私はグルメである。   作:ちゃちゃ2580

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少女、懺悔。

 

 私はなんて酷い人間……生き物なんだろう。

 走れと叱咤する声と、ぐいぐいと引っ張る力強い手が、私の足を勝手に動かしていた。

 赤い鎧を纏った背中、視界の端を流れゆく青々とした景色、そして後ろから聞こえる微かな争いの音。だけど何も気にならない。気に留めていられない。

 私の頭は、これまでの人生で味わった事がない程の大きな後悔と、罪悪感で埋め尽くされていた。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 浅い呼吸の合間合間で、短い言葉を吐き出す。

 いつしか視界が滲んでくれば、反射的に余った方の手で目を拭ってみるものの、雫は次から次へと溢れてくる。とめどなくって、キリがない。まるで見捨ててしまったものが、私の涙を置いて行けと言うようだった。

 

 視界が滲めば、その分だけ明確に蘇ってくる。

 瞼の裏には、一頭の恐暴竜。

 

 いいや、違う。

 恐ろしくも、暴力的でも無かったんだ。

 優しくて。ただ優しくて。

 

 そんな彼を裏切ってしまったのは、恐暴にさせてしまったのは、私達だった。

 

 いつか、ボブさんが教えてくれた。

 ジョーさんは、怒り、喰らう生き物だと。

 彼がイビルジョーである事すら知らなかった私は、勿論とても驚いた。だけど同時に、思わずボブさんを疑ってしまう自分もいた。それ程に彼は優しく、何より『喰らわなかった』。そんな彼が、子供を脅かす逸話で語られている凶悪なモンスターだなんて、信じられなかったのだ。

 だけどボブさんは、それこそが可笑しいのだと言った。

 食欲を無くしたイビルジョーの末路……その内容はあまりに信じ難かったけれど、彼がずっとその状態なら、私を救った事は勿論、私の前に現れる事すらない筈だった。

 飢餓の状態に陥ったイビルジョーに救いは無く、周囲の生態系を道連れに、死という運命に行きつくのだから。

 つまるところ、彼を変えてしまったのは、他ならぬ私だったんだ。

 

 思い当たる節はあった。

 恐ろしい程の強靭さで、私を救ったジョーさん。だけど、彼はあの時、私をも喰らおうとしていた。私を前にして、血と涎が混じった液体を口から垂らしていたのは、記憶に根強く残っている。

 その態度が急変したのは、彼が私の『雑荷』を喰らった時だった。

 

 確証はないけど、確信はある。

 瀕死から目覚めた私は、彼の形相の違いをとても印象的に感じていたのだから。

 

 何で今更思い出すのだろう……。

 いいや、その理由は分かっている。

 

 私はイビルジョーという生き物を知らなさ過ぎて、あのジョーさんを知り過ぎてしまった。

 私にとってのジョーさんはただの優しいモンスターで。私を救った事に理由なんて必要が無かったんだ。彼が本性を現して初めて全ての事が繋がったのは、彼がイビルジョーであるという事を、あの時、あの瞬間まで、信じられていなかったから。

 信じたくなかったからなんだ。

 

 だけど、私のそんな我儘のせいで、ジョーさんは怒り狂い、ボブさんの大切な人が命懸けの戦いをする事になってしまっている。

 唯一確かなのは、この場で一番悪いのが、私であるという事なんだ。

 普段、足を踏み入れないファンタジックな世界に心躍らせ、『この時間が永遠に続けば良いのに』なんて、無責任で、馬鹿な事を考えている間に、取り返しがつかなくなってしまったんだ。

 

 もう、罪悪感で呼吸が止まってしまいそう。

 

 不意に足をもつれさせたら、受け身もとれずにど派手に転んだ。

 ボブさんが足を止めて、私に声を掛けてきていたけど、何て言っているのか分からない。

 身体中の痛みさえ気にならず、全身の感覚が麻痺してしまう程に、身体の奥から熱い何かがこみあげてきて、その訴えを聞くので精一杯だった。

 

 どうしたら良いんだろう。

 何をしたいんだろう。私。

 

 このままじゃジョーさんは討伐されて、私は彼を裏切ったまま。

 良いモンスターだと知っている彼を犠牲にして、のうのうと生き残ってしまう。

 そんな私は、果たして善人なの? 生き残る価値があるの? 生きていく意味があるの?

 

 彼と過ごした日々を、誰かから苦痛の日々だったねと言われて、うんと言えるのか。

 この先ジョーさんの事を不意に思い出して、心が痛まないのか。

 彼を助けたくないのか。

 

 助けたいに決まってるじゃない!

 

 どうして、どうして私は、泣いているばかりなのか。

 

 悔しくって、悔しくって、仕様が無い。

 髪を搔き乱して、声にならない叫び声を上げるけど……分かってる。誰も彼を助けちゃくれないんだ。

 

 知っているんだもの。

 何が正しいのか、なんて。

 ジョーさんは危ないモンスターだから、何がどうあっても討伐しなくちゃいけなくって。私が彼を庇い立てしたところで、『イビルジョー』っていう名前だけで討伐される理由になってしまう。

 もしかしたら、私の罪悪感さえただの傲慢で。彼がどんな気性をしていたとしても、討伐対象にされてしまうのかもしれない。

 それ程までに、『イビルジョー』という種族は、人間にとって明確な『敵』なんだ。

 

 私は彼を裏切ったまま、恥を忍んで生きていくしかないんだ。

 それが一番正しい選択なんだ。

 

 分かってる。

 分かってるよぉ!!

 

――そんな正しさが、憎らしくってかなわないんだ。

 

「シャンヌ!」

 

 バチンと頬を張られた。

 気が付けば、私は地べたにへたり込んで、ボブさんと向き合っている。

 きっと私は情けない顔をしているのだろう。ボブさんは心配したような、焦ったような、色んな感情をごちゃ混ぜにした表情をしていた。そりゃそうだ。今は飢餓状態のイビルジョーに追われていて、懇意にしていたハンターを一人、残してきているのだから。

 イビルジョーの恐ろしさを私に教えたのはボブさんで。残してきたものが大きいのも、ボブさんで。だけど彼は大人で、ハンターだから、イノリさんと一緒に戦いたい気持ちを押し殺して、私の手を引いてくれていたんだ。

 

 精悍な顔立ちに似合わない今に泣きだしそうなボブさんの顔を見て、お腹の中の臓器がキュって縮こまる感覚を覚えた。

 私を案じる彼の言葉なんてそっちのけで、私は悟った。

 

 ああ、そうか……。

 正しい事を憎んでいるのは、私だけじゃないんだ。

 

 ボブさんは利己的な一面があるけど、人情には厚い人だ。

 接した日数こそ短いけれど、そう思える事は度々あったし、そうじゃなければ、一週間以上消息不明だった彼を、イノリさんが助けに来たりもしないだろう。

 本当なら、彼女を一人残してきたりはせず、己が身ひとつでも、囮役ぐらいにはなると言ってそうだ。

 

 何の為、彼が恥を忍んでいるかは、良く分かる。

 他ならぬ私が、そうさせているのだから。

 

 それは正しい事。

 彼の目から見たら、間違いない事なのだろう。

 

 思わず歯噛みする。

 奥歯が痛く感じる程噛みしめて、噛みしめて、それでも足りない程だった。

 

 頭の中がごちゃごちゃだ……。

 

 悔しくて。悲しくて。申し訳なくて。

 

――でも、私は大人じゃないから。

 

 私が本当にしたい事、私に出来る事は、すぐ目の前にあった。

 それに手を出せないのは、責任があるから。

 誰かの命を危険に晒すから。

 だけど、考えてみればそれは今も同じで。

 

 もしも逃げ延びれるボブさんまで巻き添えにしちゃったら……。

 なんて考えは、子供に似合わないものなんだろう。

 

 大丈夫か。立てるか。

 と、声を掛けてくるボブさん。

 私はからっからに乾いた喉に、無理やり唾を飲みこませて、震える喉で深呼吸をひとつ。

 力が籠もらない手を何とか伸ばして、ボブさんの腕に縋りついた。

 

「おねがい……」

 

 吐き出した言葉は、自分でも驚く程小さくて。

 無様な程に震えていた。

 

 だけど、一縷の希望を持って、俯きながらも、声を絞り出す。

 

「おねがい。ボブさん」

 

 いつの間にか止まっていた涙が、またも溢れて来た。

 落とした視線に映る剥き出しの大地が、酷く滲んでいて。まるで私自身が汚泥の中から、手を伸ばしているんだと、揶揄されているように感じた。

 

 分かってる。

 きっと気が触れたのかと思われるに違いない。

 だけど、言ってみなくちゃ分からない。

 

 何もしない事だけが、絶対悪。

 正しくない事は、何も悪じゃない。

 間違う事だって、時には正しいんだ。

 

 だって、私もボブさんも、助けたいんだもの!

 

 ボブさんは大人だから、言えない。

 だけど、私は子供だからっ!!

 

 心に、火がついた気がした。

 

「ジョーさんに助けて貰った命だから……私は彼を助けたいの」

 

 そう言って、顔を上げる。

 再度向き合ったボブさんは、驚いたような表情をしていたけど、私は腕を引いて彼の言葉を遮り、ゆっくりと続けた。

 

「ボブさん……教えてくれたよね」

 

 思考は未だ混乱していて、私は自分で何を言っているのか分かってはいなかった。

 だけど目的だけは確かで、何を言わなければならないかも分かっていた。

 

 それを、たどたどしい口調で溢していく。

 縋る思いで、投げかけていく。 

 

「あんな生活をしていたら、ジョーさんはとおの昔に飢餓状態に陥ってるって」

 

 過ごした日々はとても短かった。

 だけど、彼に与えられた優しさは、彼への想いは、こんなにも私を突き動かす。

 

「彼を変えたのは、私か……」

 

 子供という身を盾に、卑怯な事を。

 だけど、私がやりたい事に、とても忠実に。ただ純真に。

 

「私を助けた時、食べたこんがり肉だと思うの」

 

 責任とか、リスクとか、知らない。

 そんなの、知ったこっちゃない。

 

 私が間違っているなら、それでいい。

 正しくなくても、構わない。

 

「それを食べさせてあげたい……飢餓が満たされない状態だって言うなら、もしかしたら……」

 

 だって、だって――。

 

「何で今更……」

「ごめんなさい。分かってる……そんな事試してる場合じゃないって」

 

 俯いていた顔を上げる。

 改めて見たボブさんの顔付きは、先程までと違って、泣きそうには見えなかった。

 困惑と、疑念が混じったような顔付き。私の言葉で説得出来たようには映らなかった。

 

 非力な上に、誰かを説得する力も弱い。

 そんな自分が情けなくって、涙が止まらない。

 あまりに溢れてくるから、私は再び俯いて、涙を拭った。

 

 まるで泣きじゃくる子供のように。

 

 それでも私は諦めない。

 諦めたくなかったんだ。

 

「でも、私……私……」

 

 ボブさんを納得させる一言なんて、浮かびやしない。

 命を懸けるに値する程、私が提示した情報は彼に利が無い事も分かっていた。

 

「ジョーさんも、ボブさんも、大好きだから」

 

 だから言えるのは、私の素直な気持ちだけ。

 

「ここで過ごした日々を、辛い思い出に、したくないよ」

 

 素直な心情を吐露して、暫し沈黙が流れた。

 落ち着いてみれば、心臓が煩い程に高鳴っている。

 身体を撫でていく暖かい筈の風が、いやにひんやりと感じる程、身体も上気していた。

 

 これでダメならどうしようか。

 こんがり肉の作り方は分からないけど、何とか作って、ジョーさんに届けてあげたい。もしかしたら、それでも飢餓状態は解けなくて、私も食べられちゃうかもしれないけど……。それでも、正しく生きるよりかは、良いように思う。

 もし、もうイノリさんに討伐されてたとしても、それでも、それでも……。

 

「ハンターはな」

 

 どれくらいの静寂が流れたか。

 ボブさんは、溢すような小さな声で、そう呟いた。

 

 地べたに落ちていた視線を上げると、彼はゆっくりと立ち上がっていて、明後日の方向を向いて、こちらに背を向けていた。

 肩越しに振り返ってくるのは、精悍な横顔。

 浮かべているのは、小さな笑み。

 

 その表情に罪悪感や迷いは無く。

 

モンスター(自然)と人間の調和を保つ仕事なんだ」

 

 とても頼りになるハンターさんが、そこにいた。

 

 

 もう、間に合わないかと思ったけど……。

 ジョーさんってば、お肉の焼ける匂いでむくりと起き上がるんだから、本当にイビルジョーなんだなぁって。その生命力の強さも、食に対する貪欲さも、ここにきてイビルジョー然としていて、少し可笑しい。

 なんて、呑気に言ってる場合ではないのだけどね。

 

 ボブさんがこんがり肉をジョーさんに食べさせて、それを食んだ彼が、先程までの瀕死の重傷なんてどこへやらな様子で小躍りしてるようで……見たい。めっちゃ見たいけど、我慢だ。私。

 今は端正な顔立ちに険しい皺を寄せて、私を睨んでいるハンターさんを何とか説得せねば。

 

 駆けつけた時には、既に戦闘は終わっていた。

 今の彼女の立ち振る舞いも、特別、戦闘状態には見えない。フェイスガードは上げられているし、武器も背中に背負われている。だけど、彼女の武器はボウガンで、その気になれば少し離れた所に居るジョーさんを射抜ける事ぐらいは、私にも分かった。

 仮に彼女がジョーさんを討伐すると決めた場合、非力な私じゃあ止めようがないだろう。

 

「あれは……どういう事?」

 

 私から注意を逸らさないまま、ジョーさんの方向を見やるイノリさん。

 その顔つきは険しいままで、ジョーさんは勿論、私の動向も警戒しているように見えた。私がやぶれかぶれに飛びかかる可能性を懸念しているのかもしれない。

 

 ただ、逆を返せば、事情を聞いてくれそうでもあるという事。

 私は少しだけ肩から力を抜いて、素直に答えた。

 

「あのジョーさんは、こんがり肉を食べたくて、私とボブさんを軟禁してたみたいなんです」

 

 私の説明に、イノリさんの目が丸くなる。

 その表情ばかりはまるで子供のように映って、こちらを見直してくる表情は、私と大差ない年頃の女の子にも見えた。

 

「ちょっと待って……ごめん。意味が分からない」

 

 ガシャリと音を立てて、頭の防具に手を当てるイノリさん。

 思考しているというより、混乱しているように映る。

 

 畳み掛けるならここか。

 そう思って、私は矢継ぎ早に言葉を続けた。

 

「あのジョーさんは、私が凶暴なモンスターに襲われていたところを救けてくれました。だから」

「だから、あのイビルジョーを見逃せ……って?」

 

 体勢を変えぬまま、イノリさんが溢す。

 先程の可愛らしい表情から一転して、再び厳しい眼差しが私に向けられた。

 

 その通りではある。

 その通りではあるのだが、それをそのまま主張して、受け入れてくれるとは思えない雰囲気があった。

 

「…………」

 

 私が言葉を呑むと、彼女は小さな溜め息を溢した。

 

「イビルジョー一頭が、どれ程環境を変えるか……知ってる?」

 

 呆れたように、溢される言葉。

 だけどそれは諭すようにも聞こえて、先程までとは立場が逆転したように感じられた。

 

 勿論、彼女の言葉の意図は分かる。

 飢餓状態のイビルジョーが一頭現れただけで、とある地方では野生動物が全滅したと聞く。

 それが本当かどうかは知らないけれど、子供ですら知っている怖い話のひとつだ。

 

「御伽噺のように語られているけど、殆んど事実よ。飢餓状態のイビルジョーが一頭現れるだけで、生態系が壊滅するの」

 

 何処か怒ったような表情で腕を組み、イノリさんは淡々と私を説得した。

 まるで拾った猫を元の場所に返してこいと、母が子を諭すように、大人びた表情で。

 

「さっきの飢餓状態の姿を見て……まだあのイビルジョーが安全だと。そう言える?」

 

 だけど、私は諦められない。

 

 確かに、責任を持てない私だ。

 何を言っても無責任で、間違っているのも私だ。

 そんなのは、重々承知の上。

 

 私は胸を熱くする思いで、彼女を睨み返した。

 

「でも、もう飢餓状態じゃない!」

「……でも、確かに飢餓状態にはなった」

 

 私の言葉に対して、あまりに冷静な回答。

 イノリさんは私をジッと見詰めて、そう溢していた。

 

 その言葉が、再び私の口を塞ぐ。

 

「私と対峙した時の様子は、間違いなく飢餓状態のそれよ。そこから通常状態へ戻ったのは、私が知る限り前例はないけど、戦った時の感覚は間違いなくG級のそれ。再び暴れ出したら、何人のハンターが犠牲になるか分からない」

 

 犠牲。

 と、言われて、僅かに躊躇う。

 

 だけど、ここで引いたらジョーさんは死んでしまう。

 そう思うと、やぶれかぶれな言葉でも、彼女を引き留めるしかなかった。

 思考を整理する暇さえない。いいや元より、彼女を論破する為の武器なんて、端から私に与えられていないのだ。

 もう、駄々を捏ねるように続けるしかなかった。

 

「そんな、そんな将来の事なんて」

「違う。将来じゃないわ」

 

 ぴしゃりと言われて、またもや閉口してしまう。

 

 どういう意図か分からない言葉に、私は彼女の言葉を待ってしまう。

 最早、彼女の方が弁が立つのは明らかだった。

 

 イノリさんは小さく息をついて、私の後ろを見やる。

 細かい方向までは分からなかったけど、ジョーさんを見るにしては視線が低い。

 

「あそこに居るボブの親友で、私の兄だったハンターがいたわ。とても優秀なハンターだった。だけど……飢餓状態のイビルジョーと戦って、命を落としたわ。亡骸さえ残さず」

 

 突然の告白に、思考が完全に停止した。

 

 いいや、でも分かる。

 彼女は別に私怨で戦っている訳ではない。

 あくまでも例を出したに過ぎない。

 そうじゃなきゃ、私を説得する必要なんて無い。

 

 大事なのは被害者が確かに居るという事。

 ジョーさんがそういう種であるという事。

 

 だけど、それでも……。

 

「残されるものの気持ち……分かる?」

「分かりません」

 

 私は諦めたくないんだ。

 

「だけど、分かりたくないから、私は今、私の大切なジョーさんを、こうして庇ってるんです」

 

 素直な気持ちを、真っ向からぶつけた。

 もう、どう言っても正当化する事は出来ないし、論も、武力も、イノリさんの方が優れている。

 彼女の方が正しいし、私は間違っている。

 

 それでも、譲れない。

 

 正義ではなく、利害でもなく、ただ自分の中の正しさが、ジョーさんを死なせたくないと言っている。この世界の何処かで生きていて欲しいと願っている。

 その為なら、論破されても、仮に恫喝されても、私は此処を譲るつもりはなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 束の間の静寂。

 

 イノリさんは極々真面目な顔で、私をジッと見詰め続けていた。

 やがてその唇が開かれると同時に、彼女は背中の武器を展開する。

 

「……じゃあ、極端な問いかけをしましょうか」

 

 じり……。

 と、彼女の射線を切るように、位置を動こうとする。

 が、その必要は無かった。

 

 銃口は私。

 私の胸へと向いていた。

 

 命が懸けられて、私の腕が震えた。

 今から死ぬかもしれない……と、思うと、喉の奥が熱くなって、生唾を飲んだつもりが、口の中に酸っぱいものが上がってくる感覚を覚えた。

 

「ここで貴女とイビルジョーを始末する方が、人類にとって有益か、無益か、どうか……。勿論、これはハンターの道に逸れた例えだから、冗談みたいなものだけど。貴女が私に突き付けているのは、そういう事」

 

 撃たない。

 暗にそう言われても、怖いものは怖い。

 

 だけど不思議と、この期に及んでこの場を譲るつもりは一切無かった。

 

 不動の私をジッと見詰めて、イノリさんはゆっくりと言葉を溢す。

 

「貴女の意思を尊重する事が、一体、どれ程、人々の助けになるの?」

 

 その表情は、此処に来て何処か優し気にも映った。

 まるで、私に何かを言わせたいような……何かを見付けたような……。

 

 分からない。

 分からないけど、導かれるようにして、私は言葉を返していた。

 

「私は……」

 

 

――わたしは……。




 お待たせしました……。
 いや、本当にお待たせしてすみません。
 内容を見て貰ったら分かる通り、どうしてもシャンヌがやっている事は駄目な事なので、どうやって書いたら丸くなるか、頭の中の映像では上手く表現出来ても文字に起こせませんでした。

 もうね、色々突っ込めるとこあると思うんですよ。
 シャンヌが茫然自失の状態でどうやって崖を登ったのかとか、武器も無しにどうやって生肉ゲットしたのかとか、肉焼きセットは……まあ、キャンプに転がってそうですけど。
 それら全てを語っちゃうとあまりにくどいし、別にリアリティを追及するだけが作品の美しさに繋がる訳でもないので、もういっかって……。ただの妥協ですけどね。突っ込まれるとモチベ下がるので、頑張って整えてきたつもりですが、それで『テンポが悪い』って言われたらしょーがないですしね。

 一応、解説や裏話的なものを残しておくと。

・ボブさんの納得した理由。
 人情味に厚い人だから。
 イノリが心配なのが半分、シャンヌの気持ちを汲んだのが半分。

・イノリの兄。
 初期プロットでは、ジョーさんの背中の傷は彼がつけたものの予定でした。
 ただ、書くのが面倒になったというか、どうしてもそれを入れると話の主題が『こんがり肉』ではなく、『憎しみの連鎖』になっちゃうんですよね。こいつぁ頂けないので、無しにしました。
 だけど兄の話自体は出ているので、体よく回収した感じです。

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