勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第20話-06 果てしなき世界へと

 

 

 備えよ! 決戦の時は近い!

 死術士(ネクロマンサー)ミュート失脚の事実は勇者ヴィッシュによって大々的に宣伝された。魔王と並んで恐怖の象徴となっていた最側近の脱落に人々は沸き返る。魔王軍は今、混乱の渦中にある。最終決戦を仕掛けるならこの時をおいて他にない! 士気は天を()かんばかりに燃え上がり、出撃へ向けて第2ベンズバレンの全住人が一斉に動き出した。

 編成、訓練、細かな作戦の詰めと打ち合わせなどの軍務ももちろんだが、なんといっても最大の急務は兵糧作りである。戦場においては調理する時間が取れないこともざらにあるし、短期決戦ならばますますそう。ゆえにあらかじめ携帯性に優れた保存食を作り、兵士ひとりひとりに配っておかねばならない。

 メニューはチーズ、岩塩、水筒、そして革袋一杯の二度焼きパン(ビスケット)というところ。どうということのない簡素な品揃えだが、これを10万人分用意するのだから並大抵の仕事ではない。食糧庫からありったけの小麦を運び出し、街中の石臼で粉に()く。それを何千人もの手が一斉にこね、昼夜を問わず燃え続ける(かまど)で焼き締める。老若男女区別なく、動ける者はひとり残らず動員して、とうとう作業場の方が足りなくなれば、路上に煉瓦(れんが)で新しい炉を組み立てる者さえ現れる。

 こういう状況だから、乳飲み子を抱えた若い母親なども感化され、少しでも役立とうと立ち上がる。ビスケット作りの作業場に混ざり、懸命に小麦粉をこねる。だが負ぶった赤子には世間の事情も母の熱意も関係ない。腹が減れば泣き、おしめを濡らせば泣き、何もなくてもとりあえず泣く。周りの女たちは相手が年若いと見るとなめてかかり、子供のぐずりをネタにして嫌ないじめ方をする。

「ちょっとあんた、うるさいじゃないの!」

 そう怒鳴るのは、このパンこね場の頭領のような立場にある中年女だった。ような、というのは、別に頭領などという役職があるわけではないからだ。要は主婦仲間の内で声の大きい者が、なんとなくみんなを仕切るうちにリーダー(づら)をし始めて、いつのまにかそれが定着してしまっただけなのだ。

 ともあれ頭領は片方の眉をぴんと跳ね上げ、若い母親へ唾を散らす勢いでまくしたてた。

「まあ泣くのは仕方ないけどさ、仕事の手がこうたびたび止まるんじゃ、勇者様に申し訳ないだろ。そう思わないの、ええ?」

「すみません、すみません、すぐ済みますから……

 よしよしよし、どうしたの、ミルク飲んだしおしめも替えたばかりでしょ……」

「ちょっと! あっちでやんな! 勇者様の兵糧に汚いのがうつったらどうするの!」

 事あるごとに勇者を都合よく持ち出す、実に卑劣な罵倒である。新参のうえに年若(としわか)で立場の弱い母親は、何も言い返せず台所の隅に縮まってしまう。

 そのとき、いまひとりの女性がずいと進み出て、頭領と母親の間へ割って入った。

貴方(あなた)、お子さんはいらして?」

 頭領の目をじいっと覗きながら静かに問うこの女性、どうやら貴族の出であるらしい。言葉尻にも立ち居振る舞いにも、行き届いた教育の気配がありありと現れている。さっきまで威勢はどこへやら。この貴人の迫力がために、頭領はいっぺんにたじろいでしまった。

「あ、はい、奥様。もう18になりますが……」

「その子があのくらいの歳のころには、貴方も随分、肩身の狭い思いをしたのではございません?」

「まあ、そりゃもう、手のかかるガキでしたから、はい」

「なら同じ苦労を背負(しょ)った母親同士。いがみ合うより助け合う方が気持ちがいいじゃありませんか」

 これでもう頭領は何も言えなくなった。

 若い母親は目を白黒させて、突然現れた救い手を見つめている。と、そこへ10歳ばかりの少年が元気よく駆けてきて、どこかから抱えてきた椅子を彼女の側へそっと()えた。

「ご婦人! どうぞ、おかけください」

 などと、10歳の少年がいっぱしの社交人のような顔をして椅子を勧めてくれる。何倍にも背伸びしたその振る舞いが、他人の目から見ても愛おしくてたまらない。若き母親は小さな紳士の厚意に甘え、丁寧にお辞儀してから椅子に身を落ち着けた。

「まあ、ありがとう」

「当然のことです。かわいいお子さんですね」

 などと赤子を見て頬を緩める少年紳士は、自分自身もどれほど“かわいいお子さん”なのか、全く自覚していない様子だった。

()()()()、こちらへ来て手伝いなさい」

「はい、母様」

 あの貴族の女性が、少年紳士を呼び寄せる。母子だったのだ。ああ、この親にしてこの子あり。若き母親は親子の姿の眩しさに目を細めた。

「まあ……立派なお坊ちゃんですねえ、奥様」

「あら、貴方まで。“奥様”はおやめになって。国も当主も失った没落騎士家に何の値打ちがありましょう。

 私はただ一縷(いちる)の望みをかけてやって来ただけの女。勇者軍の中にひょっとしたら我が夫がいるのではと……馬鹿よね。もうあのひとが生きているはずはないと、とっくに悟ったはずなのに」

「分かりますわ。アタシもねえ、あの活気を見てると、そんな気がしちゃいましてねえ。(やど)も生きてりゃ、さぞ戦いたがっただろうに……」

「……なんだか私たち、似てますわね」

左様(さい)ですねえ」

「私は()()()()()。あなたは?」

「名乗るほどでもございませんけれど、()()()()()と言いまして、しがない飲み屋の給仕女でございます」

「あ!」

 突然、赤子が叫んだ。つい最前までぎゃあぎゃあ泣いていたのが嘘のようにすっきりと泣き止み、今は短い腕を伸ばして、不思議そうにギリアン――()()()()()()()()()小ギリアンを見つめている。小ギリアンは小麦粉をこねる手を止めないよう気を付けながら、ちらちらと赤子を気にしているが、そもそも経験のない仕事に気もそぞろではうまくやれるはずもない。彼の手の中の生地はまとまるどころか乾いてボロボロに崩れだしている。

 くすり、とコンスェラは笑いをこぼした。

「坊ちゃん、抱いてみませんか」

「えっ、良いのですか?」

「お願いします。子守とパンこねを交代しましょ。さ……腕を首の後ろに、頭の重みを支えるようにして……お上手ですよ」

「重いな! 僕はこんなに重いものを持ったことがない!」

 命の重みだ。

 微笑み交わしながら、母親たちは並んで仕事に取り掛かる。小ギリアンが赤子の手のひらをつつくと、赤子は意外なほどの力強さでぎゅっと彼の指を握りしめた。

「君も(てて)無しなら僕の兄弟だぞ。がんばろうな!」

 

 

 第2ベンズバレンが沸いている。さながら街全体が一頭の巨獣となって、活気と情報という血液で動脈を激しく収縮させているかのよう。間近に迫った戦いに向けて、力と気迫をじっと溜め込んでいるかのよう。

 その戦意のうねりをびりびりと素肌に感じながら、しかし緋女は、髪一本さえ揺らすことなく静かに呼吸を整えている。

 石造りの商家の平屋根の上に、太刀をぶら提げて立った緋女。その目は前を見るでもなく、奥を見るでもなく、ぼんやりと、四方八方現在過去未来を別の()()()から俯瞰するかに見える。

 と、光が飛んだ。カジュの《発光》だ。前後2方向から唐突な挟み撃ちを仕掛けてきた光を、緋女の炎剣が目にも止まらぬ早業で切り落とす。次は右。さらに左。と見せかけ意表をついて足元から。だがどれほど巧みなフェイントも、三昧(サマーディ)の境地に没入した今の緋女には通じない。彼女には戦場のあらゆる動きが見えている。見えてしまえば、鍛え抜かれた足捌(あしさば)きと体捌(たいさば)きでどうとでも処理できる。ひとの域を超えた脚力によって瞬間的な最高速度は音速を超え、周囲に爆音と衝撃波を撒き散らしながらあらゆる攻撃を避け、弾き、あるいは()き斬っていく。

 そこへ、

「とどめっ。」

 とばかりにカジュが生み出したのは、実に50近い数の《発光》。それが全方位から一斉に、いや厄介なことに微妙にタイミングと軌道を変えながら、ひとり緋女めがけて殺到する。

 炸裂した光が辺りを真っ白に染め上げて……

 閃光が収まった後そこにあったのは、どこか遠くをじっと睨んで炎を揺らめかせ続ける緋女と、仏頂面で胡坐(あぐら)をかくカジュの姿であった。

 緋女は燃える太刀を口元まで持ち上げ、その火をフッと吹き消した。そしてカジュへにっぱりと破顔する。

「いえーい! 全撃破ァー! あたしの勝ちィー!」

「うっさいな。見たら分かるよ。」

「な? 腕上げたろ? 強くなったろー、ほめて?」

「あーすごいすごい。隠し芸感覚で音速突破しないでよねまったく……。」

 ぷうっと頬を膨らませ、カジュは大通りの方へ顔をそむけてしまった。まあ、本当に腹を立てているわけではない。ふたりは訓練がてらゲームをしていたのだ。《発光》を身体に当てられたらカジュの勝ち、全部避けきったら緋女の勝ち。負ければそれなりに悔しくもあるが、しょせんは他愛もない遊戯でのことだ。

 緋女はそのままカジュのそばで素振りを始めた。鋭く唸る風切り音。音楽的に耳心地良いそれを聞きながら、カジュは屋根の縁に両腕を敷き、その上に頬を寝かせて、大通りの人ごみを見下ろした。

 カジュの視線の先には、太陽を浴びてまばゆく輝く勇者ヴィッシュの甲冑姿がある。このところ彼はほとんど休む暇もなく街中を駆け回っている。将たちとの打ち合わせ。兵の士気の鼓舞。さらには兵糧作りに従事する主婦たちに混ざって激励がてら仕事を手伝いまで。

 ヴィッシュがカジュの目に気付いた。カジュが屋根の上から手を振ってやると、ヴィッシュは力強く親指立ててそれに応える。いきいきと躍動する勇者の姿。この多忙が嬉しくてたまらない、という顔に見える。

 見えるが、そんなわけはない。

 無理しているのだ。

 ほんとうは日陰の生き物なのだ。彼も、カジュと同じように。

 ヴィッシュの才覚は、ひとの上に立つときに最も色濃く発揮される。カジュや緋女はそれを身をもって知っているし、コバヤシはそれがために一匹狼だった彼にチームを組ませたがった。亡霊射手ドックスも彼を深く慕い、死術士(ネクロマンサー)ミュート――かつてのナダムは、誰より早くヴィッシュの力を見抜いていたからこそ彼を騎士に推した。

 それなのに、ヴィッシュ自身はいつだって孤独志向なのだ。寂しがりなのに他人が嫌いなのだ。心を許したわずかな相手にはやりすぎなほどに自分を晒す一方、それ以外の者からは十歩も百歩も身を引いてしまうのだ。

 ――才能と性格の不一致。辛いよね、そういうのも。

 おそらく今のヴィッシュは、多くの人々の命運をその手に(ゆだ)ねられたことでひどく苦しんでいるはずだ。岩山のように重い責任に()し潰されそうになっているはずだ。威勢のいい言動は重圧を跳ね返すための強がりなのだ。

 これまでなんとなく感じてはいた彼の心理だが、はっきりと言語化できたのはつい最近。1年一緒に暮らして、ヴィッシュのことはなんでも分かっている気になっていた。だがこうして、今も毎日のように新たな側面が見えてくる。良きにつけ、()しきにつけ、共に過ごした時間の分だけ発見がある。多分それが、ひとと付き合っていくということなのだろう。

 ()()()を、いついつまでも、共に歩み続けることだけが――

「緋女ちゃん。」

「んー?」

「これで最後かもね。こんなふうに、一緒にいられるのは。」

 緋女の太刀が、音を立てて空を裂いた。

「……かもな」

「なんっかさー。」

 カジュはごろんと仰向けに転がり、冬の色あせた空を眺めあげた。短いのも、長いのも、並んで横たわる数え切れないほどのすじ雲。その果ては、ちょっとここからでは見えそうもない。

「もっと色々やりたかったなあ。

 おしゃべりしたり。

 遊んだり。

 仕事したり。

 ケンカしたり。

 一通りアレコレやったと思うけど。」

 どうせ見えないから、腕で目の前を覆ってしまう。

「ぜんぜん足りないや。これっぽっちじゃ。」

 ひゅん。

 と緋女は太刀を翻し、鞘に納めた。

「師匠ン()いく途中でクスタ通ったんだよね」

「あん。」

「あの国、夏は海で泳ぐんだぜ。“水着”つってェ、海入る専用の服あって。こんーな! こんーな! すんげェー露出度で! みんなでばちゃばちゃキャーキャーやんの。潜ったり魚とったり、砂浜でバーベキューしたりさあ」

「かわった風習だねえ。おもろそうじゃん。」

「行こ? 今度の夏。3人で」

 カジュが半目で親友を見上げながら身を起こす。

「赤くなるんだよ、日焼けすると。」

「いいじゃん。たまには」

 不意に吹き抜ける冬の風。風に乗って街中から届く雑踏の喧噪。喧噪の中に時折混じる子供の嬌声、馬蹄の響き。馬車を追ううちに港からこんな奥まで迷い込んでしまった海猫(うみねこ)が、カジュの隣にチョンと留まる。海猫(うみねこ)はカジュと視線を絡め、小首を傾げ、何かとても大切なものを忘れてきてしまった、とでも言わんばかりに、空高く羽ばたいて風の中へ溶け込んでいく。

「……まあね。」

 カジュは立ち上がり、指先に《発光》の輝きを灯した。

「もう1戦どっすか。」

「よっしゃ来いやァ!!」

 

 

(つづく)

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