その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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二十六話

猫を抱きかかえるシオンは、自分の名を叫んだ少女の上品な顔立ちが、記憶の片隅に引っかかっていた。

どこかで会った覚えがあるも、はっきりとしない。

 

沈黙という気まずい空気が流れると、シオンの瞼がピクリと上がった。

 

「………お前は、セリスティア・ラルグリス!」

「まさか忘れていたのですか!?」

ド忘れしていたことへ、セリスは信じられないといった声をだす。

 

セリスにとって忘れようにも忘れられない出会い。

インパクトが強すぎて記憶に刻み込まれていたとしても、見方によっては必ずしもそうとは限らない。

 

あんな揉め事はシオンには日常茶飯事で、四大貴族のセリスの名前だけは憶えていても、外見的特徴までは日々の出来事に塗りつぶされるように薄れていった。

 

「この人がセリスティア・ラルグリス――ってシオンはまた仕出かしたの!?」

王都でひと悶着があったとは誰にも告げておらず、学園で広まった悪評の中にも、その件についてのものはなかったので、ルクスは驚きを隠せなかった。

女装姿を他人の目につくのが嫌なのか、シオンの背中に隠れるようにして小声で話しかけてくる。

 

「だいたいそのような恰好で、あなたは何をしているのですか!!」

ルクスが盾にしたシオンも、傍から見れば女の子であるが、本当の性別は男。

ウィッグさえつけていれば問題はなかっただろうが、髪の長いシオンには不要だったのが裏目に出てしまった。

 

「再開して早々怒んなよぼっち娘。ただでさえいない友達の数がマイナスになるぞ」

「ぼっちなんかではありません!私には誇れる学友が――」

「誇れる学友がいるような奴が野良猫に思いをぶつけるわけねーだろ、このぼっちクイーンめ!友達百人出来るかな、って歌いながら二年前は新生活に心躍らせてたんだろうが、二年経過しても友達はゼロのまま。でも大丈夫、だって四大貴族のお嬢ちゃまだも~ん。お金ばら撒けば友達百人ぐらい作れるも~ん!」

いじりがいがあると見るや、晒していた弱点を突いていくシオンは、とても生き生きとしている。

 

賭け場で荒稼ぎした初日も、気絶させた敗者が積み重ねられた小山のテッペンに土足で立った男だ。

上下関係を明確にするために、汚い石畳で横一列に敗者を跪かせ、後頭部を片足で踏みつけた男だ。

 

己の首を跳ねるほうが、不審者退治などよりも平和への第一歩に繋がる。

 

「前々から思ってたけどさ、シオンに罪悪感ってあるの?」

令嬢にもゲスさ全開で立ち向かうその後姿に、ある種の尊敬を抱いてしまったルクスによる問いかけ。

 

「あったらこんな捻くれてないだろ」

「あ、自覚はあったんだね。よかった……」

なんだがひどくほっとしていたルクスに苛立ちを覚える。

 

「そこの可憐なあなた、騙されてはいけません。顔立ちと服装から彼女と思ってしまうのは無理もありませんが、彼は彼。男性です」

完全に学園のいち生徒と思い込んでいるセリスの忠告を受けたルクスちゃん。

雑に扱われていた第七皇子の地位が功を奏し、これが腹違いの兄らの立場で、どこかの式典でセリスと面識を持っていたら、もしかするとばれてしまっていた。

 

「男がひらひらのスカートをはいちゃいけねえって規則がこの学園にあんのかよ。男女差別をする公爵令嬢に謝罪を要求する!」

黒歴史の一ページになってもおかしくはない女装姿をさらしているというのに、シオンは声を大にして立ち向かう。

 

「差別ではなく区別です。見分けがつかなくなれば迷惑を受けるのは私達女性陣です。以前そのような変装で学園に紛れ込み、生徒の身体に触れたというケースも……」

怒るのも疲れたという様子で、過去の事例をもちだしてくるセリスだったが、そんな正論を突きつけたところで怯むようなシオンではない。

 

「うるせーよ。ぼっちの分際で一丁前に説教すんな。友達作りしてから出直して来い」

「ですから、私には数多くの友人がいます」

 

なかなか認めないセリスに痺れを切らしたシオンは腕の中で和んでいた子猫を放し、大きく息を吸い込む。

 

「学園のみなさーん、なんと騎士団の団長さんが独りぼっちで王都に取り残されたことを根に持っているらしいですよ!しかもそれを野良猫ちゃんに愚痴っているんです!あのセリスティア・ラルグリスが――」

「きゃあああああああ!言いふらさないでください!」

女子寮がある方角へ叫ぶシオンの、発せられる言葉を塞き止めようとしているのか、正面で両手を広げて取り乱している。

 

ルクスは男嫌いで有名なのに、あんなに接近してても大丈夫なのかと心配すると同時に、凛としていた少女のイメージが一気に崩れ唖然としていた。

 

「あなたはそう嫌がらせばかりしているから王都で悪評が広まるのです!」

振るえた涙声でセリスは訴えかけてくる。

彼女は王都の住民から情報提供を受けたのだと、臨時講師として招かれたベイルの話にあった。

 

「そういえばお前、王都でこそこそと嗅ぎまわってたらしいな。四大貴族とあろうものがこすい真似しやがって」

「違います!黒髪で変わった男性はシオンだと、皆さんが口を揃えて言っていただけで、こそこそとしていたわけでは……」

国立公園からアルフィンと駆け出してからは、まず住まいのある下町方面に真っ直ぐ向かった。

 

どこで追っ手を巻いたかは確認していなかったが、顔見知りが多く生息する地区でもあるため、変人=シオンの式が成り立っている下町の住民が犯人か。

恩を仇で返すとは、まさにこのことか。

 

「でも取り巻きは多いけど、腹割って話せる友達はいないんだろ?」

脱線した話題の軌道修正をして、シオンは弱みを躊躇なく突く。

それが図星だったセリスは、見えない矢でも突き刺さったかのように胸を押さえた。

 

「だからと言って動物に縋るってのも……ヤバいよな。ルー子ちゃん」

さらにもう一本セリスの胸に、ぐさりと矢が刺さった。

話を振られたルクスちゃんもといルー子ちゃんは、咄嗟だったこともあり素直な感想を述べてしまった。

 

「は、はい。僕――私もあれは痛々しくて……」

潜在的ドSの素質を秘めているルクスの本音に、もう一本の矢が追加され、とうとうセリスは項垂れる。

 

規律に煩そうなお堅いセリスには何かと緩い学園では浮いている、とまではいかないが、心の支えになってくれる友人にまで関係を発展させるのが難しそうにシオンは思えた。

 

「落ち込むな、セリスティア」

男嫌いであるセリスの肩にそっと手をかける。

気分とともに落ち込んでいた顔を上げたセリスを慰める台詞が止めとなった。

 

「案外ぼっちでも生きていけるぜ!」

「だからぼっちではありません!」

人気のない学園に響き渡る叫び声。

セリスがシオンの手を振りほどいて中庭へ消えていった。

恐らく生徒には見せたことはないであろう一面が、彼女の素なのかは定かではないが、表情豊かで面白い女だ。

 

「失礼じゃなかったかな……。あの人が例のセリスティア・ラルグリスさんなんだよね」

シオンのごり押しプレイのお陰で注意がそちらに向いていたので、ルクスとしては関心が持たれなかったのは救いだった。

変人のシオンはいいとして、在籍しているルクスまでもが女装癖があったと知られたら言い逃れは出来ない。

 

「ま、なんとかなるでしょ」

相変わらずシオンは能天気で、セリスが走り去っていった中庭に目をやる。

聞いていたほど男嫌いってわけでもなさそうなので、レリィにでも任せておけば上手くまとまるのではないのだろう。

 

王都から舞台は移り変わり城塞都市。

タダ飯とそれなりに良い給料をかけた戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルンシュタインオブザヴァイスノルデン山。

 

ヴェルンシュタインオブザヴァイスノルデン山は、雪に閉ざされた奥地に建設された山岳要塞だが、今ではその機能は果たされていないただの山。

 

ヴェルンシュタインオブザヴァイスノルデン山はそのあまりにも長い名称が嫌われ、『ナントカ山』と呼ばれるようになったのは、何千年も昔の出来事である。

 

その『ナントカ山』の頂上は、現世から隔絶された世界でありながらシオンを中心に賑わっている。

 

「ねえシオン、ボクもう飽きちゃったよ」

我慢ならないというように、ミハイルが巨体を持ち上げてすり寄ってくる。

 

龍脈によって流れる気は、山脈で最も高い山を起点にしていて、ここ『ナントカ山』がそれに値する。

 

四神相応に従い大地の気脈を読み、気の噴出する龍穴にたどり着くのが基本で、龍脈から送られ、凝縮された気が集う龍穴こそに求めるものがあり、出発点である山頂に座り込んだとしても時間の無駄である。

 

体内を巡る気の流動性を高める修行にすらならないが、シオンにとってはお気に入りの場所であり、瞑想はここでと決めている。

 

ただ未熟なミハイルにはジッとしていることが苦痛だったみたいだ。

 

「………」

目を瞑り、腕くみをしたまま石像のように固まっているシオンは、内へと入り込んでおり、うんともすんともしない。

 

周りで伏せている小さな獣――麓に生息するウルフは並外れた嗅覚で気配を感じ取り、山頂へ上ればシオンを囲んで習うように瞑想、もしくは眠りについている。

 

起きているのはミハイルだけ。

 

「シオン!つまんない!つまんない!」

駄々をこねるミハイルは長い尾をシオンに絡みつかせ、掬いあげるようにして持ち上げると、澄んだ翡翠色の瞳がじろりとミハイルを睨んだ。

 

親と子。

それがシオンとミハイルの関係である。

ミハイルにとってはシオンが絶対で、逆らうなどあってはならない。

 

広げていた両翼がしおらしく畳まれると、無言のプレッシャーをかけていたシオンをゆっくりと下ろす。

 

「キミは臭くてバカなクソドラゴンのままでいいのか?」

ミハイルが目標として定めているのは、シオンに名前で呼んでもらうこと。

 

孵化してからシオンとの約束を守れずに泥遊びをしたり、海に住むシーサーペントを狩りに行ったりと、言うことを聞かずに育ってきた。

 

とうとう痺れを切らしたシオンからクソドラ&バカドラ呼びで固定されてしまったのだ。

解除されるのはミハイルが一人前の竜になった時。

 

この瞑想も、教育の一環として自分を見直すために儲けられたのだが、ミハイルはまだ子供だ。

ヒトの年齢に換算したら生後半年にも満たない。

まだまだ時間はかかりそうだ。

 

「ボクはシオンとお空飛びたいの!」

こうして石像のように固まっているよりも、大空を飛び回り知らない世界と関りを持ちたい。

好奇心旺盛なミハイルの気持ちをシオンは良く分かっている。

 

諦めたかのように頭を掻き。

「ワイバーンは?」

 

「ワイバーンは友達だよ!」

ワイバーンはドラゴンと違って下等な翼竜として、竜種の本能には刷り込まれている。

なので空中散歩をしていてワイバーンを発見したとなったら、竜が変わったように焼き払うことに夢中になる。

 

低い知性で喋ることもできず、運動能力なんてたいしたことないのがワイバーン。

シオンからすればドラゴンもワイバーンも似たような生き物なのだが、ミハイルにとってはそうではないらしい。

ただ、ようやくワイバーンへの殺戮衝動を抑えられるようになったのは、数少ないミハイルを称賛できるポイントである。

 

度々ミハイルを連れて『ナントカ山』に足を運んでいるが、まともに精神統一できたことがない。

ミハイルの落ち着きが足りないのもそうだが、許容できる我が儘を聞いてしまうシオンの甘さのせいでもある。

 

こうして瞑想は中止。

ミハイルにまたがるシオンはウルフの群れに見送られて大空へと舞い上がった。

 

しかしオチのパターンは決まっている。

ミハイルは飛ぶのが下手だ。

長時間の飛行ともなれば乗っているシオンは上下左右に揺さぶられ、大抵落下する。

 

 

 

毎度恒例の最悪な目覚め。

街へ向かわずに学園の人気のない片隅で仮眠をとる日がある。

 

本当なら女生徒でも遊びに誘う予定だったが、全身が怠く甲冑を着こんでいるように重かったので、芝生に寝ころび日頃の疲れを癒していた。

いつもなら自分の腕を枕にしているが、ここ最近はクルルシファーに膝枕を提供されている。

 

まだ覚醒しきっていないシオンが体を起こそうとするも、クルルシファーに額を押さえられて強制的に元の形へ戻る。

 

「おはよう、シオン君」

どうやらクルルシファーは膝枕がお気に召したみたいだ。

 

「んー」

寝ぼけたままシオンは奇声をあげる。

そのままどさくさに紛れて太ももを指先で撫でるも、クルルシファーは拒否反応を示すどころか、顔に喜色が現れている。

 

リッチなキスすら経験済みのクルルシファーは、この程度では動じない女へと成長した。

段々とシオンの指が上がっていき、制服越しではあるが腹部を、そして胸を通過し、クルルシファーの頬へ添えられる。

 

「おはよう、クルルシファー」

完全覚醒したシオンがすっと手を落とす。

 

友達以上恋人未満。

それがシオンとクルルシファーの関係である。

シオンはこれから先、恋人など作る予定もない、そういう意味では恋人に近しい存在ではあるが厳密には恋人ではない。

 

シオンの所有物。その表現が正しい。

 

「今何時?」

「お姫様主催の会議が始まる時刻よ」

学園敷地内にある装甲機竜の工房に、施設の所長であるリーシャから呼び出しを受けている。

その集合時間が迫っていたというのに、クルルシファーは休憩を妨げずにいてくれたとは律儀なもんだ。

 

「時間に厳しいお姫様が小言を並べるのは確定ね」

「巻き添えをくらいたくなかったら叩き起こせば良かっただろ」

「お姫様から叱りつけられても、あなたの寝顔を守りたかったのよ」

それに見合った報酬がシオンの寝顔だったわけだ。

 

「野郎の寝顔を守ってもねえ……」

絶世の美少女だったら話はまた変わるが、男の寝顔に付ける値打ちはないと思うのだが。

 

「私にとってあなたは特別なのよ。好きよ、シオン君」

箱入り娘ちょろすぎなんですけど。

ちょっとスキンシップ激しくしたら、すぐその気になっちゃってんですけど。

 

恋愛は意識した者が負ける。

好きなんて感情がなくとも、人の心なんて簡単に揺さぶられてしまうのだ。

 

〔シオン、また告白されてるよ!〕

未熟な飛行能力のせいで振り落としてしまったのに、ケロリとしているミハイルが内側から呼びかけてきた。

ここのところ毎日好きだの愛してるだの、クルルシファーは包み隠さずにぶつけてくるため、告白の価値は下がってきている。

 

〔キミはそういった知識をどこから仕入れてるんだ?〕

〔西の森にいる妖精さんたちが、たくさん教えてくれたよ〕

あの幻想世界の森林地帯には、小さな妖精が住み着いている。

知性が高く、コミュニケーションもとれる数少ない生物だが………妖精族は口の悪く、それがミハイルに移ってしまわないかが心配だ。

 

だから妖精には関わってほしくはないのだが、森林地帯に入るのを禁じたら、活動範囲が狭くなってしまう。

 

『ナントカ山』が聳えている山岳地帯、地下に広がっている遺跡がある砂漠地帯は、竜にとっても過酷の環境なので、あまりミハイルは寄り付かない。

 

普段生活している花畑と離島、そして森林地帯は気候が穏やかで、ミハイルはその三カ所をシオンがいないときは巡っているので、妖精たちと関わるのは片目を瞑るしかない。

 

「あなたが考え事だなんて、珍しいわね」

難しい顔をしていたことをクルルシファーに指摘されるが、いくらなんでも失礼だろう。

 

「あのな、こっちは心にドラゴンを飼ってるんだぜ。悩みばかりで困ってるっつーの」

冗談として流される確率百パーセントのネタ。

当然、クルルシファーに通じるわけもなかった。

 

 




ナントカ山……フォウちゃんのアジト。

シオンってどんな顔立ち?→幼いゼロ。

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