勇者の後始末人   作:外清内ダク

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外伝 “恋人に、メリークリスマス!”
外伝-01 戦装束(メイク・アップ)


 

 

 AD1310、死の月(12がつ)23日。

 “企業(コープス)”の教育施設“ワンフォース”に、幼き天才術士カジュ・ジブリールの姿があった。

 雪山遭難した学友リッキー・パルメットの救助を成し遂げ、死の淵にあったロータスの命を繋ぎ、そして、パートナーたるクルスとの絆を深めた――これは、そのしばらく後の出来事である。

 

 

     *

 

 

 カジュ・ジブリールは不機嫌だった。

 クリスマス。どいつもこいつもクリスマス。まったくもって気に入らない。

 どだい、クリスマスというもの自体が嫌いなのだ。あれは英雄セレンが異界(アース)から輸入した文化のひとつで、元々この世界の行事ではない。サンタクロースだかなんだか知らないが、得体の知れない異界の神ふぜいに、テンション上げてやる義理はない。

 ましてや、恋人同士がいちゃつくだけのくだらないイベントなど。

「さーいれんなぁー。ほぉーおりいなあー」

 が、クラスの愚民どもにとってはそうでもないらしい。浮かれた歌声が嫌でも聞こえてくる――お調子者のリッキー・パルメットだ。彼は早くも先週からトナカイの着ぐるみではしゃぎ回っている。うざい。

「よーよーよーよーカッジュせんせーっ! 何浮かない顔しちゃってんのぉ! あ・し・た・は、クリスマスイブだぜええ~っ?」

「だからどーした」

 授業後、講義室の机で教科書片付けているカジュに、リッキーが後からもたれかかってくる。トナカイの角がごっつんごっつんぶつかってマジうざい。

「どーしたって! お祭りだろ? 明日からクリスマス休暇だろ? みなぎってくるじゃねえかああ!」

「キミがみなぎるのは勝手だけどね。それにサンタ服でつきあわされてるロータスがかわいそうだよ」

 との言及を受けて、赤いふかふかのワンピースに身を包んだロータスが、顔を真っ赤にして、ポンポンつき三角帽子のすそを引き下げる。目もとを隠し、あの、あの、とためらいがちにカジュに耳打ちする。

「え? 実は? ちょっと楽しい?」

 こくこくうなずくロータス。

 このバカップルめ。

「はいはい。もう好きにして」

「オレが言いたいのは、だ!」

 ビシッとリッキーが指立てた。

「お前もクルスと行ってくりゃいいんじゃね?」

「どこへ」

「クリスマスデートだろ!!」

 ぞわぞわぞわぞわ。

 カジュの背筋が粟立った。

「……ぜんっっぜん興味ありませんが何か!?」

 

 

     *

 

 

 ふざけたことを言うものじゃない。

 クリスマスは恋人と過ごす日なのだろう。なんでそれをクルスなんぞと過ごさねばならないのか。

 クルスなんぞと――

 いや、“なんぞ”でもないのか?

 “だからこそ”なのか?

 先日、雪山遭難したリッキーを助けたとき、ふたりきりで夜を過ごしてしまった。あの時の高揚した気持ち、というか、赤面もののやりとりを、カジュとて忘れてしまったわけではない。それってやっぱり、“そういうこと”なんだろうと、思わないでもない。

 なら、やるべきなんだろうか。

 つまり、デート、とかを。

 でも、あいつはべつに、そういうのじゃ……

 思考が同じところをぐるぐる回る。そのせいで気づかなかったのだ。廊下の途中でクルスが現れ、声をかけてきたことにも。返事がないのをいぶかりもせず、横にぴったりついてきているのにも。耳元に、触れそうなほどに唇を寄せてきたことにも。

「ねえカジュ。」

「わあ!?」

 教科書抱いて飛び上がるカジュを、クルスはいつもの無表情で見つめる。男にしておくのがもったいないほどの美貌が、じっとまっすぐにカジュばかりに向けられる。この嫌な癖はいつものことだが、今日ばかりは我慢がならなくて、カジュは彼を振り払うように脚を早めた。

「どうしたの。」

「別に」

「そう。ねえ、劇団ナフトル、知ってる。」

 これはまた妙な単語が出てきたものだ。劇団ナフトルといえば今エズバーゲンで話題の歌劇団。胸にくる恋愛ものを()るとかで、昨年あたりからずいぶん人気が高まっている、とは聞いたことがある。もっとも、演劇などカジュには何の興味もない世界であったが。

「まあ、知ってるけど?」

「クリスマス公演があるんだ。」

「ふーん」

「行こうよ。いっしょに。」

 と、クルスが焼印が()された木札のチケットを2枚、唇の前に広げる。

「行こうって……」

 ごく落ち着いた声でそういいかけて、はた、とカジュは気づく。

 いま、こいつ、なんて言った?

 演劇?

 クリスマス?

 ――ふたりで!?

 みるみる頭に血が上っていく。今ならおでこで炭酸水素Na(ナトリウム)が熱分解させられる。石灰石とコークスを加熱して二酸化炭素を生成、アンモニアと塩化Na(ナトリウム)とCO2でNH4ClとNaHCO3、熱分解して炭酸Na、塩化アンモニウムは強塩基で弱塩基遊離でアンモニア回収再利用、物質量比1:1、めでたしめでたし!

「めでたくないし!」

「なにが。」

「なんでもないよ! なにゆってんの!!」

「……いやかな。」

 彼の表情が、(わず)かに(くも)る。

 悪いことをしたかも、と心に差した罪悪感が、うっかり本音を引き出した。

「やじゃないけど……」

「じゃあ、行こうよ。」

 心臓が、止まってしまう。

 カジュはからだじゅう真っ赤に()で上がって、壁にコツンとおでこを当てた。

「……ふゅん」

 どうやら“うん”と言ったらしい。

 クルスは微笑んだ。彼の乏しい表情が読み取れるようになったカジュには分かる。彼はほっとしているのだ。このお誘いが、彼なりに思い切った行動であったことに、ようやくカジュは気づいた。心底安堵した彼の笑顔に、カジュはおなかのあたりをザワザワとかき回されるような、背中を手のひらでくすぐられるような、快とも不快ともつかない感覚を覚えるのだった。

「よかった。ボク、ほんとうは……。」

「……ぅぉぉぉぉおおおリッキィィィィーキィィィィィーック!!」

 そのとき、いきなり背後からダッシュで突っ込んできたリッキーのドロップキックが、言いかけた言葉ごとクルスをぶっとばした。ふたり(から)まりあって倒れこみ、尻餅ついてケラケラ大笑い。

「よっしゃあああああああ!

 やっるじゃねーかクルスこのやろーっ! フロントチョーク!」

「ありがとー。クルスぼんばー。」

「おげぅ」

 締め技から抜け出したクルスの二の腕が、リッキーの(あご)の下にきれいにキマる。そのまま倒れたリッキーを押さえ込む。

「お、う、おい、キメろよな、クリスマスデート。あ、ギブ、ギブ」

「がんばってみるよ。きゃめるくらっち。」

「ぇぐぇ。ちょ、死ぬ、ちょ」

 そんなふたりをおろおろ見るばかりのロータスと、まだ壁にもたれたまま立ち直れないカジュ。そんな光景を、好奇心旺盛なクラスメイトどもが見逃すわけがない。いったいどこから湧いたやら、わらわらと人が集まり始める。アニもオーコンもデュイも、一般クラスのやつらまでも、人垣作ってはやし立てる。

「なんの騒ぎ?」

「クルスがカジュに(こく)ったって」

「マジで!?」

「デート誘ってたよ」

「クリスマスに」

 うおおおお、と歓声。

「劇団ナフトル」

「きゃー! なにそれすごくいいー!」

「クルスー! すごーい!」

「お幸せにー!」

「しっかりやれよーっ!」

 いつもの無表情をなんとなくアホ面ふうに崩して、リッキーに三角締めしながら、クルスは手を振り観衆に応える。

「うん。がんばるよ。」

 こいつ、こんな顔ができるやつだったか?

 こうなってはたまらないのがカジュだ。パートナーが今になって見せる思いもよらない側面に、ただただ圧倒されるしかない。いや、それ以前に……クリスマスに、デート? 観劇? クルスと、ふたりっきりで?

「……うわあああ! うわああああああああ―――――っ!!」

 突如として悲鳴をあげると、カジュは脱兎のごとく逃げ出したのであった。

 

 

     *

 

 

 そのまま矢のように寮の部屋に飛び込み、さあ、途方に暮れる。混乱した頭で最初に考えついたのは、定時馬車の時間を調べることだ。職員室の掲示によれば、朝、昼、夕の1日3便。夕方では夜の公演に間に合うまいから、昼に出発。向こうまで2時間ほどかかったとして、随分時間に空きがある。どうしよう。ごはん? 食べてもまだ余る。何する? どこいく? なんにも知らない! 慌てて図書館に飛び込んで、資料を探す。だが、法語(ルーン)の特殊構文事典(リファレンス)はあっても、観光ガイドなんてどこにもない。無限次元ベクトル空間は分かっても、デートのやり方は分からない。そうだ、肝心なことを忘れていた。服だ! 部屋に引っ返しクローゼットを漁る。何もない。そりゃそうだ、法衣と寝間着と普段着くらいしか持ってないのだ。いや、それどころではない。カジュは女だ、いちおう。ならば、化粧くらいするべきか? 7歳がやったらかえっておかしいか? 何が正解? 何が間違い? もうなんにもわからない!

 散らかりまくった部屋の中で、それ以上に散らかった頭を抱えて、カジュは力なくベッドに倒れ込んだ。

 心臓が、信じられないくらいに興奮している。

 それが、カジュには鬱陶しい。

 と、誰かが部屋の戸を叩いた。クルスじゃあるまいな。こんな顔、見せられやしない。

 だが、外から聞こえた声の主は、予想外の人だった。

「あの……わたし、ロータス……」

 安堵の溜息をつき、戸を開けてやると、サンタの衣装の奥でロータスが控えめにはにかんでいる。

「なに?」

「あの、これ……」

 彼女が胸に抱えているのは、鏡だった。脇には竹のバスケットも提げている。そのフタを開けて見せてくれたのは、よく分からない小瓶、筆のようなもの、ハサミ、そのたもろもろ。さながらちょっとした工芸用具。あるいは、外科手術器具のようにも見える。

 首を傾げるカジュに、ロータスは嬉しそうに言った。

「おめかし、手伝おぅ、と……思って……」

 消え入りそうな彼女の声が、こんなに頼もしく思えたことはない。

 彼女の“おめかし”は、実に手慣れたものだった。

 鏡の前にカジュを座らせ、後から髪を()いて、複雑に編み上げていく。カジュは思わず感嘆の声を挙げた。これが自分だろうか。ほんの少し髪を上げるだけで、薄桃色のブローチを噛ませるだけで、こんなにも違って見えるものなのか。

 ロータスの技は、さながら魔法のようであった。術師のカジュをしてそう思わせるほど、そこには驚異が満ちていた。

「いつもこんなことしてるの?」

「うん……」

「めんどくない?」

「あの、リッキーが……」

 頬を桜色に染め、言葉の最後は、やっと聞こえるかどうかの小声になって、

「かわいいって……言ってくれるから……」

「聞いたカジュがバカでしたーっ」

 髪型をいじり終わると、ロータスはカジュの正面に回りこんだ。小瓶に詰まった液体、粉、そういうものを筆か刷毛(はけ)のようなものにつけている。カジュはふと不安になり、

「化粧、するの?」

「ちょっとだけでだいじょうぶ……カジュ、きれいだから」

 そう言われて、悪い気はしなかった。そこで、美の魔法使いのなすがままに任せた。自分のからだをいいように(もてあそ)ばれる、どこか歪んだ快感。企業の研究員どもにいじられるのとはいささか異なる、蹂躙(じゅうりん)の心地よさ。

 ロータスの体温を間近に感じている間に、あっさりと化粧は終わった。

「……見て」

 言われるままに鏡を見て、カジュは言葉を失った。

 自分で言うのはおこがましい。だが彼女はとっさに思ってしまった。

 ――これは、美少女だ。

「どう……かな?」

「すごい……」

 鏡の向こうで、ロータスが声もなく笑っている。

「服も、貸してあげる……ね……」

「ありがと」

「きっと、クルスくん、かわいいって言ってくれるよ……」

 心臓がぎくりと痛む。

「かもね」

 鏡に映る自分の姿に――戦装束(メイク・アップ)によって変身を果たした自分自身にカジュは見惚(みと)れ、見惚れながら、一方で不安を覚えてもいた。

 確かに、これで多くの問題が解決した。ロータスには感謝の言葉もない。しかし彼女の手練の見事さが、かえってカジュを苦しめる。これが女子というものなのだ。勝負に挑む前段階でさえ、みんな、これほどの技術をもって変身を遂げるのだ。

 では、その先に――いざクルスとふたりきりになった後に、一体どれほどの手練手管が要るというのだ?

 着こなしや化粧や髪型作りと同じだけの、ひょっとしたらそれ以上のノウハウが、そこにはあるはずだ。なのにカジュは何も知らない。こればっかりはロータスの助けも借りられない。デートの場についてきてもらうわけにはいかないのだから。

「どうしたの……?」

 鬱々としたカジュの心を読んだか、ロータスがそっと肩に手を添えてくる。

「……なんでもない。服、見せて」

 彼女に、これ以上迷惑はかけられない。

 これは、自分で解決すべき問題だ。

 そんな気がした。

 

 

     *

 

 

 なのに答えは出ないまま、朝はいつもどおりやってくる。

 ロータスに借りた服、作ってもらった髪形、施してもらった化粧。その姿は全身鎧に長剣(ロングソード)凧盾(カイトシールド)を携えた騎士にも似て壮麗。完全武装で目指すは校門だ。そこに敵はいる。クルスがいる。ふたりで馬車に乗り、街に出かけ、そして、やるのだ、いろいろな、ことを。

 後れを取るわけにはいかない。

 これは女の戦いだ。

 胸の中でもやもやと渦巻くものを無理やり押さえつけ、怖気(おじけ)づきそうになる足を辛うじて奮い立たせ、カジュは、戦場へと、一歩を踏み出した。

 と、そのときだった。

「LN502号!」

 背後から製造番号を呼ばれて、カジュは、ギッと骨を(きし)ませ振り向いた。

 

 

     *

 

 

 待ち合わせは校門前。今日からクリスマス休暇。開け放たれた門から、学生たちが外の世界に溢れていく。丘の下へ駆け降りて行く者、ひさびさの外界をじっくりと眺めながら歩む者、他愛もないいつも通りのおしゃべりに興じる者。心のうずくようなざわめきと、我慢しきれず巻き起こる歓声。

 その中で、門柱に背中を預け、彼は白い息を吐きながら待っていた。コートのポケットに両手を突っこみ、足先で芝の上の霜を払ってやりながら――

 人ごみの中からその姿を見いだしたとき、カジュはうすぼんやりした不安に襲われた。冬の清らかな陽射しを浴びるクルスの姿は、白い光を放つかのように鮮やか。そこが踏み込むべからざる聖域に思えて、彼の元へ進む足が止まる。

 だが、校門に向かう人の波が、彼女のためらいを許してくれない。誰かに軽く背中を押され、カジュは列からはじき出されて、気が付けばそこはクルスのそば。

「やあ。」

 クルスが微笑む。

「……うん」

 不機嫌に顔を逸らしながら、それでもカジュはちらちらと彼の表情を窺う。いつもの無表情がほんの少しだけ緩んだ。

 クルスは囁いた。

「すてきだ。カジュ。」

 嬉しさと不安と緊張と興奮と、言い知れないからだのうずきが()い交ぜになり、カジュの中を駆け巡った。

 行こうか、と穏やかに言って、クルスが歩き出す。

 カジュはためらった。

 でも言わなきゃいけなかった。

 ――いや、言ってしまいたかった?

「クルス!」

 呼び止められ、彼が無表情をこちらに向ける。

「あの……ごめん。実験、入っちゃった」

 時間が凍りついた気がした。

 彼は何も言わない。

 カジュの舌が無用の流暢(りゅうちょう)さで動き回る。

「リガノフ先生にいきなり宿題出されちゃって。明日までにトーニキロン反応のデータ取っとけって。ふざけた話だよね。あれ先生の研究だよ。ていよく生徒を助手代わりに使ってくれてさ」

 沈黙。

「クリスマスは、また来年にしよ」

 沈黙。

「……ごめんね」

 沈黙――

 やがて。

 無限に思えるほどの時間が過ぎて、クルスはいつものように、優しく微笑んだ。

「そっか。しかたないね。」

 でも、カジュの目はごまかせない。

 気の抜けた言葉。今まで見せたことのない、カジュにすら感情の読めない、微妙な表情。

 クルスは寮のほうに戻っていった。

 ずきりと胸を痛めるカジュを、ひとり、その場に残して。

 

 

 

(つづく)

 

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