その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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十話

ルクス争奪戦が終盤に差し掛かろうとしている学園は、ざわついた空気が一層激しく渦巻いている。

〔ねえシオン、シオン〕

黙々と進んでいたシオンの歩幅を狭めたのは、お決まりとなったミハイルの呼びかけだ。

「なんだ?」

〔お部屋がある建物はそっちじゃないよね?〕

正門を通り過ぎて右手にあるのが女子寮。

自室へ戻るつもりだったシオンはその反対方向の演習場方面へ向かっていた。

〔そーだつせんに交ざるの?〕

争奪戦という単語を理解していなさそうだが、なんだか楽しそうなゲームであることは伝わっているようだ。

我先にルクスを確保して優先権を得ようとしている目を血走らせているであろう生徒とは違い、ゲットできればラッキーというぐらいの気持ちで参加することにした。

特別依頼書を入手すれば売り払ってお小遣い稼ぎにもなるし。

 

「ああ。でも俺が出陣したら争奪戦にはならないがな」

この智将シオン、ルクスが隠れている場所は百発百中で当てれる自信がある。

焦りを知らずゆったりと歩くこと数分、演習場内部の一室の前にたどり着いた。

かかっている木製のドアプレートには、『控え室』。

 

「ちっす。元気にしてますか」

装衣に着替えたりする控え室へと、ノックもせずに堂々と突入するシオンはある意味男らしい。

「えっ、えっ………。シオン?」

「シオンです」

避難していたルクスの顔だけが、仕切り板の奥から飛び出てくる。

他に侵入者がいないとみると、おっかなびっくりしながらではあるが部屋の中央へ歩み出てくる。

「た、大変なんだよ。みんなが僕を狙ってて、リーシャ様もフィーちゃんも、朝たくさん走ったから疲れてるのに、また全力ダッシュ繰り返して、もう……」

「あ、なら良かったですね」

そういうことなら感謝してもらわなければ。

休みなく逃げ回る罰ゲームから解放されるのだから。

 

「さっさと例の赤紙置いてけよ、雑用王子」

戦闘モードへと移行したシオンの眼光が獲物をとらえてぎらりと光り輝く。

いつでも機甲殻剣を抜けるように低姿勢で構え、小指から順に柄へ絡みつける。

「まさかシオンまで!? ちょ、ちょっと待ってよ!」

「はよ出せや。じゃねえとこの生き血を吸う魔剣の養分となりますよ」

「たかが鬼ごっこでどうしてそこまで痛めつけられなきゃいけないんだ!」

装甲機竜の装着が禁止されているだけで、機甲殻剣で脅しにかかるのは不正行為ではない。

 

「むっ、そう言われると確かに……」

でもルクスの言い分にも一理ある。

せっかくの行事なのに鮮血をまき散らせても後味が悪い。

王都での演習から戻ってきた三年にこんな危険人物は学園から出て行けと抗議され、居心地の悪さに拍車がかかる。

 

そっと抜きかけていた機甲殻剣を鞘に押し込み、ルクスがほっと一息つく間を与えないように、両の拳を握りしめる。

「赤紙落とすか、死なない程度に痛めつけられるか選んでください」

「程度の問題じゃないよね!? まず暴力で訴えかけるのやめようよ!!」

「自分、不器用ですから」

ルクスの悲痛な雄たけびには意に介さず、じわじわとせめ寄る。

白兵戦の訓練をそれなりに積んでいても、齢四つの頃からしのぎを削ってきた身としては場数も実力も遠くに及ばない。

「観念して渡すがよい」

窓もない、ルクスが脱出口の扉までたどり着くには正面突破しかない状況。

この勝負、貰った。

 

「分かった、分かったから。僕の負け!」

隅に設置されている本棚に背中を貼り付けるルクスが、開き直ったように赤い特別依頼書をシオンの足元に叩きつけた。

くしゃくしゃの依頼書を拾い上げ

「わーい、やったー」

棒読みで喜びながらその場でくるくると回っていると、ゲーム終了を告げる鐘が鳴る。

終了間際に飛び入り参加し商品をかさっらう素晴らしい作戦で勝利した。

 

「勝者が決まったことだし、競売にでもかけて稼ぐか!」

お嬢様学校なのだから、高額で売り払えることは間違いない。

悪い笑みで札束になる依頼書を眺めていると

「一儲けの夢は打ち壊したくはないんだけど、注意書きまでしっかり読んでよ」

よく見ると用紙の下部に小さな字が並んでいた。

しばらく黙って文字列を追いかけ、脳天を木槌で叩かれたような衝撃を受ける。

端的にまとめてしまえば、依頼書を奪った当人にしか効力が発生しない。

他の人のために働きかけるのも禁止されていて、自分がやってほしいことしかルクスには頼めない内容になっていた。

 

「ざっけんじゃねえ! こんな奴にしてほしい依頼なんかねーわボケェ!」

くしゃくしゃに依頼書を丸めて、シオンも床に叩きつけた。

特にルクスへの要求がない。

となるとルクスも無理難題な依頼を吹っかけられる心配はないので安堵しているようだった。

せっかく時間を割いてのにこれまでの努力が水の泡か。

努力なんてしてないけど。

 

「頼みごとがないならもう行っていい?」

「いや、みつかった。あんたにしか頼めない極上の依頼が」

骨折り損のくたびれ儲けになるのだけは避けたい。

つまらぬことで頑固になったシオンは、三本の指を立てる。

 

「学園の時計台からダイブ、火の輪くぐり、人食い虎と鬼ごっこ。この中から一つ、好きなものを選べ」

「好きなものがあってたまるかぁ!」

「おっけー。時計台ね」

王都に住む貴族お嬢様に仕えている借金執事が時計台から飛び降りたことがあるから、ルクスもやってくれるだろう。

あの借金執事とは色々共通している点があることだし。

「お願いだから話聞いてくれないかな!?」

胸蔵を掴んで突っかかってくるルクスは半べそをかいていた。

シオンなら本気でやらせるだろうと、経験則が語り掛けているのだ。

 

腹に一発きついの入れて沈ませてやろうとしたとき、軽やかな談笑が部屋に流れ込んできた。

がちゃりと開かれたドアの奥に立っていたのは、六人の女生徒。

帯の色は青で、先日演習から帰還した三年だ。

放課後に控え室を訪れるのは『騎士団』に所属している生徒しかおらず、先頭に立つシャリス以外は見覚えはないが、彼女たちも一員なのだろう。

 

「君たちは……」

これから装衣に着替えようとしているところなのに、その着替えるための部屋で取っ組み合いをしている学園でも希少な若い男二人。

まるで覗きをしようと企んでる片方を、もう片方が止めてる、そんな絵面ではないか。

 

「弁明の余地をくれないだろうか」

単に人柄だけで、客観的な根拠もなしに犯罪者予備軍だと決めつけられるよりも早くルクスを引きはがし、沈黙しているシャリスの前に大げさに躍り出た。

 

「犯人は現場に戻るという言葉は知っているかね?」

「し、知っているとも」

語気を強めて迫るシオンに、シャリスも若干引き気味だ。

 

「ならばもう説明は不要だろう。さて皆の衆、あちらにいますのが風呂場で痴漢下着泥その他諸々の大罪を犯した変態でございます。風呂場ではありませんが、依頼書を守るという名目で更衣室に忍び込み、あわよくば皆さんの着替え姿を脳裏に焼き付け、夜な夜なワンマンプレイに走り――」

「ちょっとこっち来い、この馬鹿!」

勢いのままにたたみかけようとしたところ、ルクスに首根っこを掴まれ引きずられる。

シャリスたちの死角になる仕切り板の中にまで連れてかれた。

 

「風評被害に繋がるからみんな惑わすような作り話はやめてよ!」

なんだかとても怒っていた。

短時間でルクスを探し当てれたのも、ルクスが変態だという材料があったからで、変態が出現するポイントなど浴場か控え室しか見当たらない。

事実潜んでいたのだから作り話ではないと思うのだが。

「そんな怒んないでくださいよ」

「怒るに決まってるよ! シオンはまだいいけど、生徒として通ってる僕の身にもなってよ!」

「追い出されることはないと思うんで、ドーンと構えていればいいだろ。仮に公爵の長女様が帰ってきても」

一、二年生の前なら冗談として通じるが、まだ男との生活に馴染めていない三年は冗談として受け止めきれず、真に受けてしまうことに心配しているらしい。

セリスティア・ラルグリスの息がかかっている三年勢力にも媚びを売らなければいけない現状だ。

公爵とは貴族の階級ではひと際格が違う。

伯爵やら子爵やらが束になろうと吹き飛ばされる力を持つ家の長女が帰ってきてしまったら、彼女の一声が全てとなる。

 

「だから彼女が戻ってきたらそうやって呑気にしていられないんだって」

どこ吹く風と聞き流すシオンは、棚の最下段から気になった本を抜き出す。

 

「ルクスさんって赤ちゃんの作り方知ってますか?」

視線は本に落としたままだったが、ある種卑猥なネタにルクスの顔は赤く染まったであろう。

 

「そ、そ、そんなの知ってるに決まってるよ! その、あれでしょ、あの……」

「セックス。別の国ならまぐわい、夜伽、にゃんにゃん。動物的な表現だったら交尾。つまりルクスさんの下半身についてる新品のブツを使った楽しい遊びね」

「生々しいからわざわざ言わなくていいよ!」

どちらかといえば、ルクスのように恥ずかしがる神経が分からない。

誰だってヤった母親の股から落ちてきたのだから恥ずかしがらんでもいいのに。

最近の若者はうぶなんだな。

 

「男と女のペアが新たな生命を宿すための条件。そして二人で一つとなった姿が、本来のあるべき人間だなんて主張もあんのよ」

「それで、結論は?」

「どんなに男嫌いが激しくても、最終的には男好きになるのが女って生き物なんです。同性愛とかそういった例を除けば」

たまたま目についたのが性愛論書に記されていることをそのまま読み上げると、ルクスは感銘を受けているようだった。

というか控え室の本棚に性愛論書入るな、教育に悪いから。

 

言いくるめたルクスの後ろについて再びシャリス達の近くへ歩み寄る。

その途中で転がっていたクシャクシャの依頼書を手にし、見せびらかすようにしわを伸ばして広げる。

 

「つーわけで、コイツの取り合いしてただけなんで覗こうなんて邪まな考えは一切持ち合わせていません」

風呂場の屋根突き破ったり、シオンが来なければ控え室で覗き魔としてつるし上げていたであろうルクスは、下手な発言は避けようとしているのか黙って首を縦に振り同意している。

 

「本当かね?」

「本当ですよ。そもそも覗きに走るなら直接裸見せてって言いますもん」

「男らしいのか変態なのか判断しずらいな……。 だが君たちも気をつけたまえ。男子二人が増えたくらいでは意識が変わらない子もいるからな」

学園でも中心人物のシャリスとは仲良くやっているので、なんだかんだ丸く収まる。

権力者に媚び売っておけば何とかなるって、人生ちょろいな。

 

出口を塞いでいた彼女たちが横にずれたので退出すると、見知った顔がすれ違いざまに飛び込んできた。

 

「またあなたですか」

王都でセリスといざこざを起こしたときにも付き添っていた少女、サニアだ。

 

「む、お前は取り巻きその①」

地元の老舗菓子店、『華京堂(カキョウドウ)』の看板娘阿波根波子に似ているから以前は阿波根と呼んでいたが、自己紹介は受けていない。

毎日のように団子や饅頭を恵んでくれたので、あの子には感謝しても尽くせない。

常に仏頂面なのが難点だが、あそこの甘味物は絶品だったので一口でもいいからまた食べてみたいものだ。

古都国はなくなってしまったので、あの一家がこっちに逃げてきてるとに期待しよう。

というか古都国の現状はどうなっているのだろうか。

滅んだってことは王家の血筋が途絶えたって勝手に解釈しているし、親族は天に召されてしまっているのは確定してる。

関係者は揃いも揃ってお亡くなりになったわけだが、領土そのものは島国だから波に流されて彼方へ消えていったか?

もしくは沈んで島が消滅したか?

そろそろ古都人に会いたいのだが

(ま、いっか)

過去は振り返らない主義のシオンは回想もほどほどに、睨みを利かせてくるサニアに焦点を当てた。

 

「君たちは前々からの知り合いなのか?」

「そんな間柄だと勘違いされるのは極めて不快ですね。この不純な男は王都でセリス姉様をコケにした犯人が、よく恥ずかしげなく顔を見せられますね」

この敵対心の剥き出し具合だと、隣でぼけーっと突っ立っているルクスよりも嫌われてしまっていると窺える。

すってんころりんさせただけなのに。

 

「いつまでもいがみ合ってても仕方ないだろ。一つ屋根の下に暮らしてんだから水に流して綺麗さっぱり忘れてくれよ」

学園で顔を合わせるたびに邪険に扱われるのも、うっとおしさを感じるだろうし、和解したほうがお互いのためになるはずだ。

当事者のセリスにも頭を下げなければならないが、土下座でも決めこめば許してもらえるだろう。

こう見えてプライドなんて大層なものは、人生という長い道のりの途中で落っことしてしまったので土下座の一つや二つ顔色を変えずにできる。

 

「飄々と振舞えるのも今の内ですよ。セリス姉様が戻れば――」

セリス姉様がーセリス姉様がー、が彼女の得意技だというのは容易に想像できた。

セリス姉様は公爵家の長女で学園での発言力もあって何より強いと、本人以外が誇らしげにしている様は、チンピラの影に隠れている子分そのものだ。

 

「そのセリス姉様とやらが猿山の大将を気取ってんだろ。 十分理解できたからそのうるさい口を速やかに閉じろ」

頭痛でうなされているような表情でシオンはストップをかける。

 

「猿山の大将って、セリスさんはね――」

失言を拾ったのはシャリスを除いた残りの生徒で、熱い想いを伝えながら詰め寄ってくる。

影響力があって慕われているのは事実のようだが、宗教味を帯びていて心底うざい。

 

「だから、たまたま公爵家に生まれた分際で調子乗ってるセリス姉様ってスゲエ女がいるってことは分かったって言ってんだろ!」

怒鳴りつけてみても、火に油を注ぐだけで女生徒たちの声はさらに大きくなる。

良家生まれで弊害に当たることもなくすくすくと育ってきたのなら、道に外れることはないし将来も安泰だ。

だからたまたまいいトコに生まれたにすぎず運が良かっただけだと、シオンは純粋に金持ちに嫉妬している。

シオンもそのいいトコ出身だが、今は落ちぶれてしまってるし親も親だし、寝床と安全が確保されたぐらいで贅沢と呼べる生活は過ごしていない。

 

「いいか、これを機会にお前らの足りてねえ脳みそに知識詰め込め。普段お前らがどんなに偉ぶってもちやほやしてくれんのはな、お前ら自身に下々の郎党を従える後光が指しているからじゃなく、家の名声や経済力や政治力が担保になってるからなんだよ。だだ甘に育てられてきて、まだ一銭も稼いでないお嬢様が思い上がってんじゃねえ、パパに感謝でもしておけ」

「わたくし達も騎士団の報酬として――」

そのとおりで騎士団も軍からの依頼を無償で請け負っているわけではない。

相応の報酬が用意されているが、シオンからするとそんなの仕事のうちに入らない。

「パパのお陰で所持できてる装甲機竜じゃねえか! その身一つで家を飛び出してその身一つで稼いでこそ金のありがたみを知れるんじゃ! お前らみたいな庭でも掘れば紙幣やら金塊やらが湧き出てくる家じゃ想像できねえと思うが、金が手元にないと食事はまだ熟してもない木の実、寝床は晴れは芝、雨は馬小屋、後世のために貯め込むだけ貯めこんで、碌に吐き出さねえなら全財産俺に寄越しやがれ!」

「ねえシオン、自分の欲望さりげなく出ちゃってるよ?」

「おっと失礼、つい本心が」

学者並みの知能を有しているわけでもない持論を展開するシオンは、その発言が的確だろうが的外れだろうがどっちだっていい。

その場しのぎでそれっぽいことを饒舌に語って、相手に「あ、そうだな」と少しだけでもいいから思わせてしまえば口論には勝てる。

正論で固めてくる論客なら声量を上げて威圧すればいいし、それでも引き下がらないなら機甲殻剣をちょろっと抜けば丸く収まる。

馬鹿でも口喧嘩に勝つ方法って本でも出せばいくらぐらい儲かるのだろうか、と本気で考え始めたシオンであった。

 

「そういうことでな、近い将来お前らが慕う学園最強が跪いて俺の素足を舐める惨めな姿を拝ませてやる。学園の支配者が男の前に屈するときを、楽しみに待ちわびるんだな、ハーハッハッハ!」

悪役でも上げなさそうな高笑いとともに、背を向けたシオンは演習場の出口まで歩く。

右手にある赤紙を見せびらかすように去っていくと、依頼があやふやなまま取り残されたルクスは不安に駆られていた。

「……僕、飛ぶの?」

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