私はグルメである。   作:ちゃちゃ2580

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私、発狂。

※ 

 

 少女と男を拉致軟禁してから、幾度の日を拝んだ。

 結局、件の肉については、試行錯誤をしてみるも伝えられず……。

 身振り手振りで伝えようと思っても、人間程器用ではない私には難しい。出来る限り上質な肉を用意して反応を観察しようとも思ったが、私が目に留めるとつい喰らってしまうのだから仕様がない。

 身体の形にしろ、本能的なものにしろ、色々と無理があった。

 おまけに少女は兎も角、男が色々と厄介な奴だった。

 私が少しでも目を離すと、すぐに脱走を図るのだ。少女はその足の遅さから、早々に諦めた様子ではあったが、男に関しては足の速さに自信があるのだろう。この七日間で一体何度咥えて連れ戻したやら……いい加減逃亡ルートのあてもついていそうなので、この調子だと遅かれ早かれ逃がしてしまうかもしれない。

 

 だからと言って、彼を始末するのは無しな訳で……。

 男を拉致した翌日に気が付いた事だが、彼をさらった際に蹴り飛ばしたあの小動物。あれは人間が飼っている動物だ。私と人間のように意思疎通に難があるようではないし、私の存在はしかと人間達に知れてしまった事だろう。

 つまり、もう間も無く人間が攻めてきたとして、不思議ではない訳だ。

 その時にこの男が死んでいたとあれば……もう至高の肉云々の話ではなくなってしまうだろう。経験上、人間達の中で私という種の評判はすこぶる悪いようなのだが、この二人を救ったという解釈をして、その謝礼に至高の肉を……とは、流石に皮算用が過ぎるな。

 

 そんな状況でありながら、やはり私はこの二人との意思疎通すら出来ないでいる。

 私としては、至高の肉さえ手に入れれば――欲を言えば入手法を知る事が出来れば――彼等に用は無い。彼等としても私と一緒に居たい訳ではないようで、怯えながらも接触を試みてはくれるのだが……言葉の隔たりとは、かくも残酷である。

 敵意が無い事は理解して貰えたようだが、それでも男は逃げ出すし、少女は私の顔をじっと見詰めて、表情を崩すばかりだ。

 

 今日も二人を背に乗せ、狩りに勤しんだだけ。

 実に不毛な一日だった。

 

 ただ、この数日で二人に対する理解は進んだ。

 

 少女は私が察した通り、荒事に無縁な人間のようだ。

 致命傷に近い傷を負ってはいたものの、あの薬のお蔭か、傷痕は殆んどが見えなくなった。

 暇を持て余しているのか、巣では木の弦を用いて籠を作ってみたり、自らの衣装を別の装いへ作りなおしていたりする。しかしながら、やはり臆病なきらいがあるのか、物音ひとつで男の影に隠れる様子が見受けられた。最近は私に対しても一定の信頼感があるのか、私の後ろ足に縋ってくる事もある。

 その器用さ故に、私は目から鱗の心地で彼女を見ているが、どうにも彼女からしても私は珍しいらしい。最近では私の身体を頻繁に触ってくるようになり、観察しているようだ。

 

 対して、男は中々にふてぶてしい様子だ。

 隙を見て逃げ出そうとするが、失敗すると潔く諦め、巣で休眠をとっている。外見は少女と変わりないというのに、こやつは一眠りすれば大抵の傷が塞がるようだ。最近は容赦なく噛み付いてもみるが、男は絶叫しつつも、案外ピンピンしている。不思議な奴だ。

 ただ、隙を見ていると言った通り、私の様子をちらちらと窺っている。それも私が注意していなければ分からない程ひっそりと。例え少女との会話の最中であっても、何気ない風でしっかりと隙を見計らっている。

 

 少女は純真無垢。興味津々。

 男は注意深い。虎視眈々。

 と言ったところだろうか……。

 

 今は巣穴で二人。男は胡坐をかき、少女は膝を折って、どうやって火をつけたか焚き火を囲んでいた。

 日の光が届かない洞穴で、焚き火だけが照らす世界。仄かな温かみを心地好く思いながら、人間の技術は素晴らしいと感嘆する。そんな感想を知る由もなく、二人はさも当たり前な様子で話をしていた。

 

「やっぱり、日に日に減っているように見えます」

「やべぇな……クソったれ」

 

 何の話をしているのだろうか。

 どうにも彼等の言葉はちんぷんかんぷんだが、きっと男が逃げ出す為に、私についての情報を少女から聞き出しているのだろう。

 ちらちらと感じる視線を元に、私はそう思った。

 まあ、かの小動物が生きて戻ったとは限らない。男が逃げ出そうとする理由は分からなくもない。

 

「そんなに危ない状況なんですか?」

 

 少女が小首を傾げた。

 男は頷いて、毛が生えてない頭を掻いていた。

 

「このままじゃ、俺のオトモが救援を出してたとして、討伐に来たハンター達が返り討ちに合う可能性さえある。だから何としても村に戻らなきゃなんねぇんだが……」

 

 ごりっと音を立てて、男は余った手で持っていた木の実にかじりついた。

 面倒臭そうに噛み千切れば、数度の咀嚼。その後邪魔だったらしい皮をぺっと吐いて捨てた。

 

 この数日。

 二人は何故か肉を喰らおうとはせず、木の実ばかりを食っていた。

 もしやすると人間は肉をそのまま食えないのだろうか。

 私はそんな感想を持ち、ふと記憶を思い起こす。そのどれを参照しても、実際に彼等が獣の肉に喰らいついている様子を、私は見た事が無かった。至高の肉のように、手を加えなければいけないとしたら……その為にはご自慢の道具が必要。という訳かもしれない。というか、状況から見てそうだろう。

 まあ、彼等人間の内でも、肉を食う者、草を食う者、と分かれているのかもしれないが……。だとしたら、少女が至高の肉を所持していた事と矛盾するが……ふむ……。

 

「あいつが気を利かせて、俺の親友の妹を呼んでくれてたら良いんだが……」

 

 男がごちる。

 ちらりとこちらを見やった目線が私と重なったが、彼は気にした風もなく、木の実にかじりついた。

 

「親友の妹……ですか?」

「ああ。俺の数倍は強いソロハンターだ」

 

 少女が首を傾げたところに、男が頷いて返している。

 人間の動作は良く分からないが、それが質疑応答なのは何となく分かる。よく見る光景だった。

 

「そ、そんなに? ボブさんって上位ハンターさんだって聞きましたけど……」

「奴はその上のG級。一応俺も本当ならG級なんだが……それでも別格だな。辿異種っつう相当やべえのをソロで討伐したっつう報せもあったし、至天征伐戦に参加して生きて帰って来てるんだ。俺じゃ逆立ちしたって敵わんさ」

 

 男が茶化すように笑った。

 乾いた笑い声は小さくこだまして、洞穴の最奥へ消えた。

 対する少女は短く返すと、それっきり黙ってしまって、小さく俯いてしまう。どうにも悲しげに見えた。

 

 人間とは争う事しかしてこなかった私だ。

 彼等の仕草、ひとつひとつが物珍しく映る。

 

 最近よく考えることがある。

 もしもこうして、無為な時間さえも共有する機会がずっと昔にあれば、私は彼等と分かりあう事が出来たのだろうか。それとも、正に今がその機会なのだろうか。

 仮に彼等を味方にすれば、私は他の同族や眷属より、ずっと長生き出来るだろう。

 それにおいて邪魔になる筈の私の本能的な部分だが、最近はどういう訳か腹の虫が静かだ。空腹感はあれど、我慢出来ない程ではない。少女達を見て食欲が湧かぬ事の他、連れ合いを持つ草食獣を見付けたとしても、背中に乗せた二人の手前……理性で堪えてしまう事さえ出来るようになった。

 この分ならば彼等人間と共存出来る日も近いかもしれない。

 そんな淡い期待があったのは確かだ。

 

 尤も、彼等自身がそれを許してくれないとも、理解はしていた。

 

 

――故に、いずれこうなる事は分かっていた。

 

 

 ひゅんと風を切る音がして、私は見目を開いた。

 途端に体表を撫でまわすようなゾクリとした悪寒を感じて、思わず音のした方向を見やる。すると綺麗な放物線を描く小さな物体がひとつ。それを視認して、私は己の反射を悔いた。

 

「ボブ! 目を閉じて!!」

 

 鋭く刺すように、澄んだ声がひとつ。

 見知った少女よりは低く、しかし成熟しきっているような落ち着きはない。

 その声の正体を見るより早く、私の視界は真っ白な光に包まれた。

 

 強い光だった。

 これが何か、瞬時には理解出来なかったが、続いた人間の声によって当たりがつく。

 人間とは道具を使う。それは何も武器だけではなく、少女が作っていた籠のように、何かしら便利に使えるものにまで及ぶ。無論、私を屠りに来た猛者がそれを使わぬ理由もない。

 

 原理は不明だが、強力な光を放つ道具だった。

 それを食らうと、当然目が眩む。

 そうして生まれた隙に、人間は私を駆逐せんと、怒涛の攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 この時も例に漏れなかった。

 無数のつぶてが私の身体へ飛来したのだ。

 

「イノリ!?」

「な、何これ!?」

 

 脳天へ数多の衝撃を受けて、私は呻く。

 少女と男の声が聞こえたが、それさえかき消さん勢いで、私の顔面を抉るつぶての嵐。

 無防備だったところへの奇襲。しかもそれは全て、私の最も弱い部分を的確に攻めてきた。

 

 最早何事かを問う必要は無し。

 

 攻めて来たのだ。

 人間が。

 

「早く、こっちへ!」

「イノリ! 気を付けろ。こいつは――」

「待って。待って。このジョーさんは――」

 

 眩んだ視界が輪郭を持つ。

 徐々に徐々に色が返ってきた。

 

 洞窟の入り口付近に、一人の人影。

 統一性に欠けた衣装を纏い、腰に構えた武器が立て続けに光を放っていた。

 

 そちらの方へ駆けていく男。

 私を振り返りながら、男に腕を引かれて、引きずられていく少女。

 

 ああ……。

 

 名残惜しそうにこちらを振り返る少女の背が、徐々に、徐々に、遠くなっていく。

 私は頭を撃たれ、動けない。

 やがて人影が持つ武器が、光を静めた。その頃には、少女と男は既に一歩や二歩で届かぬ先へと行っていた。

 

 待ってくれ。

 待ってくれ……。

 

 私はただ、今一度至高の肉を口にしたいだけなんだ。

 

 争うつもりは無い。

 無いのだ。

 

 今、ここで、彼等を逃がせば、私は永遠にあの肉を喰らえないだろう。

 共に過ごした僅かな時間を惜しみ、途方に暮れるに違いない。この稀有な出会い、出来事を、懐古するだけの者になってしまう。

 己の低能さを呪い、もっと良い方法があったのではないか。と、空を支配する竜を見上げ、羨ましがる時のように、どうにもならない事を妬んでしまうのだ。

 

 待って……くれ……。

 逃げないで……くれ……。

 

 唐突に。しかし明確に。

 私は猛烈な空腹感に襲われた。

 だが、何かが違う。

 いつもなら、腹が空けば肉を喰らう。その衝動に襲われる。

 違う。何かが違う。

 不味い肉は要らない。

 至高の肉以外の肉は、要らない。

 

 いいや、違う。

 私が求めているものは、今、正に、去っていこうとしているのだ。

 

 手を引かれ、こちらを名残惜しそうに振り返り、何事かを喚きながら……。

 

 手と手を取り合う日々があって良いと思った。

 そんな日々を望み始めていた。

 叶わぬと知りながらも、彼等人間と共存したいと思い始めていた私がいた。

 

 出来ると思ったのだ。

 なのに、なのに……。

 

――何故、私から奪うのだ。

 

 望みを。

 夢を。

 

 許さぬ。

 赦さぬ。

 

 

 ユルサヌゾ、ニンゲン。

 

 

 瞬間、私の体内でぐわんとうねる衝動があった。

 それはここ数日、大したものを喰わずに過ごした身体を、実にすんなりと駆け巡った。

 まるで野生を取り戻すように、肉を前にした時のように、理性というものが音を立てて崩れていく。理知的でありたいと願った己を、ただただ暴力的な存在へと変貌させていく。

 ふとすれば全身の筋肉が隆起した。

 大地を掴む強靭な二本の足が、更に力強く大地を抉る。口腔から突き出る牙が、更に高質化していく感覚があった。

 

 目の前が暗く、黒く染まっていく。

 迸るエネルギーが、私の顔の前でじりじりと音を立てていた。

 

 全てを喰らえ。

 私は全てを喰らう者。

 至高の肉に辿り着くまで、全てを喰らえ。

 私の夢を奪う者を、唯の一人としてユルスベカラズ。

 

 猛烈な飢餓が、つぶての雨に怯んでいた身体を強引に動かした。

 凄まじい怒りが全身を支配し、目に映る全てを喰らえと突き動かす。

 

 微かに残った理性が、愉悦の笑みを浮かべていた。

 

 かつてこれ程までに猛った事があるだろうか。

 いいや、無い。

 

 もう何をどれだけ喰っても満たされぬ。

 唯一、目的を果たすまで、全てを喰らうのだ。

 

 成る程。

 私は種を超越したのだ。

 

 

 私は今、貪食の恐王なりて。

 飢餓の極みに至った。





備考
・ジョーさんの状態。
 いわゆる飢餓状態。
 飯は減ってこそいたけど、食ってはいた。その空腹感を忘れさせていた存在がいた。だけどその存在が奪われて、発狂。って状態。

 次回は人間側の視点。
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