九話
恒例の定例会に解散の声がかかると、集っていた重鎮が一斉に重い腰を上げた。
貫禄溢れる白い美髯を伸ばした老人、学者然に削いだように整った顔立ちをしている壮年の男などなど、偉い方の集会に若人が紛れ込めばひと際目立つ。
駆け出しの新米は関心の薄い仕事を大量に押し付けられるのが世の常で、我慢しなければと分かっていながらも天気が曇り出したような味気ない気持ちになってしまう。
「街の噂を耳にしたのだが」
会議室にはいつの間にか多くが退出し、正面に座るバルトシフト副指令の姿しかない。
背筋とついでに襟を正したシズマは副指令に向き直る。
「また彼がやらかしたそうだ」
「やらかした?」
仕事の話かと緊張した面持ちだったシズマから気が抜ける。
重苦しい話題ではないことに安堵した。
「またシオンですか……」
やらかす知り合いなんて他に思い浮かばず、度々問題を起こすトラブルメーカーは王都ではそれなりに有名だったりもする。
「今度はラルグリス家の御長女に喧嘩を……ククク、いや怖いもの知らずは若者の特権だ。恥ずべきことではない、もしろ誇ってもいい」
苦笑する副指令も昔はやんちゃ坊主だったのか、大層シオンを気に入っているように思える。
自称『全人類平等主義者』のシオンは相手が貴族であっても、例え王様であっても物怖じせず突っかかる。
近所に住む女の子が大切にしていたぬいぐるみを、王都に滞在中だった貴族の子息に取られたとなったら、その貴族の館に木剣担いで殴り込みに行くぐらい肝っ玉が据わっている。
「貴族と一悶着あっても驚きはしませんが、それが四大貴族となると流石に……」
「セリスティア嬢ならば子供のじゃれ合いとして多少の無礼は許してくれるだろう」
多大な影響力と権力を持つ四大貴族でも、物腰が落ち着いているラルグリス家なら心配は不要か。
これがクロイツァー家だったら非常によろしくなかった。
困ったらとりあえず物理技で捻じ伏せてしまおうと掲げる点は共通しているが、似ているだけで意気投合できるとはかぎらない。
クロイツァー家の人間とシオンが街中で肩をぶつけあえば、大きな騒動にまで発展すると断言できる。
最悪シオンの必殺右ストレートが顔面にめり込み、単身で領土に乗り込んで暴れまくる。
是非ともシオンにはクロイツァーの人間とだけは揉め事を起こさないでいただきたい。
戸締りも新米の仕事となっており、副指令が出ていくと軽く椅子を整えてからシズマも退出をする。
顧問なんて名ばかりの重役に就いて早一年、承知の上で招待を受け入れたものの軍内部の人間関係に慣れはしない。
歳の近い現役武官にもどうせ裏で陰口を叩かれているだろうし、いくら最年少で騎士になったとはいえ副指令も待遇が良すぎないか。
「おうシズマ、辛気臭い顔してどうした」
背中を強打され、ごほごほと咳き込む。
漂う負のオーラで背後からでも気がめいってるとバレてしまったようで、遠慮なく叩いて来た犯人へ振り向きざまに言う。
「なんだべイルか」
正規軍の軍服に身を包むベイルは同郷の者で、サヤカを含めた三人で遊んでいたこともある俗にいう幼馴染だ。
教育課程を丸々飛び越えて騎士となったシズマとは違い、ベイルは二年前に士官学校を卒業してから軍に入隊した。
「それで特別顧問殿はお悩み事でも?」
「その呼び方はよしてくれ。旧友と話すときぐらいは昔に戻りたい」
「すまんすまん。で、またシオンの噂に頭を悩ませてんのか?」
師のオウシンはシオンに対して放任を掲げているので、逐一気に病まなくともいいのだが、精神的に参っているのは他に理由があった。
「ちょっと仕事が山積みでね」
先月起きた旧帝国の再建を目論む帝国派残党の城塞都市襲撃で、正規軍にもまだ反乱分子が紛れ込んでいるのではないかと危惧した上層部から、部隊の再編を言い渡された。
牢屋に入れられた警備兵も少なくはなく、新王国でも一二を争う防衛拠点である城塞都市近辺の砦に急ごしらえでもいいから機竜使いを派遣しなければならない現状だ。
それだけに留まらず、数名の武官が王立士官学園へ臨時講師としての訪問を注文してきたりと、問題に問題が積み重なっている。
そういった要請は基本学園から持ち掛けられるので、軍から送りつけるのはあまり事例がない。
先週、学園最強でシオンが喧嘩を売ったセリスティア・ラルグリスに軍事演習で敗北を喫した方々が顔を真っ赤にして詰め寄ってきたので………男の意地なのだろう。
「ベイルはここのところ調子はどうだい?」
「俺か? 可もなく不可もないと言いたいが、やっぱり内地は賑やかだな。戻ってこれた現実に夜な夜な枕を濡らしているところだ」
入隊式は王都で開かれ、そこから新兵は各地へ飛ばされ本陣に残れるのはほんの僅かしかいない。
今年の初めに王都へ帰還したベイルだったが、これまでは事件があった城塞都市に近い三つの砦をたらい回しにされていて、シズマ同様に気が滅入っていたと常々口にしていた。
城塞都市の街並みも悪くはないが、士官ならば一度は王都に就くことが目標であり、辺境の地でのたれ死ぬのなら実家に帰って恥も知らずに親の財産で豪遊する方がまだマシだったりもする。
だから王都の外に飛ばされることを嫌う軍人に、「人手足りなくなったからちょっくら頼むわ」とは非常に言いづらい。
「ベイル、君を見込んで頼みがある」
まあ気を許せる幼馴染は別だが。
月が替わって五月。
日に日に早朝特有の肌寒さが熱気へ切り替わり始めた学園の校門前に、アイリとノクトが細長い布きれの両端を持ち、立っていた。
遠くから徐々にはっきり見えてくる人影。
「はい一等賞!」
そう言いながらゴールテープを切ったシオンは、ガッツポーズで喜びの表明をしている。
「ま、まって、死んじゃう……」
背後から息を切らして今にも過呼吸で倒れそうなルクスが遅れてゴールする。
最近シオンは広大な学園を一回りする素走りをトレーニングの一環として取り組んでいて、そこにルクスも参加し、一周ごとに休憩を挟み計五周走ってみたのだが、結果は五戦五敗。
「なーにが『無敗の最弱』だ。これだとただの『最弱』ですけど? えっ、持久走でも防御に専念すれば負けないと思ってたんですか?。悪いけどそういうゲームじゃねえからこれ!」
あらかじめ用意していた水を頭からかぶり、芝生で死にかけているルクスを煽る。
「兄さんも一応機竜使いなので持久力はかなりのものですけど、軽々と上回るなんてシオンも体力があるんですね」
「Yes,もう一周いけそうですし、単なる能天気ではなかったようですね」
うつ伏せで寝ているルクスに水をかけているアイリとノクトが顔を向けてくる。
「健全なる精神は健全なる肉体に宿るからな。装甲機竜があれば鍛えなくても平気なんてほざく腑抜けと一括りにされては困るのだよ」
ほっ!の掛け声でシオンは地面に手をつき逆立ちを決める。
十秒ほど静止すると、今度は片手でその体勢を維持する。
二足歩行の人間でも片足立ちの最中に肩を押されるとすぐブラついてしまうのに、慣れない片手一本でバランスをとるのは非常に難易度が高い。
パチパチとアイリとノクトからまばらな拍手が飛ぶ。
「それにしても、髪の毛長いですね」
ノクトに指摘された垂れている黒髪はマットのように広がっていて、芝が絡まっている。
前転してから立ち上がったシオンは身体を振って挟まっていた芝を払う。
「でもたまに短くなるよね。毎回夏の終わりごろかな、変なタイミングでいつも髪切ってるけど、何か理由あるの?」
復活したルクスの指摘のとおり、夏の熱気がおさまる頃に長く伸びた髪の毛を切り落とす習慣がシオンにはある。
夏を迎えるにあたって短くしてスッキリしようということでもなく、時期が時期なだけに不審がられても仕方がない。
「乙女の秘密よ」
人差し指を口に立てて、裏声を駆使し通常よりも高い声を出す。
が、どうやらウケは悪かったらしくアイリがジト目で
「乙女? どこにいるんですか?」
こんなんでも昔は乙女として活躍していたのに、当時のノリでは通用しないとはこれが文化の違いか。
改めてここが生まれ故郷ではないと思い知らされた。
憤りを覚えるもさらにもう一周してかかる靄を発散し、学園長のパシリとしての一日が始まった。
とはいえアルフィンが真面目で売っているのなら、シオンは真逆の不真面目が売りなので、職務放棄なんて朝飯前で、札束握りしめ街へと繰り出し、放課後になったら帰ってくる毎日。
本日も学園に返ってきたのは授業が終わってからで、スキップしながら敷地を跨ぐ。
いつもの学園より騒がしい。
「あ、しおりん」
曲の途中にアドリブを入れたりと、フリーダムな弦楽器演奏者みたいなあだ名を呼んでくるティルファーが駆け寄ってくる。
「きゃあきゃあ喧しいけどどったの。 集団発情期でも到来しましたか?」
「くふふ、実はね」
もったいぶったように一旦間を置いたティルファーは、心底楽しいという笑みで騒動の実態について口を開いた。
「ルクっち争奪戦が開催されているのだよ」
偉そうに胸を張っているも、薄すぎて何とも言えない。
だがシオンは口を紡いだ。
何故ならシオンは紳士だからだ。
大量に寄せられたルクスへの依頼は、数が多すぎて溜まり続ける一方で、依頼を受けてもらえない生徒の不満解消の催しものだとか。
「でもさっきから探してるけど見つからないんだよね」
「あの人は逃げ足が速いので、そう簡単には捕まらないでしょう」
一分一秒が惜しいのか、ティルファーが首にかけてある双眼鏡であたりを見回す。
「しおりんは参加しないの?」
「標的が女だったら捕まえてたけど、惨めに男のケツ追いかけたくないんで。変な噂たてられても困るし」
どっちが攻めでどっちが受け、なんてささやきを耳にしたことがあるし、同性でくっつけるのは勘弁願いたい。
両方が受け、もしくは責めという新ジャンルを開拓しだしているこの学園の淑女は即座に頭を検査してもらえ。
「じゃあ俺は部屋に戻るんで」
ひらひら~と、海中でなびくわかめのような力ない腕の振りでティルファーに別れを告げる。
あちこちでルクスを探していると思しき生徒が走り回っており、数人の手には護身用の棍棒や手かせに首輪、網などが引っさげられている。
色々と終わってんな、新王国の機竜使い養成機関。
「しーちゃん」
寮までの道のりの途中、茂みを掻き分けてフィルフィが現れた。
「だよな、女性はこうでなくてはな」
「ん?」
「なんでもないよ」
素晴らしいお胸に釘付けになったシオンは顔の前で手を振るう。
シオンは紳士であるからこそ、レディに失礼な対応はとらない。
「フィーちゃんさんも捜索中?」
「うん、だからしーちゃんも手伝って」
何を考えているか読めないフィルフィがすっと手を伸ばし裾を捕まえようとするが、シオンも素早くそれを交わす。
「手伝って」
「やだ」
「手伝って」
「ムリ」
「手伝って」
「却下」
しばらくやまない応酬。
先に根を上げたのはフィルフィで、少し怒ったように顔を背けた。
「もういい」
女ってめんどくさいな。
一概には言えないが、フィルフィがめんどくさいことは確かだった。
「好きな男のためなら己の手足で成果を上げなきゃ意味ないぜ」
ぽんとフィルフィの肩を叩くシオンは、格言めいたが実は中身が薄っぺらいいつもの戯言を吐き、華麗に去る。
しかし
「手伝って」
すれ違った瞬間に手首を取られ、捻り上げられる。
女の嘘を許すのが男だ。
男女平等主義者のシオンには当てはまりません。
力任せに拘束しよう引き寄せたフィルフィの頬へ、強引に腰を捻って手の甲でビンタを食らわす。
まさか反撃に出るとは予想できないフィルフィの力が緩んだ瞬間に下に打ち付けるように捕まれた手を落とし難なく逃れる。
「………痛い」
「俺も痛い」
関節の可動域を広げる訓練をしていても、限界を超えてしまったようで、肘がずきずきと痛む。
軽く叩いたけど、痛みは出たのかフィルフィも頬を擦っていた。
「真の紳士はいかなる理由があろうと女の子には手は出さないんだぜ、ってこの前しーちゃん言ってた」
「どんな色眼鏡かけたって紳士になれない俺は手ぇ出していいんだぜ」
普通に女に手をあげるし、ムカつけば容赦なく右ストレートでぶっ飛ばす。
そんじょそこらの男とはスケールが違う。
「でもごめんなさい。許してくれると助かります」
とはいえ旧帝国の思想のように、本心から女性を軽視しているわけでもないため、謝る時はしっかりと謝る。
それがフィルフィならなおさらだ。
「わたしの方こそ、ごめんね」
和やかなフィルフィと刺々しいシオン、両者の性格が丁度中和されているからか相性はすこぶるいい。
仲直りの握手も交わし、要求を拒否され地味にしょぼくれながら捜索を再開するフィルフィの背中を見送った。