その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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おらよ



五十一話

「フィーちゃんさんが倒れただと?」

合宿二日目の夜。

厨房に立っていたシオンは、野菜が積まれた篭を抱えながら真顔で聞き返した。

 

何やら訓練中に、学園のゆるふわ天然系少女のフィルフィが、村の施療院に担ぎ込まれそうだ。

 

「ええ。でも暑さにやられただけで、大事には至らないそうよ」

 

篭を受け取ったクルルシファーによれば、軽い日射病らしい。

 

「こんなクソあちい孤島で合宿すんのが間違ってたんだよ。暑すぎてやる気が削ぎれるわ」

 

「あら、涼しい場所がお好みなら、将来ユミルに住むというのはどうかしら? 人の心も空気も冷えていて住みやすい国よ」

 

良い思い出がないからなのか、地味に故郷を貶すクルルシファー。

 

寒冷地のユミル教国ならば、お日様の熱で溶ける心配はなさそうだが、今度は逆に寒さに対しての愚痴が止まらなくなりそうだ。

 

「……なあ、俺ってユミル教国じゃちょっとした有名人なんだよな」

 

それでもシオンはこの先北国で生活を送ることは、有りなのではないかとも考えていた。

 

「正確には、あなたが引き起こした怪奇現象がよ」

 

シンガ村から陸路で王都へ向かう際に立ち塞がる壁、アリーシア山脈。

 

五年前のクーデターでは、陥落した王都から落ち延びた残党が身を寄せていた場所の一つだ。

 

その野営地が、一夜明ければ無惨な死体で埋め尽くされていた。

 

命からがら逃げ延びた者も、現場で何が起きていたかを説明することはできず、ある者は反乱軍が雇った凄腕の暗殺者に殺されただとか、ある者は人食い狼の群れに喰いちぎられたとか。

 

そしてユミル教国の熱心な信者は、古くから語り継がれる神話と重ね合わせ、主の使いの御業であるとし、祈りを捧げた。

 

天命を受け下った天使を『奏者』様と崇め奉り、ユミル教国ではちょっとした有名人となっている。

 

とある事情により宵闇に紛れて奇襲を仕掛け、旧帝国の残党組織を壊滅させた張本人は、頭に浮かんだ考えを整理するかのように呟き続ける。

 

「貢ぎ物で悠々自適な生活を送るってのはどうだ。信仰対象様が廃れた雪国に降臨したら、愛想を尽かされて出ていかれないように、信者がわんさか食料やら宝石やらを落としてくれるだろ」

 

想像すればするほど、ユミル教国という国は理想郷のように感じられた。

 

勝手に国の伝承と結びつけて、自分の知らぬ所でワッショイワッショイと持ち上げてくれる。

 

こんな都合の良い国、いくら探しても見つけられないだろう。

 

ビバユミル教国、グッバイ新王国。

 

「むしろ石を投げつけられるのではないかしら。自らをご神体の眷属だと語る余所者が現れたら、誰だって信仰心が傷つけられたと思うわよ」

 

宗教なんてもんは、いつでもどこでも死の恐怖や自然の猛威と密接に関係していて、雪国のユミルなんかはまさにその例に当てはまるだろう。

 

自然に対する無知から、そして自然に対する畏敬の念から、自然を超越した抽象的存在を創りあげ神の名を与え、人々は神の祟りを恐れて祈りを捧げる。

 

古都ではそうだった。

 

ユミルの事情は知らないが、どうせ似たようなものだろう。

 

救われる側の人間が、神や天使から権威を授かったと勘違いして名を騙るのは冒涜としかいいようがない。

 

その身に憑依させれば天の国の住人を語れるかもしれないが、憑依させるにしても適切な儀式を通さなければならなかったり、血筋や性別も関係したりもする。

 

どこの馬の骨とも分からぬ輩が「僕お前らが称えてる天使!」と大声で叫んでも、狂信者に袋にされるのがオチか。

 

「チッ、邪教徒め。悔い改めろ」

 

遠く離れたユミルの国民へ毒づく相変わらずクズいシオンだったが、調理中に手が止まることはなかった。

 

一般的に高位高官の出身であれば、厨房に立ち入るものではないとされている。

 

昔から炊事は下々の仕事と決まっているが故、袖まくりをして大釜を磨いているようでは、下女も雇えぬほど家計が逼迫していると想起させてしまうからだ。

 

一方武家の出身であれば、積極的に厨房に出入りするよう推奨されている。

 

まな板の上の魚を捌けない癖に刃物技術を得意気に語っても、弟子たちに鼻で笑われることは間違いない。

 

それは娘や奥方であっても変わらず、武家の一員である以上は必ずと言っていいほど包丁の扱いに関する指導を受ける。

 

ただしシオンは入り浸ってはいたが、武家の出ではない。

 

ただ空腹を満たすために料理を覚えた。

 

腹が減った。

 

だが当時の生活といえば、贅沢をさせてもらえなければ、金もない。

 

だったら食料庫から材料を盗んで自分で作るか、頭のイカれた女に作らせるしかないという結論に至った。

 

基本かったりぃ症候群が発動し、食堂で食べ損ねたとしても自炊なんかせず翌朝まで我慢する男ではあるが、料理ができないわけではない。

 

出来上がった料理を運んで貰おうと、リビングにいる皆を呼びに行く。

 

はしゃぐ元気もない感じなのか、昨晩より落ち着いた空間の中、一人は机に突っ伏して、一人は長椅子を占領して横に倒れていた。

 

「ところでアレは大丈夫なのかしら」

 

「集中切れたらあんなもんだろ」

 

シオンの特訓は、高い能力は苦しみの先に得られる、をテーマに設定しているため、リーシャとセリスにかかる負荷は、通常の訓練時とは比べ物にならない。

 

芸の覚えが悪い猿は叩いて覚えさせる、を地で行くシオンには女だからとか子供だからなんて理由は一切関係なく、強くなりたいと願ったからには、それに相応しい立ち回りをしてもらわなければならないと考えている。

 

だからもう立てないと寝転んでいれば、引きずり回してでも無理矢理立たせるし、顔面を涙鼻水で汚していようが、全く気にすることなく続行する。

 

強くなるということは、生半可な努力では実現できない道の先にあるから。

 

そして本日の実施したのは、ひたすら模擬戦。

 

装甲機竜を纏ったら、特殊武装は使用不可の模擬戦。

 

白兵戦となったら、鬱蒼とした茂みに囲われて模擬戦。

 

運動能力の根幹をなす反射神経を磨くために明日以降もとにかく模擬戦。

 

1日で体力を空にして、翌日も回復した体力を空にするまで続けるつもりなので、合宿期間の夜は、あの二人は屍のようになっていることだろう。

 

そう思っていた。

 

夕食を終えてベッドでゴロゴロしていたシオンの耳に、ほどよく伸びる残響が届けられた。

 

暇を持て余していたこともあり、シオンは上着を肩にかけて宿舎から外に出る。

 

「一日一万回、感謝の正面斬り! うおおおおおおおおっ!」

 

すると、途中変な奴が奇声を上げながら素振りをしていた。

 

さっきまでの死にかけていた姿はなんだったのか。

 

木剣を振るリーシャに気付かれたら巻き込まれそうなのでそそくさと脇道へ退散した。

 

それから暫く歩くと、目的地にたどり着いた。

 

 

凛と伸びた立ち姿。

 

地べたに胡座をかいたシオンは、その背中をじいっと見つめた。

 

力強く弦の上で踊る弓を目で追いかけ、艶のある粒立ちのはっきりした音色を耳で楽しむ。

 

やがて黒い指板の上を軽やかに舞う指の動きが止まると、静かに顎からヴァイオリンを外して下ろす。

 

演奏に気に入らない点があったのか、俯き加減でぶつくさと独り言を呟いている。

 

「精が出るな、学園最強」

 

「ひゃあっ!」

 

その背中に話しかけると、びくりとヴァイオリン弾きは飛び上がった。

 

恐る恐る振り向くセリスに、シオンは片手を上げて応えた。

 

「いるなら声ぐらいかけてください。心臓に悪いですよ……」

 

「あまりに優雅な演奏に声も出ないほど聞き惚れちまってたんだよ。学園の超絶技巧者の名は伊達じゃねえな」

 

セリスが馬鹿真面目な性格であってくれたお陰で、この調子でいけば協奏曲の方も技術的な懸念材料はない。

 

「もしかして、振ってくれるためにわざわざ来てくれたんですか?」

 

チラチラとセリスが期待の眼差しを向ける。

 

だがしかし、その期待には答えられない。

 

「んなわけないだろ。何で疲れてる状態で更に疲れがたまるようなことしなきゃならねーんだよ」

 

腕を上下左右に、意図も解釈もない安っぽい軌道を描く無学無能を除き、ある程度の指揮法をかじっている者ならば、指揮とは全身で振るうものであると心得ているはずだ。

 

見かけによらず意外に体力をつかうポジション。

それと共に精神力も削られる。

 

よって拒否一択なのは至極当然というのがシオンの判断だった。

 

露骨に残念がるセリス。

 

こちらを気にせず練習に励めと急かすが、一向に弾く気配を見せない。

 

まるで品定めするかのように凝視する両の瞳を前に、居心地の悪さを感じたのか、ただやりにくいだけなのか。

 

最終的におろおろとその場を右往左往してからシオンの隣に座り込んだ。

 

緊張を誤魔化すように、膝に寝かせた愛機を撫でる。

 

四大貴族様の威厳が日に日に剥がれていってる気がする。

 

「昼間あんだけ動いたってのに、お前も良くやるよな」

 

リーシャもそうだが、女はアレか。

 

甘いものは別腹って概念が体力にも備わっているのだろうか。

 

「それは……シオンの期待に応えたいからです」

 

「なるほど。健気さをアピールして俺に褒美を強請る作戦か」

 

「深読みのしすぎです! 本当にそれ以外の意図はありません!」

 

「そうか。じゃあ色々と無事に終わったら褒美を用意してやろうと考えていたんだが、これは白紙撤回してよさそうだな。なにかと頑張ってくれているセリスティアの為を思っていたのにな。だが流石は団長様、生徒の模範となる振る舞いだな」

 

まあ初めからそんな予定は無かったが、見返りを求めない清い心をわざとらしく称賛した。

 

すると適当な思いつきを本気に受け取ったらしいセリスが口の中でもごもごと繰り返す。

 

「………です」

 

「えっ、何だって?」

 

「ご迷惑でなければ、いただきたいです」

 

消え入りそうな声だったが、はっきりとそう聞き取れた。

 

欲にがめつい女と思われるのが嫌だからか、セリスは恥ずかしそうに縮こまっている。

 

「ふむ、なら期待してるといい。とっておきを用意してやるとしよう」

 

それから暫くセリスと二人で談笑していた。

 

切りのいいところで宿舎へ戻ろうと立ち上がった時だった。

 

夜の森がざわめいたのは。

 

正確には激しい地鳴りだ。

 

身を潜めていた動物の鳴き声や、草木の擦れる音で森が覆われた。

 

セリスと顔を見合わせたシオンは、急いで来た道を引き返し、何事かと飛び出してきた皆と合流する。

 

そして責任者のレリィの先導で、この島唯一の灯台へ向かうことになった。

 

慎重に夜道を進んでいるシオンがふと空を見上げると、浮かぶ月の存在に目を奪われそうになる。

 

雲に隠れている様も風情があって良いと思うが、こっちはこっちで拝みたくなる美しさだ。

 

思考回路を停止して、上を向いて歩き続ける。

 

前方不注意であるため、途中アルフィンに補助されたりもしたが、なんとか無事に登りきると、リエス島とは別の島が、そこにはあった。

 

「『方舟』、ですか」

 

正しくは巨大な船舶。

それを見たアイリが呟いた。

 

「む、それ知ってるぞ。いっちばん最初に受けた機竜使いの筆記試験で解けなかったヤツだ」

 

いつかの軍部の男との会話を思い返すシオン。

 

初級なんて勉強しなくても受かると、そいつは言っていた。

 

その言葉を鵜呑みにして試験に挑んだのだが、土台が出来ていないシオンには問題文の解読に一苦労で悲惨な結果だった。

 

今はそこそこの基礎知識はおさえてあるので、『方舟』が移動する遺跡という事ぐらいは把握をしている。

 

「何故お馬鹿なシオン君が免許を取得できたかはこの際置いておきましょう」

 

さらりとレリィに馬鹿にされた。

 

シオンはあっかんべーで対抗を試みたが、まさかの子供っぽい仕返しに困ったような苦笑いを挟んでから、レリィが今回の合宿が遺跡と関わりがある旨の解説をした。

 

リエス島を合宿地としたのは、裏でお上からの密命が絡んでいるためだった、と。

 

普段は新王国の外洋に浮き沈みしており、一定周期で場所を変える方舟を、この機会に調査を進める予定だという。

 

「明日の午後から潜入調査を開始するわ。いいわね、みんな」

 

生徒たちは黙って頷く。

だが訓練メインの合宿に任務が割り込んできたことで、顔付きは緊張を帯びたものになっていた。

 

「勿論シオン君にも同行してもらうわよ」

 

当然のように、シオンも頭数に入れられていた。

 

色々手当でお給料に上乗せされているから文句はないが、磯臭そうな遺跡はどうも好きになれそうもない。

 

立場が立場であるため、遺跡調査中に女生徒が一人幻神獣に食べられちゃいましたー、なんて報告を学園関係者にするわけにもいかないため、気は引き締めるシオンであった。

 




ーー試験前ーー

シャリス父「初級階層なんてノー勉で余裕」
シオン「楽勝じゃん」

ーー試験中ーー

シオン「おっちゃんほぼ分かんねえ」
シャリス父「ここはこうだぞ」

ーー結果発表ーー

シオン「やったぜ」
シャリス父「やったぜ」
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