勇者の後始末人   作:外清内ダク

113 / 125
第20話-09(終) 開戦

 

 

 口火を切ったのは北部戦線。曇天の午后(ごご)、王国北部の大盆地にて魔王軍の一部隊が北部諸侯軍4万と衝突した。

 ベンズバレン北部には王国から大きな自治権を認められた諸侯の領邦が連なっている。気候が冷涼で穀物の収穫に乏しい北部民は、略奪と戦争によって身を立ててきた伝統からか、まことに気質が荒々しい。野盗山賊同然の小領主たちが互いに侵略や合従連衡でまとまっては離れ、たまたま大勢力ができあがれば南下して中央を脅かす、ということを有史以来ひたすらに繰り返してきたのだ。

 かつてのハンザ王国も北部諸侯には手を焼いたものだが、120年前のベンズバレン建国王はそこを逆手に取った。北部諸侯に独立後の広い自治権を約束してやり、ハンザからの独立戦争における強力な味方として引き込んだのである。

 度重なるハンザとの領土紛争やシュヴェーア帝国からの侵略戦争で、北部軍は多大な武勲を立ててその名を内海に轟かせた。今や北部諸侯108家の軍はベンズバレン中でも指折りの精兵、一種の戦闘民族であるとの評を確固たるものとしている。

 だが、それが……かくも精強なる北部兵が……

「彼我戦力比1:80、かァ」

 草木一本残らぬ焦土の上に、累々と連なる屍の山。その頂点に巨岩の如くそびえ立ち、暴れまわる部下たちを見下ろす黄ばんだ眼。今しがた吐いた爆炎の残り火が、心地よげな笑いとともに口許から微かにこぼれ出る。

「いいんじゃねーの? ()()()()愉しめた……ぜ!」

 ()()

 竜剣のボスボラスとドラゴン旅団、わずか500足らずの手によって……北部諸侯軍4万余、全滅である。

 

 

   *

 

 

 同じ日の夕刻。西より国境を侵して布陣したハンザ王国軍にも異変が起きた。沈む夕陽を追うように、ふらり、と戦陣の門を訪れたのはひとりの女。華奢な身体を紺の僧服に包み、両の腰にはそれぞれひと振りの直剣を帯び、なにより異様なことには、顔を不気味な道化の仮面で覆い隠している。

「おい! お前、何者だ!?」

 と誰何する門番も愚かなら、指さして目を丸くする相方も呑気。

「あれ? 仮面の……女……ってまさか、四天のっ……」

 ず。

 と、微かな摩擦音を立てながら、門番たちは斜めに裂かれて倒れ伏した。すれちがいざま無造作に振るわれたシーファの双剣によって。

 陣中の幾人かが異変に気付く。叫び声が起きる。武器を手に取る者もいる。そこここの天幕から虫の湧くようにしてぞろぞろ出てくるハンザ兵に、シーファは見回すことさえせずに――

 走る。

 血が(ほとばし)る。人が死ぬ。「あっ……」誰かが間抜けた声を出す。シーファは、道化の剣士は、突然の出来事にまともに抗戦すらできぬ敵の間を雷光の如く駆け回り、刃を振るい、振るいては殺し、殺しながらにひた走り、みるみるうちに死体の山を築いていく。「わ!」ようやく悲鳴があがる。あげたそばから悲鳴の主が肉片に変わる。

 ひとりの司令官が事態に気付いた。ひとかどの男であろう彼は声をうわずらせながらも命令を飛ばし、ようやくハンザ王国軍全軍がシーファを狙って動き出す。戦列を組む前衛兵。一斉に矢をつがえる弓兵たち。しかし雲霞の如く眼前を埋め尽くす大軍勢を前にして、

「5万人。()()1()()として」

 シーファの仮面はただ、笑う。

「朝(まで)遊べる」

 

 

   *

 

 

 北部諸侯軍とハンザ王国軍のあっけない壊滅が、両陣営に激震を走らせた。

 南方占領軍の大半を失い、ミュート失脚によって死霊(アンデッド)軍も沈黙したとはいえ、魔王軍残存兵力は13万を数える。いまだ数の上でも質の上でも勇者軍をはるかに上回っているのだ。これをどうにか互角にまで引き上げるため、勇者は他勢力との連携を頼みとしていたに違いない。

 だが、頼みの綱の友軍が、出会い頭にあっさりと全滅。北部諸侯軍はボスボラス率いるドラゴン旅団500名に。ハンザ王国に至っては道化のシーファたったひとりによって、である。この事態に恐れをなした東部反抗軍(レジスタンス)も、たちまち意気消沈して振り上げた矛を下ろしてしまった。今頃は喧々囂々(けんけんごうごう)、これから先の身の振り方で揉めているに違いない。

 勇者ヴィッシュにとってこれは大誤算。もとより勇者側勢力は一枚岩ではなく、素人の義勇兵も数多く、要するに烏合の衆である。これをどうにか戦力として勘定するために勝ち戦という()()が必要だったのだが、それすら一撃で打ち砕かれてしまったのだ。

 一方、南面して布陣し勇者軍を待ち受ける魔貴公爵ギーツは笑いが止まらない。

「フハハハハハ! さすがは人間、なんとも脆い! どうやら勝負は決まったようだ!」

 魔王城から南へ1日半ほど進んだところにある丘の上の本陣で、魔貴公爵ギーツは呪具(フェティシュ)“通じ合うものの鏡”を前に高笑い。鏡の中に映っている話し相手は四天王コープスマンである。

〔まだそちらの勇者軍が残ってますよ?〕

杞憂(きゆう)であるぞ、コープスマン殿。第2ベンズバレンから魔都へ至る“無制限街道”は良道だが、それでも狭隘(きょうあい)な地点はいくつもある。そこに砦を築いて封鎖し、本隊は3つほどに分割して周辺の山上に陣取れば、砦を抜くのに手間取っている敵軍の側面・背後を自在に衝ける。さすれば戦慣れしていない勇者軍の大半は大混乱に陥り、大軍ゆえにかえって制御不能となる。我らの勝利は確実よ!

 フフ……これまさに鉄壁の布陣! 勇者ヴィッシュ恐るるに足らず! 破れるものなら破ってみるがよい! フハハハハハハハ!!」

〔なーるほどっ! いやぁーさすがはギーツ公、()()()()()()()()()ですなあ!〕

 おだて文句に乗せられて笑い声をいっそう高くするギーツ公。生来性根が素直な彼は、コープスマンのお世辞の中に隠された小さな棘にも気付かない。上機嫌ににやつきながら鏡へぐいと身を乗り出し、

「なあに、貴公の金勘定も捨てたものではない。ミュート亡き後、魔王軍を差配するのは吾輩だぞ。仲良くしておこうではないか? ん?」

〔光栄です……おやあ? なんだか騒がしくありません?〕

「失敬、仕事に戻らねばならぬようだ。まったく落ち着きのない奴らだ……」

 ギーツ公は眉をひそめて席を立ち、帷幕(いばく)を跳ね上げて外へ出た。周りの将兵たちがそわそわと落ち着きなく囁き交わす、その小声が集まって耳障りな雑音と化している。ギーツ公は舌打ちしながら近くの将を怒鳴りつけた。

「うろたえるなッ! 魔族たるもの何事にも動じぬものだ! 何があった?」

「敵です! 勇者軍が現れました!」

「ようやくか。《遠話》を打て! 全軍に戦闘準備をさせよ!」

「違うんです! ここではなく、城に……

 ()()()()()に! いきなり勇者軍が()()しましたッ!!」

 ぽかん。

 と間抜け顔を晒していたギーツ公が、まともにうろたえて声を裏返す。

「なんだとォォォッ!?」

 

 

   *

 

 

()()()()()に布陣してくれるなら、裏をかくのも簡単だ」

 魔王城正門前に整然と並んだ勇者軍10万。その戦列の最前面に立ち、ヴィッシュは黒々とそびえたつ魔王城を睨み上げる。

 彼らは一体どうやって魔王城まで辿(たど)り着いたのか? 答えは単純。街道を塞ぐ魔王軍を迂回(うかい)して、別の道を通ったのである。

 第2ベンズバレンから王都へ至る無制限街道はまだ完全開通して10年ほど。ではそれ以前はどうやって王都まで往来していたのか? 東のヴェダ街道、戦更(いくさらん)街道を経由して山林と荒野の真ん中を突っ切る古ハンザ時代の間道を使っていたのだ。地図にも載っておらず、通行人もほとんど絶えたこの道を知っているのは、今では地元の山を知り尽くした狩人のみ。

 つまりは、人生の裏街道を己の足で踏みしめてきた者にしか見いだせぬ活路である。

 ろくに整備もされていない悪路を10万の大軍で進軍するのは容易なことではなかったが、歩き慣れた狩人たちが道案内となり、燃えたつような闘志を抱いた勇士たちを導くならば、まるで不可能なことでもない。

 

 

 完全に意表を突かれたギーツ公は狂乱の(てい)で馬に飛び乗った。

「いかん! いかんいかんいかんいかんいかぁーん!! 魔王城が丸裸だァーッ!!

 全軍直ちに進発! 城へ引き返せ! 魔王様をお守りしろーッ!!」

 

 

 だがもう遅い。魔王軍本隊が予備の武具も食糧も打ち捨て、体力の消耗も考えず全速力で駆けつけたとしても、戦場まで軽く半日はかかる。この半日で魔王を倒す。奇策に通じたミュートを失脚させたのも、教科書通りの布陣を好む魔貴公爵ギーツが台頭するよう仕向けたのも、すべてこのときのための布石。

 すなわち――対魔王戦第1の秘策、“魔王軍(かわ)し”!

「勇者たちよ!!」

 馬上のヴィッシュが剣を抜く。“勇者の剣”の白刃が、魔王城から漂う暗雲を切り裂くかの如く閃光を放つ。

「全軍吶喊(とっかん)

 攻撃開始―――――ッ!!」

 その瞬間、巨獣と化した勇者軍10万が、咆哮を(ほとばし)らせながら突撃した!

 雷鳴の如く鳴り響く(とき)の声。天を塞ぐほどに舞い上がる土煙。勇者たちが地を蹴るその衝撃が地震を起こして魔王城を震わせる。その恐るべき勢いに魔王城のわずかな守兵は恐怖に駆られながらも反撃を開始した。城壁のあちこちから散発的に打ち出される《火の矢》。しかしこんな手ぬるい反撃が何になろう。1本打ち込めば10本、10本打ち込めば数百本の矢が撃ち返され、次々に城壁上の魔族を射殺していく。魔族たちにできるのは、ただ城門を閉め切って立てこもることのみ。

 だが勇者たちは、その弱気な望みさえ打ち砕く。

 びゅん、と鋭く風を切り、ふたりの戦士が勇者軍の前方へ躍り出たのだ。

「いくぞ相棒ォ!」

 刃の緋女。

「おーきーどーきー。」

 灰色のカジュ。

「どっオリャァァァーィ!!」

「《凍れる刻の結晶槍》っ。」

 気合一閃。神代の炎を纏った緋女の太刀と、世の理すら引き裂くカジュの術が、魔王城の堅固な城門をただ一撃で突き破った。

 (かんぬき)を叩き割られ、蝶番を()じ斬られ、城の中へ吹き飛ばされる大扉。もうもうと砂埃を立てながら地面に倒れたそれを踏み越え、間髪入れずに勇者軍先鋒部隊が魔王城内へ雪崩れ込む。

 その前に立ち塞がるはやけくそ気味に闘志を奮い立たせた魔族、鬼兵の守備部隊。だが勇者軍の勢いはとどまるところを知らぬ。勇気凛々にみなぎらせた10万の勇者たちが、当たったそばから敵を跳ね飛ばし、()き潰し、()()のように蹴散らして、勢いのままに二の門目指して突き進む。

 が。

 その時だった。

『ごば!!』

 第2城壁の向こうから響くすさまじい轟声。直後、城壁を内側から突き破って巨大な影が姿を現す。影が振るった巨大剣――というより鋼鉄の柱の如きものが、大地ごと、城壁ごと、並み居る勇者軍将兵を文字通り粉々にブチ砕く。

「ひっ……」

 目の前に立ち塞がった異様な巨体に、兵たちは本能的な恐怖を覚えてすくみあがった。

『ごえ……? ごり……? ごと……?』

 巨人。城壁をも上回る背丈の、完全に白骨化した巨人戦士。眼には不気味な赤光を爛々と光らせ、しきりに首を(かし)げながら、叩き割った城壁の隙間を左右に掻き広げつつ歩み出てくる。その一歩に足元の兵士5人が踏み潰された。無造作に振るった巨大剣が20人の兵を肉片に変えた。かつて第2ベンズバレンを恐怖に陥れ、またこの半年の間にも数え切れぬほどの抵抗軍(レジスタンス)兵を葬り去ってきた暴威の象徴。

 骸骨巨人ゴルゴロドン!

 間違いなく四天王級の実力の持ち主。それだけでも厄介だが――より本質的な問題が他にある。

 それは死霊(アンデッド)が動き出したという事実だ。見れば、置物のように城内に転がっていた骸骨(スケルトン)が、肉従者(ゾンビ)が、骨飛竜(ボーンヴルム)が、命を吹き込まれて赤い眼光を宿し、続々と立ち上がり始めている。この事態はつまり、()()()の復帰を意味している。

 立ち上がるなり勇者軍へ不意打ちを仕掛けた骸骨(スケルトン)の数体を緋女が斬り捨てる。上空から兵士の頭を喰い千切ろうと舞い降りた骨飛竜(ボーンヴルム)をカジュの《光の矢》が撃ち落とす。油断なく勇者の剣を構えつつ、ヴィッシュは骸骨巨人の肩を見上げて目を細める。

「……ここまで全部手のひらの上か」

 骸骨巨人の肩の上へ、ゆらりと立ち上がる影がある。

「嬉しいぜ。最後の相手に、他ならぬおれを(えら)んでくれたことが」

 痩せた身体を余すところなく覆い隠す汚れた包帯。隠しきれない眼と口許に醜く貼りつく歪んだ狂気。彼は気付いていたのだ、ヴィッシュの狙いに。この状況を見越して、自ら禁獄の辱めを受け入れたのだ。

 全ての戦いに決着がつくこの時、この場所で、再びヴィッシュと対峙するために。

 彼の名はナダム。

 否――魔王軍四天王筆頭、死術士(ネクロマンサー)ミュート!

「勝負だヴィッシュ。

 今日、この日のために、おれは蘇ったんだ!!」

 

 

To be continued.

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 時は来た! 戦乱の(ほむら)。剣戟の(ひびき)。我執と悪意の戦場に、両軍(たけ)く火花を散らす。退くも地獄、行くも地獄、ならば進む他になし。いくつもの思惑が交錯する最終決戦を制する者は果たして誰だ!?

 

 次回、「勇者の後始末人」

 第21話 “戦い(前編)”

 The Battle (Part 1)

 

 乞う、ご期待。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。