世界でそれぞれ一種しか存在が確認されていない、神装機竜の基本性能は、汎用機竜のそれを遥かに凌ぐ。
機動性ひとつ取っても、飛翔型の神装機竜に速度重視の改造を施してある≪ワイバーン≫が適うなんて偶然はない。
「うっひゃー。クルルシファーもだけど、しおりんもすっごいね。飢えた肉食獣みたい」
戦いを見物してれば、自然と目がそちらを追ってしまう。
性能差がある以上、贔屓目に見てしまっているのは否定できないが、臆することなく果敢に攻め立てる≪ワイバーン≫に一同は感嘆の声を漏らしていた。
それはまるで『無敗の最弱』とは正反対の、攻めて攻めて勝利を捥ぎ取るスタイル。
「Yes, しかしそれもクルルシファーさんの援護があってこそです」
幾度なく斬撃を浴びせるシオンとて、守を捨てているわけではない。
ゴーレムの注意を引き付けるクルルシファーの助けも大きい。
≪ファフニール≫の神装、≪
敵、そして味方の動きを先取りしてから、最善の行動へ移っており、まともな連携をとれているのはそのお陰だ。
だが、そんなクルルシファーの活躍すら霞ませてしまうのが、二刀で攻めるシオンだった。
「あいつ……」
信じられないものを見たようなリーシャの呟き。
初撃から数えていれば、九つまではシオンの刃はゴーレムの表面に通ることはなかった。
転機となったのは丁度十回目の一振り。
ここでシオンは何かを捉えた。
それまでの探り探りといったダガーでの連打をやめ、主武装であるブレードで放った十一打目は、硬質な金属で覆われた肌を切り裂いた。
まぐれの一撃などではなく、以降は徐々に核が眠る胸部を削り続けている。
「斬線を掴んだのだと思います」
「斬線?」
聞きなれない言葉にリーシャは首を傾けると、ルクスへ聞き返す。
「物の斬りやすい角度のことです。その角度に必要な力と必要な速度を加えて剣を振れば、どんな硬い物質だろうと斬ることができる、らしいです」
斬線の感覚を理解できていないのか、ルクスも自信なさ気に苦笑した。
つまりは、ブレードに持ち替えるまでは、ゴーレムの岩肌のどの角度から滑らせるかを調べていたということになる。
「機竜使いとしての技術ではなく、剣術使いの技術の応用か……。ルクスも教わってみたのか?」
「熟練した剣士でさえそうそう見極めることはできないので、僕なんかには」
万人には理解しえない、一握りの素養ある者しか習得が許されない絶技。
人生の年輪が感じられる白鬚を生やした老師、がリーシャの熟練した剣士のイメージなのだが、斬線を見るシオンもその域に到達しているのだ。
「実力がありながらも王都のトーナメントで手抜きとは、わけが分からない奴だな」
上位層と下位層、幻神獣に援護付きとはいえ汎用機竜で交戦しているシオンはその下位層に甘んじている。
険しい表情で戦闘を見守るリーシャの悩みに、さらにルクスが補足してくる。
「トーナメントの準備期間には、参加者は闘技場を無料で貸してもらうことができます。シオンはその自由に装甲機竜を動かせる短い時間のためだけに、参加登録をしているんです」
だから試合結果になんて価値を見出せず、成績に傷がついても構わない。
賞金は用意されているのだが、守銭奴のシオンなら金に目がくらんでもおかしくはない。
トーナメントで勝ち上がれば、それだけで飯を食えるというのに。
「もう決着がつきそうですね」
声に目を上げると、片膝を落としているゴーレムへ、シオンが猛攻を仕掛けていて、そろそろ終幕といった具合だ。
腕前を見ておこうとしているのか、クルルシファーも特殊武装のライフルのトリガーを常時引けるようにしているが、着弾した形跡はない。
――グォ……ァアアアアアッ!
一か所を集中して狙われているゴーレムが唸り声を上げる。
「核まで到達しました」
頭部に装着されたゴーグルで視認したノクトが短く告げる。
あとは核を壊すだけ。
当初の計画とは違ったが最初の障害を片づけることができて、騎士団の女生徒たちがホッと胸を撫でおろす。
そのとき、ゴーレムの巨大な頭部がぱっくりと開いた。
「障壁を展開しろ!」
反射的に大声で叫んだリーシャの嫌な予感は的中した。
最後の気力を振り絞るように、ゴーレムの頭部に光が集い、強烈な輝きを放つ。
シオンが一直線に飛んだ。
「死に急ぐな!」
大技を繰り出す前兆なのに、自ら突っ込みに行くだと。
リーシャが叫んでも、硬質な物体を斬りすぎたせいで欠けたブレードを構えるシオンは止まらない。
あんな近距離でまともに貰ってしまえば、装甲機竜とてひとたまりもない。
『死ぬか殺すか。醍醐味ってのはこういうもんなんだよ!』
普段はだらしのないシオンが、水を得た魚のように生き生きとしている。
もっと安全に、命を第一に考えれば特攻なんて思いつかないのに、死と隣り合わせの状況に笑みもこぼしていた。
膨張する頭部が発光し、シオンが飲み込まれる。
目も開けていられない眩しさだったが、爆音は鳴り響くことはなかった。
「ま、こんなもんよ」
核を貫いたシオンが宙返りと同時に突き刺さったブレードを引き抜くと、機能が完全に停止したゴーレムが音を立てて崩れ落ちる。
手本にしてはならない戦術にリーシャ達が唖然としているうちに、見事に大型の幻神獣を駆除した二機の装甲機竜が帰還する。
「私としては、もっと冷静に対応してほしいわね」
「勝ったんだからいいだろ、結果論だとしても。こっからの動きは?」
「予定では余力を残した探索組が侵入することになっているわ」
遺跡まで送り届けたシオンとしては、もうこれにて任務完了ということになる。
クルルシファーの手を煩わせたが、ほとんど単機で倒したので、百点満点中百点の出来だろう。
『箱庭』に降り立とうとする『騎士団』を頭上から眺めていると、陸上で≪ワイアーム≫を纏っていたバルゼリッドから竜声が入った。
『ふっ、そこそこやれるようだが――』
うざいので通信機を耳から外しておいた。
自分語りをされたら無視が吉。
遺跡に入りたかったなぁ、そんな思いを愚痴に乗せ独り言を呟いていたら、何やら隊列が慌ただしく乱れ始めている。
「ヒュー、次から次へと駆り出される幻神獣も大変だね」
飄々と口笛を吹いている場合ではない。
どこからか湧いた新手の幻神獣、ディアボロスが上空に浮いていた。
赤茶の皮膚に漆黒の翼は、そして短剣ほどの牙をぞろりと覗かせる化け物は悪魔の名に恥じぬ禍々しさ。
こちらは好戦的なタイプの幻神獣のようで、絶叫にも似た唸り声で騎士団を襲撃する。
頭をぼりぼりと掻いていたシオンも、犠牲者が出たら寝覚めが悪くなるため助太刀に入る。
ブレードは壊れかけ寸前で、斬線を調べるためにダガーを一本使い捨てた。
残る≪ワイバーン≫の装備は弾幕射撃用の≪
それに遺跡から盗んだ希少武装の≪
シオンはダガーを一本ずつ握りしめ、ノクトを庇うルクスと力比べをしているディアボロスへ投擲し
「ビビッて目を瞑ってただろノクト。心眼が開いていないのに視界を閉ざすのは自殺志願者がやることだぜ」
身をひるがえすディアボロスへと機竜息銃をばら撒き牽制する。
「ごめん、助かったよシオン」
「貸し一っすよ」
「そんな制度あったんだ」
お決まりの軽口を叩き合うが、ダガーを二本消費してしまい、これで通常の近接武器は手元からなくなった。
――流れが悪いな
目標を討伐して、さあ遺跡調査だと張り切っているところを突かれてしまっているのだから、慌てるなと注文するほうが無理がある。
血の気が荒い幻神獣には血の気が荒い人間で相殺する。
三和音のノクトからシャリスへ狙いを変更したディアボロスに、素手で挑もうと≪ワイバーン≫を加速させる。
「シオン君」
そうとだけ呼ばれたので、声の主であるクルルシファーへ視線を走らせるがいない。
後ろか。
「見えねーから合わせろや」
他力本願でクルルシファーに任せ、シャリスと交錯するディアボロスの真横から蹴りを放つも、剛腕を盾にされ防がれてしまった。
シオンが脚を返すと、入れ違うように光弾がディアボロスの片腕に直撃した。
≪ファフニール≫の特殊武装≪
精密射撃の的となった悪魔の左腕が、パキンと凍りついた。
「離れろシオン!」
前衛とは何て忙しいのだろう。
飛んできたリーシャからの指示に従い、空を蹴り離脱する。
幻創機核からのエネルギーを充電したキャノンの火が噴かれるが、ディアボロスも後方に跳び、惜しくも回避された。
「デカブツよりは骨のあるやつが出てきたな」
もしかすると遭遇したことのある幻神獣かもしれないが、いちいち記録など取っていないから真相は闇の中。
毒霧のような紫の吐息が漏れる口で噛みつかれたら―――。その光景を思い浮かべるだけで体中に毒が回りそうだ。
頭上で漂うディアボロスとの睨み合いはしていられない。
幻神獣の迫力に圧倒されたなら、戦力としては数えられない。
機竜使いだろうと武人だろうと、まず鍛えなければならないのは小手先の技術よりも、精神力だとシオンは考えている。
足りてない技術を精神で補うことはできても、精神を技術で補うのは至難のわざだ。
誰だって死ぬのは恐ろしい。
真剣試合は恐ろしい。
その恐怖をどう心に溶け込ませ、最高の状態まで上げていくのかが、命のやり取りをする際のカギとなる。
「ひとつ勝負をしようではないか、シオン・ステアリード」
これまで敢えて存在を無視していたバルゼリッドの、耳障りな笑いが混じった声が気分を害してくる。
「あの幻神獣をどちらが先に倒せるのか。お前がもしオレよりも先に倒すことができたら、その時点でお前たちの勝利にし、あの決闘の約束を取り下げよう」
低能の極みか?
幻神獣にダメージが通る通常武装を使い果たしたのに、くだらない提案吹っかけてきやがって。
「耳を傾けるなよ」
割って入るリーシャだが、ここまでお喋りがすぎると逆に苛立ちさえ込み上げてこない。
あの長く伸びた鼻をへし折って、自尊心に傷つけてやりたい。
「じゃ、行っています」
「無茶はするな! お前はさっきから死に急ぎすぎだぞ!」
んなもん知るか。
離れてこちらの出方を窺っていたディアボロスへ急接近し右手を叩きつける。
真正面からの単純な手刀は、当てるどころか簡単に掴み取られてしまった。
「―――っ!」
「シオンっ!」
瞬時に加勢に動いたルクスとクルルシファー。
丸腰のただ装甲機竜を纏っただけの人間など、幻神獣にとっては脅威でもなんでもない。
片手をとられ身動きが取れないシオンの真横から、薙ぎ払われるのは凍り付いたディアボロスの左腕。
騎士団の女生徒が目を背けて上げた悲鳴、それは地を響かす怒号に打ち消された。
死に際のゴーレムの悪あがきに近い強烈な閃光、そして衝撃波。
やっとのことで顔を上げれば、宙に浮かんでいたはずのディアボロスだけが、初めからそこには居なかったかのように消失していた。
「倒してやったんだからもっと喜べよ」
あの一瞬でどんな攻防が繰り広げられたのか。
一瞬で消し飛んだ幻神獣と、空気が切り裂かれた爆発的な衝撃。
しばらくの間、静寂が戦場を覆ったが唯一リーシャだけは何とも言えない表情でシオンに声をかけた。
「片方の幻創機核に蓄えられているエネルギーを、もう片方のコアへ移し、許容以上の負荷が加わった状態で瞬間的に開放し衝撃波を生む―――」
「ああ。王女殿下が編み出した最終奥義、≪
振り向かず、背を見せたままのシオンが相槌を打つ。
「凄い、凄いですリーシャ様!」
最終奥義と大袈裟に称するだけあり、ディアボロスを一発で灰に変えた威力に女生徒が驚くも、リーシャは首を縦に振ることはできなかった。
「いや、使い勝手が悪すぎて実戦向きじゃないんだよ。機体を中心に展開した障壁から外方向へ放てるのはいいんだが、エネルギー量の調節に失敗するとコアが割れる。さらに範囲もそこまで広くはないからな。しまいには――」
シオンが抱き着けるぐらいまで接近したのもそのためだ。
「しまいには、何ですか?」
遠い目をして勿体ぶるリーシャを囲むように、興味津々のメンバーが尋ねる。
「成功してもな、しばらく幻創機核の機能が停止するんだよ」
発動にはまず若干のチャージが必要で、定量より多くのエネルギーを片側のコアに集めてしまうと、コアそのものが破壊される。
ぶっ放しても、起こる障害はコアの停止。
予め障壁が展開されている装甲機竜には、衝撃波が吸収されて威力が半減以下となるので機竜使いには定石通り挑んだ方がリスクは少ない。
リーシャの中ではロマン攻撃に分類されている技だ。
「動力が伝わらなくなるということは………シオン君?」
空中でそんな大技を使ってしまえば、飛翔することなどままならなくなる。
一斉にシオンが静止していた上空を見るも、そこには既におらず。
「あはははははは。誰でもいいから助けろよクソッたれ!」
逆さまとなり、頭から白亜の建物に落下していた。
「笑ってる場合じゃないって!その高さから落ちたら死んじゃうよ!」
高笑いをしているシオン目掛けてルクスが一足先に救助に向かう。
「私も行くわ」
両翼から光を帯びた風を噴射し、クルルシファーも後に続く。
「もっと早く助けることができたはずだろう?」
シャリスの言うことは最もだ。
生みの親のリーシャなら、落ちるのを見計らってのキャッチも可能だったはずだ。
「痛い目を見れば、アイツだって少しは大人しくなるだろ?」
「………死んでしまっては元も子もないと思ったりはしないのかね?」
「死なないだろ。シオンだぞ」
奇妙な信頼関係。
迷いなく言い張るリーシャに、騎士団の面々は言葉を失ってしまった。
「聞こえてるかバルゼリッド!」
現在高速落下中であっても余裕綽々のシオンが声を大にして言う。
≪ワイバーン≫の足首には竜尾鋼線が絡みついており、引っ張り上げるようにしてルクスが何とか減速させていた。
『箱庭』との衝突は免れないだろうが、この機会で奇想天外な振る舞いへ終止符を打ってたのなら幸いだ。
義母もシズマも喜んでくれる。
「勝負は無効にしてやる。明日オメーをぶっ潰してやっから、首洗って待っていろよ!」
正直なところ、この一言は余計ではないだろうか。
シオンにとっては有利となる約束を白紙にしてまで決闘に拘る。
まあ、なあなあに解決してまた近いうちにこじつけられても困るのはクルルシファーだし、これでよかったのかもしれない。
言い渡されたバルゼリッドにとってはほろ苦い経験となったはずだ。
眉間に寄せた皴のせいで妙に老けて見え、表面では動じていないように演じているのが丸わかり。
いい気味だなと、密かに口の端を釣り上げるリーシャだった。