勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第20話-03 布石

 

 

 魔王軍が敗戦処理と再編成に追われる一方で、勇者軍は着実に勢力を増強しつつあった。

 まず、解放した第2ベンズバレンの住人たちが義勇兵として多数参入。度重なる敗戦で各地へ散り散りとなっていた抵抗軍(レジスタンス)の離脱者も勇者の活躍を聞きつけて戻ってくる。さらに、これまで表向き魔王に恭順しながら裏では抵抗軍(レジスタンス)を支援していた日和見の地方領主や騎士たちが、()()()()()()()のを目ざとく見極め我先にと旗揚げを表明しはじめた。

 それらの軍勢が続々と第2ベンズバレンへと集結し、今や勇者軍は兵力10万を(よう)するまでに膨れ上がったのである。

 にわかに活気を取り戻した第2ベンズバレン。かつて交易の商人や違法営業の屋台でひしめき合っていた大通りには、諸侯の軍勢が所狭しと幕舎を張る。彼らが持ち込んだ物資と金で経済も動き出した。華々しい戦の予感に街中が身震いし、酒と肉とを(きょう)して勝利を祈る。いささか(うわ)ついた狂騒ではあるが、恐怖の象徴たる魔王に挑むには、加熱した狂気に酔いしれることもまた必要だろう。

 しかし、采配を振るう者に陶酔は無用である。せっかく集まった10万の将兵を、酔っぱらいの指揮で死地に飛び込ませるわけにはいかないのだ。

 その夜もヴィッシュは(ひと)り、奥まった路地の小さな天幕で、うず高く積まれた書物に囲まれていた。遠い大通りの馬鹿騒ぎは耳にも入らない。莫大な量の報告書を手際よく読み込み、地図を指でなぞりながら照らし合わせ、目印の駒を置き、倒し、滑らせ、不意に立ち上がったかと思えば、唸りながら狭い天幕の中をぐるぐるぐるぐるうろつき回り、頭を掻きむしりながらまた椅子に腰を落とす。腕を伸ばして兵法書を引き寄せ、とうに暗記している文章をすがりつくように読み返し、再び報告書へ目を向ける。

 彼がこれほどまでに悩むのは、状況が決して(かんば)しくはないからである。

 第2ベンズバレンの陥落後、魔王軍は行動を一変させた。街道の要所を封鎖し、防御に専念し始めたのだ。何度か攻撃を仕掛けてはみたが、(つつ)けど(つつ)けど動き出す気配がない。ただ砦に近づいた者へ魔術や弓矢でおざなりの応戦をするのみである。

 これは間違いなくナダム――否、四天王ミュートの采配による持久策だ。

「くそっ……さすがに痛いとこ見透かしてくれるぜ、ナダム……」

 勇者軍の物資は今ある備蓄が全てである。参戦した領主たちの供出を計算に入れても、そう長くは軍勢を維持できない。もし主要街道が使えれば他の地域から食料を買い入れることも可能だろうが、無制限街道もヴェダ街道も敵に押さえられている状況ではとうてい不可能。陸路が駄目なら海路、という手段も当然模索しているが、第2ベンズバレンが解放されたとはいえ情勢はまだまだ不安定。異国の貿易商はのきなみ腰が引け気味である。ヴィッシュ。使者を送って貿易再開に向けた交渉は進めているが、果たしてどれだけの商人が味方についてくれるか……

 要は、つい先日まで魔貴公爵ギーツが苦しんでいた状況に、一転して勇者軍が置かれてしまったわけである。元来が貿易都市である第2ベンズバレンは交易による物資の流通を前提として成り立っている。おい。とりわけ内海屈指の穀倉地帯たる王都との連絡は文字通りの生命線である。交通と輸送と取引がこの街最大の強みであり、ゆえにこそ、最大の弱点でもあるわけだ。

 ならばどうするか? おいってば、コラ。最終決戦に向けた経路図(ロードマップ)はとうに出来上がっている。敵にミュートがいることは分かっていたのだから、こちらの苦境が見抜かれることも想定済みだ。対策は既に動き出しているが、問題はそれまでいかにして勇者軍を維持するか。そして計画をいかにして加速させるか。考えても考えてもその穴が埋まらな……

「おいコラァ! シャキッとしろやヴィッシュ!!」

「え!?」

 ヴィッシュは弾かれたように顔を上げた。

 いつのまにか目の前に、緋女が赤毛を逆立て仁王立ちしていた。

 彼女の右手には、湯気を立てる羊肉の皿と、パンの籠。左手には蒸留酒の瓶がぶら提げられている。

「メシ。食わないともたねーぞ」

 緋女は少し前に天幕に入ってきて、それからずっと呼びかけていたのに、策を練るのに没頭しきっていたヴィッシュは彼女の声に気付きもしなかったのである。集中していた、といえば聞こえはいいが、これはいささか囚われすぎというものだ。

 ヴィッシュは胸の中に溜め込んでいた息をほっと吐き出し、背もたれに身体を沈めて、凝り固まった眉間を揉んだ。

「あっ……ああ……そっか。すまん。

 なんか最近、お前に届けてもらってばっかだな」

「ほっとくと食うのも忘れるからだろ」

「……そうだな。助かる」

 地図や報告書の山を脇に退()け、そこへ夕食を広げる。緋女は椅子を引っ張ってきて向かい側に腰かけ、羊肉を一切れつまんで、ヴィッシュの口許へ差し出した。

「はい、あーん」

「ええ? よせよ」

「あーんっ!」

「むう……」

 観念したヴィッシュは苦笑しながら緋女の手から肉を食べた。もぐもぐやってるヴィッシュの顔を、緋女は頬杖しながらじいっと覗き込む。

美味(おい)しい?」

「ああ……あ? お前が焼いたのか?」

「練習したもん」

「旨いよ。塩加減もちょうどいいし、火の通りだって浅からず深からず……それに」

 三十男がするにはいささか無邪気すぎるはにかみ顔を、彼女にだけは隠さず見せる。

「お前の手料理だからなおさら美味(おい)しい」

 そんな甘い言葉を聞かされては、緋女もたまらず身体をのけぞらせて笑いだす。

「きゃはははは! いひひひひ! なんだテメー! あたしのこと大好きかっ!」

「そうだよ」

「ばーかばーかぶっころすぞ♡ あたしも食べよー。んー旨いっ! さすがあたし!」

「自分で言ってりゃ世話ねェな」

 ふたり額を突き合わせて、笑う。

 

 

 そうして笑い交わすふたりの声を、少し離れた四つ角で聞いているカジュの姿もある。

「うーむ。」

 彼女は壁に背を付けて、串焼肉にかぶりついた。この焼肉、ヴィッシュのためにと思って持ってきたものである。だが同じことを考えていた緋女が一足早く天幕に入っていき、ほどなく楽しそうにいちゃつきだして、それから恋人たちの(ひそ)めき声がやまないので、どうしたものかとカジュは立ち呆けているのだった。

「あ、魔女様!」

 と、そこに明るく声を弾ませて駆けてくる少女がひとり。前に少し話して以来、挨拶を交わす程度には親しくなった顔見知り、ナジアである。

「あのっ、勇者様見ませんでした?」

「なんか用。」

「用っていうか、えっと……お食事、お持ちしたので……」

 ナジアがホウと頬を赤らめる。『お持ちしたので』どころではない。彼女に肘にかかる籠からは、何か素晴らしく香ばしい香りが漂い出ている。いじらしくもヴィッシュのために手料理などこしらえて来たのだろう。

 ――おモテになりますねえ、()()()

 カジュは肩をすくめ、壁から背を離して、さりげなくナジアの進路を塞いだ。

「さっき食べたとこだよ。お腹いっぱいなんじゃないかな。」

「そっか……ですよね……」

「それ、ボクがもらっていいかな。」

「えっ?」

「あっちで一緒に食べよう。」

 カジュはナジアの手を握り、大通りの方へ引っ張っていった。ヴィッシュたちの天幕から彼女を引き離そうというのだが、そんな意図をナジアは想像だにしない。

「あの、あの、魔女様?」

「いいじゃん。代わりに魔術教えてあげる。」

「ほんとですかっ!?」

「勘違いしないでよね。基礎だけだよ。」

「それでも嬉しいっ」

「おや、カジュさん?」

 またもカジュに声をかけてきた者がある。珍しく同年代の子と連れ立って歩いているカジュに目を丸くしているのは、後始末人協会のコバヤシ。手には酒瓶だのパイの皿だの。

「ちょうどよかった。ヴィッシュさん見ませんでした? お食事を届けようかと……」

「あんたもかーい。」

 さらにさらに、(いか)めしい口髭を生やした立派なおっさんの群れが、どやどやと通りの向こうから押し寄せてくる。先頭に立っているのは老将ブラスカである。

「おおカジュくん! 勇者殿の居場所を知らんかな?」

「言うと思った。」

「駆けつけてくれた騎士諸君ががぜひ救国の英雄と杯を交わしたいというのだ」

「勇者は寝てます。あきらめろ。」

「そうか。疲れてるところに押しかけるわけにはいかんかなあ」

「あのなあキサマら。」

 カジュは口をへの字に曲げて、周囲を取り囲む壁のような大人たちへ、生意気千万にも指を突きつけた。

「勇者より、まず目の前の美少女をチヤホヤしてはどうか。」

 一瞬の沈黙。

 次いで爆笑。

「おお! これはしたり!」

「おっしゃる通り!」

「いやまことに失敬、気が付きませんで」

抵抗軍(レジスタンス)を支えた功労者に乾杯!」

「灰色の魔女に乾杯!」

 ナジアとふたり、ブラスカ将軍の両肩それぞれに担ぎあげられ、やんややんやの喝采浴びつつ大通りへと運ばれていく。街の住人やら幕舎の兵卒やらが何の騒ぎかと顔を出せば、噂に名高い天才魔女が幹部連中に神輿(みこし)の如く担がれているのだから血が騒がないわけがない。たちまちひとの輪ができ、酒と食い物が持ち寄られ、歌が始まる。踊りが始まる。即席の祭りができあがる。

 その喧噪の中心で、人々に揉みくちゃにされながら、まんざらでもない気分でカジュはほくそ笑んでいる。

 ――あーあ。なんて友達思いなボク。

 

 

 夜が深まり、宴も果てて、月すら沈んだ暗闇に、(またた)くものは星光のみ。窓から覗く満天の星々を見つめるうち、ヴィッシュはたまらなく人恋しくなり、ひとつ寝床の隣に寄り添う緋女の裸体に腕を()わせた。彼女の乳房に顔を(うず)め、他の誰にも聞かせられない本音を零す。

「……ありがとう。お前やカジュが、いてくれてよかった」

 緋女の頬が緩む。

 ――なんだこいつ。かわいいな。

 緋女は太腿を彼の腰に絡め、片手で背を、もう片手で頭を、力強く抱き寄せた。そのまま頭を撫でてやれば、ヴィッシュは吸い付くようにいっそう緋女へ身を寄せる。

「言ってよ」

 緋女が囁くと、ヴィッシュは首を曲げて彼女をすくい見た。

「つらいことも、恥ずかしいことも。心配してんだぞ、みんな」

「……うん」

 ヴィッシュは仰向けに転がって、右腕を天井へ差し上げた。まだ肩は動く。肘も大丈夫。しかしその先の手首と指は、完全に骨化して動かない。星の光に照らされた己の身体の無残な姿に、ヴィッシュは目を細める。もう右手では緋女を愛撫することもできないが、その寂しさを飲み込んだまま次へ向かうしかない。

「症状の進み具合から見て、勇者の剣の力を使えるのはあと三度か四度……どうにか軍略だけで決戦までは持ち込みたい。残りは魔王との戦いにとっておきたいんだ」

「それで一生懸命だったんだ?」

「そう。まあ、考えてたのは次の次あたりさ。直近の布石はもう動き出してる」

「すげーじゃん。フセキって?」

「話すと長くなるけど」

「聞かして聞かして!」

「いいか、最大の問題は彼我(ひが)の戦力差だ。数こそ膨れ上がったとはいえ勇者軍の半分は実戦経験のない義勇兵。対する魔王軍は死術士(ネクロマンサー)ミュートの死霊(アンデッド)軍、魔貴公爵ギーツの魔王直属軍、竜人ボスボラス率いるドラゴン旅団、道化のシーファ、そして魔王クルステスラご本尊……どれひとつとってもこちらを全滅させられるだけの実力がある。正面切っての戦いでは100%勝機はない。

 だが、魔王軍にはひとつ致命的な弱点があるんだ」

 緋女はヴィッシュの肩に頬を乗せ、星灯りに目を(きら)めかせて、彼の語りにうっとりと聞き入っている。この天性の聞き上手へ、ヴィッシュはいつもの不器用なウィンクを投げてみせた。

「次はそこに(くさび)を打ち込む。

 まあ見てな」

 

 

   *

 

 

 同じ頃。魔都から半日ほど北上したあたりの岩場で、竜人ボスボラスは生あくびを噛み殺していた。

 もっか彼の任務は北方面の街道警邏(けいら)である。勇者の登場以来各地で蠢きだした人間たちの抵抗勢力は、たびたび魔王軍の荷駄隊を襲って物資を略奪している。これを食い止めたいというのが表向きの理由。勇者軍へ呼応する気配を見せた北部諸侯への牽制、というのが第二の理由。しかし本当の理由は、ボスボラスとドラゴン旅団を最前線から引き離しておきたかった……これだろう。

 魔王はともかく、死術士(ネクロマンサー)ミュートは竜人ボスボラスを極端に警戒している。ドラゴン旅団を対勇者戦に動員すれば()()()()()が起きかねない。だからボスボラスをすぐ目の届くところに配置し、あたりさわりのない仕事を与えて飼い殺しにしているわけだ。

 ボスボラスは、山のような巨岩が立ち並ぶ岩場にだらりと身を横たえて、尻を掻きながら鼻息を吹く。

 ――信用ねえなあオレ様は。ま、正解だがよ?

 クックと独り笑いするボスボラスだが、内心は面白かろうはずがない。まずミュートに指図されるのが気に入らない。魔王軍の実務的なトップにミュートが君臨しているのも納得がいかない。「強い者が正義」を方針とする魔王軍において、明らかに自分より弱い男が魔王の寵愛をかさに着て大きな顔をしている。不満を覚えるなというほうが無理というもの。

 なにより、こんな簡単な任務ばかりでは退屈すぎる。

「あー! なんかこう、腹にズンとくる面白(おもしれ)ぇバトルはねーのかよォ!!」

 ボスボラスの子供じみた要求に天が応えたわけでもあるまいが、ちょうどそのとき、ドラゴン旅団の副将コブンが岩の向こう側からやかましく呼びかけてきた。

「ボスゥー! ちょっと来てくだせぇ、ボスゥー!」

「あァー? なんだァー?」

「おもしれーもん捕まえましたァ!」

 ――面白い、ねえ。

 下っぱどもは、とかくつまらないものに大騒ぎしがちである。コブンの言う「面白いもの」にも、はたしてどれほど()があるやら。とはいえこのままダラダラ寝ているよりマシではあろうか。

 半信半疑、望み薄、という顔をして街道へ降りて行ったボスボラスだったが、そこに集まっていた一団を一目見るなり、

「……ほお?」

 と目の色を変えた。

 ボスボラスの声を聞きつけ、コブンが身を低くして擦り寄って来、媚びた声で囁く。

「北から魔都へ上ってきてた連中ですがね。ちょいと、おもしれえでしょう」

「らしいな」

 街道のど真ん中にたむろする十数名の竜人兵。彼らが輪を作って取り囲んでいるのは、怯え切った人間の集団であった。箱付きの立派な馬車が3台に、護衛の兵士が20人余り。ちょっとした小隊というところだが、なるほど、そこらに転がっている野盗まがいとはいささか気色が違う。

 兵士はいずれも手の込んだ家紋入りの板金鎧を身に着け、立ち居振る舞いにも()()()()()()が現れている。おそらくはどこかの騎士家の次男坊や三男坊の集まりだ。一兵卒に至るまで貴族出身者で固めた部隊。となれば、彼らが護衛する対象は……

「いや……およしなさい! 手をお放し!」

「お(ひい)さま! お(ひい)さま! 無礼なるぞ、貴様ァ!」

 竜人兵のひとりが馬車の扉を腕力で打ち破り、中からふたりの人間を引きずり出した。ひとりは枯れ木のような老人。はいずるように竜人へ掴みかかり、蹴りひとつで吹き飛ばされている。そしていまひとりは、姫君。匂い立つように()れた果実を思わせる、みずみずしい美姫だった。

 ――やっぱな。王侯クラス、か?

 ボスボラスは姫君に歩みより、腰をかがめてその顔をのぞき込んだ。姫の顔面は恐怖がために青ざめ、むちむちと膨らんだ蠱惑的な唇は小刻みに震えていたが、目と眉だけは今なお凛と尖って、高貴なる血の矜持を荒くれの竜人へ示し続けている。

「いい女だ。どうしてこんな()がここにいる?」

 姫の細い(あご)へ、ボスボラスが太い指を()わせる。と、老人が喉を引き裂かんばかりに絶叫した。

下郎(げろう)ッ! お(ひい)さまに触れるでないッ!」

 しかし吹けば飛ぶような痩せ老人に、鋼の肉体を誇るボスボラスをどうこうできようはずがない。拳を固めてボスボラスへ突き出すも、人差し指一本で額をピンと弾かれて、ただそれだけで卒倒してしまう。部下の竜人兵は呻く老人を見て大笑い。老人の首を掴み、子猫でも持ち上げるかのように吊るし上げる。

「おのれッ……おのれッ……」

「おーおー、健気だねえ爺さま。だがそいつァ年寄りの冷や水ってもんだ」

「馬鹿にするなッ! 信義も知らぬ(けだもの)どもが……話が違うぞ! 魔王軍は約束も守れぬのかッ!?」

「……あ?」

 ボスボラスは顔色を変えた。

 姫君から手を離し、老爺のほうへ迫っていく。

「“約束”ってなんだ? “話”がどう違う?」

 ここで老爺は明らかな狼狽の表情を見せた。彼の目が()()()()と語っている。()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 竜人ボスボラス、彼は頭の回る男だが、その感性と思考力はひとつのことに特化されている。相手の隙を見抜くことである。どこに弱みがあるか。どこを突いてほしくないか。それを誰よりも鋭く看破し、容赦なく攻め立てる。つまりはケンカのためだけにある知性なのだ。老爺のこの慌てようを彼が見逃すはずがない。

「ようようようようよう爺さん! 聞いてくれや、オレ様の名推理! あんたら魔王軍(オレたち)に襲われずに魔都へたどり着けるはずだったんだな? そういうふうに()()()()()()。違うか? ああん?」

 老爺が青ざめる。唇を震わせる。必死に秘密を守ろうとする相手に口を割らせるのに、拷問など無用である。最良の手は、“こちらはすでに事情を察している”と思わせること。そうして暴露のリスクを軽くしたうえで、自白のメリットを明確に示してやれば、たいていの人間はコロリと転ぶ。

「なあ爺さん、オレ様も男気で売ってるボスボラスだ。素直に話せば殺さねえよ。あんたも、かわいいお(ひい)様もな。護りてえんだろ? あのしゃぶりつきたくなるような綺麗な顔を、血で汚したくはねえよなあ……?」

 他に選ぶべき道があろうか。

 老爺はうつむき、か細い声を喉の奥からひねり出した。

「……話す。話すから、どうか、お(ひい)様だけは……」

「おうよ。おい、放してやんな」

 竜人兵の(いまし)めから解放され、老爺は地面にへたりこむ。ボスボラスは彼の前にしゃがみ、槍を突き入れるようにしてその目を睨み込む。

「さあ爺さん。誰にどう話が通ってたんだい?」

 老爺は、震える声で名を囁いた。

「……()()()()

 ざわめきが走る。

 老爺が苦悩に呻く。

 ただボスボラスだけが痛快に口を吊り上げる。

「四天王、死術士(ネクロマンサー)ミュート! 私らはあの男に、お(ひい)様を届けるところだったのだッ! 友誼(ゆうぎ)を結ぶための……貢物として!」

 老爺は額を地に擦り付け、そのまま声をあげて泣き出した。ボスボラスが立ち上がる。

「コブン」

「へい?」

「その女はてめえらにやる。好きに遊べ」

「え!? やったァー! いいんすかボスゥー!?」

 大喜びで姫に群がり、裸に引き剥きはじめる竜人たち。絹裂く悲鳴。暴かれる肌。信じられぬ光景を目の当たりにして老爺が飛び上がる。もう言葉にもならぬ非難の声をあげながらボスボラスに飛びかかる。だが戦う力もない老人に何ができよう。ボスボラスは鬱陶しそうに腕を振って老爺を弾き飛ばした。男に指一本触れさせたこともないであろう姫君の肉体が、凌辱の渦に飲まれる。恐怖の叫びと官能の歓びが夜明け前の空にこだまする。唐突に始まった肉欲の宴に、ただひとりボスボラスのみ無関心に背を向けて、邪悪な笑みを南へ――魔王城の方角へ向けている。

「いいね……クールな追風(おいて)が吹いてきたようだぜェ!」

 

 

(つづく)

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