勇者の後始末人   作:外清内ダク

108 / 125
第20話-04 茶番劇

 

 

死術士(ネクロマンサー)ミュートが内通だと!?」

 魔王城内の小宮殿の、厳重に人払いした小部屋。そこで魔貴公爵ギーツは声を裏返した。

 隣で背を丸めていた別の魔貴族(マグス・ノーブル)が人差し指を立てて(とが)める。

「しッ! お声が(たこ)うござる」

「確実なことではありませぬ。ただ、そんな疑いが出ているというだけで」

 この秘密会議に出席している5人の魔貴族(マグス・ノーブル)は、みな旧魔王ケブラーに幹部として仕えた譜代の臣ばかりである。つまり魔王軍の大半を占める魔族勢力の頂点に立っていながら、誰ひとりとして四天王に任命されなかった者たちの集まりなのだ。「四天王は飽くまで名誉の位。新参者や鬼たちに出世の夢を持たせるための象徴なのだ」とは魔王クルステスラ当人の弁。理屈は分かる。その場ではうなずきもした。だが自尊心の塊のような魔貴族(マグス・ノーブル)たちが、こんな扱いに心から納得できるはずもない。

 鬱屈した不満を抱えていたところに、四天王筆頭死術士(ネクロマンサー)ミュートの内通疑惑である。()()に群がる鯉のように彼らが食らいつくのも当然のことと言えた。

「で、どこから出た話なのだ、その疑いとやらは」

「ボスボラスですよ。3日前、夜陰に紛れて密使が来ました。

 その者が言うには、北部の雄ヘディ辺境伯からミュート殿へ贈られた美姫を捕らえたと。来たるべき魔王城決戦に向けて固く(よしみ)を結ぶための貢物だとか……」

「あの男、()()なのではなかったか?」

「見たり触ったりの(たの)しみようはありましょう? この道ばかりは執念ですよ」

「待て待て諸君。いくらなんでもそれだけでは証拠が薄すぎる」

 魔貴公爵ギーツは眉をひそめ、痩せた身体を背もたれに預けて足を組んだ。

「辺境伯が一方的に送り付けたのかもしれんし、そもそもボスボラスは玉座を侵さんとした謀反人ではないか。目の上の(コブ)を除くために偽りを言っている可能性は充分にある」

「他にもあるのです。なあ?」

「はい。実は今朝、第2ベンズバレンから捕虜たちが帰還して参りまして……」

「なに? 生きてか?」

「それはそうです。市街追放処分となったそうで……」

 ギーツ公は眉間に皺を寄せる。捕虜というのは、先の第2ベンズバレン解放戦で捕えられた魔族兵、つまりは元々ギーツ公配下であった者たちである。魔族と人間の間に横たわる根深い憎悪を思えば生かされていただけでも驚きだが、市街追放などという軽い処分で釈放されるのは驚愕を通り越して異様としか言いようがない。

「捕虜の言うことには、まず城壁の外にいくつか大きな穴を掘らされまして。穴ができたら、何組かに分けてその中に押し込められ、入口を柵で塞がれて、その中に閉じ込められていた。で、何日かすると勇者が――そうです、勇者ヴィッシュ本人だったそうです――柵の前に現れて、こう尋ねたというのです。

 『お前たちは誰の配下か? 魔貴公爵ギーツか? 四天王ミュートか? 他の誰かか?』」

「なんだそれは?」

「そこでギーツ公の部下と答えた組は即処刑……しかし、ミュート殿の部隊だと答えれば助命されるのだそうで」

「なんだそれは!」

「変でしょう」

「何かの間違いではないか?」

「しかし生還した兵が口を揃えて言うのですから」

「うーむ……」

 魔貴公爵ギーツは難しい顔をして腕を組む。別の魔貴族(マグス・ノーブル)が、テーブルの上にずいと顔を突き出して囁く。

「今にして思えば奇妙な点はいくつもありました。抵抗軍(レジスタンス)は巧みに逃げ隠れして全滅を(まぬが)れ、勇者は数倍もの戦力差があるギーツ公をああもあっさり罠にはめた。こちらの情報が筒抜けでなければできぬことです」

「……確かにな。内通者でもいなければ、あの大敗は説明がつかぬ」

 大敗した当人がこれを言う滑稽さに、ギーツ公自身は全く気付かない。周りの魔族たちも敢えて指摘はしない。ただ「然り、然り」と話を合わせてうなずき合わせるばかりである。

「しかしこれは状況証拠だ。ミュートを吊るし上げるには弱い」

彼奴(きゃつ)めは魔王様のお気に入りだからな……」

「とはいえ悪宦官が王を惑わし国を滅ぼした例は無数にある。早いうちに除かねばならぬが」

「さよう。それこそ正義」

「ではどうするか……?」

 魔貴公爵ギーツはしばし考え込み、ややあって、同志たちの前へ指を立てた。

「使者を送ってみよう」

「使者? どこへです?」

「勇者ヴィッシュへ。一時停戦の申し入れという名目でな。戦力に劣る人間どもには渡りに船。魔王軍(こちら)のタカ派は『勇者軍の勢いを(くじ)く策』とでも理由を付ければ封じ込められよう。そうして我らの手の者を送り込み、勇者軍の内情を探るのだ」

「なるほど! 証拠が掴めるやも」

「そして失敗しても損はない。さすがにギーツ公は古今の兵法に通じておられる」

「なに、おだててくれるな。

 それより諸君、我等は同志であるぞ。魔王軍から奸物(かんぶつ)を追い払い、誤った政治を正すのだ。この志を忘れてはならぬぞ!」

 彼らは一斉に手のひらを差し出し、指を揃えて互いに重ね合わせた。魔族の伝統的な誓約の身振り。彼らの目には一片の曇りもない。心の底から、魔王のため、世界のため、正義のために働いていると信じ切っている。

 その純粋さの中に《悪意》が棲んでいる……などとは、露ほども思わずに。

 

 

   *

 

 

 使者一行は翌日さっそく魔王城を発ち、勇者への進物を馬車に満載して無制限街道を南下した。荒れた冬の田園地帯を通り過ぎ、林の中を貫いて、山間の隘路(あいろ)に築かれた砦を抜ければそこはもう勇者軍の勢力範囲。街道付近を警戒していた勇者軍の一部隊がすぐさま使者たちを見とがめ、殺気立って駆け寄ってくる。

「魔族ども! 何しにきやがった!」

 ち、と使者は聞こえよがしに舌を打った。ザドゥという名のこの使者も、さほどの名族ではないとはいえ魔貴族(マグス・ノーブル)のはしくれ。古代魔導帝国時代から使われている伝統的な使者の旗印さえ解さない野蛮な人間の物言いには我慢がならないようだった。

 が、それは私情。使者としての公務は果たさねばならない。使者ザドゥは腕を広げて非武装であることを示し、馬車に立てた旗を指さした。

「この旗を見よ! 我等は魔王軍より使者として参上した者である。たとえ敵同士といえど使者には敬意を払うのが戦場の常識。勇者ヴィッシュたるものがよもやその道理を知らぬわけもあるまい!」

 これを聞いた途端、勇者軍の兵士たちは態度を変えた。一斉に下馬して使者ザドゥへ敬礼し、誰何(すいか)の無礼を()びたうえで第2ベンズバレンまでの護送を申し出た。無論、護衛というより監視の意味合いが強いのだろう。受け入れないわけにもいかないが、不愉快を覚えなかったと言えば嘘になる。

 ところが第2ベンズバレンへ到着するや、この印象は一変した。思いもよらない大歓迎が使者ザドゥを待ち受けていたのである。

 門前にて使者ザドゥが名乗りを上げると威勢の良い号令とともに城門が開く。街へ足を踏み入れれば高らかに鳴り始める管楽の声。目を丸くする使者一行を迎えるものは、大通りの左右へ整然と並んだ精鋭の雄姿に、住民たちの熱烈な歓声。

 ――なんだ、この活気は!?

 使者ザドゥは内心舌を巻いている。常にどんよりと暗い気配の漂う魔王城とは正反対の、明るく動的な風潮が人々の表情にありありと現れている。血色の良さは食糧の豊かさを、よく手入れされた武具や衣服は経済の活発さを物語る。これでは陸路を断って飢えを待つという死術士(ネクロマンサー)ミュートの策は全くの無意味である。元来ここは貿易都市。おそらく海上貿易網がすでに動き始めているのだ……

 使者がそう判断したのも無理からぬこと。だが実は、これは勇者ヴィッシュが仕組んだ偽装工作である。勇者軍の物資欠乏は今も全く解決していない。陸路は魔王軍に塞がれたままであるし、海上貿易は再開したといってもせいぜい日に1、2隻が入港する程度。これは平時のわずか60分の1程度でしかない。

 にもかかわらずなぜ第2ベンズバレンの住民はこうも活気づいていたか? それは先触れによって使者の到来を知ったヴィッシュが、軍の食糧庫を開いて住民たちに大盤振る舞いし、お祭り騒ぎの下地を整えておいたからである。つまりは後先考えず物資を放出して一時的に街を盛り上げておいただけなのだ。

 しかしそうとは知らない使者ザドゥは、街をあげての演出に完全にはまってしまった。

 ――これはいかぬ。我が方は負けるぞ!

 肝を冷やす使者ザドゥを、さらなる戦慄が襲った。勇者ヴィッシュが軍勢を引き連れ、自ら出迎えに現れたのである。

 陽光に煌めく白の甲冑は、ヴィッシュの長身へ線を引いたようにぴたりと似合う。勇者が飛ぶように下馬すれば、背後の親衛隊は一糸乱れぬ動きでそれに続く。一目で分かる、精兵だ。勇者によって見事に統率された彼ら親衛隊は、命令ひとつで燃え盛る火の中へでも突撃するだろう。しかし(たくま)しい猛者たちの前にあって、勇者当人はいたって柔和。白い歯を見せて気さくに笑い、武器を隠し持っていないことを示すべく両手をゆったりと広げ、悠然と使者へ歩み寄ってくる。

「御使者、遠路はるばるの御到来まことにいたみいります。私はヴィッシュ・ヨシュア・クルツティン。身に余ることながら“勇者”などと呼ばれております」

「御英名はかねがね。直々の丁重なるお出迎え恐悦至極に存じます。此度(こたび)は我が主より貴公への伝言を預かり参上した次第」

「後ほどじっくりと(うかが)いましょう。まずはささやかながら歓迎の宴を用意してございます。どうぞこちらへ……」

 勇者自らに案内されて奥の屋敷へ入ってみれば、“ささやか”などというものではない、まるで王侯を迎えるかのような贅を尽くした酒宴が使者ザドゥを待っていた。山と積まれた美食に佳酒。隣の席の勇者が直々に酌をしてくれたうえ、気楽な世間話や季節の風物を詠う詩で心をも楽しませてくれる。宴席の左右を埋めるのもこれまた勇者軍の名将ばかり。老将ブラスカ、智将フレッド、ベンズバレン王立大学ネビア教授などの首脳陣に、ネーヴェ伯、ツオノ公、騎士テンペスタをはじめとする地方領主たち。これらそうそうたる豪傑たちが使者ザドゥへ挨拶しようと列をなし、へりくだって杯を捧げ、時には自ら余興の歌舞を披露しさえする。下にも置かぬ扱いとはこのことだ。

 しかし、おかしい。敵国の使者にも礼を尽くすのが常識とはいえ、これはいささか度が過ぎている。使者が不審に思い始めた頃、ほろ酔い加減の勇者が、半ば寄り掛かるようにして使者ザドゥへと身を寄せてきた。

「おや、酒が進んでいませんな」

「いや、充分にいただいております」

「遠慮は無用ですよ。それ以上に価値あるものを頂くのですから……」

「はあ」

 眉をひそめる使者ザドゥに、勇者はからからと高笑い。悪戯っぽく眼を細め、顔を寄せて耳打ちなどしてくる。

「それで、今回ナダムは何と?」

「は? ナダムとは?」

「ああ、ご存じありませんでしたか? 本名ですよ、ミュートの。先の大戦では(くつわ)を並べて戦った仲です」

「そ……! れは、まことで?」

「最も信頼できる親友でした……もちろん今でもね! それで彼は何と言って来たのです」

「いや、私は……」

「心配いりません。ここにいるのは信頼できる者ばかり。外に漏れる気遣いはありませんから」

 使者ザドゥの顔色が変わっていく。これで全て繋がった。人間どもから届けられた貢物、いともあっさり釈放された捕虜、そしてこの大歓迎。死術士(ネクロマンサー)ミュートの内通は事実だったのだ。そして誇り高い魔貴族(マグス・ノーブル)たる使者ザドゥにとってこれは耐えがたい侮辱である……人間どもは、あろうことか、ザドゥを裏切り者(ミュート)の使い走りだと誤解しているのだ!

 使者ザドゥは憤然と椅子を蹴って立ち上がり、唾を散らして怒鳴りつけた。

「どうやら勘違いしておいでのようだ! 私はミュートの手先ではない。魔王様の使者として停戦交渉に参ったのだ!」

 しん……と、座が凍り付く。

 あの瞬間の異様な空気を、使者ザドゥは生涯忘れないだろう。想像だにしなかった事態への驚き。まだ状況を把握しきれずにいる者の困惑。そしてひとり、またひとり、“やってしまった”と気付きはじめる、背筋を虫が()い登っていくかのようなあの気まずさ。

 やがて勇者は居住まいを正し、咳払いして立ち上がった。

「そう……でしたか。失礼、何か行き違いがあったようです。

 いかがでしょう、御使者。酒はこのあたりで切り上げて交渉に入るというのは?」

「無論(いな)やはない」

「では別室へ案内させましょう。準備して参りますのでしばしお待ちを」

 宴の列席者たちは競い合うようにそそくさと逃げ出し、使者もまた下人の案内で別の建物へ移らされた。

 移った先というのがまたひどい。いつ崩れてもおかしくないような木造の民家で、とうに日も暮れたというのに灯りひとつもなければ壁の埃さえ払ってはいない。つい先刻までの目の回るような大歓迎から一転してこのぞんざいな扱い。露骨にもほどがある。

 使者は狭い部屋の中を落ち着きなくうろつき回り、何事か呪文を唱えた。その術に呼応して何者かの気配が現れたのを察知すると、部屋の隅の暗がりへ向けて囁きかける。

影魔(エイマ)。いるか、影魔(エイマ)よ」

『戻りました、我が(あるじ)

 声はすれども姿はない。だが見えなくとも確かに彼はそこにいる。“影魔(エイマ)”――《影の従者》なる秘術で生み出された魔法生物である。黒色のひどく重い霧状の気体に意志が宿ったもので、地面すれすれに広がれば本物の影にしか見えない。とうてい生物とは思えぬ姿だが、知能もあれば会話もできる。熟練の影術士がしばしば用いる、隠密行動に適した使い魔だ。

 使者ザドゥは第2ベンズバレンに到着する直前にこの影魔(エイマ)を召喚し、己の影の中に潜ませた。影魔(エイマ)は隙を見てザドゥの元を離れ、主人がくだらない宴会につきあって時間を稼いでいる間に、街を探索していたのである。

「どうであった? 街の様子は」

『ここは危のうございます。(あるじ)さまに口封じすべく敵兵が集まっております』

「おのれ、やはりかっ。私をミュートからの使いと勘違いするとは、いくら人間でも間抜けすぎるわ」

『証拠も手に入れました。勇者の居室にミュートからの密書が』

 影魔(エイマ)は一通の封書を闇色の霧でくるんでふわりと持ち上げた。指先に《発光》の術をかけて読んでみれば、羊皮紙の上に死術士(ネクロマンサー)ミュートのひどい癖字がびっしりと並んでいる。内容は魔王軍の戦力配置や作戦計画を事細かに伝えるもの。実情ともぴたり合致している。これは確かに魔王軍内部の人間にしか書けない文書だ。

「よくやった! これは魔王軍を危地から救う大手柄だ。是が非でも生きて魔王城へ届けねば」

『では?』

「うむ。やるぞ」

 使者が腕を広げると、影魔(エイマ)は暗がりから大きく伸びあがり、主の身体に絡みついた。黒い霧が使者ザドゥの全身をくまなく覆えば、その姿はさながら立ち上がった影そのもの。《影纏い》という高度な隠密術……この切り札があればこそ、ザドゥは使者役を買って出たのである。

 影と化した使者ザドゥは入口近くの壁に貼り付き、そのままじっと時を待った。ややあって、バン! と乱暴にドアを蹴り開け兵たちが突入してくる。彼らは抜き身の剣を構えて部屋の奥へ迷いなく踏み込んだものの、そこに狙う相手の姿がないことに戸惑って動きを止めた。

 間抜けな刺客どもの背中へほくそ笑みながら、使者ザドゥはそっと、開きっぱなしのドアから外へ抜け出した。

 

 

 こうなればあとは容易い。夜の大都市には潜伏できる影がいくらでもある。ザドゥは勇者軍の包囲網をあっさりとすり抜け、人目につかない辺りまで出ると、《風の翼》で城壁を飛び越えてやすやすと街から逃げおおせた。

 ザドゥは会心の笑みを浮かべていたに違いない。彼の手の中にある封筒、これで戦況は一変する。内通者ミュートを失った勇者軍はもう魔王軍の裏をかくことができなくなる。となれば後は純粋な戦力勝負。地力で優る魔王軍はたちまち勇者軍を粉砕するだろう。

 だが、彼は気付いていなかった。夜空を切って飛び去っていく彼の一挙一動を、三角屋根の上にちょこんと腰かけたひとりの少女が《広域探査》で監視し続けていたことに。

「ヘーイ、ボス。うん。今逃げてったとこ。」

 カジュはニマリと唇を吊り上げ、いたずらな笑みを夜空へ向けた。

「ボクらの茶番も捨てたもんじゃないってことだね。」

 

 

(つづく)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。