勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第6話-03 万魔襲来

 

 

 母竜を失えば、あとは脆いものだった。万魔の竜(バッドフェロウズ・ヴルム)の雛たちは、親によってその行動を徹底的に制御されている。よって、母竜のいない雛たちは状況を判断することすらろくにできず、ただ無目的に徘徊するだけの人形へと姿を変えるのだ。

 そんな獲物なら、たとえ少々数が多かろうと、どうということもない。ヴィッシュたち3人は、日暮れまでに全ての雛を片付けた。塔はそのまま残っていたが、中の雛が死ぬまで一週間ほど待ったあと、魔術で発破をかけてやればよいだろう。

 その夜、ヴィッシュは予告通り、竜の雛を(さば)いて豪勢な夕食に仕立てた。その素晴らしいことと言ったら! 緋女(ヒメ)がこう文句をつけたほどだ。

「犯罪」

「どうして?」

「もう他の肉食えねーわ……」

 これにはヴィッシュも、にまりと改心の笑みを浮かべるのであった。

 ともあれこれにて、一件落着。

 

 

     *

 

 

 ……と、誰もが思っていた。

 それは完全な誤りだった。事件はまだ、解決してはいなかったのだ。

 ヴィッシュたちがつかの間の休息を楽しんでいる間も、真の脅威は人知れず爪を研ぎ続けていた――そしてすっかり準備を整えてしまうと、熟れた木の実が爆ぜるように、突如人々に襲いかかってきたのである。

 2日後。

 急報が舞い込んだとき、ヴィッシュと緋女(ヒメ)は、早朝訓練から帰宅したばかりであった。走り込み、素振りに形稽古(かたげいこ)……朝食前に体を動かすのは元々ヴィッシュの日課であったが、一緒に暮らし始めてからは緋女(ヒメ)がそれに加わり、実戦訓練できるようになった。といっても、打たれるのは決まってヴィッシュの方ではあったが。

 ふたりそろって汗みずくで家に戻り、体を拭いたり水を飲んだり、剣術談議に花を咲かせたりしていると、誰かが慌ただしく戸を叩いた。

「ヴィッシュさん! 起きてください、大変です!」

 後始末人協会の事務方、コバヤシである。いつも冷静沈着な彼にしては珍しい慌てようだ。怪訝(けげん)に思って扉を開けてやると、コバヤシは生気の失せた青い顔で、食いつくように飛び込んできた。

「また出ました! あの……」

 と彼が言いかけたとき、けたたましい啼き声と、無数の翼の羽ばたく音が、嵐のごとく唸り狂った。

 ――この羽音は!

 ゾッと悪寒を覚えたヴィッシュは、コバヤシを押し退け、道に出た。一方、緋女(ヒメ)は手近な窓を開けて身を乗り出す。3階の部屋では、眠りこけていたカジュが目を擦って起き上がったところだった。

 三者が三様に見上げた第2ベンズバレンの空。そこに、無数の黒い影が渦巻いている。さながら街の上を闇色のヴェイルで覆い尽くさんとするかのように。

 鳥――などであろうはずがない。

 四本の脚に二枚の翼。立派な羽毛も生え揃い、もはやヒヨコとは呼べぬ姿に成り上がり、2万を超える大群で押し寄せた獣たち。あれぞまさしく――

万魔の竜(バッドフェロウズ)!!」

 

 

     *

 

 

 ヴィッシュはここにきて、自分の浅慮を大いに悔いることとなった。

 考えてみるべきだった。あの母竜には高い知能があった。大都市に営巣すれば後始末人から妨害を受けることは、充分に予測できたはずだ。罠を張って緋女(ヒメ)を待ち受けていたことも、それを裏付けている。

 にも関わらず、奴はわざわざ街の真ん中に卵を産む道を選んだ。なぜか?

 選んだのではなく、選ばざるを得なかったのでは?

 思えば妙なところはいくつもあった。まだ雛が未熟な、産卵後一日未満の段階で一斉孵化(ふか)を始めたこともそうだ。あの行為に、ヴィッシュは母竜の焦りを見た気がした。何かをひどく恐れているかのような。

 そして今際の際の、不可解なあの言葉――

『身をやつしてさえいなければ!』

 一体どこから“身をやつした”というのか?

 今となっては、答えは明らかだ。

 ()()()()()である。

 あの母竜は、より安全な産卵場所を巡って同族と争いになり、敗れたのだろう。そしてこの街に追いやられてきた。リスクを冒してでも餌が豊富な大都市に巣を張り、大急ぎで雛を育てなければならなかったのだ――競争相手が()()を荒らしに来る前に!

 彼女が恐れていたことは、今や現実となってしまった。それも、人間たちにとって最悪の形でだ。

 

 

     *

 

 

 その日は恐怖の一日となった。どこからか飛来した2万匹の飢えた竜たちは、食を求めて街中のいたるところに襲いかかったのだ。

 無論、ヴィッシュたちも果敢に応戦した。先にも述べたとおり、万魔の竜(バッドフェロウズ・ヴルム)はさほど強力な魔獣ではない。とはいえそれは1匹ならばの話。今回はあまりにも数が多すぎた。街全体を守るには、人手が全く足りなかったのである。

 結局、竜たちは街の北東部4分の1ほどに甚大な被害をもたらし、日暮れとともにいずこかへ飛び去って行った。人的被害はさほどでもなかった――若く体の小さい竜は、大勢でひとりを取り囲める状況でもない限り、警戒して人間には近寄らないのだ――が、建物、城壁、舗装、市場の売り物等々は容赦なく食い荒らされていた。

 荒れ果てた街を前にして、へとへとになった緋女(ヒメ)とカジュは、背中合わせで路上にへたり込んでしまった。

「あーっ……しんっど」

「人使い荒いよ、まったく……。」

「すまん。ふたりともよくやってくれた」

 ヴィッシュは精一杯に穏やかな声を作り、ふたりの労をねぎらった。しかし状況はお世辞にも良いといえるようなものではない。緋女(ヒメ)とカジュはほんとうによく働いてくれたが、それでも戦果はようやく120匹強。ヴィッシュや他の後始末人たちが仕留めた分を合わせても、300匹には届くまい。敵の総数は2万超――焼け石に水とはこのことだ。

「なあヴィッシュ。どーすんだよコレ」

 緋女(ヒメ)が肩で息をしながら訊いてくる。ヴィッシュは苦い顔をして、手近な瓦礫(がれき)に腰を下ろした。並べた手のひらに顔を埋めるようにして、茹だった頭を少しでも冷まそうとする。緋女(ヒメ)の問いはヴィッシュ自身の問いでもあった。

 どうする? どうすればいい?

「とにかく、人手を増やさなきゃいけない……」

「どうやって?」

 そう重ねて問われれば、ヴィッシュにはもう言葉がない。緋女(ヒメ)は彼の苦悩を見て、残酷な問いを投げかけてしまったことに気づいた。手を無意味に振りながら、慌てて取り繕おうとする。

「あー……えっと……じゃあさ、頼んでみたら? 警察とか、軍隊とか」

 それに答えたのはカジュであった。

「ところがどっこい。この街は人口のわりに警吏も兵士も少なすぎるんだよねー。」

「そうなの?」

「なにしろたった10年で想定外の人口流入があったからね。あれよあれよで30万人。警吏の数も泥縄式に増やしてきたけど、予算も人材も全然おっつかない。

 てなわけで、警吏を総動員したところでたったの300名。兵隊さんに至っては典礼部隊がひとつっきりで40人ぽっち。」

「じゃあさ! 他の街に応援頼むとか……」

「一番現実的なのは王様の近衛隊だろうけど。王都からじゃあ、到着は早く見積もっても10日後。その頃にはもう街が消えてると思うね。」

「うーっ、うーっ……」

 カジュの説明したことや緋女(ヒメ)の提案したことは、全てヴィッシュの考えたことでもあった。その上、彼は他にもいくつかの案を既に検討していた――たとえば、竜の巣を探して母竜を叩いてはどうか? これも無理がある。なにしろ塔の場所が分からない。山中に営巣されれば、巣の位置を特定するだけで一苦労。首尾よく発見できたとしても、巣に向かい、塔を登って母竜を討つのに軽く数日はかかるとみてよい。どう考えても街が壊滅するのが先だ。

 考え、悩み、袋小路に迷い込み、ヴィッシュは文字通り頭を抱えた。八方手詰まりだった。このままでは街が滅びるのを座して見ていることしか――

「おい」

 と。

 彼の前に、女がひとり進み出た。

 そそり立つ直剣のごとき立ち姿。言うまでもなく、緋女(ヒメ)である。

「メシだ! 晩メシ食うぞ!」

「……は?」

 あっけに取られるヴィッシュの両肩を、緋女(ヒメ)の手のひらが力強く叩く。

「戦ってもいねえのに負けてんじゃねーよ! テメーいま負けた気になってんだろうが!!」

「そ……! うかも、しれない……」

「だから食え。まず元気出して、話はそっからだ。違うか?」

 違わない。そのとおりだ。

 ここでこれが言えるのが緋女(ヒメ)だ。状況がいかに危機的であろうと、期限がいかに切迫していようと関係ない。誰もが挫けてしまうような困難の中にあっても決して道を見失わない。己の為すべきことを貫徹できる。まるで鋼鉄の刃のような、揺るぎない精神力の持ち主だ。ヴィッシュが好もしく思い、尊敬の念さえ抱いているのは、緋女(ヒメ)のこういうところなのだ。

 ヴィッシュは大きく深呼吸して、立ち上がった。

「何が食べたい?」

「肉!」

 即答である。ヴィッシュは苦笑した。鋼鉄製なのは精神ばかりではない、胃袋もそうであるらしい。

 カジュがひょいと肩をすくめて、山積みになった竜の死体に目をやる。

「まー、食材には事欠かないしねー。」

「それよ! 焼き鳥な!」

「焼き竜ね。」

「やっべーよなーアレ。いっぺん食ったらやめられねえ」

「重度の依存症を引き起こす危険食材っすわ。」

「炭火でジュッとな……」

「そこで炊き込みごはんとかどうよ。」

「おいカジュ! まじ神!」

「あがめよ。」

「分かった分かった。じゃあ今夜は串焼きに炊き込み……」

 と。

 その瞬間。

 圧倒的閃きが、ヴィッシュの脳内を駆け巡った。

「これだっ……この手があった!!」

 その声を聞くや、仲間たちの顔に明るい色が差した。緋女(ヒメ)が不敵に笑う。まるで、こうなることは分かっていた、と言わんばかりに。

「なんか来たな?」

「ああ。行けるぜ!」

「ボス、ご指示は。」

「まずはメシだな。竜をさばこう」

 キョトンとして顔を見合わす緋女(ヒメ)とカジュに、ヴィッシュはにやりと笑いかける。

「まあ見てな」

 

 

 

(つづく)

 

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