ダンジョンに全身凶器がやってきたのは何かの間違いだ 作:モルモルモット
その日の怪物祭は、例年通り、もしくはそれ以上の賑わいを見せていた。しかし、そんなひと時も脆く崩れ去ろうとしていた。モンスターが逃げ出したのだ。
逃げ出したモンスターの数は十と少々。ギルド職員は民衆の混乱が起こらないよう、とある冒険者に協力を要請、主催のガネーシャ・ファミリアと協力し事態の収拾に動き出していた。
そんなことになっているとは露知らず、件の若者は通り中の食い物屋を買い漁っていた。
「へえ~、こっちにもイカ焼きあるんだ。なーなー!これ二本くれ!」
「あいよ!まいどあり!」
この若者の腹は既に冒険者のそれと同じか、あるいは凌駕しているだろう。ここに来るまでに彼は、食い物の屋台を見つけるたび、買い食いしているのだ。それほどの買い物をしても未だ膨れたままの財布も驚異的と言えるだろうが。
新たな
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ダンジョンの十階層に、豚の頭にでっぷりと肥えた人の身体を合わせたようなモンスターがいる。その名はオーク。そのオークは、生まれてすぐ冒険者に捕獲された。巨大な檻に入れられ、その後は大衆の面前で見世物にされる予定だった。知能のないモンスターに人間の理屈は理解できない。しかし、怒りの感情だけは確かに感じた。そして今、その怒りをぶつけられる状況にある。檻の扉が開かれ外への道が示されたのだ。その先にあったのは、初めて見る外の世界、オークにとっては太陽の暖かさも澄んだ空気も新鮮なものであったが、今はそんなことよりも、果たすべき目的がある。それは復讐。自らを見世物にしようと狭い檻の中に閉じ込めた人間への復讐だ。辺りは人間の匂いで満ち満ちている。どいつでもいい。とにかく、そいつが人間で、無残に殺してやれるのならだれでも良かった。気づけば自分の周りには人間がたくさんいた。武器を構えオークを睨む者がいたり、怯えて後ずさる者がいたりと様々だ。
――――さて、どいつから殺してやろうか。
標的を物色している時だった。
「おお!マジもんのモンスターだ!なんだよおっちゃん。『闘技場でやるんだぜ!』とか言ってたくせに、道端でやってんじゃん」
オークの目を引いたのは、若い人間の男だった。長旅向きの外套を羽織っていること以外はなんの変哲もない少年だ。黒髪に金色の目を持った普通の少年。それがいつの間にかオークの目の前に現れた。武器を構えた人間が少年に対し必死に呼びかけているが、オークにはそんなことわかるはずもない。とにかく、目の前にいる人間の好奇の視線が気に食わなかった。
――――こいつにしよう。
そうと決まれば、すぐに行動に移った。動作はいたって単純明快。ただ腕を振り上げ、そして降ろす。強く握りしめた拳が少年に当たる。たったそれだけのことでこの少年を殺すことができると、本能が知らせてくれた。あとはその通りに動くだけ。ただ腕を振り上げ、そして降ろす。強く握りしめた拳が少年に……………………。
当たることはなかった。
予想外の展開に。ただでさえ足りないオークの脳がついて行かない。よく見れば少年は、振り下ろされた拳から少し横にずれて立っていた。次こそはと、また拳を振るう。しかし、当たらない。右、左と交互に殴ろうとしても、まだ当たらない。縦だけでなく、横に、斜めに、それでも当たらない。
少年は羽根のような身軽さでオークの拳をひらりひらりと躱して見せる。始めは左右に軽快なステップで、次第に跳ねたりしゃがんだりするようになり、今では縦横無尽にアクロバットを披露している。
「いいね、いいね!ノッてきたじゃん、豚頭!」
「――――――ッ!!」
この少年の言葉はオークには通じない。だが、侮辱されているということはオークにも解った。益々頭に血が上り、渾身の力を込め、両拳を叩きつけた。その先には少年の姿がオークの目にはっきりと捉えられた。今度こそ当たったと、そう確信した。
結果として、その確信は現実になった。血が滴るほど強く握られた拳は間違いなく少年に命中した。やっと一人目だとわずかに気が緩んだ、その時だった。
「いや~、なかなか力あるな、お前」
3
もうオークの理解は追いつかない。
「ちょっと遊びすぎたな、反省反省っと」
オークの拳を受け止めたその片腕を、少年は思い切り振りぬく。
両腕を真上に跳ね返され、オークは上体を大きく逸らされる。
バランスを崩し、たたらを踏む。
「手本見せてやるよ、拳の使い方の」
タンッと石畳を蹴る音がし、オークの顔面の目前へと少年が迫る。その黄金の眼は、一際強く輝いていた。
もはやオークに少年を妨害する術はない。
「あら、よ!っと」
気の抜けた掛け声とは裏腹に、少年が繰り出した拳はオークの顔を容易く陥没させ、有り余ったエネルギーにより遅れた体が引っ張られ、石畳に衝突した。
遂にオークは少年の正体を知ることなく、灰へと帰ったのであった。