勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第12話-04 狩り

 

 

 ムードウは騎士団撃退に成功するなり、野盗団を率いてその場を離れた。ひとまず勝利したとはいえ、今の根城は損傷が激しく内部の構造も完全に暴かれていると考えてよい。このまま留まれば第2次攻撃に耐えるのは難しい。

 彼らが目指したのは、北の谷合にある第2の拠点である。そこは左右を切り立った崖に挟まれた天然の要害で、出入り口は前後の2か所のみ。そこに柵を立ててあるから、いかなる大軍にも攻め寄せられるものではない。

 仲間の数が増えたとき、野盗団を2つに分け、この新しい根城を作ったのだ。もともとは街道の異なる地点を襲いやすくするための工夫だったが、思わぬところで役に立った。第2拠点に合流すれば兵力も補充できるし、当面の蓄えもある。

 ろくろく休憩もしないままの強行軍の末、その日の夜半には第2拠点へとたどり着いた。着いた時には手下の鬼たちもさすがに疲労困憊し、そこらじゅうに座り込んでしまい、狭い谷間が鬼たちで埋め尽くされるような有様だった。

 くたびれきった手下たちを見回し、ムードウはコバエを呼びつけた。

「コバエ。酒をふるまえ。肉も出せ」

「わかる。たべる?」

「そうだ。お前もたっぷり食え!」

 コバエはギャッギャと歓喜の奇声を発しながら飛んでいき、そこらの大鬼2、3匹の背中に蹴りをかまして立ち上がらせ、食糧庫へ引き連れて行った。連れて行ったというよりも、大鬼のほうが蹴られた仕返しをしようと追いかけているのだが、追いかけ回しているうちにいつのまにか食糧庫に誘導されており、気が付いた時には荷を背負わされているのだった。

 このあたりのコバエの巧みな手腕は、いっそ魔術的とさえ言える。

 貴重な酒と肉の在庫が放出され、野盗たちの大宴会が始まった。ムードウが音頭を取って(とき)の声を上げさせ、鬼どもが訳も分からず唱和する。あちらで笑い声が起こり、こちらで喧嘩が始まり、コバエはその足元をちょろちょろ駆け回り、あちらこちらの皿から食いかけや飲みかけを器用にちょろまかしていく。

 根城の中の喧噪を嫌ってか、巨人ゴルゴロドンは、柵の外の広場に胡坐をかいていた。彼の膝の影には、地面に座り込んで苦しげに喘いでいるムードウの姿もある。

「大丈夫か。傷が痛むのだろう」

「なあに、これしき……」

「おぬしが一番傷ついていただろうに、よくここまで歩きとおしたものだ。そのうえなぜ宴会なのだ?」

「鬼どもに大義はない。ただ、飯と酒への期待と、暴力への恐怖で従っているだけだ。死の恐怖にさらされ敗走した鬼たちをそのままにしておけば、明日の朝にはみな散り散りになっている。今夜のうちに餌を与えておかねばならないのさ……」

 ムードウが脂汗まみれの顔を上げ、ゴルゴロドンに向かって悲痛な苦笑を見せる。

「それに弱った姿も見せられん。つけあがらせてしまうからな」

「難儀なことよ……気苦労が多いな、友よ」

「それも今日までだ。ゴルゴロドンよ、お前が味方についてくれれば文字通り千人力だ。たとえベンズバレン中央軍が攻めてこようが後れを取るものではない」

「さて……」

「謙遜するな。騎士団ひとつを独力で蹴散らしたお前じゃないか」

「人間を甘く見てはならぬ」

 断固とした口ぶり。ムードウは戸惑った。そういえば、あの酒好きのゴルゴロドンが、今は一滴も飲んでいない。なぜだ? 酔っぱらって技が鈍るのを恐れているのか? 彼がそうまで調子を整えねばならないほどの戦いを予感しているというのか?

「よしてくれ。ドラグロアでの武勇伝だって聞いているぞ。魔王軍四天王最強と名高い“武勇の(ヴルム)”様と対等に渡り合ったそうだな。そのお前が……?」

「ああ。怯えておるよ」

「一体誰に?」

 ゴルゴロドンが拳を握る。筋肉の軋む音がムードウにまで聞こえてくる。

「“勇者の後始末人”――あれは、強いぞ」

 と、そのときだった。

 突然の爆発が夜空に紅蓮の花を咲かせ、野盗団の根城をあたりの山ごと震撼させた。

 ――なんだ!?

 とムードウが立ち上がって叫ぶよりも早く、さらなる爆発。爆発。爆発! 大混乱に陥った鬼たちの咆哮が響く中、派手な爆発に紛れ、ズッ、と鈍い音が聞こえてきた。ムードウが青ざめる。()の狙いが読めた。これは岩山に発破をかけたときの音だ。

 気付いた時にはもう遅い。谷間の根城の頭上で崖が崩壊。巨岩が雨あられと降り注ぎ、根城の入り口を塞いでしまう。

 間一髪で外に逃げ出してきた鬼は僅か10名足らず。それに向かって、ムードウは戦慄を押し殺しながらわめいた。

「誰か見た者はいないか!? どれほどの大軍が攻めてきたのだ!?」

「大軍などであるものか。敵はおそらく……3人だな」

 ゴルゴロドンは冷静に言うと、巨大剣を手に取り立ち上がった。

「慌てるな、友よ。残った手勢をまとめ、落ち着かせるのだ。

 闇夜の奇襲、対手(たいしゅ)は寡勢。浮足立てば同士討ちになるぞ!」

 

 

   *

 

 

「……と、冷静に指揮されたら台無しだ。よってあらかじめ分断する!」

 爆破作業を終えたヴィッシュは崖の上に膝をつき、野盗団の混乱を見下ろしていた。

 第2ベンズバレンを発して野盗団の第2拠点――無論、先の調査でこちらも把握済み――に到着するまで丸一日近く。その間にヴィッシュは攻略の策を立てておいた。道すがら仲間たちに説明したところは、こうである。

「ゴルゴロドンはあれだけの巨体だ。身を落ち着けられる場所は限られている。まず東西いずれかの入り口の外、広場となっているあたりとみて間違いない。

 これを野盗団本隊と切り離すため、まずカジュの法撃で敵を混乱させ、その隙にゴルゴロドンがいる側の崖を爆破して道を寸断。巨人の参戦を阻んだところで、連携を欠いた敵陣のド真ん中にウチの主力を放り込む」

 ヴィッシュは片耳を手のひらで塞ぎ、カジュの《遠話》を経由して指令を飛ばした。

緋女(しゅりょく)投入だ。暴れてこい!」

 

 

「オォォォォォラァッ!!」

 雄叫び上げつつ敵の頭上から飛び込んだ緋女、その太刀が篝火に赤く煌めいた、かと思えば鬼3匹の首が飛ぶ。突如の血しぶき。浮足立つ鬼ども。思い思いの得物を手に挑みかかってくるそれらの腕を、脚を、あるいは胴を、すれ違いざまの刃が縦に横にと斬り落としていく。

「次!」

 怒れる緋女の挑発を受けてか、谷間の奥から鬼の群れが姿を現す。手には棍棒、足元には車輪。先日緋女を大いに苦しめた、あの轢殺鬼の部隊だ。10を超す轢殺鬼が矢のように疾走して迫りくる。緋女にとっては相性の悪い敵。

 だが、今日は仲間がいる。

「カジュ!」

 《風の翼》で敵陣上空を飛行していたカジュから、見事なタイミングで支援の術が飛んだ。

「ほいきた。《でこぼこ》。」

 緋女の周囲の足元で、突如、土が盛り上がり、あるいはへこみ、まさに《でこぼこ》に変形した。

 不整地を平らに(なら)す《整地》という土木工事用の術があるのだが、カジュはそれをちょちょいと改造して、術の作用を正反対にひっくり返したのだ。結果として出来上がった新術は足場をちょっと悪くするだけのものに過ぎないが、この状況では効果抜群。

 移動を車輪に頼る鬼たちは、突然生じた凹凸に足を取られ速度を落とさざるを得なくなる。それはごく僅かな減速だったが――緋女にとっては僅かで充分。

 緋女が飛ぶ。鬼を斬る。慌てて退散せんとした別の鬼に、疾風の如く駆け寄り、斬る。この足場でなら緋女の方が速いのだ。

 後続の轢殺鬼たちが予想だにしない事態にたじろぐ。そこに緋女が獣の咆哮を上げて突っ込んでいく。体勢を立て直す暇さえ与えない。斬る。引き裂く。叩き潰す。当たるを幸い薙ぎ倒し、みるみるうちに死体の山を築いていく。

 逃げ足さえ封じてしまえば、轢殺鬼などはもとより緋女の敵ではない。壊滅は時間の問題である。

 このとき、頭の回る小鬼(ゴブリン)が3匹ばかり、緋女の背中に弓矢の狙いを付けていた。緋女は――目の前の敵に心を奪われ、後ろの殺気に気付いていない!

「うつぞっ、うつぞっ」

「きづいてないぞっ」

 楽しげにひそひそ囁き合ってる小鬼(ゴブリン)たち。

「お前らもな」

 背後からかかった声に、小鬼(ゴブリン)たちが一斉に振り返る。

 ヴィッシュ!

 彼の片手剣が素早く左右に閃き、小鬼(ゴブリン)2匹の胴を切り裂く。残る1匹が大慌てで矢を放つが、ろくに狙いもせずに撃った矢は見当違いの方向へ弧を描いて飛んでいく。その小鬼(ゴブリン)が次の矢をつがえるか逃げ出すかと迷っているうちに、駆け寄ったヴィッシュの突きがその胸を貫いた。

 谷の奥を見やれば、緋女と野盗団主力部隊との戦いもほぼ決着がついていた。谷を埋め尽くさんばかりに連なる鬼の死体。その上に背中を丸めて立ち、血塗れの刀を無造作にぶら提げ、荒い息を吐いている緋女。

 その尋常ならざる目つきにヴィッシュは身震いした。緋女の様子にいささか恐怖を覚えはしたが、まず、作戦は成功と言ってよい。

「よし。緋女、残りをやるぞ! 巨人の旦那が出てくる前にカタを付けたい!」

 ヴィッシュの呼びかけは緋女に届いていたのだろうか? 緋女は大口を開け、牙を剥きだしにして、背中を膨らませるようにして息を吸い、先ほどの爆発さえかすむほどの大音声で絶叫した。

「ゴルゴロドォーンッ!! 出てこいッ!! 勝負しろォ―――――ッ!!」

 すると、この挑戦に応える雄叫びがあった。

「おお―――――ッ!!」

 崖を塞いでいた大岩が、向こう側から蹴り除けられる。すさまじい重量の岩石と土砂とが羽毛のごとく吹き飛ばされてくる。ヴィッシュは悲鳴を上げて身を隠す。緋女はその場から動かない。飛来する岩を完全に見切り、最小限の身体のひねりだけでかわしている。

 土埃を掻き分けて、恐るべき巨体が姿を現す。

 巨人の戦士、ゴルゴロドン。

「……呼びつけてどうすんだよっ」

 ヴィッシュが頭を抱えている。

 そのヴィッシュが、突如湧き起こったむせ返るような殺気に気付き、とっさに地を蹴り飛びのいた。頭上から敵が襲い掛かってくる。その周囲に銀色の光のようなものが煌めいた、と思ったとたん、あたりに散らばっていた小鬼たちの死体が細切れに切り裂かれて四散する!

 ――なんだ、今の攻撃は!?

 ヴィッシュは地面を転がりながら辛うじて難を逃れ、手早く立ち上がって剣を構える。対峙する相手は、血の海の真ん中にうずくまるように着地した、隻眼隻腕の魔族――話には聞いたことがある。

 こいつが野盗団の首領……

「“刃糸吐き(ブレイドスピナー)”のムードウ……てのは、あんたのことかい」

「いかにも」

「つまり今のが、噂に名高い“刃糸(ブレイド・ウェブ)”ってわけだ」

「単分子線というのだ。偉大なる大魔導帝国の遺失技術(ロストテクノロジー)。ワイヤー全体が単一の高分子で構成されており極めて強靭……と説明したところで、人間ふぜいには解るまいがな」

「まァ、ある程度は理解したぜ。あんたを倒すのに充分な程度にはな」

 にやつくヴィッシュに、ムードウは怒りをほとばしらせる。

「やってみろ!! 猿がッ!!」

 

 

(つづく)

 

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