「それにしても、急ぎの用ってなんだろう?」
工房の扉越しに女生徒から、寮母さんが寮三階の小部屋で待っていると伝えられたので、歩調を合わせてルクスと向かっている。
伝令役の少女の顔までは確認できなかったが――
「さっきの女の声、俺達を学園から追い出そうと必死に扇動してるサニア・レニストのものでした」
地声よりかは少し高くしていたが、シオンの耳に狂いはない。
「えっ、じゃあ寮母さんから依頼があるのも……」
「どうせ俺達をはめようとしてんだろ。はめる専門の俺をはめようとするとは、覚えておけよ、あの褐色娘」
罠だと知っても、あえてかかりに行くのが男である。
ここで回れ右をして、逃げたと笑われるのはなんか癪だ。
男を舐めんなとサニアに示してやろうと、大股で三階の小部屋をシオンは目指す。
引き返す選択肢がないことへため息を漏らすルクスも、渋々後を追う。
「ルクスさんはフィーちゃんさんと、もうヤったの?」
ルクスの咳き込む音が、廊下の壁に跳ね返った。
「唐突になにを言い出すんだよ!」
「その反応はまだ女の味を知らないんだな。なるほど、ルクスさんは不能だったと」
「どう受け取ったらそんな結論になる!?」
男が二人以上集まれば猥談で盛り上がるしかないだろう。
大きな果実が生っているフィルフィと共同生活をしていれば、理性が崩壊して夜な夜な激しく寝台を揺らしているのかと思っていたのだが、この男の息子は機能していないようだ。
「僕だってたまにはそういうことを考える日もあるけど、僕なんかがフィーちゃんとは……」
「じゃあ俺が貰ってもいいですか?」
「それは駄目!絶対に節操無しのシオンだけにはフィルフィを任せることはできない!」
取られたくないなら取られたくないとはっきり言えばいいのに、天然なだけに余計質が悪い。
「それにシオンはクルルシファーさんがいるでしょ。ちゃんと向き合ってあげないと可哀そうだよ」
お前が言うなとルクスに突っ込みたくなったのは自然な流れである。
鈍感王子はまずフィルフィと向き合うべきなのに、それをせずに人の男女事情には口を挟んでくるとは万死に値する。
歩いているルクスの足を引っかけ、地味な嫌がらせを繰り返していると、寮母が待つという部屋に着いた。
「どんな仕掛けにも対応できるように気ぃ引き締めろよルクスさん」
「いくら僕らを追い出したいからって、手荒い手段は選ばないんじゃないかな?」
鬼が出るか蛇が出るか。
押し破るように扉を開けると、ランプを点けていない室内に、廊下からの光が差し込まれた。
「遅かったですね。あなたがサニアから頼まれた――」
「確保ォォォ!」
突入してからは迅速だった。
鬼でもなければ蛇でもない。
槍が飛んでくるわけでも毒ガスが噴出されるわけでもない。
部屋にいたのは、ベッドにうつ伏せで寝ている少女のみ。
その少女に、シオンが飛び掛かった。
「その声はシオ――むぺ」
大声を出されるよりも早くその少女、セリスティア・ラルグリスの後頭部を押さえつけ、枕へ沈み込ませる。
「俺達を婦女暴行罪に仕立て上げようという魂胆だったみてーだが、そう上手くやらせるかよ」
「いや、もう婦女暴行は成立してるよ。どこからどう見ても、シオンは言い逃れは出来ないよ」
「だまらっしゃい!あんたは部屋の外で見張ってろ。交渉は俺が担当する」
薄布を一枚かけているとはいえ、ほとんどすっぽんぽんのセリスに跨っているシオンが、早口でルクスを追い出す。
ここまで来てしまったら後には退けない。
どうにかして丸め込まないと、学園追放令が掲示板に張り出されてしまう。
「んーんー!」
「おっと、すまん」
苦しそうにしていたので、頭の自由だけを解放してやると、セリスは呼吸を整えながら、体をよじって拘束から抜け出そうと試みる。
「常識知らずであることは昨晩の対応で思い知らされましたが、最低で鬼畜な強姦魔だとは思いもしませんでした!」
「だからその格好で暴れると、お前の大事な個所を守る布切れが飛んでっちまうぞ」
それはそれで、こちらとしては願ったり叶ったりな展開ではある。
それまで己が素っ裸に変わらない姿でいたのを忘れていたセリスが、悲鳴をあげそうだったので、再度枕に押し当てる。
「叫ぶなって。それにお前も風呂あがりなのに汗をかきたくないだろ。楽しくお話しようぜ」
硬い声音で、セリスの耳元でそう告げる。
言い争いをしていたらキリがない。
まずは話だけでも聞いてもらうために、真面目な雰囲気を装ってみると、普段とのギャップから真剣さが伝わったのか、コクコクとセリスは頷き、同意してくれた。
イニシアティブだけは保っておきたいので、セリスに跨ったまま状況を整理する。
サニアの罠にわざとかかったら、生まれたままの姿のセリスがいた。
火照った肌に石鹸の甘い香りから風呂上がりと断定できる。
都市部に迷い込んだ裸族でもあるまいし、公爵家の人間が全裸で涼むなんて教育が施されてるわけがない。
片手でセリスのふくらはぎに触れみると。
「――ひゃあ!」
「この張り具合……整体師待ちだったのか」
なんとなくそうだろうと予想はしていた。
風呂上がりにベッドでうつ伏せに全裸待機なんて、これからマッサージを受けますと言っているようなものだ。
「とりあえずこのままでは落ち着けないので着替えたいのですが……」
可愛らしい悲鳴をあげてしまったことで色々と吹っ切れたのか、セリスは恥ずかしそうにしながらも、それほど取り乱してはいなかった。
しかし、降りてほしいという要望には応えられない。
「新王国に彗星の如く現れたマッサージ界期待の新星とは俺のことだ。ゴッドフィンガー・シオンをよろしくな」
宣伝をするや否や、まずは上半身からということで、セリスの右手首を掴み、可動域を確かめるように回す。
右手の使用しすぎで肩が上がっているので、まずはそこから治療していこう。
「止めてください!他の女の子なら諦めてあなたのマッサージを受けることでしょう。しかし私は参考書により知識を仕入れています。どさくさにまぎれて………えっちな事をするのはお見通しです!」
意地でも抵抗してやろうという意志で、シオンの手を振りほどき、唖然とさせるようなことを声高に言い切った。
何を言っているんだこいつは?
「……団長の愛読書は官能小説、と」
「あ、愛読書ではありません!ルームメイトが将来のためにと貸してくれただけで、本当にそれだけなんです!」
ルームメイトもルームメイトだ。
純粋な少女に、そんなばっちい資料を与えるな。
「興奮するのは勝手だが、お近づきの印に我が奥旨を味わっておけ。団長様が怪我して離脱とか笑えねーし、それに俺がほぐせば背中から翼が生えたように軽くなるって有名なんだぜ」
毎度のことであるが、適当な言葉で飾るシオン。
疲労を残しておけばケガを負うリスクは高まる。
身体が冷え切ってからでは遅く、また風呂で温まるなんて手間はセリスもかけたくないだろう。
「――分かりました。本日限りですよ」
本心は突っぱねたそうにしているセリスが仕方なしに同意する。
すると、意地の悪い笑みを作ったシオンがマッサージを開始した直後、激痛により声にならないセリスの叫びが響き渡った。
女子会の定番といったら、自分がヒロインになって話すことが許される恋バナ。
テンションが上がりすぎてしまい、あらぬことを口走ってしまう人もいるが、ここは淑女たちが集う神聖な学園。
お上品に盛り上がっていた。
「あなたたちは見る目がないのよ。もっと本質を見抜く力をつけなさい、私のように」
自暴自棄になりやけ酒する失恋後の乙女の絵だ。
明らかに適量を越えた量を飲んでいるクルルシファーの説教が先ほどから止まらない。
脱水症状を防ぐ、との名目でノクトが井戸水を汲みに逃げたほどだ。
「飲みすぎだな」
「酔ってないわよ!」
微妙に話が噛み合っていないとリーシャは思う。
ショックを受けて顔を伏せていたのに、今度はワインをがぶ飲みした影響で気分が悪くなったのか、また作業台に突っ伏していた。
「あいつのドコに惹かれる要素があるんだ?」
恋愛は良くも悪くも人を変える。
あのクルルシファーを変えさせたシオンの魅力とは一体……。
リーシャが頭を悩ませる。
「しおりんを男として見てないリーシャ様に説明しても、意味があるかどうかって感じだよね」
椅子の後ろ脚だけで器用にバランスを取っているティルファーの発言に、リーシャは眉尻を八の字にする。
しかしリーシャには事実でもあるため、その点については反論のしようがない。
「姫はルクス君より先に知り合ったシオン君を男として意識していなかったのか?」
不思議そうに見つめてきたシャリスへの返答は「ノー」だった。
「顔合わせの場で暴言吐いてきたシオンを、異性としてみれるはずがないだろ」
身長が低かったのはお互い様なのに指差しながらの『チビ』発言で空気を凍らせ、チャームポイントを『取り外し式サイドテール』と馬鹿にされ、『子守役』として上から目線で物を言ってきたシオンの第一印象はあり得ないほど悪く、恋心とか、そういう次元ではなかった。
一方で、厳格な付き合いを要求されない環境でもあったので、着飾らなくてもいい楽さもあった。
「でも感謝はしているよ。ただのリーズシャルテとして接してくれたアイツには」
「まさか姫は、両取りを狙っているのか?」
「シオンはお前たちにやる。ル、ルクスはわたしも手伝ってほしいことが山ほどあるし、これから――」
前半は冷え切っていた。
後半は照れたよう頬を緩ませ、にもごもごと口の中で唱えるだけのリーシャの変わりようが恐ろしい。
自分の兄とのキャッキャウフフな妄想にのめり込んでしまったリーシャに、アイリは白い目を当てていたが、放置しておくことを決め、気になったことに触れる。
「シオンとの関りではリーシャ様ばかりが目立ってしまいますが、フィルフィさんも面識があったんですよね」
これまで黙々とクッキーを口に運んでいたフィルフィが顔を上げて頷く。
「リーシャ様よりも早くしーちゃんとあーちゃんと友達になったけど、一緒にいた時間はリーシャ様よりも少ない」
「学園長の付き添いで王都に訪れたフィルフィの、商談後の暇つぶし相手を務めさせていただいていました」
「去年のお祭りも、あーちゃんたちとまわって楽しかった」
あまり感情を表に出さないフィルフィにしては、強い思いが籠っている一言だ。
「わたし達は去年の記念祭で、うちの売れ残った装飾品を売り捌いてお小遣いの足しにしてたんだよね。あ、リルミット家は細工師一家で、主に金銀細工を取り扱っています。剣士はステアリード、細工師はリルミットってぐらいに有名なんだよね。ご縁があればよろしく!」
ここぞとばかりにティルファーが、家業の宣伝用のチラシをアルフィンに押し付けた。
記念祭とは、新王国における一大イベント。
旧帝国が滅んだ二か月後の夏に催されるお祭りで、王都中央に建つ聖堂から王城にかけての一本道は例年出店と客で埋め尽くされる。
「忙しかったけど楽しかったなぁ。フィルフィはどうだった?」
「しーちゃんの指揮」
「………指揮?」
「パン屋さんとか花屋さんとか、しーちゃんの知り合いで構成された市民オーケストラの演奏会。その指揮者のしーちゃんが凄かった」
聞き返したティルファーに、フィルフィは詳細を付け加えて説明する。
上流階級並みの資金力があればアマチュアオーケストラを結成することは難しい事ではないが、一般庶民にとっては楽器を揃えることがまず第一関門としてある。
オーケストラに必要な楽器を、必要な数だけ集めるのは、不可能に近い。
貴族や富裕市民は大枚叩いて楽器商を呼び出し、大枚叩いてどんな名器でも購入できるが、庶民は市場で見習いの作品を漁るしかない。
流通しにくい種類の楽器もあるため、資金力がなければアマオケなど夢のまた夢である。
「にわかには信じられないな。編成は?」
シャリスがそう疑問を抱くのは至極当然であった。
「弦五部は十型で、管楽器はどうにか二管編成を保っています。総勢五十二名と、それなりの大所帯です」
何気に音楽に精通していたシャリスと、そのオケの裏方として支えていたアルフィンのやり取り。
専門用語にティルファーは首を捻っていた。
「弦五部……。う~ん、聞いたことあるようなないような」
「管楽器の二管編成とは、各管楽器が二名ずつという形で、弦五部の十型では第一ヴァイオリンの奏者が十名の体制になりますね。ちなみに、二管と十四型が最も一般的な編成だそうです」
横から補足を加えたのはアイリだ。
貴族の子女が多数在籍する王立士官学園では、教養として音楽を学ばせている。
先週の授業で、丁度その範囲を習ったアイリが、早くも得た知識を活用していた。
「シャリスが引っかかっているのが楽器の入手経路についてなら、心配は無用です」
「正規のルートで仕入れた、と受け取ってもいいんだね」
「正規かどうかは正直怪しくもありますが、メンバーが所持している楽器のほとんどが、アイングラム財閥から無償提供された物なので、違法に仕入れたとか盗みを働いたとかはありません」
ますます意味が分からなくなってきたと、シャリスは言いたそうにしている。
いくつもの商家を束ねるアイングラム財閥から、下々の民へタダでプレゼントされた。
突っ込みどころは満載である。
「職人の性質を上手く利用したんですね」
たったそれだけの情報から、アイリは真相にたどり着いたみたいだ。
「あっ、もしかして」」
『三和音』のアホ担当で、職人の端くれでもあるティルファーも合点が行ったように手を叩く。
「売れないと判断された失敗品でしょ」
見習い細工師のティルファーも、家業の手伝いとして自作したアクセサリーを店先に並べたことぐらいはある。
その裏で、店先に並べられない失敗作が生まれることから、ティルファーも推測したようだ。
「お父さんとかも出来上がっても気に入らなければをすぐ捨てちゃうんだよね。私はどこが駄目なのかが良く分からないから欲しいって強請るんだけど、職人としてそれは許せないらしい」
「しーちゃんは、うちの傘下にある工房の床に転がってる売れない楽器を片っ端から回収してくるようにお姉ちゃんに命れ――頼み込んで音楽団を結成したんだよ」
お菓子の皿へ手を伸ばすフィルフィが危うく暴露しそうになるも、踏みとどまって真実を言い換えた。
フィーリングで生きてる楽器製作者が売れないと判断しても、実際に音は鳴るし質も高い。
基本一流の職人というものはプライドが高く、完成品以外を人に渡すことはしないが、そこを黙らせるための切り札としてレリィを召喚させた。
シオンの目の付け所と、ズル賢さが光った取引の内容に、シャリスも素直に感心すると、再びアルフィンへ尋ねる。
「しかし記念祭で発表できる程度に完成しているということは、弦五部は元々揃っていた感じかな?」
「ご明察の通りです」
オーケストラ結成に至るまでの経緯を知るはずもないシャリスがぴしゃりと当てる。
楽器を所有していることは珍しくも何ともなく、王都でシオンとアルフィンが住んでいた区域の住民もちらほらと演奏会を開いていたりしていたが、大多数が木材でできていて、比較的に入手しやすいヴァイオリン族――所謂フレットレス楽器ばかりだった。
音楽堂や礼拝堂などで宮廷楽団の雑務を経験したことのあるシオンが音楽の知識を深めたことと、いつものノリで創設したというのが背景にあるが、活動してまだ数年。
それでも何とか形になり、人前で演奏を出来るのは、シャリスの言ったように弦五部が元から揃っていたお陰であった。
「見かけによらず音楽事情に詳しい女だな。なんて思ったりしているかい、アルフィン嬢?」
「本音を申し上げると、少し意外でした」
「驚くのも無理はない。管弦楽団に興味があるわけでもなく、技術があるわけでもない私自身が一番驚いているんだからね」
自然と覚えてしまったと言いたげなシャリスだ。
「ルームメイトがね、色々と教えてくれるんだよ。昔から弓を持ち続けて、機竜使いでなければ音楽家になっていたような女の子が、自分の好きな事について熱く語っている姿が可愛らしくて、つい毎回聞き入ってしまってね。初歩的な知識ならこの通りさ」
シャリスにそこまで思わせる熱狂者なら、同じく音楽について熱く語れるシオンとはマニア同士、気が合いそうだと思ったアルフィンが、興味本位で名を聞く。
「よろしければお名前を伺っても?」
「セリスだよ。セリスティア・ラルグリス」
そしてその名が飛び出てくると、シオンとは気が合いそうもないと、アルフィンはつい数秒前の思いを訂正するしかなかった。
Q,この時代にオケの現代編成無理だよね?
A,気にしたら負け
Q,この時代にヴァイオリンあんの?
A,気にしたら負け。だったらあんな下着あんのかよってなる
Q,ヴァイオリンならまだ何とかなりそうだけど管楽器はどうやって作るんだよ
A,細かいことを気にしたら負け