その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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十三話

クルルシファーに買われてから数日が過ぎた。

表向きは恋人という親密な関係になりはしたが、恋人らしく手を繋いだり、仲睦まじく戯れたりするような光景が学園で見られることはなかった。

 

付き合いたての初々しいカップルが手を繋ぐかどうかの微妙な距離感を保ちながら街を歩き、指先が触れ合って………そんな定番のシチュエーションを空の彼方へ打ち上げたシオンにとって、乙女心とは理解するまでもないことだった。

 

「ごめんなさい。少し遅れたわ」

「大丈夫、十五分前からいたけど俺も丁度今来たところ」

皮肉をたっぷり混ぜたシオンがいるのは学園の正門。

クルルシファーからデートのお誘いを受けたため、断る理由もないので承諾し放課後にここで待ち合わせていたのだ。

授業終わりの伝達事項の確認が長引いたのか、クルルシファーは遅れて待ち合わせ場所に到着した。

 

「デリカシーの欠片もないわね」

同じような調子で言い返したクルルシファーに見向きもせず、一足先に一番街区に通じる一本道をシオンは進みだす。

 

「今日がその従者が来る日?」

「いいえ。今日はそのうだつの上がらない恰好を正しに服を新調しに行くわ」

いちいち嫌味ったらしい言い回しをしてくるクルルシファーをよくよく見ると、学園の規定の制服ではなく、上品で洒落ている私服を着ていた。

遅れてきたのはそのせいか。

 

「金がない。どうしても買いたいのならそっちが持て。あと全てが終わったら売り払って小遣いの足しにする。これは決定事項だ」

我が道を行く我が儘っぷりにはクルルシファーも慣れてしまったらしく、反論する様子もない。

クルルシファーは歩く速度を上げてシオンの横へ並ぶ。

 

「『趣味が悪い』とルームメイトから言われたわ」

「確かに、男の趣味は悪いと思う」

依頼を受けてからはは食事をともにすませたりと、なにかとシオンの後ろにクルルシファーがくっついている。

本当に付き合っているとまずは身近なところから騙していこうとクルルシファーが知人に漏らしたので、二人の関係は瞬く間に学園に広まったのだが、タイミング悪くセリスを貶したことによる悪評も広まってしまった。

 

「世間知らずな学園の淑女には、ルクスさんみたいな血統書付きの男がお似合いだろ」

兎や犬や猫の集団に一匹の凶暴なドラゴンを投げ入れたら、嫌でも浮いてしまう。

肩身の狭い思いをしていて気が立っている状態なので、こんなにもシオンは機嫌が最悪なのだ。

 

「もっと落ち着いてみたらどうかしら」

「壊れ物を触るように扱えってか。今時精巧なガラス細工でももうちょい頑丈な作りしてるぞ」

「だからあなたの考え方は極端すぎるのよ。ルクス君を見習いなさい」

旧帝国の皇子だったルクスの強気な態度をとれない柔らかな性格が、隔離されて生きている学園の女子には適しているのは自分でも把握はしている。

 

「新王国が設立し、男尊女卑の傾向が薄れてから生き場を失った男が草食系となり彷徨っていると巷では噂されているが、俺はそんなみすぼらしい男にはなりたくはないね。特にルクス・アーカディアなんて名前の奴みたいには絶対憧れたりしねえ」

そう言うと、隣に並ぶクルルシファーがクスリと小さく笑い声を漏らした。

 

「生徒からの人気が高いルクス君に嫉妬しているのね」

人気投票でもしてみたら圧倒的な大差をつけてルクスに票が集まる。

シオンに入れるとするなら長い付き合いのアルフィンによる同情票程度で、それ以外の残りはルクスに掻っ攫われるはずだ。

 

「彼女がいる俺のが奴より数段上だ。だから精々良い思いさせてくれよ」

ふらふらと彷徨っていたクルルシファーの手に指先を這わせて、力任せにではなくそっと包み込んだ。

不意を突かれたクルルシファーは目を丸くし思考停止に陥ったようだが、直ぐに握り返してきた。

「ええ。努力するわ」

 

 

洋服屋では、第一印象は服装で決まるということで、初対面でも好印象な礼服を仕立ててもらった。

衣服はその者の地位を表す。

上から下まで真っ白、その上からも白のマントを被る不審者じみていて、これから夏の蒸し暑さが到来するのに、見ている方が暑さでやられそうな格好のシオンも、ちゃんとした服で着飾れば中々のものだとクルルシファーの感想だ。

礼服が仕上がるまでは三日ほどかかるのは、売却価格は出来るだけ高くしておきたいがために材質を高価な亜麻布とシオンが注文したせいだろう。

 

「私が自由に使える範囲だったからよかったけど、そこまで徹底しているといつか天罰が下されるわよ」

「なら天罰を下す神様に賄賂渡せば解決だな」

洋服屋には一時間ほどいたのか、空はやや赤みがかっている。

 

来た道を引き返していると、クルルシファーが

「どうしてそこまでお金に執着しているの?」

二言目には金と決まったように口にするシオンは良くも悪くも変わり者である。

普通、金銭への欲望を敬遠することはないが、シオンは度を超えて飢えに飢えている。

 

「あっても損はない、単純明快だろ」

生きていくのになくてはならない、そして無いよりはあった方がいいもの。

それ以外に金に取りつかれる理由があるなら教えてほしいくらいだ。

求めていた答えではない、そう言いたげなクルルシファーの視線が隣から突き刺さる。

昔話をしてやる義理はない。

いくら不幸な目に合っても、辛い経験や苦しかった経験は自分の胸の内に閉まっておくもの。

苦しんで得たものこそが最大の成長の証となる。

糧となった経験をべらべらと悲劇的に語りたくはない。

しかしこれも何かの縁だとシオンは感じた。

 

「四年前かな。当時の俺は何を思ったのやら、財布も持たずに家を飛び出したんだ」

あの日の記憶は鮮明に覚えている。

正午過ぎ、天気は晴天に雲が四つ散らばっていた。

穏やかな天気に吹き起こる、海辺の方角からの風が心地よかった。

 

剣は血で繋がる。

実際に同じ血は通っていなくとも、剣に流れる血は変わらない。

引き継ぐ男系がいなければ、捨て子でもなんでもいいから技を徹底的に叩き込めばいい。

そうすれば血が受け継がれていく、とまず養父のオウシンから授けられた。

 

傑作のシズマが王都へ旅立ってしまったので、お鉢が回って来るのはみなし子のシオンになるが、もとより人からものを教わる素直さは持ち合わせていない。

訓練をサボる、師匠にタメ口を聞くなど、素行の悪さを指摘され『やる気がないなら出ていけ』とお約束事のように叱られたら、売り言葉に買い言葉というべきか、逆切れして王都の方角へ走り出すという奇行。

 

加えて後ろにくっついてくるアルフィン。

家に帰そうとしても聞き入れない頑固さに折れ、行商人の荷台に乗せてもらい若人の二人旅が始まった。

 

強盗や略奪に巻き込まれることなく無事王都へ到着したが、国の中心部なら仕事が溢れてそうだ、そんな無計画さが仇となり二週間ほどは昔に戻り路頭を彷徨う始末。

長い付き合いでもなかったシズマとも、現在ほど親しい仲ではないため頼るのも烏滸がましい。

 

氏や素性のしがらみから逃れてきた負け犬が最後に吹き溜まる貧民街の住人と、どっこいどっこいな生活を送るのは、一人なら知らん顔で継続する自信があったが少女を連れていればわけが違う。

野郎が道端で寝ていようが死んでいようが足を止めたりはしないが、アルフィンが転がっていたら最悪大袋に詰められる。

おちおち寝てなんていられず、深夜だろうと辺りを警戒し、休息をとれない日々が続いた。

だからシオンは考えた。

頭が捩じ切れるぐらい考えに考えた。

 

「それで?」

「人が集まる都市部には、どこかしらに腕っぷしを試し合う遊び場がある。賭け場が立つような大場所は一年中開かれてることが多いから、探し当てて此奴を元手に毟れるだけ毟り取った」

通りの脇道に不自然に荷物が置かれ、出入りがしにくい場所を重点に探していたら、すぐに見つかった。

一文無しでも追い出されなかったのは、シオンが擦る機甲殻剣、厳密には汎用機竜ではなく≪ミハイル≫の方を投げ捨てた。

 

『勝ったらくれてやる』

良いカモが興味本位で迷い込んで来やがった。

持ちなれない木剣なんか買って、人気のない細道でやらかしている大人にとっては、機甲殻剣は手に届かない金品。

神装機竜と判別がついた知識人が交ざっていたかは分からないが、上手く売れば一獲千金を狙える獲物を差し出されたなら、先鋒をつとめるのは誰かともみくちゃになって決めていた。

一人目は上が半裸の巨漢の男。

武術の心得以前に、仕事で毎日体を痛めつけている口だった男は、掛け金の集計をとっている間に沈んだ。

 

腕比べ、なんて呼べば聞こえはいいが、要するにその気になった素人の集まり。

弟子入りしている強者がいないのは、どの師匠の下についても勝手に試合を組んではならない決まりに従っているからだ。

もし敗れて流派の沽券に関わる事態になっていれば、血で血を洗う全面戦争にまで発展する。

ステアリードの剣技を背中からおろしたとはいえ、素人が経験者に太刀打ちできるはずがない。

 

僅かに上がった歓声は、大方その日に儲け、パンパンに膨らんだ貨幣入れから一つまみ分、大番狂わせ狙いで賭けたら天が味方した。とかだろう。

我こそは我こそはと挑み、両の膝を落としてうつ伏せ、次第に賭け事が成立しなくなると、二人がかりと提案し、シオンが同時に相手にできる三人まで増えた。

取り分はやる側一の見る側九。

 

もちろん勝者にしか流れない。

首代はシオンが総取りだったので、一晩での稼ぎで一か月の生活は保障された。

 

「そっからは宿屋を拠点に、このシオン様が番付の頂点に君臨してやったのさ。性懲りもなく挑戦してくる奴や、代打ちで連れてこられた追放された元ナンチャラ流の使い手を返り討ちにし、負けた連中が肩代わりに置いてった剣だの槍だのをひっくるめて換算すれば、俺の首はかなりのもんになったぜ」

 

腕っぷしがあれば認められるのは群れる動物の習性か。

強ければ担ぎ上げられ、弱ければ高みを羨み。

下剋上を仕掛け、成功したら頂点に立ち、負ければ一生下働き。

チンピラが蔓延している、陰に隠れた場所なんてそんなものだ。

 

「貧乏人特有の金目のものへのがめつさは、そうして養われたんだよ」

「それからは?」

「どこからか聞き付けたお役人がなだれ込んできてしょっ引かれたのが、つまんない話のオチ」

逃走経路を確保しておけばよかったと、改めて振り返ってみた今でも悔やんでいる。

土嚢や木樽を積み上げた見物のためのひな壇にもう一段付け足しておけば、手入れが入ってきても塀を乗り越えて逃げれたのに。

 

「その賭け場という場所はこの近辺にもあるのかしら?」

優等生には馴染みのない話に、クルルシファーが興味を示してきた。

名高い貴族のご令嬢様が通りの脇に迷い込んでしまう奇異な現象に出くわしたことがない。

光の届かない薄闇の小路は、あの世とこの世の狭間であるかのようで、地獄への入り口に自らの足で突き進む貴族は相当な変わり者に違いない。

 

素人によるどんちゃん騒ぎの催しが開かれるところでは、大きな公式試合の影に隠れている場合が多い。

 

古都ではお国の各指定道場から一人送り出され、演武場で毎年の秋に挙行される真剣試合の裏で素人が踊っているように、新王国では王都の公式トーナメントの裏で素人が踊っている。

武芸と身近に接するれば今度は実物が欲しくなり、古都では年に一度の大舞台のため、武具商や兵法指南とかが都に押し寄せ素人相手に売りつける。

それと比べてしまうと、王都はまだ落ち着いている。

 

城塞都市にも機竜使い育成機関はあるが、市民に浸透しているかは怪しい。

開かれていたとしても、極小規模なものだろう。

 

「あるとするなら――」

その場でぐるっと一周し、条件に当てはまりそうな脇道がないかを探していると、ある一か所に目が止まる。

『立ち入るべからず』と武器を交差して封鎖しているわけでも、見張り番が立っているわけでもない。

占い師と思しき装束を身に纏った老婆と視線が交錯した。

 

「ああ、あれは私が入学した当時からあそこに陣取っていて、生徒たちからも気味悪がられているわ」

裕福層向けの商業区を抜けたところに構えていれば、遊びに出た生徒は必ず遭遇してしまう。

貝殻を用いた占いを得意としているのか、布を広げた上に腰を下ろして客を待っている。

格式高い区画にそぐわない老婆をまじまじと見るシオンは、ぽつりと漏らした。

 

「売り師だ」

「売り師?」

「男の性欲を満たすための道具を売って商売してる連中のこと」

事実をそのまま告げると、クルルシファーは驚愕して息をつめる。

 

「みんなが酒場の出入りを禁止されている理由知ってる?」

そんな様子もおかまいなしに、シオンは立て続けに問いかけた。

「……いいえ」

「酒場の裏手のいかがわしいお店に、酔った勢いで迷い込まないようにするため」

表向きは堅気の商売を装い、看板には小料理屋と記していても実態は娼館に過ぎない。

酒場で飲み食い、勢い余って息子の世話――その日一日分の汗水の対価を吸い上げるあくどい仕組みとなっている。

古びた婆が貴族のカモを釣ろうと足を運んだようにも思えるが、ああいった手合いは店に属しておらず、固定客をしかと握っているのだ。

 

「売られているのはちんけな店じゃ絶対出てこないべっぴんさんばかりだよ。上は凄腕の年増から下は十、十一あたりか。まともに稼げるいい女が助平な金持ちに引き抜かれるのを防止するために、客を選んで売ってる。この国じゃよくある手法だ」

第一に貧乏人は相手にされない。

花代にケチをつけられて揉め事が起こる心配を、懐に余裕のある貴族に狙いをつけて避けている。

値はあるけれども商品は素晴らしい。

川辺で拾った石ころよりも、宝石を売りさばけば稼ぎになる。

みすぼらしい姿をしている婆だが、蓄えているのは相当なものだ。

 

 

身体をさしだしている女は何かの間違いで生まれてきて、厄介者扱いされながら育ち、真っ当ではない大人になる。

文字を覚えるよりも先に盗みを覚え、男の相手ができる年齢になると売り飛ばされ、男が出来たら駆け落ちをする。

店の主が放った追っ手に捕まれば鞭を打たれ、運よく逃げ延びても生活が成り立たず、また色街に転がり込む。

例え序列をを下から数えた方が早い廓のまたっぴらきでも、名だたる大籬の金看板を飾ったまたっぴらきでも、廓の女は廓の女だから関わるな。

そう教わった。

 

「待ちなさい。そこまで詳しいのは、あなたは――」

「客引きの人を見る目は確かだ。余計に漏らさない人には色々とタメになる話を聞かせてくれるぜ」

淫女に手を出すほど落ちぶれてはいない。

王都でも似たようなのがいて、尋ねた機会があった。

それだけだ。

訳アリの人物との会話は発見があって面白いのだが、彼女を引き連れて女売りと会話を弾ませるのは、クルルシファーにも失礼だろう。

 

「飯でも食ってから帰るか」

彼女の腕をひき、別の区画へ移動しようとすると

 

「さっきから見てたよ。兄さん、なかなかの遊び人じゃないか」

くぐもった声で呼びかけられた。

肩越しに声のした方へ振り替えると、不気味な笑みを浮かべる老婆と目が合った。

 

「長年、こんな日陰で仕事をしているとねぇ、鼻が利くようになるのさ」

その奇妙な物言いに、シオンは眉根を寄せた。

占いや妖術、呪術等は、娼婦や女郎を飼っていれば覚えておかなければならない。

主に孕み避けに神秘的な力を使っているからか、人智を越えた不思議な力を蓄えているのだと噂されていたりする。

鼻が利く、これもはったりなんかではない。

 

「きつく匂うんだよ。生まれ落ちた時からべっとりと纏わりつく、こすってもこすっても消せない匂いが。なあ兄さん――」

ああ、これだから。とシオンは苦笑した。

これだから嫌になる。

そちら側の人間は嫌なやつばかりだ。

考えなしに子を孕む。

ほとんどの女がそんなものだろう。

だから連鎖する。

しみったれた男たちを喜ばせる道具と化す。

基礎教育も受けれず、性格はねじ曲がっていて、人の家にも土足で入り込む。

それでいてどこか親近感を抱いてしまう自分にも嫌気がさす。

 

王都で出会った売り師にも、同じことを言われた。

 

「あんた、出身はこっち側じゃろ」

 

ああ、これだから嫌になる。

こっち側の人間は。

 

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