その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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十九話

ふわりと突風に乗ったような浮遊感を味わったと思えば、途端に息が詰まる。

 

あのままの速度で遺跡の激突したらかなりの衝撃を受けて死んでいた。

原形は留めず、死体は遺跡に張り付くようにして。

 

ルクスが機転を働かせて勢いを殺してくれたので、最高速度で飛んできたクルルシファーが追い付いた結果、逆噴射で進路の方向を変えることは間隔的に出来ずとも、遺跡の外壁に突っ込んでも死には至らなかったであろう

 

しかし奇跡は起こった。

 

「………遺跡よ、俺は帰ってきた」

≪ワイバーン≫が強制解除されたシオンの第一声は、抑揚のない棒読みだった。

気が付けば景色が乾燥した大地から、緑豊かな森林へと変化していて懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「どうやら『箱庭』に取り込まれたみたいね」

装甲機竜の駆動音は、静かな森ではよく目立つ。

大の字で寝っ転がっているシオンの傍らに、地を踏み鳴らすようにして≪ファフニール≫を纏うクルルシファーが降り立った。

 

『箱庭』は、一定時間の経過により、門が開閉する仕組みとなっている。

出入り口は、立方体の六面の各壁際にあり、開閉すると同時に門付近にいることで、内側にいれば遺跡の外へ、外側にいれば遺跡内へ送られる。

 

過去の調査書によるとそんな構造になっているようだが、外壁に落ちたポイントは内と外を繋ぐ門とは若干かけ離れていたような……。

おぼろげな記憶をなんとか引き出していると、機甲殻剣を鞘に納めたクルルシファーがジト目で見下ろしてくる。

 

「怒ってんの?」

「分からないの?」

自殺まがいな自爆についてなのは見当はついている。

へらへらとやり過ごそうにも、今回は本気と書いてマジと読む怒りっぷりのクルルシファーだった。

 

「暴走するなとは言わないわ。それがあなたの魅力の一つでもあるのだから。でもその無鉄砲な生き方だと命が幾つあっても足りないわよ」

武辺者にとっては耳に痛いご忠告だ。

ここ数年は平穏な日々を過ごしていても、染みついている生き方はそう変えることはできない。

 

「非難するんなら、俺が死んでから墓場に向かって言ってくれ」

上半身を起こし、服についた砂埃を払う。

ルクス、クルルシファー、リーシャらへんが回収してくれると期待していたし、現に五体満足でこうして生きている。

 

「あなたは私の恋人でしょう?」

聞き分けの悪い子供を諭すように、膝を曲げて屈むクルルシファーが目線を合わせてくる。

「三日後には他人になる偽物のだけどな」

「屁理屈を捏ねないで」

事実なのに、あと数日の契約であることは事実なのに、不満顔のクルルシファーが乱暴に両肩を掴んだ。

めんどくさい女だなぁ。

口うるさいサヤカのような、真っ向からぶつかってくる女は苦手だ。

 

「これからはもっと命を大事にすると約束して」

そう言われても、昔っから死にかけては死なずを繰り返してきたので、大事にするの基準がクルルシファーのような真人間とはかけ離れていて了承しがたい。

 

肉を切らせても骨を断って殺せばいい、危険を顧みない手法を好むシオンが沈黙を貫いていると、突然クルルシファーがとんでもないことを口にし出した。

 

「約束をしてくれるのなら、ご褒美にキスをしてあげるわ」

「はあ?」

ご褒美としてそれはいいのか、むしろご褒美としての価値があるのか。

あまりにも頓珍漢な洒落に開いた口がふさがらない。

 

「……その反応は私に失礼ではないかしら?」

目を細められても、いたって平凡な反応だと思うのだが。

もしやあの日に迫ったことでクルルシファーにはキス魔認定されていたなら心外だ。

 

何もかも有難味があるのは初めてだけで、下司下郎が女をかどわかすのも一種の優越感を得たいがため。

そこまで腐った魚色家ではないにしろ、奪えるものは奪っておかないと損の精神が働いたのであって、キスが好きってことは断じてない。

 

「火遊びはほどほどにしとかなきゃ取り返しのつかないことになるよ」

すっと伸びた片手がクルルシファーの頬に添えられる。

 

生まれ育った古都国は、恐らく世界で最も性に寛容な民族だ。

中心部である都の一画には、右に遊女屋、左に遊女屋、前に遊女屋、後ろに遊女屋、上に遊女屋、下に遊女屋と、目も当てられない地帯が広がっている。

 

男女の交合には主に退魔の力と生を養う効果があると、古くから考えられているためか、軍事関係者にはお偉いさんが支払い代わりとなるお札をばら撒いていたりするのだ。

シオンも仕事柄、そういう方面に疎くあってはならず、同年代よりかはマセている。

 

「それともアレか、シオン先生の特別実技でも受けるか?」

「貴族の私に手を出す度胸があるのだったら、どうぞお好きに」

――うわー、素で腹立つ

 

襲うならば貴族子女よりも平民、という女遊びのルールは頭にあるようだ。

そこそこ身分のある女性とつるんで下手に妊娠させると後が厄介。

 

そんな目にあうなら下女でも引きずり込んでおけば、手っ取り早いし後処理も楽。

 

わざわざ支配者階級の娘を狙う悪党もおり、そういう輩に限って追っ手を打ち負かすほどの腕が立つ武芸者だったりするのだが、最終的には首切りエンドが待ち構えている。

 

アルテリーゼには誤解されていても、後日訂正の報告をしておけばよかろうと思っていたからこそ、作り話で塗り固めていたがどうしようか。

噛みつく、両手を上げて降参、二択に悩んでいると、高く生い茂っている草藪を掻き分ける音が聞こえてきた。

 

「良かった。無事だったんだね」

落下地点はバラけていたのか、共に遺跡に取り込まれたルクスが茂みから顔を除かせていた。

二人を発見するとルクスは安堵したようだったが、何やら甘い雰囲気であるのを悟る。

 

「………お邪魔虫は退散しますので、あとはお若い二人でどうかごゆっくり」

「くたばりやがれ」

あの鈍感なルクスに空気を読まれた。

獣すら行き交う形跡もない道なき道を引き返すその男の背に、無性にイラッときたシオンの飛び蹴りがさく裂し、見事に吹っ飛ぶ元皇子。

 

「なにはともあれ、この三名は無事に遺跡へ到着っと」

「無事じゃなくなったよね!? 超理不尽な一撃入れられたんだけど!?」

悶絶させるためだけにに考案された蹴り技を受けながらも欠かさないツッコミ。

こ奴、ベイルに匹敵するツッコミマスターか。

 

トレジャーハンターの相方候補に挙がったルクスと合流し、一区切りついたところで今後の行動を話し合おうと作戦会議を開くことになった。

 

この区画の門が次に開閉されるまでは丸一日の時間がかかる。

 

起動する時間帯が遅い別の門を当たれば、遺跡から脱出は可能だが、クルルシファーによると遺跡の内部では決められた行動に従わなければならないのだとか。

 

無駄にはできない調査権のため、別動隊が遺跡調査に乗り出しているか確認のしようがない状況なら、予定通りに中心部の祭壇を目指すのが最善のようだ。

となれば、今夜は森林地帯で寝泊まりすることとなる。

 

薪や水などの物資は現地調達で、全員で協力して集めなければならないのだが、シオンは地べたに座ったまま動かない。

 

「まさか、本日の最優秀機竜使い賞受賞者に働けと申すのか?」

この役立たずめ、そう言わんばかりな目つきでシオンは威嚇している。

内容はどうであれ、討伐数を稼いだのはシオンただ一人。

 

幻神獣を二匹消し飛ばた功労者はお役御免となり、せっせと動き回るのはルクスとクルルシファーに投げ出した。

 

「私もゴーレム討伐に貢献したのよ。手柄を独り占めされては困るわね」

さらりと主張するクルルシファーも抜け目がない。

 

「それに力仕事を女性に押し付けるのもどうなのかしら?」

「力仕事ってほどのことじゃ……」

運動音痴の文官ならまだしも、武官のルクスにとっては力仕事の内には入らない軽作業。

国民の雑用係でもあるので断る理由もないだろう。だが同性のシオンが不動の姿勢をとっているのが面白くないような顔つきをしている。

 

そんなルクスの内心を汲み取ったシオンが眼を光らせた。

 

「ゴーレムと正面から殴り合って、悪魔の奇襲から騎士団を守ってやろうと自爆までしたのにな……。水汲みと枝拾い押し付け、圧政を敷き、終いには人攫いにまで手を染める。はあ、アーカディア一族あり得ねえわ」

「悪魔はシオンだよ!」

 

この手に弱いルクスが、物資の在り処が記されている地図を握りしめ、ダッシュで駆けていく。

 

 

腹違いとはいえフギルの弟にあたるルクスと、ひょんなことから出会いはしたが、恨んでいるなどの感情は一切ない。

たまに嫌味でネタにすることはあれど、それはシオンなりの心遣いだったりもする。

 

「私たちは私たちで準備に取り掛かりましょう。初めての外泊の、ね」

解釈によっては胸がはち切れんばかりに高鳴りそうだが、ふかふかのベッドで疲れをとることも、豪華な夕食を振舞われることもない野宿。

クルルシファーの意味深な言葉には、これっぽっちもドキドキしなかった。

 

 

 

 

日帰りのはずだったシオンの荷物には寝床となるテント用具一式は入っておらず、ルクスとクルルシファーの鞄には詰め込まれていたテントを借りることになった。

 

『箱庭』は、昼間こそ旧時代の技術のお陰で天井に明かりがついていたが、外の時間と連動して夜になれば暗くなる。

 

ルクスが抱えてきた薪を燃やし灯りを確保する。

火を囲みながら質素な夕食を仲良く食べ終えると自由時間となり、機甲殻剣の鞘を落としたシオンは立ち上がる。

 

日課となっている素振りを忘れていた。

へそより少し下を軽く叩き呼吸を整える。

 

抜き身の剣が拍子に合わせ揺れ動くと、ぱちぱちと爆ぜる焚き火の作り出す幻想的な光と影を切り裂いた。

 

初動の『白虹貫日(はくこうかんじつ)』から『有鳳来儀(ゆうほうらいぎ)』、『金雁横空(きんがんおうくう)』、『截剣式(せつけんしき)』…………『鐘鼓斉鳴(しょうこさいめい)』で締める全三十手。

 

技が明瞭な型を成し、切っ先が天を指していた剣を引き戻して自然に『有鳳来儀』へ繋げ、途中から『金雁横空』へ転じる。

頭上を機甲殻剣がよぎったあと、弧を描いて跳ねあがり、軽やかに『截剣式』へと移っていく。

技と技の結びは自由自在で、シオンは爽快な気持ちで腕を振るう。

 

この『百変千幻霊山雲霧(ひゃっぺんせんげんれいざんうんむ)三十式』は、大それた名前にしては青華派の剣法における基礎の基礎、これを会得せず剣の道を歩もうとするなど言語道断、代々の先師の顔に泥を塗るに等しいと叩き込まれた型である。

 

ぶっちゃけてしまえば余所の門派でも核心を突くと言い伝えられてきている剣や足の運びを教授されるのであって、殺伐としていた『武林』の中にも強弱はありはしたが、絶対的な正しさなどはなかった。

 

そもそも古都の武術界は、剣法だけでも覚えきれないほどの数がある。

 

膂力が弱い女弟子のみが使用を許される剣法だけでも『淑女剣(しゅくじょけん)』、『希夷剣(きいけん)』、『養吾剣(ようごけん)』、『玉女剣(ぎょくじょけん)』の四大派閥が確立されていて、そこから下に枝分かれしているので、ざっと百はあるのではないだろうか。

 

剣のみならず刀法から指法まで幅が広い分野で構成された社会が『武林』。

刀に浮気しかけた時期もあったが、やはり手に馴染むのは剣だけだ。

 

ひとつひとつの技を確実に繋ぎ、『鐘鼓斉鳴』まで使ったところできっかり三十手。

 

結んでいるとはいえ、伸びた黒髪が左右に暴れて鬱陶しく、イマイチ集中しきれていない。

要因はそれだけではなく、個々の作業に没頭していたルクスとクルルシファーが手を止め、こちらを見つめていることも少なからず影響があった。

 

「なにか?」

「目を見張るものがあると感動していただけよ」

剣術の型稽古が珍しく思われてしまっても仕方がない。

ルクスもクルルシファーも、機竜使いなのだから。

 

「シオンって、昔から装甲機竜よりも一本の剣に重きを置いてるけど、理由があったりするの?」

アルフィンに剣術馬鹿と命名されるだけあり、来る日も来る日も素振りで腕を磨いている。

そこにいるルクスのように、生身での強さがそのまま装甲機竜の強さに直結するとは言えない。

 

機竜使いとしての技術を磨いた方がなにかと便利だが、シオンはその反対の立場をとっている、いわば異端児だ。

 

「私も是非聞いてみたいわね」

色々と謎に包まれている彼氏について知りたがっているクルルシファーも同調してきた。

 

隠しているつもりはないが、狂ったように剣を振り続けている理由は悪夢に魘されたことがあるからだ。

 

殺人への価値観の違い。

 

故郷では茶屋の客同士の喧嘩が殺し合いにまで発展した。

酒楼でも武林の門弟同士が殺し合っていたのを目撃したことがある。

身近なところで言えば、腐れ縁の小娘が五歳の頃に竹串を喉に突き刺し暗殺者を殺した。

捻り出せばもっと溢れ出てくる。

 

そんな物騒な国で生まれたシオンも、人を殺めることにはあまり抵抗がないし、現にバッサバッサ斬り伏せている。

 

 

たまに、夢の中で亡霊と出会う。

 

見覚えもあり、その皮膚に入れた感触も手に残っていた。

装甲機竜を纏っては得ることのできない、実際に斬ってみなければ分からない独特な感触。

その手にかけてみなければ分からない、身の毛がよだつ感触。

 

質量のない霊体に刃は通らないし、夢の話だ。

殺しきれずとも、殺さなければ、殺される。

 

剣による武勲で出世など望めぬ世、それでもなお毎日毎日振っているのは、絶え間なくやってくる、自分を殺そうとする死人の集団を仕留めようと無謀な目標を掲げているからである。

 

臆病と強さは相反しない。

剣は人を傷つけるためのもの、命を奪うもの。

多くの命を奪ってまで生き延びた弱虫で身勝手な臆病者は、その恐怖心に打ち勝とうと柄を握っている。

 

「装甲機竜より、こっちが好き」

そんな本心を暴露された側も困るだろうし、居場所を取られたという嫉妬心から機竜使いに好感を持てていないのも事実。

 

「あなたも機竜使いよね」

「装甲機竜を介しているからか、戦っている実感が湧きにくいんだよね。しかも下々の者には手が届かない金持ちの道楽だろ」

 

一家に一機ぐらいあれば、埋もれてる才能にも光が当たって楽しかったのかもしれない。

竹ぼうきでも剣の役目は果たせるのに、金属の玩具なんて代物は高価で手に入らない。

ましてや機竜適正なんてのが有りやがる。

才能の一種だとすれば割り切れなくもないが、金もかかれば取っつきにくい。

一部の特権でしかないのが、何だかなぁといった感じである。

 

だからそこいらの貴族の嬢ちゃんや坊ちゃんには、死んでも負けたくない。

決闘ならなおさら負けん気根性が働き、勝利に貪欲となる。

 

汗をかいてしまうと寝つきが悪くなってしまうので、いくつかの技の動作を確かめるだけにし、シオンは機甲殻剣を下げた。

明日の遺跡調査に備えてもう寝ておくことに。

 

「あ、じゃあ先に二人は寝てて」

「テキトーな時間になったら起こしてくだせい」

幻神獣の巣窟なのでいつ出現しても良いようにルクスが見張りを申し出ると、次のシオン、最後にクルルシファーの順番で決まる。

大きな欠伸を挟んだシオンは、遺跡の調査書を鞄にしまい立ち上がったクルルシファーの肩を抱きテントへ。

 

「あの、シオン。男用のテントはあっち……」

そう言って指差したのは木々の間に布を張った、ルクスが持ってきた簡易テント。

シオンが潜ろうとしていたのは、クルルシファーが建てたテント。

 

「野郎と一緒のテントで寝るとか考えられないんですが」

せっまいテントで肩寄せ合って男と寝れない。

すぐそこに女の寝室があるなら、飛びつくのが真の男ってもんだ。

 

「……クルルシファーさんもそれでいいの?」

「ええ。もう慣れているわ」

涼しげな顔でクルルシファーも同意した。

ハチャメチャな人種のシオンの恋人役を長くしていれば耐性もつく。

満足そうにシオンも頷くと、手をひらりと上げ

「聞き耳は立てんなよ」

「立てないよ!」

クルルシファーとテントに消えていった。

 




古都はおっかねぇ国です。

次は夜のガールズトーク回です。
シオンは男ですがね。
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