第12話-01 “岩盤纏い”のゴルゴロドン
荒野に、遠く砂埃が立ち昇りだす。
聞こえてきたのは幾重にも連なる車輪の音。
埃の中に、剣戟の火花が二三、爆ぜ。
砂塵切り裂き緋女が飛び出す。
「オラァッ!!」
気迫の一閃。跳躍しながら振るった太刀は敵のひとりを横薙ぎに両断。そのままの勢いで緋女は砂を蹴散らし駆け抜ける。が、それを追って三つの敵影が、車輪唸らせ疾走してくる。
一見して、鬼の戦士を乗せた戦車。だが実は違う。鬼の腰から車輪が直接
“
が、緋女にとって学術的説明など問題ではない。
問題なのは、7匹の轢殺鬼に追われているというこの状況だ。
この鬼たちは、荒野に根城を置きこの一帯を荒らしまわっている魔物の野盗団の一員である。
ついにベンズバレン王国の名門“祭剣騎士団”が討伐に名乗りを上げた、というのが先月の話。それに先駆け、“勇者の後始末人”緋女たちに現地調査の依頼が来た。仲間と手分けして荒野を探り回り、敵の拠点と戦力の詳細を調べ上げた。
その帰り道でのことだった。近道しようと街道を外れ、荒野を突っ切るルートを選んだのが悪かった。くだんの野盗団にばったり出くわしてしまい、なし崩しに乱戦へ。囲まれては面倒と、駆け回って逃げながらなんとか4匹までは
その隙を狙って、轢殺鬼の一匹が奇声を上げながら突っ込んでくる。槍を振り回して勢い任せに叩きつけてくる。緋女がすんでのところで身をかがめ、槍の横薙ぎを潜り抜け、反撃の打ち込みをかけようとしたときには、敵はすでに遥か彼方。轢殺鬼の走行速度は、犬になった緋女の全速力にさえ匹敵する。
――やりづれー!! せめて壁みたいなもんでもありゃスピード殺せるのにっ!!
と、地団駄を踏みたい気持ちになった緋女の目に、天の助けか、荒野にぽっこりと頭を出した大岩が見えた。
あれだ! と緋女は犬に変身、轢殺鬼を引き連れ、盛大に砂を巻き上げながら大岩の下に駆け込んだ。すぐさま人間に戻り、岩を背にして刀を構える。この大岩、近づいてみればほとんど岩山というくらいの大きさがある。これを背負って戦えば、正面と背後の突撃は完全に殺せる。警戒すべきは側面のみになる。
これなら、斬れる。
目論み通り、轢殺鬼たちの追う脚が緩んだ。轢殺鬼たちがゆるゆると左右に往復しながら、遠巻きに緋女を囲む。攻撃の機会をうかがっているのだ。
敵を鋭く睨みながら、緋女が気炎を吐く。
「いいぜ。どっからでもかかってこいや!」
が。
その直後だった。
頭上――背後の岩山の上で、突然、殺気が湧き起こった。
反射的に振り返り、上を見上げる。逆光を浴びて、岩山の上にずらり横並びになる轢殺鬼の影。その数10、20……いや、それ以上!
緋女はようやく気付いた。轢殺鬼たちの
緋女は慌てた!
――やべー! まじやっべー!!
轢殺鬼たちが手にした得物を振りかざし、ぞろぞろと岩山から飛び降りて来る。緋女は奥歯を噛み締め身構える。さすがに危ないかもしれないが……やるだけやってやる!
一人目の棍棒を半身にかわして返しに小手斬り、背後からの槍突きは音で見切って首を刎ね、左右から同時に突っ込んできた斧二丁の薙ぎ払いは空中跳躍からの兜割りで叩き伏せる。
しかし、着地のその一瞬を狙い、敵の中の如才ないひとりが、剣を振りかざして襲いかかってきた。
――避け……きれねえッ!
と判断するや、緋女は無事に逃れようという
――痛いぞおおおおお! 歯ァ食いしばれ―――――ッ!!
ズ!! と鈍い音が響き、緋女の左腕が切り落とされた!
しかし緋女は止まらない。激痛を奥歯で噛み潰し、目にも止まらぬ反撃の太刀を繰り出す。敵の頸動脈を正確に切断、自分と敵の血しぶきを混ぜ合いながら切り抜ける。
緋女は避けきれないと見た時点で、片腕を斬らせてでも敵の命を獲る動きに切り替えたのだ。腕一本くらい失くしても、街に帰ればカジュに治してもらえる。とはいえ、出血は避けようもないし不利にもなる。そもそも腕を切断する激痛と恐怖は並大抵のものではない。とっさにこの決断ができるあたりが、達人の達人たるゆえんである。
緋女は雄叫びを上げて剣を構え直し、気合で痛みを吹き飛ばした。出血はなはだ酷く、膝は崩れ、手は剣を取り落としそうになる。しかし意識だけはしっかと保ち、不屈の闘志で敵を
修羅の如き壮絶な姿に、敵は怯んだ。が、それもひとときのこと。絶好の機会だと思いなおしたか、敵が一斉に飛びかかってくる。
まさしく絶体絶命の危機。
だが。
「上等ォ」
緋女がにやりと口の端に笑みを浮かべる。
「かかって来いやァーッ!!」
脂汗を散らして緋女が応戦せんとした、そのときだった。
どん!!
と、重い音が響いて、地面から
敵の武器はことごとくその“壁”に食い込み、あるいは弾かれた。緋女は目をしばたたかせる。
その“壁”が、巨大な
「うっるさいのォ……」
地面を揺り動かすような声がする。
「
ハ、と気付いて緋女はその場から逃げ出した。
気付かなかった轢殺鬼たちは、まともに足をすくわれ、岩山から転がり落ちる。
岩山が、
大量の砂埃。巻き起こる轢殺鬼たちの悲鳴。ぽかーんと呆けて見上げる緋女。大混乱のただなかで、ズンと天を衝くほどに屹立したのは、巨人。岩石から削り出した超重量の大鎧を纏い、遥か頭上まで
今まで岩山と思っていたのは、この巨人の身体だったのだ。
「おちおち昼寝もしておれんわい!!」
その怒声はさながら雷鳴。巨人は、たじろぐ轢殺鬼たちをじろりと睨み、脇に退いていた緋女を巨眼で見降ろし、鼻の頭あたりを指先で掻く。
「そこのお嬢、これは、どういう状況かな?」
「あいつら、わるもの。あたし、狩人。いま、仕事中」
「フーム。わるものか」
轢殺鬼の中でもとりわけ勇敢な1匹が、無謀にも巨人に殴りかかった。
ぼこ。
と間抜けた音がして、棍棒が巨人の肌に弾かれた。巨人は意にも解していない。鬼が車輪を逆回転させて後ずさる。巨人はすうっと目を細める――轢殺鬼たちの腰巻が人皮をなめしたものであるのに気づいたのだ。
「どうも、そうらしい」
巨人が、足元に横倒しに転がっていた鉄の柱を拾い上げた……いや、柱ではない。剣だ。ベンズバレン王城の大黒柱かと見まがうほどのあれが、鋼鉄製の、黒光りする、巨大と呼ぶのもおこがましいほどの、超巨大剣なのだ。
「ならば!!
ゴル族の戦士“岩盤纏い”のゴルゴロドン! 義によって助太刀いたす!!」
ご!!
大剣の一振りで竜巻が起こる!
巨人の戦士が咆哮しながら横薙ぎに振りぬいた大剣が、轢殺鬼を10人以上もまとめて飲み込み
轢殺鬼たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。そこを見逃す緋女ではない。とうの昔に鬼たちの退路に回り込んでいる。
「逃がさねーぞォ。オラァ!!」
太刀が閃き、轢殺鬼の3、4匹ばかりがあっという間に切り伏せられた。混乱し連携を失った敵の中を、緋女は右へ左へ駆け回り、手早く各個撃破していく。先ほどまでの苦戦が嘘のようにあっさりしたものだが、勝負というのは、機を掴んでしまえばこんなものである。
片腕を失ってなお疾風の如く駆け抜ける緋女を見下ろして、巨人が感嘆の溜息を吐く。
「おおっ、これは良い剣士だ」
負けていられぬ、とばかりに巨人が二度目の薙ぎ払いを仕掛け、また鬼の
戦い終わり、巨人と緋女が視線を交わす。剣士同士、胸に相通ずるものがあった。
「お嬢、いい腕をしておるな。助太刀、いらなかったかのォ」
「んーん! 助かったよ、ありがと! お前強えな!」
「ヌフハ!」
緋女の肌がビリビリ震える。これが巨人の快笑なのだ。
「これは快い出会いだ。
お、一首浮かんだぞ!
ひとり寝の 夢から覚めたら いい出会い
寝過ごしたのも これで帳消し
――どうだ!?」
「んー? わかんない!」
「んん? わからぬか。うん、それもまた
(つづく)