤面していたような気がする。
幸せの日常はこれ以外にも多くあるけれど、今の私にはとても見ていたいと思えるものではない。
──お願いだから、もうやめて。
故に終わりを願ってしまう。辛すぎるから。溺れてしまいたくなるから。甘美な匂いの先には堕落が待ち受けていると知っているから。
──消えなさい、
冒険者の私はあの日死んで、今はただのウェイトレス。
何処にでも居る町人。
それで十分なのだから。
「……眩しい」
目が覚める。
既に日は登っているらしく、細めたくなるほどの光量が角膜を刺激した。ふと違和感を感じて目元に手をやると生暖かい透明な液体が指に纏わり付いている。
「……情けないですね」
どうやら泣いていたようで、気分を払拭するためにも手の甲で拭う。
「急いで着替えなくては」
これから仕事なのだ。察するに、もう大抵の人が起きては朝食の準備に取り掛かっているだろう。早急に支度を済ませなければならない。
ベッドから降りてクローゼット中に入っているウェイトレス服を取り出して着替える。ものの数分で終え、姿見で可笑しなところはないかと確認する。
そして、目が行った。
姿見の横。
小さな机の上に置いてある白くて細長い箱。
衝動的に取って蓋を開ける。
「…………」
中には紅い花が可愛らしいネックレスが入っている。違う箱に入っているけれど、確かにあの日貰ったもので私にとっての宝物。
着ける気はない。
けれども、確かめるようにそっと指を添える。
「私は今、元気ですよ。アストレア様。皆さん。……ライエル」
かつての掛け替えのない人達の名を口にする。夢に触発されたかもしれない。しかし、これくらいならば許してくれるだろう。そう自分に言い聞かせ、蓋を閉じて部屋を出る。
今の仲間に向かう足取りは、少しだけ軽くなったような気がした。