勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第7話-05(終) ハロー、ワールド。

 

 

 ――なに?

「今から、()()が君を攻撃する。君は自由に魔術を用いて応戦し、()()を撃破するんだ。見事殺せれば合格。できなければ不合格。シンプルで分かりやすいだろう?」

「何言ってんすか! あれはクル……」

「“小さき者共(ホムンクルス)”。この試験のために特別に造られた人間型の教材だ」

 食ってかかるカジュに、コープスマンはにっこりと微笑む。

「大丈夫、人権はないよ――今のところ」

「そういう問題じゃないです!」

 カジュの言葉は、悲鳴以外の何物でもなかった。カジュは気付いていただろうか? 夢中で気付く余裕さえなかっただろうか。無表情のクルスが、僅かに、ごく僅かに、悲しそうに眼を細めたのを。

「あの子はクルスです……カジュの……大切な……」

 コープスマンは、微笑みを貼り付けたまま。

余所見(よそみ)をしてていいのかね?」

 気付けば、その視線の向く先はこちらではない。

「来るよ」

 閃光。

 横手から目を貫く目映い真紅。クルスの魔力光。呪文が聞こえる。陣が見える。アレを使う気か! 読んだ瞬間カジュは動いた。体が勝手に。身を守るために。呪文、魔法陣、印、杖の補助、全て総動員して最速の、

「《光の盾》!」

「《光の矢》。」

 クルスの手から放たれた矢が文字通りの光速でカジュに迫り、一瞬早く展開された盾に吹き散らされる。光が弾け、闇を切り裂き、ふたりの視界は白に塗り潰された。さながらあの時、雪山目がけて寄り添い飛んだ、あの時のように――

「本気なの……」

 涙に震えるカジュの問いに、

 ――もちろん、他に道はない。

 クルスの苦悶が確かに応えた。

 感傷にふける暇は――ない!

 術式構築の声がする。クルスが魔法ストックを創っている。カジュは涙を振り切った。(きびす)を返し、懸命に走って間合いを広げた。彼の腕ならカジュが誰よりよく知っている。クルスの最大ストック数は3個、カジュにはひとつ劣る。だが彼のことだ、どんな規格外の大技をストックに()じ込んでくるやら。

 呪文を聞いて彼の手の内を読む。内訳は――《烈風刃》《鉄槌》、あとひとつ不明。読まれないための無音構築か!

 ならばこちらも返し技。《鉄砲風》《鉄砲風》《闇の鉄槌》《闇の鉄槌》、隠す意味も理由もない。この一手で勝負を決める。

 互いにストック完成は同時。クルスが腕を振りかざす。《烈風刃》が来る。広範囲に不可視の魔力刃を嵐のごとく撒き散らす、タチの悪い大量殺戮術。術の性質上、《光の盾》では防ぎづらい。よってここは、

「《鉄砲風》!」

 放たれた刃の嵐を、カジュの生み出した暴風が吹き散らそうとした、その直前。

「《凍れる刻》。」

 空中に撒き散らされた不可視の刃が、周囲の空間ごと時間停止する。

「うそっ!?」

 やられた。予想外だった。隠し球はこれか! 自分の放った攻撃の術を自ら時間停止させ、返し技を防ぐとは。《鉄砲風》は時の止まった空間にぶつかり、為す術もなくそよ風となって拡散する。カジュとクルスの間に絶対の防壁が生まれたようなもの。これでは攻撃が通らない。2発目の《鉄砲風》で転ばせ、動きを止めたところに魔力をそぎ取る《闇の鉄槌》2発重ねで気絶させようと思っていたのに。

 だが、これではクルスからの攻撃だって――

 そこでカジュは気付いた。クルスのストックはあと一つ。

「《鉄槌》。」

 巨大な鉄球を生み出し、大砲のように射出する術だ。この術なら攻撃できる。

 曲射!

 クルスは生み出した鉄球を、斜め上方へ射出した。鉄球は弓なりに弧を描き、時間停止した空間を飛び越えてカジュに迫る。

 この手があったか! カジュの背筋に悪寒が走る。《鉄砲風》では《鉄槌》の質量は防げない。なんとか走って逃げるしかない。仮に避けられてもそろそろ《凍れる刻》の効果が切れる――《烈風刃》が解き放たれて再びカジュに襲いかかる。

 手詰まりだ。カジュの思惑は瓦解した。完全にクルスのペース。

 そう悟るが早いか、カジュは迷わず魔法ストックを全て破棄した。ストックを保ったままでは新たな術が構築できない。こだわっていては死ぬだけだ。フリーになったカジュの精神が最高速で術を構築する。

「《瞬間移動》!」

 儀式無し、大型陣なし、助手なしの急あつらえ。それでも大技は難なく発動し、カジュの姿は掻き消えた。一瞬遅れて《鉄槌》が落着。《烈風刃》が吹き荒れる。少しでも判断が遅れていれば自分がいるはずだったその死地を、10mばかりずれた場所に出現したカジュは歯噛みして見つめる。

 互いにストックを使い果たし、カジュとクルスは対峙する。

 単なる仕切り直しに見えて、実態は大差がついている。クルスは自分の居場所から一歩も動かず、魔力の消費も最小限。一方のカジュは3つものストックを無駄にされたうえ、即席の大技で魔力の消耗著しい。肩で息をしながら、カジュは彼を睨んだ――いや、見つめた。表情のない仮面のようなクルスの顔が、どうして今も、あのときと同じに見えるのだろう。

 ふたりで寄り添って明かした、愛に満ちたあの夜と――

「カジュくん!」

 遠くからコープスマンの声が聞こえる。ふたりの戦いに巻き込まれぬよう、彼はいつの間にか安全な場所まで避難していたのだ。

「全力でやりたまえ! 彼を殺すんだ!」

「嫌です……」

「彼を殺せば君には特権が約束される。夢のような幸福が待っているんだよ!」

「やめてください……」

「なら君が死ぬか? (ぼか)ァそうなって欲しくないんだよ!」

「いいからちょっと黙っててよ!!」

 カジュは叫んだ。たまらなくなって。

 もう何も見たくなかった。カジュは目を閉じ、顔を(うつむ)かせ、この世の全てを拒絶して、見えるもの全てを闇の中に葬り去った。なのに耳は、肌は、クルスの息づかいとクルスの温もりを感じ取ってしまう。なのに記憶は、唇は、彼の笑顔と彼の感触を思い出してしまう。クルスは強い。強くなった。カジュと一緒に強くなった。呪文の編み方も、ストックの組み方も、全部カジュが教えたのだ。カジュと共に学んだのだ。殺さず勝つなんてできない。殺すなんてできない。どうすることもできない! もうここから一歩も動けない!

「なんでこんなことしなきゃいけないんだよおおぉおぉぉぉおっ!!」

 反響すらなく。

 叫びは暗闇に呑まれて消える。

 カジュは(ひざまず)いた。

 もういい、と思った。

 このまま、この隙に、殺されるなら――

 ――投げ出さないで。

 聞こえる――クルスの声。

 ――ボクは初めから分かっていた。知ってたんだ、試験の内容を。

 ――どのみちホムンクルス(ボクら)は長く生きられない。

 ――制限時間が過ぎれば魔力が尽きる。ロータスのように。

 ――限られた命の中で、ボクは探し続けた。

 ――そして見つけたんだ。キミを。

 カジュは、泣いていた。

 いつの間にか、泣いていた。

 涙なんて、どこか遠いセカイの出来事だと思っていた。実感できない無機質なセカイの出来事だと思っていた。セカイの中に包まれながら、カジュはそこには居なかった。今もなお。悲しいって人はどこかにいるんだろう。好きって人もどこかにいるんだろう。でもそれらは全てガラスの向こう。生ぬるい溶液の中から睥睨(へいげい)したおぼろげなセカイの他人事。

 そのはずだったのに。

 ようやく今、カジュは初めて、涙を流した。

 セカイと相対した者のみが流しうる、魂の泉の底から湧き上がるような、涙を。

 ――ありがとう。今まで本当に幸せだった。

 ――だから――

 クルスの指先から、赤い魔力光が(ほとばし)る。

 あの日、雪山でクルスは見せてくれた。淡い溶液。緑の溶液。彼がヒトではないしるし。

 それが何だって言うんだ。

 指から滴る真紅の魔力は、まるで――

 ――ボクの命をキミにあげる。

 クルスは、最期にそう言った。

 完成した赤い魔法陣。術が湧き出す。殺意なき刃が吹き出す。みっつの攻撃が編み出され、牙となり、爪となって、カジュに躍りかかる。カジュは立った。涙はなかった。呪文を唱えもしない。魔法陣を描きもしない。杖はだらりと垂れ下がり、働くそぶりさえ見せはしない。

 なぜなら、()()()()()()()()

 必要なのはただ一つ。魂の奥底から引きずり出された、身が引き裂かれそうな程の――

 絶叫。

 瞬間、発動した四つの術が、セカイの全てを薙ぎ払った。

 

 

     *

 

 

 術の残滓(ざんし)が暗闇に溶け。

 へたりこんだカジュの前には、残骸だけが残る。

 今や胸と右腕と頭だけになってしまった、()の残骸が。

 涙は不思議と流れなかった。もう叫ぶこともなかった。ただ体中から力が抜けて、カジュは暗闇の中、ぽつりとただひとり、座り込んでいた。

 コープスマンが感嘆の声を挙げながら近づいてきて、彼女の肩を叩いた。きさくに笑って、無神経な称賛をくれた。

「よくやった! おめでとう、カジュ・ジブリール。君はこれで、晴れて立派な企業戦士だ! 快適な生活! 豊かな食事! 心躍る特権の数々! いやーホントおめでとう」

「……はい。」

 消え入りそうな彼女の声から、感情と呼べる物は、もはや消え去っていた。

「しばらくゆっくり休みたまえ。来年度からは、僕の部隊で頑張ってもらうことになる。おって辞令が行くからね」

「……はい。」

「じゃ、そういうことで! また会おう、カジュくん!」

「……はい。」

 静けさが戻り、暗闇に、ひとり。

 ただひとり、生き残ったのだ。

「ボクは……。」

 長い長い沈黙の後、カジュは、呟いた。かつてのクルスとそっくりな、抑揚のない、死者の呻きめいた声で。

「一体何のために生きてるんだろう――。」

 

 

 

Continued on episode #08.

 

 

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 非道の“企業(コープス)”を脱走し後始末人となったカジュは、己の新たな生き方を模索する。卓越した力は行き場を失くし、小さな身体は暗夜を惑う。「何のために生きてるんだろう。」果てさえ見えぬ迷走の末、彼女が見出した答えとは?

 

 次回、「勇者の後始末人」

 第8話 “ハロー、ワールド。(後編)”

 hello, world.(Part 2)

 

乞う、ご期待。

 

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