外史に現れた者 そは黄金の獣なり
目を覚ますと、自分は森の中にある空き地で木の幹に背を預けていた。
そして空き地にはそれを二つに分けるように真ん中に池と小さな水の流れが存在した。
「……?」
何故こうなったのか、何故私はここにいるのか理解できず、疑問符だけが私の思考を埋め尽くす。
しかし、それを整理する暇はなかったようで――。
「あっ、目が覚めましたか? マスターさん」
声のする方を向くと、そこには薄紫色の髪と、妖精を連想させる服装の少女が、心配そうにこちらを見ていた。
「……?」
何故コルキスの女王のリリィがここにいるのだろうか。
私が困惑していると、彼女はハッとして問いかけてきた。
「もしかして、先ほどその木の幹に身体を預けさせようとしたとき、私の不手際で頭をぶつけてしまったのですが、それで記憶喪失に!?」
「……いや、それはないだろう。……私の記憶が正しければ、卿とは今初めて話すのだが、間違いないかね?」
私は冷静に状況整理した後、記憶を思いだしてみたが、ここに来るより前の記憶は、違う場所だった。
もし、記憶障害ならば、彼女の宝具で何とかできるだろうし、そうでなければ彼女の話を聞いて詳しいことを知らなければならない。
現在持っている情報は、如何せんざっくばらんすぎるからだ。
「はいっ。今初めてマスターさんとお話しました。……あっ、私としたことが、自己紹介を忘れてごめんなさい。私はサーヴァント、キャスター。メディアです。あの、よろしくお願いしますね、マスターさん」
「……」
私は、彼女の自己紹介から得られた情報に困惑していると、メディアはこちらを不安そうに見ながら問いかけてきた。
「わ、私何か悪いことしたでしょうか?」
「あ、いや……。少々混乱していてな。……卿に自己紹介させたのだ。私も名乗らねばなるまい」
私はそう言った後に立ちあがり、続けようとした。
「私の名は――……」
まずほとんどの者が答えられる自分の名前を口にしようとしてはたと止まる。
なぜなら
一つは日ノ本の歴史の4半分相当を生きていた半妖にして、人間として生きていた男の名前。
もう一つは黄金の獣と呼ばれた水銀の蛇の友の名前。
どちらも間違いなく【私】の名前であり、それぞれの軌跡は脳裏に深く刻まれていた。
その事実にしばらく困惑していたが、ふと池に映る自分の姿に気がついた。
私は池の傍に移動して覗き込むと、そこには軍服を纏い、黄金の双眸と髪が印象的な黄金比とも言える姿の男が映っていた。
「あの、マスターさん?」
メディアは私の傍に近寄ってきて、私を案ずる様子で問いかけてきた。
私は軽く頭を振った後、彼女に向きあって告げた。
「……私はラインハルト。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒだ。ラインハルト、ハイドリヒ卿、マスター……そのあたりで呼ぶといい」
右手の白い革の手袋を取って、令呪を確認した後、彼女に右手を差し出した。
「ハイッ! ラインハルトさんのお役に立てるよう、精一杯頑張ります!!」
満面の笑みを浮かべる彼女はそういって私の手を取った。
「……さて、まず質問いいかね?」
「はい、大丈夫です。可能な限りお答えします」
何故か犬耳と尻尾が見える彼女に少しだけ微笑ましいものを感じながら問いかけた。
「卿は私が倒れている時にここに現れた、で間違いないかね?」
「はい。ラインハルトさんとのパスがありましたので、まず回復するようにいろいろしました。ですが目覚めませんでしたので、周囲に簡単な結界を張って近くを探索してきました」
私はその言葉を聞いた後、周囲をよく見てみると、何か所かを起点に結界らしきものがこの空き地に展開されていた。
「なるほど。それで、何か成果は得られたかね?」
「すみません。それなりに規模の大きい森だということくらいしか……」
しょんぼりしながら答えるメディア。
私はそっと撫でた。
「……?」
「それが分かったのならば、十分だ。良くやったな、メディア」
私はそう言った後、撫でるのをやめて、池の上に意識を向けた。
すると、池の上に黄金の波紋が現れ、そこから黄金とエメラルトで作られた、船のようなものが現れる。
「……これは……船?」
中空に浮かぶそれを見ながら小さく首をかしげる彼女の質問に、私は優しく答えた。
「確かにこれは船だ。……ただし、空を飛ぶ船である
私はそう告げたあと、船に乗るために階段式のタラップを先ほどと同じように黄金の波紋から出し、彼女をエスコートした。
「さて、何故私がこのようなことを出来たか、不思議に思ったはずだが……」
私は中央の席に、そしてその隣に彼女の席を用意して座らせた後、問いかけながらそちらを見ると、彼女は目を輝かせながらこちらを見ていた。
「……気になるようだな。少し長くなるだろうが、話を聞いてくれるかね?」
「はいっ!!」
満面の笑みを浮かべた彼女を横目に、私はヴィマーナを起動しながら、目を覚ますまでの経緯を話し始めた……。
――*――*――*――
「事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。女神と名乗る泡沫世界の管理者相当の存在にまだ本来なら寿命があるにもかかわらず上位権限で強制的に私は殺された。それに気が付いた女神は、そのお詫びとしてこの世界……恋姫†無双の世界に転生することとなった」
私は肩を竦めながら、語り続けた。
もちろん、
「そのとき私が特典として要求したのは、拾った英雄王の鍵剣から英雄王の力、そしてたまたま英雄王の鍵剣の傍に落ちていた聖約・運命の神槍と、そこに宿っていた
私が言いたいことを言い終えた後、静かになったメディアを見てみると、とても寂しそうな顔をしていた。
「……卿はよもや、自分は必要ないなどと思っていないだろうな?」
「……違うんですか?」
泣く一歩手前の表情になってるメディアに対し、私は慈しみながら答える。
「当然だ。卿は私が持たぬ癒しの力を持っている。それだけでも私にとって、卿は貴重な存在といえる。それに……」
「それに……?」
私が途中で止めた言葉に首をかしげながら問いかけるメディア。
「……此処からは独り言だ」
「?」
「私は、ある理由から、卿のことはいろいろ知っている。だからこそ、私と契約している間くらいは、幸せな時間をすごしてもらいたいと思っている」
「!?」
私の言葉に困惑しているメディア。
私は彼女の頭を撫でながら続けた。
「ゆえに約束しよう。卿が私の元を離れぬ限り、私にできる範囲で、卿が幸せな時間を過ごせるように手をつくす、と」
「……」
撫でられていたため、下を向いていたメディアは顔をこちらに向け、心なしか潤んだ瞳のまま問いかけてきた。
「私は、ラインハルトさんのそばにいても良いんですか?」
「卿が満足するまでいると良い」
「もし私がラインハルトさんと一生一緒に居たいと言ったら?」
「一生の確約は出来んが、卿と私が袂を分かつまでなら、共にいることを約束しよう」
「……『ラインハルトさんと結婚したい』と私が言ったら……?」
「既婚歴があり、女は駄菓子とのまたう好色さに目をつぶるならはやぶさかではない。……が、その前に卿が受肉するために聖杯戦争に勝つ必要があるだろうな」
「……やさしいんですね」
「やさしい……か。それはわからんな。ただ言えるのは、私は総てがいとおしいと感じていることだけだ。身内ににそれは総てに無関心の間違えだろうと指摘されたことがあるがね」
肩をすくめながら私は、答えた。
「……ラインハルトさんに一目惚れしたと、私が言ったら、ラインハルトさんはなんと言いますか?」
「その想いは嬉しく思う。美少女に好かれるのは悪い気がしないのでね。……ただ、私が卿の白馬の王子なのかは保証しかねるが」
「……」
何かを言おうとしてこちらを向いてはためらうメディアを横目に、私は眼下の荒野で、一人の少女と複数の賊と思われる姿を見付けた。
「……メディア。話の続きは後だ。あの逃げている少女の方を助けるぞ」
私はそう言うと、
――*――*――*――
「待ちやがれっ!!」
全力で荒野を駆けるボクの背後から聞こえる野太い声に返事することなく、ボクは走る。
自衛が多少出来るといえど、複数の賊相手に戦えるだけの力は無い。
あるのは農作業でそれなりについた体力だけ……。
「――ッ!!」
しかし、何とか追いつかれずに済んでいた幸運もたまたま起きた不幸によって終わりを迎えた。
全力で駆け続けたせいで足をもつれさせてしまったのだ。
何とか顔から転ぶことをせずに済んだが、代わりに賊に追いつかれた。
「やっと追いついた」
「まったく、手間取らせやがって……」
「この分は体で補ってもらわないとなぁ」
下種の笑みを浮かべる男たち。
じりじりと近寄る賊から少しでも距離をとろうとするが、あまり意味はなく。
もはや今の自分がただ嬲りものにされるだけの存在であることを実感させられる。
そんな中、ふと何故か最近会えない母の顔が浮かんだ……。
「女を口説くのに、複数人で囲むのはいささか考え物だな」
背後から唐突に聞こえた声と共に、私の横を何かが通り過ぎて、私と賊の間の地面に刺さる。
賊は私の後ろを驚いた顔で見つめたので、思わず私も振り向いた。
そこには浮かんでいる船のような物に乗る人がいた。
その人は8尺ほどの背丈で、背まである黄金のごとき髪と瞳をしていて、見たことも無い変わった服を着ていた。
「さて、卿らには選択肢を与えよう。大人しく此処から去るか、私に叩きのめされて去るか」
彼は浮かぶ何かから降りると、無形の重圧を放ち泰然とした態度で賊に問いかけた。
私はそれの範囲に入っていないのかそこまで感じるものが無かったが、賊はまるで化け物に出会ったかのように顔面を蒼白にする。
「……10数えきる前に去るならば今回は殺さぬ。だが、そうでなければその地面に刺さった武具が、今度は卿らの体に刺さることになる」
その言葉と共に、彼の周囲に黄金の波紋が浮かび上がり、それぞれから剣や槍がその切っ先を賊たちに向けていた。
「1……2……3……4……」
数を数えあげるたびに増える波紋と武器。
「ちっ、新しい獲物は諦めるか。ずらかるぞ」
「ば、化け物!!」
「畜生、覚えてやがれ!!」
慌てて逃げていく賊たち。
しばらく逃げていく様を見守る彼。
見えなくなってから少しした後、彼はこちらを向いて問いかけた。
「大丈夫かね?」
「……はい。ありがとうございます」
「何、当然のことをしただけ……。む、卿の足を怪我しているようだな」
ボクに近寄ってきた彼は私の膝を見て眉をひそめた。
「これくらいなら別に大丈……ッ」
立ち上がろうとしたが、左足全体に走る痛みでまた倒れそうになる。
それを彼は横からその腕を下に回してそっと支えた。
「膝の皿が割れているな。メディア。すまぬが彼女の手当てをしてくれ」
「ハイっ!!」
その声と共に、船らしきものから、私と似た髪色の女の人が降りてきた。
……さっきはこの男の人の存在感から、気が付かなかったのだろうか?
ボクが疑問を抱いていると、女の人はボクの膝に手を置いて何かを唱え始めた。
すると優しい光がボクの膝を包み、痛みが引いていった……。
「はい、これで大丈夫なはずです。軽く動かしてみてください」
彼女の言葉にボクはおそるおそる左足を動かすが、痛みを感じなかった。
「よかった。ちゃんと治ったみたいですね」
満面の笑みを浮かべる女の人と、私を見ながら考えるそぶりを見せる男の人に対してボクは問いかけた。
「……貴方たちは妖術使い?」
彼らの気分次第で自分の命などどうにでもできると実感していたが、それでも知りたいと思ったことを素直に聞いてしまった。
女の人は、答えに困ってしまったのか、ボクと男の人を交互に見たり、こちらに少し引き攣った笑いを見せる。
彼の方は特に気分を害した様子も無く、興味深そうにこちらを見ながら答える。
「卿らの理解が及ばぬもの全てを妖術と定義するならば、私も彼女も間違いなく妖術使いだろうな」
「……!?」
男の人の言葉に女の人は目を丸くして男の人を見る。
「……ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。私はラインハルト。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒだ。ラインハルトと呼ぶといい。……メディアは、クラス名を名乗っておくといい」
男の人は自己紹介した後、女の人に釘を刺すようにした。
「私は、キャスターです。どうぞよろしくお願いします」
「……ボクは陳登。字は元龍。助けてくれたこと、そして怪我を治してくれたことは感謝するけど、あいにく何も返せるものがない」
「「……」」
ボクの言葉に2人は顔を見合わせる。
そしてラインハルトが苦笑しながら答えた。
「別に何か要求するつもりはない。……強いて言えば最寄りの
「それなら案内するけど……」
「いや、私はあの賊を追うつもりなのでね。……あの一番偉そうな男の発言が少し気になったのが主な原因だが」
彼はそう継げたあと、踵を返そうとしたが……。
「ボクも連れて行って!」
どこからとも無く出現させた階段のようなものに足をかけていた彼は足を止めて振り返った。
「……出会ったばかりの相手を。それも卿の言う妖術師の類のことを信じて共に賊を退治しに行くと?」
彼は目を細めて語気を強める。
「私がアレらとグルの可能性もある。もしそうでなかったとしても、卿がいたところで足手まといにしかならん。おそらく卿はただ指をくわえているだけになるだろう。……それでもついてくる気か?」
「……」
ボクが彼の言葉に静かに頷くと、ため息をついたあと告げた。
「メディア」
「は、はい」
「賊の根城を見つけたら、しばらく
「はいっ!!」
「……ということだ。卿も乗るといい」
彼はそういうと、こちらを向いてそういった後、船のような物に乗っていった。
「では、一緒に行きましょう!」
きゃすたーと呼ばれた女の人は、そういうと、ボクの手を引いて船に乗り込んだ……。