その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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三十六話

頭を撫でられると心臓が高鳴り、尋常じゃなく緊張する。

それでいて、とろっとろのバターに砂糖をたっぷりと入れた菓子を食べた後のような胸焼けも、同時に襲ってくる。

 

リーシャの中で特別な存在と位置付けられているルクスだからこそ、そのような反応や感情が入り混じるのであり、唯一無二の存在のルクスだからこそ、もっと触れてほしいと思えるのだ。

 

夜。

リーシャの心臓は張り裂けんばかりにドキドキしていた。

恋心からくる甘々なドキドキではない。

押し潰されそうな重圧から逃げ出したくとも逃げ出せない、大衆へ向けた演説直前と匹敵するほどの心拍数。

 

シオンとアルフィンの部屋の前で、一歩踏み出せず廊下をうろうろしているリーシャは、人生の岐路に立ったと言っても過言ではなかった。

 

攻撃手段をあえて持っていないルクスに用意した武装を、工房でお披露目してる時からずっと、頭の隅でちらついてしまっていた。

 

――教えてやろうか?

 

あれからはうわの空状態で、実戦テストをしている最中にもやはり落ち着かない様子であったことが見透かされてしまい、ルクスにシオンの元へ向かうように勧められ、『三和音』とバトンタッチして屋上へ急いだのは良かったが、クルルシファーが番人として立ちふさがっていたため、接触は失敗に終わった。

 

食堂でも、アイリやノクトなどの受け持ったクラスの生徒に囲まれていたので、あれっきりまともに顔を合わせられずにいる。

中では懲りずにサヤカと言い合いをしているらしく、声が漏れているので耳を当てて聞こうとせずとも様子が丸わかりだ。

 

「そろそろノックでもしてみたらどうかしら?」

「わっ!」

部屋番号が掘られている木製板とにらめっこをしていたリーシャが驚きのあまり飛び上がる。

 

急いで反転すると、いつの間にかクルルシファーに背後を取られていた。

 

「な、なんだクルルシファーか。ビックリさせるなよ」

クルルシファーの部屋もこのフロアだったことを思い出したリーシャは、ほっと胸を撫でおろす。

 

「あっち行ったりこっち来たり、何を悩んでいるのよ。あなたとシオン君は遠慮するような間柄でもないでしょう」

 

「それはそうだが、気持ちの整理が付かないというか………私はあいつから何を教わるんだ?」

 

「聞く相手が間違っているわ。それを直接聞くために、あなたはここにいるのよね」

核心を突かれては押し黙るしかない。

 

クルルシファーへ尋ねたところで、答えが明確なわけでもなく、シオン本人の口からあの「教えてやろうか」の意図を聞き出さなければどうにもできない。

 

「というか、お前もシオンに用があるのか?」

順番待ちをしているかのように、リーシャの後ろに並んでいたクルルシファーへの疑問。

規則正しい生活を徹底して指導している学園ではそろそろ就寝時間になる。

 

留学生であるため模範的な生徒でなければならないクルルシファーが規則を破ることはない。

だとするなら短時間で済ませられる用件なのだろうか。

 

「お休みのキスよ」

すまし顔でクルルシファーがそう言う。

あまりにも斜め上の発言に、リーシャは咳き込みそうになった。

 

最近仕入れた知識では、キスでは子供はできない。

子供はできないにしても、好いている者同士がお互いの愛情を確認するための行為なので、その言葉を聞くだけで顔が火照る。

 

「お姫様には過激すぎたかしら」

「ふ、不埒者め! 学園の風紀を乱すでない!」

それがいまのリーシャにできる精一杯の強がりだった。

 

「あなたはまだまだお子様ね」

「馬鹿にするのも大概にしろよ!わだしだってその気になれば、その、なんだ……」

いかにも誇らしげな顔つきのクルルシファーに負けじと、リーシャも言葉を引っ張り出そうとするが。

 

「言いづらそうにしている時点であなたはお子様なのよ」

的を得た発言にリーシャは押し黙るしかなく、それでも何か反論しようとしかけるが、やっぱりやめることにした。

 

いちいち腹を立てるだけ無駄だと、シオンとのやり取りから教訓を得ているリーシャは、小さく深呼吸をして冷静さを保つ。

 

「ところで、その機甲殻剣は?」

クルルシファーが指しているのは、リーシャが抱えている純白の鞘についてだ。

説明するべきか否か逡巡したリーシャであったが、あえて隠す理由もない。

 

「シオンの神装機竜、名は『ミハイル』というそうだ」

先日、工房で寝落ちしていたリーシャが目覚めたら、見た事もない装甲機竜を整備しているアルフィンがいた。

消耗が激しい神装機竜の使い手は、機竜適性の高い女性ばかりで、男の神装機竜使いというのは滅多に見かけない。

王都にいた頃の模擬戦では、貸し出し用の≪ワイバーン≫を操っていたシオンが、実は神装機竜を所持していたことに対してさほど衝撃は受けず、逆に隠し持っていたのがシオンらしいと思ってしまった。

 

「どうせあいつのことだから余裕で操れるだろうな。ルクスもそうだが、うちの男の実力は底知れないな」

「だとするなら、彼の適正値は男性の平均よりは上なのよね?」

「生憎そういった類の情報は全てアルフィンが握っている。わたしにもこの『ミハイル』を触らせないくらいだから、聞いたところでお察しだと思うが」

 

そこで初めてクルルシファーが表情を引き締めた。

「私だってきっと触ったり撫でたりする許可は下りるはずよ」

「変な所でアルフィンと張り合おうとするなよ……」

「最近思うのだけれど、彼女の立ち位置は少しズルくないかしら?」

あてもなく放浪していた頃からの仲で、血の繋がりはなくとも家族なのだから、ちょっとした特別扱いをされるのは仕方がない。

言っても仕方ない事であっても、クルルシファーの口が続きそうだったので、リーシャは扉に寄りかかって楽な姿勢になろうとすると、予想外の出来事が起きた。

 

がちゃりと内開きの扉が開いてしまったため、背中を預けることができなかったリーシャはそのまま後ろにひっくり返る――直前に後ろから支えられたため、頭を打たずにすんだ。

 

「おっ、お姫さんか。丁度よかった」

扉を開いた本人で受け止めてくれたシオンは、そのままリーシャを押し返すと、手にしていた≪ティアマト≫の機甲殻剣を投げ渡した。

 

慌てて片手でキャッチすると、あらん限りの力でシオンは扉を閉める。

「――ったく、口うるさい小姑かよ。ばあ様を思い出すぜ」

一仕事を終えたように肩をまわしてから、足元にぼそりと悪態をついたシオンがこちらに顔を向ける。

 

「さてと、暇ならちょっと付き合え」

不敵に口の端を持ち上げてそう言われ、リーシャはためらうことなく同意する。

 

忘れかけていた緊張感が戻ってくる。

そんな心情を知る由もないシオンは、リーシャの横を通り過ぎてクルルシファーの腰に手をまわした。

 

「今日は頑張ってくれたみたいだから、明日は二人きりで出掛けようか」

などと、実際に試合を見ていないのにペラペラとよく喋り、自分のことは一先ず放置してイチャつきだした。

リーシャにとっては、いくらシオンに甘く囁かれたところで嬉しいとは思えないが、あんなにも嬉しそうに頬を緩ませているクルルシファーには絶大な効果があるみたいだ。

 

「エントランスで待っているから終わったら来い」

バカップルには構ってられず、不干渉を決めたリーシャは一足先に一階へ降りる。

工房に置きっぱなしになっていた≪ミハイル≫を返し損ねたが、話が済んでから渡すことにしよう。

 

せわしなくエントランス内を歩いていると、しばらくしてから悠然とした足音が聞こえ、リーシャは弾かれたように振り返った。

 

階段上から見下ろすシオンと視線が交錯する。

「先に姫の用件を聞いてやるよ」

とことん上から目線でものを言ってくる奴だ。

こちらも階段を駆け上がって対等の立場で言い返してやろうとしたが、余計な労力になりそうだったので、その場でリーシャは声を張った。

 

「お前はわたしに何を教えるつもりなのだ?」

期待とは裏腹に、僅かな恐怖もあった声は揺れるように震えていた。

全ては自分の勘違いで、惹きつけられたあの剣技は到底手の届くものではないとしたら、意気消沈して数日は飯が喉を通らないかもしれない。

 

その時、いつだかのこちらを見ているようで見ていないシオンの瞳が静かに動いたような気がした。

 

「お姫さんと俺は似ている」

シオンの声は、どこか疲弊して聞こえた。

周囲は完全な無音で、勝ち目のない戦に赴くような、低く重く沈んだ声だけが響いた。

 

「わたしたちがか?」

「死ぬのが怖いだろう」

思いもよらぬ一言に、リーシャの背に怖気が走った。

 

大体が普段は意識しない死に対する恐怖を隠し持っており、たかだか死ぬのが怖いからなんて理由が共通してるから、似ているとするのは無理がある。

 

しかしシオンが突いてきているのはもっと深い、リーズシャルテ・アティアスマータの本質という人間の本質なのだと、返事ができないリーシャは理解していた。

そして同時にシオンが伝えたいことも、なんとなく理解してしまった。

 

拭い去ることのできない過去。

引き寄せられるようにして、寝巻の上からそっと烙印を押された腹部を撫でた。

 

一緒なのだ。

 

二刀を司る機竜使いが、月の光を全身に浴びて戦場を舞い踊ったあの夜。

現場に駆け付けたリーシャの目に写ったのは、火傷の痕跡で描かれた黒き竜。

日が落ちていたため薄暗く、一刻を争う事態で現場に着いても多少の混乱があったのにも関わらず、シオンの肩に刻まれた忌々しい烙印に自然と目がいった。

その日以降、以前とあまり変わらない対応をとり続けていても、頭の片隅では黒竜を飼うことに至った経緯への疑問が常にちらつく。

 

が、なんとなく、大雑把ながらシオンが生きているという事実だけで、自分と同類なのだと理解してしまった。

 

「わたしは臆病だよ。強がっていても、根本の部分ではその弱さを振り払えない臆病者だ」

多くは語らない。

 

父親に見捨てられたこと。

死に怯え、誇りを捨ててまで生きようとしたこと。

 

つまらない昔話をシオンに聞かせたところで、共感や同情をして慰め言ったりはせず、むしろくだらんと切り捨てられるのが目に見えている。

 

袖を捲り上げて手首を回しだしたシオンは、世間話でもするかのような口調で。

「きっと『騎士団』に入隊してる奴等なんかは、というより神装機竜の所有者はとっくに命を捨てる覚悟があるんだろう。ルクスさんは言わずもがな、クルルシファーもフィーちゃんさんも、勿論セリスティアだって」

「自分にはないとでも」

「言ったろ。俺とお姫さんは似ている、ちっぽけで弱っちい臆病者だって。命を捨てる覚悟と勇気があれば、この身はとっくのとうに滅んでる」

 

『朽ち果てる覚悟はできている』と豪語していたくせに、あの時は見栄を張っていただけなのか。

矛盾していてわけがわからんとリーシャは首を捻るが、シオンがわけがわからないのは今に始まったことではない。

 

すると、長い会話の終わりを告げるような息をついたシオンが、一段一段踏みしめて階段を下り、すれ違いざまに「ついて来い」と呟き、振り返ることなく寮の外へと歩く。

 

すぐさま後を追うと、夜のためか鬱蒼と生い茂っているようにも見える雑木の中を我が物顔で進んで行くので、気後れを振り払ってリーシャも進む。

 

「いつだって死と隣り合わせなのを承知の上で、わたしも機竜使いとして生きているつもりだ」

「ビビりが戦場で毅然と構えるには、自分自身を偽るしかねえってことだ。クーデターの後始末を押し付けて、くたばりやがった英傑の忘れ形見としては立派に育ったもんだが、本質はぶれちゃいねえ。俺と同じ匂いがプンプンしてやがる」

父の盲信者がいれば刺されそうなことを平然と口にしてくる男は、丁度いい長さの枝を二本拾い上げ、両手にそれを握りしめる。

 

「死人になりたくないなら強くなきゃいけない。俺が剣技に磨きをかけたのは、そんな騎士道や武徳とはかけ離れたわけがあったからだ。どんなに情けなくても、笑われても、格好悪くても、生にしがみついてやる」

そこでリーシャは、初めてシオンという男の素顔を見たような気がした。

 

誰に向けるでもない――いや、もしかしたらシオンは手放すまいと握られている二振りの棒切れに向けていたのかもしれない。

シオンの身に何が起こったのかは分からないが、その表情に隠されていた誠実さのようなものは、自分が口出しできる類のものでない事は明確であった。

 

「わたしには一生真似できない生き方だな」

凄いなと、本心から思う。

弱みという認識を持っているかどうかは分からないが、表には出したくない弱さを堂々と言える心が、羨ましくもあり憎たらしくもあった。

 

「立場が違うなら真似する必要もないが、引き際を心得ながらあえて見誤ったような判断をする姫さんは見ていて危なっかしい。一騎当千の実力もないのに、あれは自殺行為だぜ」

と、揶揄するシオンが城塞都市を訪れて間もない頃に発生した、旧帝国の復権を目論む反乱軍の襲撃にて、リーシャは撤退の判断をかなぐり捨てて最前線に居続けていた。

 

危険な交戦になるのは重々承知していた。

それでも、五年前の帝国に屈してしまった後悔を起因とする、ある種の諦めが入り混じっていたリーシャは、迷うことなく残るという判断を下した。

 

今思えば、介入してきたシオンはあの状況を一人で打破できていたのだろう。

でなければ、単身であの集団に潜り込むなど無謀な試みなのだから。

 

「お前の近くにいると、つくづく自分の無力さを痛感させられる。わたしは特別にはなれない、ただ人より技術力のある凡人だと」

選抜戦ではもうひと踏ん張りで手が届いた距離にいたセリスに破れて早期敗退することになった。

本当にもう少しだった。

でも、その少しの差が、考えられないほど大きいのだ。

ちょっとやそっとの努力では埋めることが叶わない、嘆きたくなるような差が、セリスとの間にある。

 

自らを軽蔑し、暗い気分へと導かれていたリーシャに見向きもしないシオンは、手首を捻って棒切れの重さを確かめている。

天才に凡人の気持ちはわからない。逆もしかりだ。

 

「中の中。姫さんが天から与えられた剣の才は盛ってそのくらいだ」

何を考えているか分からないシオンの口が動く。

 

「俺の剣は他には伝授させずに墓場まで持っていくと約束をしてんだが、もしお前が望むのならば、特別に指導してやってもいい」

やはり天才の思考は読めない。

下駄を履かせてようやく中の中と評価される女に、こいつは指導をしてやると言った。

とうとう財布の中身が底をつき、技を授ける代償として金銭を巻き上げるつもりなのか。

 

「随分と度量が大きくなったものだな。頭でも打ったのなら、今すぐ女医に診てもらうといい」

「おいおい、人の親切は素直に受け取っておけよな」

「仮に習得できたとしても、わたしのような三流はどうせ持て余す。それならルクスにでも教えてやればいい」

「あの人は賢いから無理だ」

あっさりと否定されるも、納得できたかどうかはまた別問題である。

賢いという理由で授けられないなら、自分は能無しの猿だから良いのだろうか?

 

これでも主要学科はクルルシファーにも競り勝っていたりもするので、頭の良し悪しをシオンに決められるのは癇に障る。

あからさまにムッとなったリーシャだったが、不満の声は漏らさずにシオンの声に耳を傾ける。

 

「賢いとな、剣を振っていても意識が別の方向へ逃げていってしまい、剣の世界には入り込めん。この剣法に必要不可欠なのは、他を凌駕する圧倒的な集中力。姫さんにはそれが備わっている」

のめり込むと周りが見えなくなり、猛烈な勢いで突き進んでしまう性格なのは自覚しているつもりだ。

最近は落ち着いてきてはいるが、自作の機竜の設計していた頃には授業などほったらかしにして何日も工房に籠るという生活が幾度なく続き、あの怒らないことで有名なレリィに本気でキレられた経験がある。

言い訳が許されるなら、熱中してしまい時の経過に気づかなかったのだ。

 

「………」

「ぶっちゃけてしまうと、俺の剣は剣術であって剣術でない。そのため姫さん程度の能力でも、その集中力さえあれば習得は可能。お分かり?」

いつになく真剣なので、こっちの調子がおかしくなりそうである。

 

つまるところ、シオンは本気なのだ。

ならばリーシャは答えなければならないが、ここにきて決断力が鈍ってしまったのか、肝心なところで沈黙を生み出してしまう。

 

シオンのいう剣というものは未知の領域に存在しており、興味や憧れだけでは手を伸ばせない。

これまでリーシャが培ってきたスタイルが崩壊するかもしれない。

新たな技術を吸収すれば自分にとっての利がある一方で、悪影響を与える可能性も否定はできない。

 

人生の岐路に立たされているも同然のリーシャは、正しい選択が見いだせず、

「………考える時間をくれ」

 

ただでさえ気まぐれなシオンの申し出に保留という形をとるのは、チャンスを逃すと同義である。

それでもリーシャは、冷静になってから改めて後悔のない決断をしたかった。

流れに身を任せて頷いてしまうのは愚かだと思ったからだ。

 

その時だった。

草木を靡かせる一筋の風が吹き抜けた。

 

乱された前髪に目元を弄られて注意がそれた瞬間に、シオンの中に眠る何かが前触れもなく動き始めた。

風に乗るようにして跳躍したシオンは、空中で左手の棒を逆手に握り直して目の高さへ。

着地すると同時に右手の棒は背後へ回し、一度深く沈み込んだ。

 

それが代々受け継がれてきた『第四路(だいよんろ)剣舞(けんぶ)』の始動『起式(きしき)』と呼ばれる動きであることなど知らないリーシャは、大きく見開いた眼で追うのがやっとだった。

 

(もく)』は『曲直(きょくちょく)』、曲と直の性質を秘める。直立不動の大木があれば、曲がりくねった線の細い木もある。

縦に速く、横にも長けている堅実な剣は、瞬く間に火を起こす。

 

()』は『炎上(えんじょう)』、燃え盛る火炎の性質を秘める。眠る闘志に火をつけ、燃やし尽くすまでは収まらない。

疾風怒涛、剛の乱舞はいずれ全てを灰や塵に変えて地に還す。

 

()』は『稼穡(かしょく)』、作物が成長する性質を秘める。土は万物の母と言われ、種は土に包まれているからこそ変化する。

この套路の理の根幹は、やがて剣を剣たらしめる金を構築する。

 

(ごん)』は『従革(じゅうかく)』、成長を停止させる性質を秘める。原理原則に基づき変容するそれは、万民の役に立つ刀剣へと姿を変える。

土の対となる万物の父、全路を俯瞰すれば一目瞭然、殺気を孕んだ柔の刃からは、冷え冷えとした水滴が零れ落ちる。

 

(すい)』は『潤下(じゅんげ)』、高きところから低きところへ至る性質を秘める。次の活動に備えるための準備段階で、心の渇きを潤し、消費した力の回復に努める。

連環の結び目が解かれなければ、零れ落ちた水滴から再び木が育つ。

 

だらしなく口を半開きにさせたリーシャには、それが即興の舞踏のように映った。

技法動作は一見すると単純だが、ひとたび流れが完成すれば固定されていた型は影を潜め、淀みを知らない動きは万化して定石を持たない。

 

木から火へ、火から土へ、土から金へ、金から水へ、水から木へ繋がる円陣の流れ。

 

五行の相生連環を目の当たりにしたリーシャの嫉妬が入り混じった「ズルいな」という呟きは、緩やかな風に運ばれていった。

どうしてここまで惹きつけられる。

腐りかけていそうな棒切れが、皇室伝来の宝刀が霞むほどの輝きを放っているように見えてしまうのは、どうしてだ。

 

身の内から沸き上がる感情を抑えきれず口の内側を嚙む。

興奮のあまり逆立つ後ろ髪。

 

この身を焦がすような激情は、どこへぶつければ収まるのかを考えたリーシャは、自分が携える双剣の重量に意識が奪われる。

 

口内に広がった血の味で我に返ってからでは遅く、抜き身になっていた双剣が飛びかかれとリーシャに命じた。

 

この選択が正しいかどうかは、さて置く。

 

子猫の牙は竜には届かなかった。

 

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