その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

12 / 54
十一話

機竜使いとしての難点があるとするなら、歩くたびに剣帯がカチャカチャ鳴ることだ。

静かな廊下を孤独に歩いている最中に耳障りな雑音が一度気になってしまったら、中々耳から離れない。

 

「入るぞ」

苛立たし気なノックをしたシオンは、許可を待たずに学園長室の扉を押し室内に入る。

本当はノックなんてしたくないが、しないとレリィに怒られるから渋々といった感じだ。

「お、やっと来たか」

靴越しでも感触の良さがわかる絨毯を踏んだシオンを見た途端、表情を柔和に崩したのはリーシャだった。

大きな執務机を前に腰を下ろしているレリィは、なにか物言いたげな瞳をしているが、大きなため息をつくと座るように促してくる

赤紙をポケットに詰め込んだシオンは、空いている二人掛けのソファーに身体を投げ出す。

 

「流石の俺もサボりすぎて良心の呵責に苛まれてるから余ってる仕事あったらちょーだい」

「はい、まずはこれね。私の名前で署名しておきなさい」

用意してましたと言わんばかりに大量の紙束が机の上に積まれ、インク壺とペンも落とされる。

「印形じゃなくていいのか?」

「そこまで重要な書類でもないからいいのよ。あと、次の遺跡調査にあなたも同行してもらうことになったわ」

「なんですと! それは誠か!」

勢いよく上半身を起こして聞き返す。

装甲機竜が発掘された遺跡には、武器や古文書など様々な宝物が眠っている。

資源の盗掘を防ぐためにも遺跡は厳重に管理されていて、面倒な手続きを踏むことで立ち入ることができるのだ。

幻神獣がうろつく危険地帯には軍や騎士団が派遣され、シオンのような一般の機竜使いは、遺跡の傍に近づくだけで追い出される。

 

「遺跡までの護衛があなたに頼みたい依頼になるわね。リーズシャルテさんからの推薦で特別に参加させることになったわ」

内部までの同行は叶わぬか。

だが希望はまだ捨ててはならぬ。

 

「よくやった姫さん、褒めて遣わす。 新王国随一のトレジャーハンターに任せてくれ!」

遺跡に接近する口実が作れたシオンはいつになく上機嫌で、リーシャに親指を突き立てる。

 

「それじゃ、私は市長さんのところへ行ってくるから戻ってくるまでにお願いね」

先日の一件から落ち着いてきてはいるが、城塞都市の上層部はまだごたつきが解消されておらず、レリィも学園から離れる時間が増えている。

なら職務放棄するなと非難される立場のシオンは、反旗を翻した反逆者に責任転嫁をしていた。

そもそも奴らが問題を起こさなければアルフィンだけでもこなせる仕事量しか回ってこなかったのに。

こうしてレリィが後処理に追われているごとに穴埋めをしているのであって、サボって悪いとは思ってるが、別に自分がいなくても働き盛りのルクスもいるから学園は困らないし、でも生徒に本来レリィがするはずの事務的な仕事を押し付けるわけにはいかないから学園長のパシリとして手伝っていて、最近は夕方になれば学園長室に訪れるとレリィも分かっていて大量の書類を投げてくるから――

ようするに反乱なんて起きたから仕事が回ってきている。

だからベルベット達一人一人に飛び蹴りをお見舞いしたい。

そして完全なサボり魔として学園に君臨したい。

 

そのためには目の前の仕事から減らしていこう。

内容はレリィが流し読みでチェックしているだろうし、ひたすらレリィ・アイングラムの名前を書き続けるだけの単純作業だ。

黙々と書類に手をつけ、しばらくした時だった。

「あ、あれれ~、こんな所に木剣があるなぁ」

対面に座っていたリーシャがソファーの裏からご丁寧に三本の訓練用木剣を引っ張り出した。

「おっとシオン、丁度いいところに。この落とし物の木剣で鍛錬でもしないか?」

魂胆が見え透いた三文芝居。

何処のどいつが学園長室なんかに木剣三つを置き忘れていくんだ。

事あるごとに白兵戦の鍛錬に誘ってくるようになってきたリーシャではあるが、ご要望に応えたことは一度たりともない。

 

「やだよ。一人でやってろ」

「なんでだ! このけちんぼ!」

けちんぼって、子供か。

校舎裏での再戦を見事に制したシオンとしては、気分に流されてしまった過ちを後悔していた。

 

「遺跡調査に途中までではあるがついてこれるのはわたしのお陰なんだぞ! 見返りとして褒美があってもいいではないか!」

機竜使いとしての腕も確かめておこうとか、そんな事だろうと思っていたが、まさか先ほど異様に喜んでいた件を引き合いに出されるとは。

地味な作業に手首が痺れてきたし、付き合ってやる見返りとして書類整理を手伝わせようと決意したシオンは木剣を一本奪い取る。

「何を教えてほしい?」

「剣だ!」

漠然とした返事にシオンは額に手を当てる。

 

「まずな、コレと剣は別の武器だと認識を改めろ」

剣術の師のもとで教えを受けて来た生徒ほど、剣と木剣は鉄か木かの材料の違いと重さしか異なる点と答えない。

が、それは正しい認識であり、今から説明しようとしているのは貧困層などで闊歩しているゴロ屋の考えだ。

 

「問題その一。剣士にとって、懐に潜られた相手が一番持ってて欲しくない武器は?」

「短剣だ」

最低限の常識は身についているようだ。

ダガーや合口を手にした捨て身の馬鹿に潜られると、どんな武器を構えていようがあっという間に対処が困難になる。

 

「問題その二。剣を構えてた場合に、ダガー野郎に入られたらどうなる?」

「血が出て痛い」

「……いや、まあ正解っちゃ正解だが」

急所を腕でガードして突進するとか、いっそのこと地に伏せるとか、流派によって様々であるが、即致命傷の傷は上手く対処すれば負いにくい。

だがどこかしら傷つくので痛いと言えば痛い。

 

「次に剣を木剣に置き換えた場合を想定してみると」

転がっているペンをリーシャに投げ、それを短剣に見立てる。

一連の流れの中でリーシャが泣き所に狙いをつけると

「木剣ならこうなる」

手首を叩かれ、ペンが零れ落ちる。

木剣の握りを柄から刀身に滑らせたシオンの一手。

刀身部分を素手で掴んだのと同じように、本物の剣と木剣を同一に考えていれば思いつかない技。

意外と気付かないものなのだ。

 

「なるほど、武器の特性が違うのか!」

ペンを拾い上げて興奮したままのリーシャは嬉しそうに絨毯の上を跳ねる。

裏のチャンバラ大会ではこういった工夫した武器術の方が常識のため、教育を受けているような貴族のお嬢様は、物騒な地帯に迷い込まない限り覚えることはない。

 

「他に、他にはないのか?」

「もう授けることはないな。お前は一人前だ」

「ほらあれだ、決闘で言っていた力の使い方がどうだってヤツは!」

興奮冷めやらぬままシオンの両肩にがしっと手を置き逃がそうとしない。

近接戦がメインのルクスならまだしも、特殊武装が飛び道具と超火力砲の≪ティアマト≫使いに教えたところで役に立たないのは明白だが、一早くリーシャから解放されたい。

激しく肩を揺らしてくるリーシャの腕を振りほどき、乱れた服装を整える。

 

「水切りって遊びをしたことはあるか?」

「水きりって、石を川に投げつけるやつか?」

水面に向かって石を投げて跳ねる回数を競う遊びだ。

子供なら誰しも一度は遊んだことがあるのではないだろうか。

 

「効率的に石を飛ばすには力を正しく運ばなければならない。棒立ちでは強い力は生まれないから一歩踏み込んで下半身で力の発生源を作る」

インク壺の蓋を石に見立て、実際に動作を交えながらシオンは解説を続ける。

 

「重心は前足が八で後ろが二、そのまま八対二の運動量が両足にかかっているんだ。 この運動量を石を握る指にまで伝えるには膝下のバネ、腰の回転などを用いて下から上に導いていく。ここで大切なのは、両足にかかったそれぞれの運動量の伝達だ。大地につくことで足裏に発生した力をバラバラに運んでも意味はない。足首から膝へ、膝から腰へ上げたところで八と二を併せ、纏まった力を更に上へ押しあげる。 イメージとしては筋が通り道、力の出発点が両足、集合地点が腰の位置にあり、そこから肩、肘、手首を経て指先が終着点。って、ついてこれてるか?」

発生させた力をいかに分散させることなく、確実に石にまで作用させる技術を大雑把に解いてみたのだが……。

「う~ん。難しいな」

そういう意味の事が言いたかったのに、回りくどい形容に過ぎないと唸るリーシャから気付く。

核心に近いようでほど遠い物言いを繰り返しても仕方がない。

 

「小さい頃に棒切れ振り回して自分は偉大なる剣士や騎士だって妄想にふけたことはあったか?」

男なら誰でもチャンバラ遊びが世界のすべてだった時期があると言っても過言ではない。

庭の木から枝をへし折れば大英雄になるのも大悪党になるのも変幻自在、囚われのお姫様を助け出すなんてお茶の子さいさいで、大根も斬れぬ一閃ですら意のままにならぬことなど何もないのが少年の本質なのだが、女はどうだろうか。

 

「………そうだな。昔のことは良く覚えていないから何とも言えないな」

リーシャの目が泳いでいる。

この年齢になれば仮想の敵と戦っていた過去は、思い出したくもないし消し去りたいものだ。

リーシャがもっていた独自の世界観なんて興味がないので恥ずかしがらなくてもいい。

 

「じゃあ偉大な女騎士リーシャよ」

「そ、そういうお前はどうなんだ!」

話を続けようとするとリーシャが頬を染めながら横目で見てくる。

 

「どうもこうも俺は棒切れよりも先に本物を握ってる人間だから」

「へえ、流石は剣の一族だな」

「いや、こっちに来てからじゃない。 来る前だ」

彷徨っていたのを拾われるまでの経緯は内緒にしているが、ステアリード家との関係は隠せるものでもないため知る人ぞ知る情報となっている。

リーシャにも随分昔にさらりと告げている。

顔も性格も何から何まで似ていないシオンとアルフィンが実の家族ではないことは、地味に学園でもバレかかっているも、察してくれているのか探ってくる人はいない。

 

路頭に迷っている子供の親なんて底辺を這いずりまわっているのが多く、リーシャのような者からしてみればまず出くわすことはない。

暴力を振るのはまだ甘い方で、なけなしの金で売り払われたり、そこら辺の雑木林に投げ込むことも界隈じゃ日常だ。

親になるべきではない親から産まれた背景が脳裏をよぎったのか、申し訳なさそうにうつむいたリーシャに一声添える。

 

「俺の御涙頂戴苦労悲話をしても金にならねーんだから野良犬の餌にでもしとけばいいんだよ」

「えぇ……。自分で言うのか……」

やはりシオンはぶれていなかった。

多少冗談を交えてリーシャをリラックスさせたところで授業を再開。

木剣を右肩にのせた勇ましい構え、そこから斜めに踏み込むと同時に半身となり横薙ぎに切り込もうという素振りを見せる。

 

「やってみろ」

手のひらをリーシャに向け促す。

リーシャは意気込んで両手に構えた木剣で先ほどの動作を真似て空気を打ち払おうとした。

踏み込みの勢い余って前のめりに転ぶようなら、教えるとかそういう次元にすらいないので投げ出すつもりだったが、リーシャはどうにか踏みとどまる。

どうだ。そう顔に書いている。

 

「もう一回だ」

反復練習こそが上達の近道である。

何度も何度も同じ動きを繰り返すリーシャの額が汗で濡れて来たのを見計らって、シオンは一旦待ったをかける。

書類が散らばっている机を引きずり、四本の足が壁に張り付くように横たえた。

 

「打ってみろ」

武具の良し悪しを見分ける能力に長けていれば、演習場横の倉庫で大切に保管されている木剣は一目で随分と金のかかった代物だと言い当てることができる。

イスノの木が風化して残った芯材から削り出された超高級品である。

強度は申し分ないが、木製品の域からは抜け出せないため真っ二つに切るのは不可能だ。

 

命じられたリーシャはそれでも躊躇せずに、机の表面を木剣で叩く。

がつんっ!

鈍い音にはじき返された。

張り切りすぎて力任せで横に切り込んでいたら拳骨を落としていたが、木剣が反動で滑り落ちていないなら余計な力を加えていない証拠となる。

 

「戦闘術はダンスみたいに複雑な動きを要しているわけではない。だから動きを真似するのは簡単なんだ」

元伯爵家だったアティスマータ家にも騎士は仕えていたはずだ。

彼らの剣技を遠巻きに眺めて、影でちょこっと練習すればそっくりそのままの動作を身につけることは容易い。

 

「この胴払いって技は基本中の基本で、力の使い方に嘘があれば威力が出ない。下手っぴを一発で探し当てられる便利な技だ」

「言い方に棘があるが……わたしは下手だったのか?」

「それはお前の目で確かめろ」

リーシャを軽く小突いてその場からどかす。

 

踏み込む足は右。

注意すべきは速く踏み込もうとしないこと。

速く力強く踏み込めば、同量の力が返ってくると多くの剣士が勘違いしている。

むしろ速度を殺す方向に働く筋肉に力が籠ってしまって有害になる。

遅すぎるのも駄目だか速くなくてもいい。

体重を使う生み出す力と、姿勢を使う減らさない力を巧みに操るのが正解だ。

 

次に、例えばリーシャに斧を与えて木を切って来いと命令したとしよう。

絶対に腰を横に回して斧を振るうと断言できてしまう。

しかし樵は腰を縦に切って斧を振るう。

彼らはその作業に対しての力の適切な扱い方を知っているからだ。

 

その要領で、胴払いでも腰の使い方は横ではなく縦とする。

腰を水平にまわしてしまえば、左膝が下がり、左腰が後ろに引けすぎてしまう。

右腰を床に叩きつけるように切る。

 

足から腰に、腰から背中に、背中から腕に、腕から刃へ移行し――

 

打つ

 

 

 

 

 

「おお」

割れた机が音を立てて崩れていく中、リーシャは感嘆の声を漏らした。

誤魔化しがききやすい剣は恰好だけなら馬鹿でも振れる。

いつかの独り言の意味がようやく腑に落ちた。

斬った、と表現すれば美しいが、あえて選ぶとするなら打ち壊したになる。

実に奥が深い。

機甲殻剣で襲い掛かった決闘でも、ひらりと舞い遊ぶかのように躱されて、シオンが木剣を操ったのは鳩尾を柄で突かれた、たったのそれだけ。

天上界を~なんてほざいていたのにだ。

こんな適当な奴なのであの双剣については思い付きだったのかもしれない。

ただリーシャが興味を惹かれたのは、剣術らしからぬ色を読み取ることができたからだ。

敵を殺す剣術らしくないと思えてしまったのは錯覚ではないと毎日のようにベッドで横になって願っていた。

空き時間を利用して図書館に通い詰め、文献を漁ってみたはいいものの、これと言って成果は得られず、偶然を装って本人と遭遇しても決闘と同じく躱されるばかりだったがとうとうこの時が来た。

 

もっと教えてほしい。

なんと呼ばれている剣術なのだろうか。

どんな人物から仕込まれたのか。

シズマよりも才能があると褒められたが本当なのだろうか。

ベルベットと対峙し、機甲殻剣を両手に演じて見せたアレは何だったのだろうか。

 

壊してしまった机の片づけを考える余裕もなく、シオンに問いかけようとすると、丁寧なノックが室内に響いた。

折角のチャンスを邪魔されたように感じ、リーシャはゆっくりと開く扉を睨みつけてしまう。

「あら、お邪魔だったかしら?」

ユミル教国からの留学生、クルルシファー・エインフォルクが、部屋を一周ぐるっと見渡して告げてきた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。