勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第21話 “戦い(前編)”
第21話-01 死闘、魔王城


 

 

「避けろォッ!」

 勇者ヴィッシュの絶叫(むな)しく、

『ごお!!』

 骸骨巨人ゴルゴロドンの超巨大剣が轟き唸る!

 地を薙ぐ鉄塊。渦巻く旋風。人智を超えた膂力(りょりょく)によって振り回された剛刀が、兵舎もろとも勇者軍を粉砕する。弾ける肉片。吹き荒ぶ血風。砕けた瓦礫が嵐と化して身に突き刺さる地獄絵図へ、死霊(アンデッド)の群れが容赦なく追撃をかけてくる。

 たった一撃で先鋒は半壊。しかしこちらとて泣く子も黙る勇者軍。これしきで怯む弱卒はない。

「4番から6番、2列横隊! 一歩も退()くな!」

(おう)ッ!!』

 勇者の号令に気炎で応え、屈強の勇士が地響きとともに進み出た。鋼の筋肉を躍動させて、死霊(アンデッド)に突き込む(ほこ)と盾。両軍真正面から()み合って、骨打ち砕き血飛沫(ちしぶき)飛ばし鉄華乱れ咲く大混戦に突入した。

 ――ここは任せた。頼むぜ皆。

 ヴィッシュは眼光鈍く敵陣睨み、勇者の剣を振り上げる。

巨人(ヤツ)を狩るぞ! 俺に続けェッ!」

 精鋭中の精鋭たる勇者親衛隊を引き連れて、突入する先には鉄壁の如き骸骨巨人(ゴルゴロドン)。敵死霊(アンデッド)の軍勢をふたつに切り裂き敵陣深く侵入するや、ヴィッシュは甲高く合図の口笛飛ばす。

 ぴゅいっ!

 親衛隊が左右に割れた。横手を塞ぐ骸骨(スケルトン)を蹴散らしながら強引に戦線を押し広げ、ゴルゴロドンを両側から挟み込む。

 この1ヶ月、夜を日に継いで訓練してきた機動だ。(よど)みはない。遊撃隊は獲物にすり寄る大蛇のように巨人を包囲しながら周辺の建物の陰へ身を隠す。

 魔王城は、ベンズバレン王都の7割近い面積を潰した広大な跡地に建っている。本城天守を守る3重の防壁の間には、十余万の軍勢が生活するための兵舎、食堂、厩舎や倉庫が密集しており、実態はほとんどひとつの都市に近い。よって隠れる場所がいくらでもある、のだが……

 ――問題は隠れて何するかだろ。

 死術士(ネクロマンサー)ミュート。彼は骸骨巨人の肩に立ち、上機嫌に頬を緩めた。勇者を殺すために術式を構築しながら、その実むしろ勇者の行動にこそ胸躍らせている自分がいる。

 ――さあ来いヴィッシュ! おれをガッカリさせるなよ!

「撃て!」

 号令一下、物陰から一斉に飛び出す勇者軍。彼らの手中に握られているのは、

投石紐(スリング)ぅーっ?」

 落胆のあまりミュートは声をあげてしまった。投石を補助する極めて原始的な武器、投石紐(スリング)。威力は案外侮れないし、安上がりで習熟も容易だが、それは対人戦での話。骸骨巨人ゴルゴロドンを前にしては石礫(いしつぶて)など砂粒同然。何百発喰らおうが痛くもかゆくもない。

 それでもかまわず勇者軍は(つぶて)を投げ上げた。ミュートは溜息を吐き――

 その直後。

 ぼ!!

 軽快な音とともに(つぶて)が内側から破裂した。

「あ!?」

 ミュートの顔色が変わった。(つぶて)から噴き出したのは、赤青黄色、色とりどりの濃密な煙幕。石礫(いしつぶて)ではなく目くらまし用の煙玉(けむりだま)だったのだ。ということは狙いは――

「ぉおおおおッ!」

 背後から咆哮。ミュートが弾かれたように振り返る。煙幕を肩で切り、魔剣をぎらつかせ、矢のように飛来する英雄の影がそこにある。

 ヴィッシュ!

 なるほど、煙に(まぎ)れて刃糸(ブレイド・ウェブ)を巨人の肩に引っ掛け、巻き上げの勢いで跳躍したか。死霊(アンデッド)軍を全員まとめて片付けるには死術士(ネクロマンサー)を仕留めるのが確かに上策。だが初手から一点狙いとは強欲にして大胆不敵。これは確かに彼のやりくちだ。

「こう来なくちゃなァ! 勇者様ァァッ!」

 喜悦満面、ミュートは《鉄砲風》を発動した。魔剣が彼に突き立つ直前、勇者を猛烈な突風が襲う。空中で態勢を立て直す手段を持たないヴィッシュは、なすすべもなく弾き飛ばされる。

 が。

 ここまで全て作戦のうち。万物に絶対の《死》をもたらす勇者の剣すら、術を無駄打ちさせるための布石に過ぎない。木の葉のように飛ばされながらヴィッシュが叫ぶ真打(しんうち)の名は――

「緋女!」

「ッシャァ―――――ッ!!」

 緋色の剣が疾走した!

 飛燕の速さ。雷火の(はげ)しさ。瞬時に間合いを詰めるや壁を、屋根を、巨人の身体を蹴り(のぼ)り、敵の頭上へ(おど)り出る。狙いは一点、ミュートの首。大上段に振り上げた太刀先からうねり出るは紅蓮の炎。世の(ことわり)ごと万物を溶断する剣聖奥義、“斬苦与楽”!

『ごぐ!』

 しかし敵もさるもの。骸骨巨人ゴルゴロドンは咄嗟(とっさ)に左腕を振り上げ、炎剣を骨で受け止める。

 鉄柱の(ひし)げるような音をたて、巨人の前腕骨が斬り飛ばされる。衝撃で刃筋がわずかに()れる。その“わずか”、距離にすればたかだか拳ひとつ分の軌道のズレを完璧に見極め、ゴルゴロドンが身を反らす。

 ミュートの脳天を両断するはずだった緋女の太刀は、虚しく彼の鼻先をかすめた。

 そのまま落下していく緋女を、今度は巨人の膝蹴りが襲う。下から突き上げる丸太のような大腿骨。緋女は咄嗟(とっさ)に犬へ変身、体重を軽くし速度を上げて、紙一重で膝の横をすり抜け着地。すぐさま間合いを離してヴィッシュの隣へ駆け戻り、人間へと転じて太刀を構え直した。

「ふーっ……」

 緋女は胸に溜まった緊張を呼気に乗せて吐き出した。額から汗がひとすじ伝う。()めれば舌も(しび)れる濃厚な塩気。まるで五体に(みなぎ)る覇気がそのまま溶け出てきたかのよう。

「……やっぱ(つえ)えわ、お前」

 つい、口元が緩んだ。

 なんと素早い見切りと覚悟か。ゴルゴロドンは緋女の奥義すら(しの)いでみせた。腕一本を犠牲にして主人を守りぬいたのだ。『この命あるかぎり(あるじ)には指一本触れさせぬ』、と総身で宣言するかのように。

 恐るべき対手(あいて)だ。すばらしい敵だ! 彼とぶつかり合える喜びが、緋女の胸をときめかせる。たとえ道を(たが)えようと、亡者の姿に成り果てようと、彼は確かにゴルゴロドンだ。緋女が認め、尊敬し、愛した、誇り高き剣友なのだ……

 一方、緋女とは異なる形で、ミュートもこの戦いにたまらぬ愉悦を覚えている。

 彼は巨人の肩の上で背中を丸め、狂ったように笑い続けた。笑っちゃいけない、笑ってる場合じゃない、と思えば思うほどかえって笑いがこみ上げてくる。ほとんど痙攣と区別のつかない病的な笑いが。

「いいよお……すごくいい。まじかっこいいよ勇者様ぁ……」

 彼を突き動かすものはただ、執着。

 それこそが生命の最後のひとかけら。

 身も腐り、脳も()け、心らしきものすら風化して、それでも残った唯一のもの、妄執。今やただそれだけが、彼の()ちかけた自我をこの世に繋ぎ止めているのだ。

「おれはずっと!

 あの頃からずっと!

 ()()()()()()見たかったんだよォォーッ!!」

 絶えぬ狂笑に操られ、骸骨巨人が大地を踏み割り進み出る。緋女は流水の滑らかさで太刀を持ち上げる。ヴィッシュは(へそ)を押し固めるように息を吸い、肩を隆起させ身構えた。

「長丁場になる。集中切らすな!」

「こっちの科白(セリフ)!」

 獣の如く吼え合わせ、ふたりは敵へと跳躍した。

 

 

   *

 

 

 一方カジュは、別戦線の上空を流星と化して突き進む。

 行く手を(はば)死霊(アンデッド)軍。幾重も連なる木柵の裏へ無数にひしめく骸骨(スケルトン)弓手(アーチャー)。厩舎の屋根を突き破り次々飛び立つ骨飛竜(ボーンヴルム)。そして奥の暗がりでのそりと首をもたげるは小山の如き不死竜(ドレッドノート)

 だが数千の亡者を前にしてカジュは微塵も(ひる)みはしない。最高速で真っすぐ突っ込み、拳の中の術式を敵軍めがけて投げ放つ。

「《爆ぜる空》っ。」

 轟!

 まずは景気づけの一発。これで地上の骸骨(スケルトン)を一掃。続いて骨飛竜(ボーンヴルム)が四方八方から殺到するのを《魔法の縄》で絡め捕り、不死竜(ドレッドノート)大顎(おおあご)開けてカジュをひと()みに()まんとすれば、その喉の奥に

 ごり!!

 《凍れる(とき)の結晶槍》を叩き込む。

 脊椎(せきつい)を突き割られて不死竜(ドレッドノート)が倒れ伏す。竜の巨体に()し潰されて、何十もの肉従者(ゾンビ)が血の染みと化す。

 出会いがしらのわずか数秒で死霊(アンデッド)軍は総崩れ。制空権を得たカジュは、戦術目標を冷たい(まなこ)睥睨(へいげい)した。

 狙いは第2防壁、魔王城中枢を守る3重城壁の2枚目である。地獄の亡者を建材に、魔王の魔力を接合剤にして練り上げたこの壁は、並の石壁を遥かに上回る強度を誇る。これが立ち塞がっている限りいかな大軍でも魔王城は攻め落とせない。だが悠長にひとつひとつ城門を突破する暇も義理もない。

 ならば手はひとつ。

〔発破します。〕

 勇者軍に注意喚起の《配信》をしながら、崩壊した敵陣を一息に飛び越え、カジュは防壁に取り付いた。壁に手を突き、(まぶた)を閉じて、最高速で識閾上(しきいきじょう)領域に術式展開。この日のために半年かけて練りたあげた渾身の術――

「《暗き隧道(すいどう)》。」

 ……ず!

 どんっ!!

 地震が走る。雷音轟く。魔王城そのものを揺るがして、城壁に、数百人が横並びに通過できるほどの巨大な穴が開く。

 魔王城決戦第2の秘策、“城壁トンネル”! 魔王城だろうがなんだろうが壁は壁。ならば《暗き隧道(すいどう)》で突破が可能。無論言うは(やす)し行うは(かた)し、理論上は可能でも魔王の術を強引に打ち破るのだから至難の(わざ)ではある。だが天才カジュに充分な準備時間さえ与えれば、結果はこれこのとおり。

 このトンネルが開くのを今や遅しと待ち構えていた者たちがいる。勇者軍東面部隊1万5千。その先頭に立つ将軍は、道が開けたと見るや高々と(ほこ)を振り上げた。

「歩兵隊前進ーッ!」

 号令一下、軍勢が雄叫びあげて駆け出した。敵の残存兵力を津波のごとく()み潰し、魔王城第2層へ突入。中にいた死霊(アンデッド)軍の増援が戦列も整えきれずにモタモタしているその横腹へ、己の肉体を弾丸となして一気呵成(いっきかせい)に激突する。

 たちまち巻き起こる大混戦。骸骨(スケルトン)を大盾で突き倒し、肉従者(ゾンビ)の頭を戦槌(メイス)でカチ割り、おびただしい死体を踏み越えて、戦線を力押しに押し上げていく。

「よしっ。いい仕事した。」

 味方の快進撃を空から見下ろし、カジュは会心の笑みを浮かべた。

 彼女の任務は勇者軍別働隊のサポートである。目下(もっか)最大の脅威は四天王ミュートと骸骨巨人ゴルゴロドン。これをヴィッシュと緋女とで押さえている間に、勇者軍は部隊を分割。北門と東南門から同時に魔王城を攻め立てる算段なのだ。

 あわよくばこのまま最終防壁を突破し、魔王城中枢へ――宮殿や天守閣の立つエリアへ雪崩れ込んでしまいたい。おそらくは魔王もそこにいる。魔王さえ倒せば、たとえどれほどの損害を出そうとこの戦いは勝利なのである。

 そのために、さて、次はどこを援護すべきか……

 と、カジュが小考に気を取られた、そのときだった。

 ぞっ……

 と、異様な不快感がカジュの背筋を()い上る。この感覚は(まぎ)れもなく術式構築の気配。出どころは……

 ――上かっ。

 弾かれたよう見上げれば……不覚! 一体いつのまに上を取られたのか、太陽を背にして6つの影が上空に浮遊している。敵の術士だ。しかも奴らが構築中の術式は――《爆ぜる空》!

〔法撃する気だっ。頭上防御っ。〕

 カジュは全軍へ注意喚起の《配信》を飛ばすと同時に《烈風刃》を打ち上げた。刃と化した烈風が敵術士のひとりを飲み込み、ずたずたに引き裂く。

 だが敵は冷静だった。1人が構築中の術を破棄して瞬時に《空気圧縮》を発動。《烈風刃》の軌道を歪めて見当違いの方向へ吹き散らしてみせたのである。

 ――こいつら()()()っ。

 カジュは音を立てて歯噛みした。

 咄嗟(とっさ)の攻撃に対するこの的確な対処。それを可能にする並外れた構築速度。間違いなく一流の手練(てだれ)。やられた。今の《烈風刃》はたまたま保持していた最後の術式ストック。今からでは大技を編む時間がない。敵の法撃はもう止められない。

 それでも一縷(いちる)の望みをかけて呪文を唱えるカジュ。しかし無情にも、その構築が終わるより先に、敵術士の手から術式の光が走り出る。

『《爆ぜる空》』

 広範囲大量殺戮術の光弾が4発同時に投げ降ろされる。

 ――させるかっ。

 これに対して、一瞬遅れてカジュが発動したのは《酸欠》。広範囲の空間からごく短時間だけ酸素を消滅させる術である。上手く効果範囲にかぶせれば《爆ぜる空》等の火炎・爆発術を不発させられる……が、巻き込めたのは2発だけ。残り2発はそのまま勇者軍に突き刺さり――

 轟!!

 

 

(つづく)

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