「……て。……ター、起きて。マスター! 朝だよ、起きて」
水の中から、浮かび上がるような感覚と一緒に、私は目を覚ました。
目を開くと、そこには私を覗き込むライダーの顔があった。
「おはよう、ねぼすけさん。ご飯もうすぐ出来るから体拭いて、服着替えようね」
ライダーはそういうと、手馴れた様子で傍の机に置いてあった桶から、浸してあったタオルをとって絞り、私の体を拭き始めた。
そこでようやく、私は昨日のことを思い出して顔が熱くなる。
その間にも、ライダーは手馴れた様子で私の体をきれいにしていく。
「……お母さんみたい」
その様子を見ていた私が思わず言うと、ライダーはきょとんとした顔をしたあと、笑顔で答えた。
「それはあながち間違えじゃないかな。だってあたし、一応2人の子供育てた経験あるし」
「……えっ?」
思っても見なかった答えに、私は驚く。
すると、ライダーはばつが悪そうな顔をした。
「あ~、そっか。聖杯戦争と、サーヴァントについては教えたけど、あたし自身についてはまったく触れてなかったからね」
「真名が露見すると不利になることが多いから、だっけ?」
私が数日前のことを思い出しながら問いかけると、彼女はこくり、と頷いた。
「そうそう。あたしはただでさえサーヴァントとしては微妙なのに、真名が露見するとさらに不利になるからね。……もっとも、貴方の旦那さんはあたしの真名を知ってたけど」
「ライニさん、すごいな……」
私がそうつぶやいてると、ライダーが告げた。
「はい、体は綺麗にしたから、後は服だけど……」
ライダーは少し困った様子で、昨日には無かったクローゼットを開けて問いかけた。
「彼が貴方のために用意したらしいんだけど、どれが良い?」
私はライダーの隣まで歩いてクローゼットを見ると……。
そこには、私があの人と一緒にいるときに作った服のほとんどが並んでいた。
「ポーラーズメモリーⅠからⅢに、メモリア、ブルーミングヤード、ハピネスウェットにリンカージェンまで……」
私は目を丸くしたあと、クローゼットの前に立ち、一つ一つを確かめる。
そのあと、下の引き出しを見ると、下着もしっかり揃っていた。
「なんか下着のほうは、『……英雄王の宝物庫は、際限ないな』とか遠い目をしながらあの波紋から取り出してたけど……サイズ大丈夫?」
少し心配そうに私を見るライダーを横目に、タグなどを見ると……。
「……ぴったり」
いつも着てるものと同じサイズの物だった。
その事実に少し困惑していると、ドアがノックされた。
『私だ。ライダー、イオンは起きてるかね?』
ノックした後すぐに扉を開けることはせず、ラインハルトさんは扉越しに声をかけた。
「おきてるけど、着替え中だから入っちゃ駄目」
ライダーがそういうと、
『分かった。……朝食もできて、みんな揃ってるゆえ、気持ち急いでくれると助かる』
と返してくれた。
ふとライダーを見ると、ライダーが小声で話した。
「(流石にまだ恥ずかしいでしょ?)」
「(あ、ありがとう。ライダー)」
私は慌てて下着を着て、着慣れたポーラーズメモリーⅢを着て、部屋を出る。
そこには後ろ髪を束ね、テレビで高級レストランとかで見るシェフの格好をしているラインハルトさんが立っていた。
「「……」」
私たちがその姿に驚いていると、ラインハルトさんが首をかしげた。
少しした後、彼は自分の服を見てどこか納得した表情を見せる。
「……この姿は変かね?」
「そんなことないです。むしろ、すごく似合ってます!」
私がそういうと、彼は一瞬驚いた顔をしてから、口元に笑みを浮かべた。
「そうか。……では行こう」
彼はそういうと、私たちを先導した……。
――*――*――*――
「あ、イオンさん、ライダーさん、おはようございます」
部屋に入ってすぐに気がついたのは美鈴さん。
「……アレ? ラインハルトさんは?」
首をかしげる陳登ちゃん。
「なんか気になることがあるって言ってどっか行っちゃった。でもすぐ戻るって行ってたから、大丈夫だと思うけど」
ライダーが私の代わりに答えてくれた。
「なら、大丈夫だと思います。あ、早く食べないとラインハルトさんが作ってくれたサンドイッチがなくなりますよ」
キャスターがそういって少なくなっている(と思われる)大皿を指差す。
「クッキング得意な大旦那様に料理で負けて、微妙に猫まっしぐらでブルーな気持ちである」
「旦那様の御手を煩わせてしまったのは申し訳ないです」
ラインハルトさんに色々させてしまったことと、料理の腕で負けた(?)ことで凹んでいるキャットと美花さん。
しかし、愚痴を出したら二人とももきゅもきゅとサンドイッチを食べ始めた。
私はライダーと並んで空いた席に座って、サンドイッチを一切れ自分の皿に取り、食べた。
「……山菜とベーコン、あと卵のサンドだ」
山菜とベーコンの対比、そしてそれを引き立てつつも喧嘩しないようにしている卵。
「……あたしの料理がかすんで見えるくらいおいしいんだけど」
困惑しながらつぶやいたのはライダー。
すると、背後から扉が開く音と共に声がした。
「そうなのかね? 私には違いは分からんが、卿がそういうのならば、きっとそうなのだろうな」
振り向くとそこには軍服姿に戻ってるラインハルトさんが立っていた。
「どこに行ってたの?」
私が問いかけると、彼は普通に答えた。
「見るからに不審な人物が居たので、追い払っておいた。あと、この家の家主と出会って軽く挨拶をしてた」
彼がそういって一歩横によけると、そこには陳登ちゃんと同じ髪色の女性と、紳士っぽい服装をした男の人が立っていた。
「……母さん、森脇さん。お帰りなさい」
「お、お帰りなさい。燈、森脇さん」
陳元龍さんと、美鈴さんが2人に挨拶すると、二人も返事を返した。
「ただいま」
「ああ、ただいま、喜雨君、美鈴君」
紳士っぽい人は、2人に挨拶したあと、問いかけた。
「それで、彼女らは一体どなたかね? 彼に聞いてみたけれど、はぐらかされてしまってね」
すると陳登ちゃんが答えた。
「彼はラインハルト。隣の邑から帰る途中で賊に教われたボクを助けてくれたんだ」
「よろしく」
ラインハルトさんの挨拶を聞いたあと、陳登ちゃんはキャスターさんを示して続けた。
「彼女はキャスター。彼のサーヴァント」
「は、はじめまして」
「……やはりか」
陳登ちゃんの言葉に、なにか納得したそぶりを見せる紳士さん。
その言葉に、女性のほうも表情を強張らせる。
だけど、あの人は自然体で二人に告げた。
「案ずるな。卿が聖杯戦争に介入しなければ、私も卿らを害するまねはしない。卿らが参加した聖杯戦争ではないのだからな」
「その通りだぞ、ヴィランのコンサルタント。アタシたちが参加した聖杯戦争は原因不明の収束で決着はついている。猫をも殺す好奇心さえださねば目下の問題は乱世だけだ」
キャットの援護(?)も言葉を聞いた紳士さんは考えるそぶりを見せた後に答えた。
「私としてはこちらに危害が来ないなら何も言うつもりはない。っと、私としたことが自己紹介もせずに人のことを聞いてしまっていたね」
彼はそういうと、優雅に一礼した後、続けた。
「私は森脇。本名は別にあるのだが、訳アリでね、森脇と呼んでくれたまえ」
すると女性も挨拶した。
「私は陳珪。字を漢瑜と申します。娘を助けてくださり、ありがとうございます」
母親と、その知人(?)の自己紹介を確認した陳登ちゃんは、紹介を再開した。
「そっちの侍女服の2人は孫乾とキャット。ラインハルトさんがボクを襲った賊の根城から助け出した人だ」
「名を孫乾、字を公祐と申します。ラインハルト様に忠誠を誓う、しがないメイドでございます」
「アタシはタマモキャット。ご主人と共に大旦那様に従う首輪つきのメイドである。ちなみにそちらのMrダンディと同じ元サーヴァントだったりする」
二人の自己紹介が終わると、美鈴さんがバトンを引き継いだ。
「それで、こちらの2人がイオンとライダーです。先日悪漢を伸してくれた方です」
「い、イオナサルといいます。よろしくお願いします」
「あたしはライダー。よろしく」
「さて、自己紹介もすんだところで……」
森脇さんがわざとらしくせきをしてそういった後、私たちの席にあるサンドイッチを見た。
「私たちも食事をもらえたらありがたいのだがね」
するとラインハルトさんは頷いた。
「無論、歓迎しよう。私はあいにく英霊よりも便利な体を持っているのでね、一食抜いても問題ない上、もともと多めに作ってあるのでね」
ラインハルトさんはそういって指を鳴らすと、空いてる席の前に、私たちが使っている食器と同じ物が一式ずつ現れた。
「「!?」」
「ほう……」
私と陳珪さんは驚いて、森脇さんは興味深そうに食器を見た。
「では、座ると良い」
彼はそういって、2人の椅子を引いて座らせた。
そして彼は自分の座った席あと、私たちを見守るように見つめ始めた。
「やはりパンか。しかも味も申し分ないものだね」
サンドイッチを食べて感想を述べた森脇さん。
そのあとラインハルトさんに問いかけた。
「パンなんてどこから持ってきたのかね?」
「訳あってこれをもっているからな」
ラインハルトさんが見せたのは……。
「……テーブルクロス?」
ライダーが首をかしげながら、彼が持っている物をみる。
「北欧の昔話にある、北風のテーブルかけ。その原典だ」
「ほう、あの有名なテーブルかけか」
「えっ、うそ。それ本物?」
森脇さんが関心を示し、ライダーは胡散臭そうにそれを見た。
「……といっても、私が出したのは、それぞれの食材と調味料だけだがね」
彼はそういって、テーブルかけを自分の前のスペースにかけた。
「『テーブルかけよ、おいしいライ麦パンを一つだしてくれ』」
彼がそういうとポン、という音と共にそのテーブルかけの上にライ麦パンが一つ現れた。
「「「「「「!?」」」」」」
その光景に私を含めたほぼ全員が目を丸くした。
「……もっとも、私は食材を出すことにしか使うつもりは無い。料理人を徒に路頭へ迷わせる趣味は無いのでね」
彼はそういうと、出したパンを食べ始めた。
「旦那様、一つご質問よろしいでしょうか?」
「……なにかね?」
美花さんの問いかけに、彼は首をかしげた。
「旦那様は今後どのようになさる予定なのでしょうか」
「……今のところは未定だが、洛陽に行こうと思っている」
ラインハルトさんが答えると、森脇さんが口を挟んだ。
「今の洛陽はお勧めしないよ。なにせ私腹を肥やすことに腐心する役人と、搾取される平民しか居ないからね」
「なに、その状況をかき回すのも一興だろう」
「……私も歳かな。そういう面白そうなことに首を突っ込もうとしなくなっていたようだ」
なんだか哀愁の念を纏い始めた森脇さん。
「とりあえず、数日は此処で世話になりたい。無論、何らかの形で礼はするつもりだ。構わぬかね?」
彼は陳珪さんと陳登ちゃん、そして森脇さんと美鈴さんに問いかけた。
「私は構いません。どうぞゆるりとおくつろぎくださいませ」
「ボクも構わない。それに、色々聞いてみたいこともある」
妖艶な笑みを浮かべる陳珪さんと、興味を示す陳登ちゃん。
「私としては、家主兼マスターの意見に異論はないね」
「私もありません」
森脇さんも美鈴さんも、滞在することを了解してくれたようだ。
「そうか。……ならばその言葉に甘えるとしよう」
彼はそういって、ライ麦パンを食べ始めた……。