俺とソイツの関係性を語るに当たって特記するべきことは何もない。実家が隣通しであり、ソイツの両親と俺の両親が仲が良かったため、なし崩し的に引き合わされ出会っただけのことだった。所謂世間一般的に言えば、幼馴染という言葉が当てはまるのだろう。少しばかり俺の方が歳上だったこともあり、俺はソイツのことを妹のように思っていた。恐らく向こうも同じ様なこと思っていたに違いない。
ソイツは昔からモテた。日本時離れした橙色の髪に、瞳は透き通ったブルー。肌は白く陶器の様で顔の形も整っていた。長い腐れ縁である俺の贔屓目を除いてみても、ソイツは芸能人並みに綺麗だった。まぁ、つけあがるため本人には死んでも言ってやらないが……。
それに加えて性格も明るく誰に対しても分け隔てなく接するソイツ。モテない筈があるわけがない。それはもう、矢鱈滅多らモテていた。本人は鈍感なのかそれに気づく様子はなかったが。学年の違う俺の同級生ですらソイツに惚れていた奴は多かった辺りからもソイツのモテっぷりは相当のものがあったと分かって貰えるだろう。。
まぁ、そんなソイツとの関係も俺が大学の入学共に地元を離れてからはすっかり疎遠になっていった……というわけではなかった。もちろん会う回数も自体は各段と減ったが、その代わりに電話やメールの回数が増え、何やかんやでソイツの腐れ縁は切れずに暫く続くのだった。
それは突然の話だった。何時ものように家でゴロゴロと小説を読んでいるとソイツからメールがあった。内容を見るに海外にバイトをしに行くということだった。ソイツが突発的に何かを始めることは昔からよくあったのと、推理小説が佳境に入り面白かったこともあり、生半可にメールを返した。何でもバイト先は僻地にあるらしく、これからは連絡がとれなくなって寂しいとか何とかそんな旨のメールが返ってきたが、そのメールにも生半可な意識で返信した。
そして、次の日に気付いた。
――アイツって外国語は話せたっけ?
最後に送ったメールはまた会おうな、というものだった。
――うぅ、寒い寒い。
吐いた息は白かった。一月後半の冬真っ盛りのある夜、俺は寒さに震えながら歩いていた。家から少し離れたコンビニからの帰り道の事だった。空には星が瞬き、辺りは静寂に包まれていた。住宅街からも繁華街からも少しばかり離れているここは深夜になると周りの全てが息を潜めたように音をなくす。夏ならば、虫の声なんかが聞こえるが今は冬真っ盛り、聞こえるのは風の音くらいだった。
孤独と静寂を感じながら歩く。大学に行くにも、バイト先に行くにも、コンビニ買い物に行くにも通るこの道は歩きなれ、見慣れた道だった。
――あんなことがあったのにここは変わらないなぁ。
あんな事とは僅か、一か月前に起こった世界的事件である。
――朝起きたら世界が一年進んでいた。
そう、一言で表すのならまさにそう言うしかなかった。詳しいことは俺にも未だによく分かっていない。とりあえず、朝起きて携帯を見たら時間が一年進んでいた。初めは何かの間違いかと思いとりあえず、テレビをつけて見れば、画面の向こうでは大騒ぎ、どうやら勝手に一年進んだのは俺の携帯が反抗期を迎えたからではなかったらしい。世界中で一年という時間が誰にも気付かれることなく進んでいたそうだ。専門家がよく分からん理論を言っていたが、詳しいことは未だにわかっていない。ネットでは陰謀論やらがささやかれている始末だ。
大混乱が暫くは起っていたが、それも最近ではなりを潜め、ようやく穏やかな日常が返ってきた。
未だにテレビをつければ消えた一年について色々とやっているがそれも暫くすれば徐々に減っていくだろう。
――ん?
そんな時だった。静寂だった道にどこからか音が聞こえてきた。金属と金属がぶつかり合う。甲高い音。
気になり音が聞こえてくる方角を向いてみる。その方角にあったのは空き地だった。
――見てみるか。
別にそう思い立ったのに理由はない。指して言うならば、何となくやら、興味本位でやらいう言葉が当てはまる。
しかし、俺はその選択を直ぐに後悔することになる。
「――は?」
思わず出た言葉がそれだった。目に前の光景に意ともせず声が出た。
高速で動き回る二つの影。目に負えないスピードと金属が打ち合う音に、光る火花。予想だにしていなかった光景。
――なんだこれ、映画の撮影か。
そんな事ではないのは分かっていた。そして、打ち合う奴らが人間ではないことも……。明らかに人間の動きを凌駕している。目の負えないスピードも、手に持つ何かを打ち合う様子も全てが告げている。彼らは人外だと。
――世界が勝手に一年進んでいたとか、もはやそんなレベルじゃないぞこれ……。
明らかに目に見える異常。それを前に俺は何も出来ずにただ茫然と立ち尽くすだけだった。
「ん? 何時の間に紛れ込んだんだ?」
激しく動き待っていた影の一つが動きを止める。青いスーツのような物を着た男だった。格好だけでも少し異様な男だったが、その異様さをさらに引き出させるものが手には握られていた。彼の手には赤い槍があった。
「やれやれ、今日はよく部外者に見つかるな、ランサー」
青いスーツの男の言葉を受け、もう一人も動きを止める。ランサーと呼ばれた男とは異なり、こちらは赤い衣装に身を包む男だった。褐色の肌に白い髪、そして手には双剣。この男も異様を凝縮させたような男だった。
「――ッチ。ったくついてないぜ」
「で、どうするつもりだ?」
「どうするもこうするもやることは一つだろ。神秘を隠すまでよ」
「神秘を隠すも何も一年間の空白の時点でもう手遅れの気もするがな」
「マスターから正式に命令が下った。目撃者を消せとな」
ランサーと呼ばれた男がこちらを向く。
――やばいやばいやばいやばい……。
先ほどの会話を聞くだけで分かる。ランサーと呼ばれた男は俺を殺すつもりだ。瞬間、ランサーが消えた。
――え?
そして、それを疑問に思うまなく、彼は目の前に立っていた。
「は?」
思わず口から漏れた言葉は感嘆にも似たようなものだった。
「悪いな兄ちゃん、別にアンタに何の恨みもないが死んでくれや」
不気味に光る赤い目は獲物を射抜く猛禽類の類そのものであり、その瞳には慈悲はない。そして、手にもつ朱槍は月光を受け神秘的に光り、その矛先は俺を正面に向いていた。
悟ってしまった。分りたくても分かってしまった。
――あぁ、どうしようもない。
この槍を避ける手段は俺には無く。この槍を外すことはこの槍兵にはない。つみだ。完全につみだ。
「恨むならこの場所を訪れた自分を恨むんだな!」
そう言ってランサーは槍を構える。
――生きたい。
そう思った。
――生きたい。まだ生きたい。
こんな終わり理不尽だ。認めたくない。そうだ、俺はまだアイツに会っていない。
――また会おうな。
メールとは言え俺はアイツに約束した。それを守れずに死ねるか!
何が発動のキーだったのか俺には未だにわからない。しかし、それは何の因果か発動した。
目の前が光に包まれる。地面に魔方陣のような物が生まれた。眩しさで思わず目を閉じた。
――そして目を開けると、
「問いましょう、マスター。貴方が私の召喚者ですか?」
そう見慣れた笑顔で話すソイツがいた。
「まさか、こんな再会になるなんてね! 久しぶりだね、先輩!」
あぁ、遅れてしまったがいい加減ソイツを紹介しようと思う。
ソイツの名前は、藤丸立香。腐れ縁であり妹分でもある少女だ。