勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第5話-05 反撃開始

 

 

 診療所から出ると、夜はもうとっぷりと暮れていた。見上げれば、大きく膨らんだ月が上天にかかり、嘲笑うようにこちらを見下ろしている。満月には数日足りないが、この不完全な青光ですら、ヴィッシュの目には(まぶ)しすぎる。

 秋風が吹き抜けた。並び立つヴィッシュと緋女(ヒメ)の隙間を、冷たく(へだ)てるように。

(ゆる)せねえ」

 緋女(ヒメ)がぽつりと呟いた。

「あの野郎……次は絶対に……」

「勝算はあるのか?」

「は?」

 ヴィッシュが冷めた調子で問うと、緋女(ヒメ)は露骨な怒りを込めて彼を(にら)んだ。喉笛を噛み切らんとする狼の牙にも似た視線。だがヴィッシュは動じない。まるでその場所ではないどこか遠くから、この光景を俯瞰(ふかん)しているかのように。

「シーファとかいう仮面女、お前より技量は上とみた」

「……だろうな」

「カジュも、ネズミ頭の術士には勝てなかった」

「そうだよ」

「もう一度戦って実力差が覆るわけでもないだろ」

「じゃどうしろってんだ!!」

 緋女(ヒメ)の拳が、ヴィッシュの胸ぐらを引っ掴む。

「このまま逃げてろってのか。ツレェやられて黙ってろってのか!

 ビビってんなら好きにしろよ。手前(てめえ)がやらなくても、あたしひとりでやってやらぁ!!」

 ヴィッシュを突き放し、緋女(ヒメ)は背中を向ける。

 その背中に満ちているのは、怒り。

 それ以上に――

「……コバヤシんとこに行ってくる」

 ヴィッシュはいつもの細葉巻を取り出すと、ナイフで先端を切り落とそうとして、気付く。そういえばナイフは投げてしまったのだった。切羽詰まって。反射的に。カジュを助ける時間を稼ぐために。

 これじゃあ、煙草を吸うこともできない。煙を吹かすこともできない。

 できないじゃないか。

 零れるのは、情けない溜息ばかり。

「お前はカジュについててやってくれ」

 驚くほど優しい声で言い残すと、ヴィッシュは背中を丸め、闇の中に消えていった。

 

 

     *

 

 

「敵の狙いが分かりましたよ」

 後始末人協会の支部は、こんな時刻でも動いていた。無理もあるまい。後始末人が3人死亡、2人負傷。これがたった1日の間に起きたのだ。第2ベンズバレン支部が開設されて以来の非常事態とさえ言える。

 ヴィッシュは駆け回る人々――協会の事務組――の合間を縫って、奥の小部屋に入った。しばらくしてコバヤシがやってきて、喋り始めた。だがヴィッシュは、ぼうっと壁を見たまま、座っているだけだ。

「あの遺跡、空を飛ぶ巨大な都市か何かのようだった、ということですが……古伝承の中に符合する物がありました。古代帝国の初期、このあたりには“ルルフォン”という名の空中都市が栄えていたそうです。それがある時、事故によって墜落し――」

 コバヤシは頭を掻く。

「聞いてます?」

「ああ」

「じゃ、いいですけどね。ともかく、敵の狙いはその都市のエネルギー源であった魔力結晶ではないかと思われます。そこらの呪具屋で売ってるホタル石を、何億倍も凄くしたようなものだと考えてください。

 それを都市のシステムから切り離すのにかかる時間は、少なく見積もって……3日。もう既に1日は経過してますから、最短で明後日には敵が目的を達成します」

「そうなれば、何が起きる?」

「なんでもかんでも。モノは莫大なエネルギー源です。使いよう次第で何が起きてもおかしくありませんよ。

 街ひとつ滅ぼすか。恐るべき魔導兵器を創り出すか。魔王の復活、なんて荒技だって可能かも」

 しばらくヴィッシュは沈黙し、やがて姿勢を直した。じっとコバヤシの目を見る。迷い、悩み、考えた末に、唇を動かす。

「はっきり言おう」

「なんでしょう」

「軍隊を動員しても無駄だ。ある程度以上の実力者でなければ、出会い頭に殺されて終わる」

「でしょうね」

「もしやる気なら、少数精鋭のチームを作り、奴らの不意を打つ。それ以外にない」

「ええ。いちいち私も同じ意見ですよ。

 私からも、はっきり申し上げてよろしいですか?」

「なんだ」

「あと2日以内に準備できる少数精鋭なんて、あなたがた以外にいやしませんよ」

 ヴィッシュは完全に言葉を失った。

 大きく息を吸い、吐く。懐から細葉巻(シガリロ)を取り出す。救いを求めるような目でコバヤシを見て、

「灰皿とナイフ、貸してくれないかな」

「禁煙です」

「そうだっけ?」

「ですよ」

 名残(なごり)惜しげに、葉巻は懐にしまわれた。ヴィッシュは考える。考える。苦しい理屈とは知りつつ、それでも言い訳じみた言葉が溢れ出る。

「他の後始末人たちは?」

「敵にやられたサッフィーとエリクスは、うちでも指折りの実力者でした――ご存知でしょう? 彼らより上となると、緋女(ヒメ)さんとカジュさんくらいのものです」

「首都の支部。《遠話》で連絡して、2日なら継ぎ馬でギリギリ間に合うだろう」

「ひとりすばらしい腕前の達人がいますが……運悪く彼は隣国(ハンザ)に出張中です」

「軍に誰かいないのか?」

「今、あなたが無駄だって言ったばかりでしょう? そもそもこの街はろくな軍備をしてないんですよ」

 コバヤシはさらに、指折り数えながら付け加える。

「あ、ちなみに、市井の道場やら、商人や貴族の私兵やら、果てはそこらでくだ巻いてる自称達人の類にまで既に当たっています。ぜんぜん使えそうなのはいませんけどね」

 分かっていたことだ。

 自分で挙げた選択肢はもとより、コバヤシが付け足したダメ元の心当たりも、全て検討済みであった。おそらく他に人材は見つからないだろうとも思っていた。冷静に状況を分析すれば、自分たちでやるしかないという結論に達することは、とうの昔に分かっていたのだ。

「……少し考えさせてくれ」

 ヴィッシュは立ち上がった。苦しみに潰されそうになりながら。

 

 

     *

 

 

 自分でも、どこをどう歩いたのか分からない。

 なのに足は、勝手に我が家を目指していたようだった。気が付くとヴィッシュは、自宅の目の前にいて、ぼんやりと壁を見上げていた。

 窓から柔らかな光が漏れている。屋根裏部屋と、1階の居間とに。

 ちょうどその時、居間の灯りが消えて、緋女(ヒメ)が外に出てきた。入口の手前でふたりはばったり顔を合わせる。驚いて、しかしなんだか気まずくて、どちらからともなく、ふたりは互いに顔を逸らす。

「帰ってたのか」

「うん。モンド先生がさ。治ったんならとっとと出てけ、ってさ」

「そうか……」

 そのまま、緋女(ヒメ)は通りに出て、どこかへ行ってしまった。その背を見送りながら、ヴィッシュは――何も声をかけられなかった。どこへ行くんだ、とも聞けなかった。

 聞いた方が良いのは確かだった。仲間なら、この状況で、お互いの位置を把握しておくのは当然のことだった。仲間なら。

 もしも、()()なら。

 ――俺に、仲間を持つ資格なんてあるんだろうか。

 

 

     *

 

 

 ヴィッシュは足音を殺して階段を上った。自分の家でどうしてこそこそしなければならないのか、自分でも分からない。だが今の彼には、この場所にいることすら罪悪と思えていたのだ。

 カジュはきっと、灯りのついていた屋根裏にいるのだろう。

 そっと梯子(はしご)を上り、頭だけを突き出して、ヴィッシュは屋根裏部屋の様子をうかがった。

 そこではカジュが、小さな蝋燭(ろうそく)の光を頼りに、木箱を机代わりにして、紙に何か熱心に書き付けていた。ペン先が紙を削る音が、ガリガリとせわしなくき渡る。時折横手に積んだ本を取り上げ、乱暴に(めく)る。望みのページを探し当てると、無言で視線を()わせ、すぐにまたペンを走らせる。繰り返し。繰り返し。その繰り返し。

 ヴィッシュは(まばた)きひとつできなかった。

 カジュの背中が震えている。

 泣いているのだと気付くのには、少し時間がかかった。

 怒濤のように、インクが、ペンが、紙を走る。魔法陣のアイディアが、メモ書きが、見る間に紙面を埋めていく。時折拳で涙を拭い、突き上げる嗚咽を必死に堪え、それでも零れ落ちる涙がインクを黒く(にじ)ませる。

 だがそれがどうしたというのだ。

 涙に濡れて読めなくなった分を、埋め合わせてなお余りあるほどの文字が、次から次へと書き下ろされる。涙が落ちるのは仕方がない。悔しさに胸が張り裂けるのはどうしようもない。なら、それら全部を消し炭にするほど、心に火を灯せばいい。

 勢いよく振り下ろしたペンの刻む一文字一文字が、まるで黒く灼け付くかのよう。

 ヴィッシュはとうとう、何も言えずに立ち去った。

 

 

     *

 

 

 夜の通りにただひとり。

 いたたまれなくて、家を飛び出して、逃げるように夜を走って。

 ついにヴィッシュはたまらなくなって、力尽きたように立ち止まると、拳を壁に叩きつけた。

 ――馬鹿野郎。

   俺はなんて馬鹿なんだ。あの時一体、何を考えていた?

   退くべきだが、それじゃ金にならない――だと?

 今になって自分の愚かさが悔やまれた。安全を重視するなら入口の時点で退却だった。攻める覚悟で行くなら出会い頭の奇襲狙いが当然だった。

 ところがどうだ。実入りがどうとか、今後の仕事に影響がどうとか、そんな理屈で誤魔化して、怯えていることも人の顔色ばかり見てることも覆い隠して、退きもせず、といって最速で攻めもせず、半端な覚悟と速度で戦場に()()を踏み込ませた。

 その結果がこれだ。

 ――俺に仲間を持つ資格なんかあるんだろうか。

 再び、呪いのような問いかけが頭をもたげ、

 ――あるわけねえだろ! 馬鹿野郎が!!

 ヴィッシュの心に火を付けた。

 ヴィッシュは走りだした。

 お前には行くべきところがある。胸の中の、失くしかけていた重たいものが、彼にそう告げていた。

 

 

     *

 

 

 夜の水路は、潮の匂いのする水を黒々と湛え、月と緋女(ヒメ)とを映していた。なにやら無性に腹が立って、緋女(ヒメ)は靴を脱ぎ、水路縁に座り込んで、投げ出した素足の(かかと)で水面を蹴っ飛ばした。

 蹴るたび黒い鏡は揺らめいて、緋女(ヒメ)も、月も、ぐにゅぐにゅに歪む。自分の知らない何かみたいに。

 ふと不安になる。あまりに水が波打って、自分の顔も、明るい空の月も見えなくなって。ホントはもう、みんないなくなったんじゃないかと思って。慌てて足を止める。足の裏で少しでも波紋を鎮めようと抑える。くすぐったくて、親指が思わず動いて、また余計な波を起こして。それでも精一杯我慢して、落ち着いてきた水面を恐る恐る覗き込む。

 心に安堵が広がっていく。自分もいる。月もいる。

 ついでに、どっかで見たような男もいる。

 ヴィッシュは街中駆け回ってでもいたのだろうか、ぜいぜいと肩で息をしていた。

「……なんだよ」

 水面に映った彼の顔だけをじっと見つめて、緋女(ヒメ)はぶっきらぼうに言う。

 ヴィッシュは大きく深呼吸して、息を落ち着けると、ぼそっと訊ねた。

「隣、いいか」

「いいよ」

 彼は緋女(ヒメ)の隣にあぐらを掻いた。ちゃぷり、と緋女(ヒメ)(かかと)が水を蹴った。

「コバヤシに次の依頼をされたよ。奴らを止めろ、とさ」

「良かったじゃんか。これで金も入るってもんだ」

「返事を保留にしてきた」

 どぼん。

 足首から下が丸ごと水面を叩く音。

「なんでお前はそうなんだよっ! なんでもかんでも、安全第一、慎重に、てか!」

「昔な」

 その声は、驚くほど静かで。

「俺、シュヴェーアの軍にいたんだ」

 まるで知らない誰かのようで。

 緋女(ヒメ)はぞっとして、彼の横顔を見やった。

「シュヴェーア? 海の向こうの?」

「でかい国さ。故郷の村を出て、兵隊になって。けっこう順調に出世していったんだ。20歳になる前には騎士(リッター)にもなって……平民上がりがだぜ?」

 子供みたいだ、と緋女(ヒメ)は思った。上機嫌で、自慢げで、無邪気で。なのに一転して彼の顔が暗くなる。緋女(ヒメ)もつられて。

「その頃だ。いきなり、魔王軍の侵攻が始まった。

 シュヴェーアは真っ先に滅ぼされた国のひとつだ。常識外れの攻撃をしてくる魔獣の軍勢に、一晩で首都が陥落し……地方に詰めてた兵力はずたずたに分断され、あとはもう、各個撃破されるのを待つばかりだった。

 そんな状況でも、俺たちの部隊は善戦できていた。どんな恐ろしい魔獣でも一定の攻撃パターンがある。それを読んで対策を練れば勝てる、ってことに気づいたのさ。俺は自分の部隊を率いて連戦連勝し、地元ではちょっとした英雄に祭り上げられた」

 彼は笑っている。だが――

「勇者になったつもりだったんだ」

 おそらく、(わら)っているのだ。

「ある時俺たちは、(ヴルム)を討伐するために出撃した。だがそれは魔王軍の罠だった。偽情報で俺たちを誘い出したんだ。俺たちは……俺は、まんまとそれに踊らされ――」

 そう。彼は、(わら)ってきたのだ。

「生きて帰ったのは、俺一人だった」

 ずっと――ずっと――

「それ以来、仲間と呼べる奴を持ったことはない。

 ……お前たち以外には」

 いつの間にか、緋女(ヒメ)は膝を抱き、背中を丸めて話を聞いていた。水面の波は不思議と収まって、並んで座るふたりの姿と、その間で目映く輝く月だけを映している。まるで、世界は全部それだけだ、というかのように。

 そしてきっと、それは、そのとおりで。

「わかった」

「そうか」

「わかんねえ」

「どっちだよ」

「わかんねえことがわかった」

 緋女(ヒメ)は立ち上がった。こうしてみると、ヴィッシュの姿はなんとも小さく、弱々しい。あれほど背の高い立派な男が。魔獣たちを相手にいつも奮戦している彼が。今はただ、寂しげに背中を丸めた情けない敗北者でしかない。

「そりゃ、辛かったんだろ。苦しかったんだろ。痛かったんだろ。10年ずっとさ。

 でも……だからって……ここでビビってグダグダしてて、それが何になるってんだよ」

「そうさ」

 彼は真っ直ぐな目でこちらを見つめ、深く頷いた。

「その通りだ」

 ヴィッシュは立ち上がる。どうして? さっき小さく見えたばかりの彼が、今や緋女(ヒメ)を見下ろしている。緋女(ヒメ)は負けじと見つめ返した。首をもたげて。背を弓のように逸らせて。見慣れたはずの彼の顔が、なぜだか今日はどきりとするほど高くにある。

 緋女(ヒメ)にはただ、囁くように言うしかなかった。

「悔しくねえのかよ。あいつは、お前を、ゴミクズとしか思ってねえんだ」

「分かってる。だから俺にも勝ち目があるんだ」

「え……」

「策はある。まあ見てな。

 だが、俺ひとりじゃ無理なんだ」

 月が見守るその下で、

「力を貸してくれ」

 望みが(いざな)い、火が(いら)える。

「俺にはお前が必要だ」

 確かにヴィッシュはそう言った。

 突然のことで、意味を脳が理解するのに少々の時間を要した。少なくとも緋女(ヒメ)は要したような気になった。体が奥の方から加熱されて、全身燃えるように熱くなってくるのが分かった。今どんな顔してるんだろ。たぶん滅茶苦茶だ。バカみたいな顔してるんだ。

 緋女(ヒメ)は視線を逸らしたくて、仕方なくて、でも、これだけは真っ正面から言わなきゃと思って、長い長い、躊躇いと、恐れと、期待と希望と覚悟と、全部言葉で、言葉にして、吐き出した。

「お。おう……」

 考えすぎて、ついに耳から煙が出た。

「……ふつつかものですが、よろしく」

「ん?」

 ヴィッシュが首を傾げる。もうだめだ。限界だ。目を逸らす。そっぽを向く。その場に立っているのも嫌になって、緋女(ヒメ)は大股開きに歩いていく。

「なあ、いいってことか?」

「……んぅー」

「大丈夫か? 頭から煙吹いてんぞ」

「ぅるせー! やるぞーっ!!」

 ヴィッシュはその背中をみて苦笑した。脱ぎ捨てられた靴を拾い、緋女(ヒメ)の後を追っていく。

 月は相変わらず頭上に輝いていたが、ヴィッシュはそんなこと、気づきもしなかった。

 

 

     *

 

 

 そして、2日が矢のように過ぎ去った。

牡蠣(カキ)()いて考えてみるが()い」

 その日、遺跡の遥か奥、中枢の闇の中で、シーファは立てかけた2本の剣に向かって、()()()語りかけていた。彼女が腰を下ろす折れた柱の周囲には、携帯食料の包み紙がむっつばかり転がっている。

 彼女の姿が青白い光に照らされた。部屋の中心を支えるひときわ大きな柱が、今や不気味な光を放ち始めていたのだ。ネズミ頭による切り離し作業が、佳境にさしかかった証拠であろう。

奴儕(やつばら)は実に()()える――1年(ごと)に3割増しに()る。(わし)()れが心配なのだ」

 シーファの言葉は噛んで含めるようで、いかに生徒が鉄の塊であろうとも、きっと理解できるに違いないほどだった。事実、剣たちは講義を物も言わず熱心に聞いている。ネズミ頭は、手元の作業を忙しく進めながら(わら)っている。

「仮に、最初に牡蠣(カキ)の貼り付いている海底面積を、1平方(メートル)としよう。年に3割ずつ()えると仮定すれば、75年後には(およ)そ3億5135万9275平方(メートル)()る。海底全てが牡蠣(カキ)で埋まって仕舞(しま)うのだ。心配であろう? (わし)()れが心配だ」

「ヒョー。こえーっす」

 ネズミ頭が震え上がった。と、シーファが唐突に立つ。

「何か来た」

「アルェー? また敵ー? あ、協会の本腰かなー」

 シーファは答えもしない。というより、聞こえてもいない。さっきまで生徒扱いだったふた振りの剣を、いそいそと腰に差し、足早に中枢を出ていく。ネズミ頭は髭をひくつかせた。

 まあ、いい。頭おかしかろうが、なんだろうが。仕事さえしてくれれば。

「しっかり足止めしといてよネー。ぼくちん手一杯だからサ」

 と、投げやりに言って、ネズミ頭は楽しい楽しい作業の仕上げに取りかかった。

 

 

     *

 

 

 一方その頃、遺跡が埋まった丘の上に、円陣を組む一団があった。法衣姿の術士が12名。コバヤシが各方面から集めてくれた、サポート要員の術士達である。彼らは直接戦闘に参加するわけではない。仮に参加しても、一瞬で殺されるのがオチだ。

 だがそれでも、本命を送り込むための道を切り開くことならできる。

 彼らは大きな魔法陣の周囲を取り囲み、それぞれに呪文詠唱に集中している。幾つもの異なる呪文が重なって、まるでそれはひとつの音楽のよう。彼らの間をカジュはパタパタと駆け回った。ぶかぶかの猫耳ローブを半ば引きずり、お気に入りの長杖を両手で抱え、あっちへ行っては空を見上げ、こっちへ行っては何事か呟き。

「ほい。測量おわり。」

 てててっ、とカジュは魔法陣の中央に駆けていった。そこで精一杯の大声を張り上げる。まあ、それでも、術士たちに聞こえるかどうか、ぎりぎりの大きさではあったが。

「この位置から俯角1.0000対7.4021×10の3乗、誤差1ケタ以内の気合いでいっちゃってくださーい。タイミングはボクが『せーの。』ってゆったら、『せーの。どん。』て感じで。」

 術士たちは神妙に頷いた。中には、その凄まじい要求精度に、冷や汗を浮かべている者もいる。初めはみな、幼いカジュを見て馬鹿にしていた。子供の手伝いなどという仕事に反感を持つ者もいた。

 だが、彼女の惚れ惚れするような手際、恐るべき知識量、追随を許さない計算速度、何より類い希な集中力を見て、今や、カジュを侮る者はこの場にひとりもいない。

 天才だ。

 本物の天才がここにいる。

「さあて。」

 天才が、にやりと悪戯に笑って、

「反撃開始だぜ。」

 

 

 

(つづく)

 

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