その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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三十五話

 

BAR 『ルーザーロック』。

知る人ぞ知る穴場の店内でカランカランとドアベルが音を立てる。

 

「マスター、いつもの」

常連だけに許された台詞にマスターが小さく頷くと、カウンター席に二人の男が座った。

 

「おっ、シオンも行きつけなのか。表通りに面してないけど、隠れ家として人気なんだよな。マスター、こっちにもいつもの頼む」

 

お目付け役のサヤカから一時的ではあるが解放されたシオンは、午前休をとっているベイルと酒場にやってきていた。

 

連絡も無しにサヤカを連れてきたベイルの驕りで一杯やる。

 

そのためだけに試合のスケジュールをレリィに調整してもらったので、午前中に出場予定のないシオンも学園の外に遊びに行けるってわけだ。

 

午後には試合が組まれているかもしれないので、帰らなければならないが。

 

酒は嗜む程度で弱くも強くもない。

元々集まって何かをするのが好きなアマオケの面々は、何かにこじつけて飲みたがるので事あるごとに酒盛りをする。

 

酒豪ばかりの団員からウザ絡みをされつつ、もっと飲めと酒をすすめられるが、本当に自分は酔えば何を仕出かすのかが分からないので、線引きはしっかりとしているつもりだ。

 

「アルフィンは一緒じゃないのか」

「あいつは徹夜明けで寝てる」

 

二年全員分の装甲機竜の出力を底上げするために、三日前からアルフィンは激務で工房に籠りっぱなしだった。

名目は工房の所長であるリーシャの手伝い。

でも昼間は学生で忙しいリーシャに代わって働き詰め、夜通し作業を続けようとしていたので、シオンが工房へ迎えにいき、担いでベッドに撒きつけなければアルフィンは平然と3徹ぐらいはしていた。

 

昨晩はリーシャの体調面を気遣って早めに帰させ、アルフィン一人でが今朝がたまで最終調整をしていたので、明日の朝まで休んでろと命じておいた。

 

「それにしてもシズマめ。ジジイに≪ミハイル≫を運ばせようとしていたとは、おせっかいにも程がある」

呆れというよりは、感心に近い声が出る。

 

食堂でセリスも言っていたが、女装で変質者を引っかけようとしていた日の数日前に、オウシンとサヤカが王城に招待されていた。

 

招待したのは女王ではなくシズマで、≪ミハイル≫を城塞都市にまで届けるのをオウシンに依頼しようとしていたと、その場にいたベイルから詳しい話を聞いた。

 

しかしオウシンには拒否されてしまったみたいで、結果的にサヤカが届けることになり、その護衛にベイルがつくことになったのだが、下っ端はいいように使われているな。

 

「あいつもシオンとオウシン先生の仲を修復させたいんだろうな。さっさとオウシン先生に謝ればいいものを……」

 

「人の振り見て我が振り直せ。お前も親父と仲違い中だろ。親父との縁は切れても、ハゲとの縁は切れねーぞ」

 

「余計なお世話だ。あと禿げてないからな」

 

シンガ村を飛び出したシオンもそうだが、貴族のベイルは数え切れないほど実家からの呼び出しを受けている。

 

オウシンは放任主義を掲げているので、もし引き戻されるとするならサヤカによって強制送還されることとなる。

 

その場合は、ベイルも道連れにしてやろうと、密かに陰であれこれと考えていると、透き通った緑のグラデーションが美しいグラスがカウンターに置かれた。

 

飲んでみると、独特な甘さと爽やかさが口の中に広がった。

 

「いつもの」なんて常連ぶってみたが、実はこのお店に来るのは初めて。

初来店のお客様にベストなメニューを提供するダンディーなマスターへのチップを用意する。

 

「軍内部でシズマは上手くやれてんの?」

あのシズマの事だからやれていないはずはないと思われるが、しばらく会っていないし、気になっているところでもあった。

内情を知るベイルはマスターからグラスを受け取ると、しばらく間を置いて小さく言った。

 

「上層部は色々と問題が山積みで、対応に追われている真っ最中だな」

「じゃあいつも通りか」

「いや、いつもよりも質が悪い問題で……」

 

と、そこで一旦ベイルが区切ると、言いずらい話になるのか、カウンター内から奥へマスターが引っ込んでから続きを口にした。

 

「これは機密情報なんだが、昔に旧帝国が呼び起こした超大型の幻神獣が、近々復活しそうなんだ。不幸なことに幻神獣が眠っているのがヘイブルグとの国境付近で……」

 

「目覚められちゃ洒落にならないから、自分のケツは自分で拭けってか。難儀な話だな」

その超大型の幻神獣が、ちょくちょく議題にあがる終焉神獣なのだろう。

 

軽く口外するベイルもどうかと思う。

機密情報漏えい罪か何かで捕まってもおかしくはないこの男は将来大物になりそうだ。

 

ちびちびとグラスに口をつけていると、奥からボトルを数本手にしたマスターの姿が見えたので、またしても会話が一旦途切れる。

 

再びマスターが奥へ消えたタイミングで、ベイルはふんと息をついて顔を落とした。

 

「そして別件になるが、その討伐部隊を率いるはずだったバルゼリッド・クロイツァーが何者かに殺害された」

 

「笑えない冗談だ」

 

「冗談であればシズマは討伐部隊を再編する時間で休暇を取れただろうな」

 

皮肉めいた調子のベイルによれば、確証はないがバルゼリッドに神装機竜を流す等の手回しをしていた人物による犯行の可能性が限りなく高いと。

 

捕まった取引相手が邪魔になり、口封じのために殺しただけならいいが、その『闇商人』という人物は何かしらの目的のために各国で頻繁に活動をしている。

『闇商人』の操り人形となっていたバルゼリッドが、牢屋に入れられる原因を作ったシオンに接触してくるかもしれないので、注意しておけと助言を受けた。

 

『闇商人』かどうかは定かではないが、確実にフギルが一枚噛んでいる。

 

新王国に『龍と蛇』が伝来してるとは耳にしたことがない。

なのにあの戦いではバルゼリッドが蛇ではない自分の正体を探そうとしていた。

 

地下施設で『蛇と龍』の解説をしてあげたことが、掠れた記憶の中にあるので、十中八九フギルは『闇商人』と関係がある。

 

(そうだ……)

失踪しているフギルの行方を追っているルクスへ報告を忘れていた。

まずルクスには選抜戦を乗り切ってもらい、普段の日常に戻ってからこの事実を伝えることにしよう。

 

あの世に旅立ったバルゼリッドについては、どうせ死ぬんだったらこの手で切り殺しておくべきだった。

 

獄中で商人に殺されるぐらいなら、決闘に破れて死ぬほうが面子は保てる。というのは武芸者だけの価値観で、死に場所なんて機竜使いにとってはあまり変わりないのかもしれない。

 

ただバルゼリッドは情けをかけずに殺しに来てくれていたので、あのひと時は久しぶりに心の底から楽しめた。

再戦を果たせなかったのは勿体ない。

 

 

 

 

対戦予定を確認していないシオンは午後一番の試合にも余裕で間に合うように早めに酒場から離れ、一番街区から学園に繋がる緩い坂道を歩いている。

会計は全部ベイルの全額負担だが、一杯しか飲んでいないので今更後悔が襲ってきた。

 

守衛に敬礼をしながら顔パスで門を潜り、演習場の掲示板で自分の名を探してみたのだが、一向に見つからない。

どうやら一日目には対戦が組まれていないみたいだ。

 

「ふふっ、うちのセリスは強かっただろう」

今後の予定を立てていると、観客席への出入り口から、蒼髪を揺らすシャリスが我が子を自慢するようにして現れた。

 

そのまま掲示板から目を離さずに、セリスの対戦相手を確認すると、あろうことか午前の第二試合、ペア戦でリーシャとクルルシファーが激突していた。

 

セリスのペアは汎用機竜を使用するサニア。

機体性能では上回っているが、シャリスの言い方からして、それでもセリスの壁は高かったということか。

 

「姐御はさ、俺に勝ってほしい?」

勢力は一二年と三年に二分している。

 

大方どちらの勢力にも反対の意見を持っている人が紛れているが、同調圧力により隠れているに過ぎず、裏切者ではないが、そのような扱いを受けたくなければ混ざりこむしかない。

 

一般的な生徒であればそうすべきでも、人望もありシオンとルクスと関りの深いシャリスなら、賛成派の味方に付いても尾を引いたりはしないだろう。

 

それでも真意は別としてシャリスはセリスの味方についた。

 

「勝てるものなら、ね」

茶目っ気溢れるウィンクとともに、シャリスの答えはむしろ勝てと背中を押されているような力が籠っていた。

 

この後は昼休憩を挟んで、午後から第三試合となる。

リーシャ達の試合が終わったばかりのようで、一休みしようとぞろぞろと生徒が通路に出てきた。

 

「多分セリスティアは俺に負けたら凄い落ち込むだろうから、ちゃんと慰めてやってよ」

一応敵対関係のシャリスと長話ししていると、あらぬ疑いをかけられそうなので、自室に戻ってアルフィンが言いつけを守っているかを見に行こうとする。

 

「クルルシファーは医務室に運ばれたそうだ。見た感じ大きな外傷はなかったが、お見舞いに行ってあげたら彼女も喜ぶだろう」

というわけで、行き先を変更。

頑張ってくれたクルルシファーに会いに、医務室へ向かう。

 

 

もしアルフィンが起きていたのなら、セリスの試合の記録――戦形譜を作成してくれていたことだ。

 

流派によって呼び方は様々だが、戦形譜とは試合内容の速記録である。

武人同士が他流試合を行う際は、後々物言いが生じないように証人を立てて、勝ち負けとそこに至るまでの経緯を独特な速記術で書き記しておくのが作法だ。

アルフィンには教え込んでいるため、観戦していれば何も言わずとも残してくれていただろうが、紙切れが充実していれば勝てるわけでもない。

 

最終的に信じるのは自分自身。

そう意気込み医務室についたシオンが目にした光景は情けなく平謝りしているルクスだった。

 

謝罪対象はベッドに腰かける顔を赤く染めているリーシャと、視線だけで人を凍らせること出来そうなほどの絶対零度の目で、ルクスを見下しているクルルシファー。

 

状況が掴めずに思考が停止したシオンに、クルルシファーが涼しげな顔を向けてきた。

 

「ルクス君に全裸を見られたわ」

 

包帯を巻いた左手で機甲殻剣の柄に添え、抜刀。

 

特別に早くもなく、特別な力が籠っているわけでもない何の変哲もない一刀は、それだけで芸術であった。

抜刀時の鞘鳴りや踏み込み時の足音、最終的には刀身の風切り音から着衣が擦れる音は無。

 

無音の剣術は、足元で跪くルクスの首を振り子のように切断するはずだった。

 

「わああああああああ!」

肩を床に叩きつけるようにして回転して難を逃れたルクスは、勢いのあまり薬品棚に頭をぶつけた。

 

「殺気!殺気に反応できなければ即死だったよ!それに一切の音を出さない剣って、何それ!? 驚きの連続で頭がついてこれないよ!」

 

「いいから死ね。直ちに死ね。問答無用で死ね」

 

「たまたま覗いちゃっただけで、不慮の事故だって!それに間一髪で目を閉じたから見てないし!」

 

「見た見てないはどうでもいい。貴様が一糸まとわぬクルルシファーと同じ空間にいたかどうかが問題なんだよ。死ね」

 

「返す言葉もございません。でも許してください!」

 

「ラッキースケベ体質の蛆虫野郎が。俺に寝取り属性がないのをいいことに、好き放題やりやがって。こっちはやることやっちまってもいいんだぞ。死ね」

 

「語尾、まずその語尾やめようよ!」

 

あまりの恐ろしさに、ルクスは怯えて命乞いをする。

選抜戦第三試合開始の合図が鳴ろうとしていた頃に、ようやくシオンの怒りが収まった。

 

「まったく、どうしてお前は毎回変なタイミングで登場してくるのだ……。もうわたしも擁護できないぞ、ド変態」

「その行動力は尊敬に値するけれど、覗きは犯罪よ。ルクス君」

時間が経つと、羞恥よりも怒りが湧き上がってきたリーシャと、呆れを通り越しているクルルシファーが叱る番となる。

 

「申し訳ございません……」

全面的に悪いルクスは頭を下げ続けている。

 

「マジで次やらかしたらアイリに手を出すからな。俺の持てる力を総動員させてアイリを口説いて、ヒモに貢ぐ哀れな女にしてやる」

女医の席に座って足を組んでいるシオンが、丸めた紙束でルクスの頭部を叩いた。

 

「それは駄目だ!アイリには幸せになってもらわなきゃ僕が困る!」

「だったらその体質を治せ。治せないならアイリは俺の餌食になる」

「くっ、アイリを人質にするとは卑怯な」

傍からみたら阿呆臭い会話であるが、当人たちは至って真面目である。

 

「あら、私を前にして堂々と浮気宣言かしら?」

となると婚約者候補のクルルシファーも黙ってはいられない。

友好的な関係を築きあげるために、学園の少女たちとの出掛ける提案を持ち掛けてきたのはクルルシファーだ。

 

だとしても他に手があればそのやり方を推奨していたことだ。

短期間で学園にありのままのシオンが馴染むためにはそれしか方法がないと、クルルシファーは苦渋の決断を下したため、公認で遊びに出かけることが出来ているのだ。

 

「全てはルクスさん次第さ。今後俺が浮気をした場合は、責任は全てルクスさんにある」

「いや、責任を擦り付けられても困るし……」

「俺の相棒だろ。頼むぜ」

「……」

 

凄まじいゴーイングマイウェイっぷりに、ルクスもとうとう呆れてものが言えなくなてしまったようだ。

普通の人間なら会話自体を諦めてしまうのではないかという横暴さに、これまで着いてこれたルクスを褒めるべきだ。

 

「ルクスもルクスだが、シオンもシオンだからな。またフラフラとほっつき歩いて。油断していると足元を掬われるぞ」

ルクスへの集中砲火から、リーシャが急にこちらを攻撃対象としてきた。

最大の障害であるセリスの戦闘を見逃したことを快く思っていないのか、リーシャはどこか不服そうにしている。

 

第三試合の決着がついたのか、演習場から湧き上がる歓声が医務室に聞こえてきた。

「負け犬からのアドバイスって役に立つのか?」

僅かな雑音とともに低くおさえた声が響く。

 

今までの滅茶苦茶な行動や言動は、その表情を隠すための仮面だったのではないかと錯覚させるほど冷徹にシオンは言い放った。

 

「負けたからこのような形で援護するしかないんだ」

しかし、リーシャは気分を害した様子もなく、さらりと返してきた。

ルクスからは言い過ぎと目で訴えられかけられたが、口を挟むつもりはなく一歩引いてやり取りを見守っている。

 

不意にムキになってしまったことへの恥ずかしさがこみあげてきたシオンは、賑わっているであろう演習場へ目を逸らして息を整えた。

勝敗に敏感なのは悪い癖だ。

 

敗北の二文字が死ぬほど嫌いな自分がリーシャの立場であれば、泣きわめいて自室に引きこもっている。

リーシャが負けず嫌いなのは知っているが、個人ではなく集団が一つになって戦う校内選抜戦で、リーダー格がいじけていては話にならない。

早々と離脱しても、堂々として弱い姿を晒さないようにしているリーシャへ、なんて子供っぽいことをしようとしていたのだろう。

 

頭を冷やそう。

 

「借りるぞ」

おもむろに立ち上がったシオンは、立てかけてる≪ティアマト≫の機甲殻剣を掴んで医務室を去ろうとした。

 

「まだ話の途中だぞ。それにわたしの≪ティアマト≫をどうするつもりだ!」

「振ってくる。今日は二刀の気分なんだ」

一瞬ためらったリーシャであったが、機甲殻剣と機竜使いは一体であるべきと考えているリーシャが口を開きかけた時だった。

 

「教えてやろうか?」

肩越しに振り返ったシオンは、ぶっきらぼうに己への苛立ちを含んだ声を上げた。

 

間の抜けたような沈黙。

機甲殻剣を取り返そうと必死になっていたリーシャも、何を教えるのかが判然としなさそうにポカンとしていた。

 

流れ的に『剣』について教えを授けてやろうと言っているのに、想定外の出来事にフリーズしてしまったリーシャの復活を待たずに、シオンは歩き出す。

その後ろ姿をクルルシファーが追いかける。

 

「目的地は屋上かしら?」

「ああ。一人になりたいから見張り番をよろしく頼む。愛しのハニー」

「了解よ、ダーリン」

詮索はしてくるけど、踏み込んでほしくない領域にまでは踏み込まないクルルシファーの気遣いに感謝をしつつ、彼女の手を引いて屋上を目指す。

 

たまにいる。

地味な素質を抱えているけど、それを活かしきれそうな環境にありながら活かせない奴が。

 

天賦の才をいかんなく発揮している技術者としてのリーシャ。

それとは別に地味な素質を抱えている。

 

本当に地味で、引っこ抜いても良くて二流。

 

だけど上手くかみ合わされたなら、木剣を池に投げ捨てて泣いていた蛇が龍に化けたように、猫が虎に化けることも十分にあり得る。

 





はやく夜架を登場させたいです
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